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第二騎士団の事務室は今日もバタバタと忙しい。
その中でもとりわけ小柄な一人がぱたぱたと動き回っている。
「ニア、こっちも頼めるか?」
「この書類はどこに回せばいいんだ、ニア?」
「ニア!頼んでた資料は揃ってるか!」
ニアは一つ一つ、丁寧かつ迅速に対応していく。
もうすぐ昼だ。
昼を告げる鐘の音が鳴ると、皆ぞろぞろと食堂へと向かい出す。
ニアは最後に事務室を出ると、いつものようにこっそりと裏庭へと向かう。
手には大きな袋を、抱えて。
裏庭は、あまり日当たりが良くなく、手入れも施されていないので、利用する人はほとんどいない。
小さな四阿で、ニアは手にしていた袋からたっぷりの昼食を並べ始める。
三人前はあろうかというサンドイッチと、安価な紅茶を冷やしたものだ。
サンドイッチには、シャキシャキの生野菜と、お得に買えたハムを贅沢に厚切りにして挟んである。
トマトの酸味が堪らない。
卵のシンプルなサンドイッチも用意した。少し甘めがニアの好みだ。
「ふっふっふ、幸せ~。」
傷んだ果物を漬けておいたため、安価な紅茶も風味がついて最高に美味しい。
ひょいひょいと、ニアの口にサンドイッチが運ばれては、飲み込まれる。
ニアは、とても食いしん坊だ。
誰も見ていないので、口の端についたソースをぺろりと舌で舐めとる。
誰からも咎められず、好きな物を好きなだけ食べられるこの瞬間が一番幸せだ。
「今日もずいぶんと豪勢だなあ。」
「う、ごほっ、ごほっ…」
誰もいないと思っていたので、ニアは思わずむせてしまう。
「悪い悪い、急に話し掛けたからな。」
「い、いえ、ごほっ、大丈夫ですから…。」
とんとんと、団長に背中をさすられニアは恐縮する。
「何かありましたか?」
「いや、わたしも昼だ。」
「…ここで?」
「ああ、いいだろ?ここで食べたいと思ってな。」
たまたま一人昼食を見つかってから、団長のラルフは時折こうしてニアの至福の一時を邪魔する。
「ええと、団長には一人部屋があてがわれていますし、それでなければ、もっと日当たりがいい中庭で召し上がっては…?」
「ここがいいんだから、構わないだろう。何か問題でも?」
「いいえ。全く。問題など。」
ニアは完全なる作り笑顔で、当たり前のように隣りに座る団長を迎える。
ラルフががさごそと取り出す昼食は、ニアのそれとは比べられない程豪華で、たっぷりだ。
ニアは、思わずごくりと唾を飲み込む。
「いつものように、物々交換といこうか?」
何度も頷くニアに、ラルフは笑いを隠せない。
作り笑顔で邪魔そうにラルフを扱っていたくせに、今は目の前に広げられた昼食に目を輝かせている。
「いや、でも、ぼくのと交換しても。だって、ローストビーフが入っていますよ!」
「好きなのか?」
「そりゃあ、もう。でも、団長が損するだけですし…。」
「わたしはそれが食べたいんだ。」
ラルフはニアのお買い得ハムの入ったサンドイッチを、ひょいと取り上げると口に入れてしまった。
「あ……」
「うん。上手いな。ニアはこれを食べてくれ。」
差し出されたローストビーフを断るなんて、できない。
ラルフの持ってくる昼食は、いつもどれも絶品で美味しいのだ。
「わたし一人では食べきれん。ニアが食べないなら残すしか…」
「だめです!お残しはいけません!」
食事を残すなんて、ニアは許せない。
「じゃあ、食べてくれるか?」
「…はい。いただきます。」
ぱくりと口に運ぶその肉の柔らかさと、肉汁とソースの混ざり合ったハーモニーに、ニアはうっとりとする。
「上手いか?」
「それは、もう。とても。幸せに美味しいです。」
目を閉じて陶酔するニアに、ラルフは満足気だ。
「では、もっと食べてくれ。」
ラルフはニアの作った卵サンドを口にしている。
なんで食べきれないくせに、こんなにたくさん作ってもらうんだろう。
上級貴族なんてこんなものなのかな?
自分で持ち込んだ昼食にはほとんど手をつけず、ニアが作ってきたものばかり口にしているラルフを横目に、ニアはラルフに勧められるまま、ぱくぱくと全て口に入れていく。
「本当に、いい食べっぷりだよなあ。」
「絶対、内緒でふからね!」
口に沢山含んだまま、ニアは人差し指を口に当ててラルフを睨んでいる。
「食いしん坊なんて、秘密にすることでもないと思うが。」
「だめでふ!」
ぶんぶんと首を横に振るニアは、リスのようだ。
膨らんだ頬は、まるで頬袋。
「その身体の、どこにそんなに入るんだろうな。」
首を傾げて、ニアは自分でも不思議そうにしている。
本当なら食事は一人で心ゆくまで堪能したいニアだが、正直ラルフと二人の食事も悪くない。
にこにことニアを見つめるラルフに、ニアは少しだけ複雑な気持ちになる。
なんだか餌付けでもされてる気分…
だって、美味しいんだもん…
その中でもとりわけ小柄な一人がぱたぱたと動き回っている。
「ニア、こっちも頼めるか?」
「この書類はどこに回せばいいんだ、ニア?」
「ニア!頼んでた資料は揃ってるか!」
ニアは一つ一つ、丁寧かつ迅速に対応していく。
もうすぐ昼だ。
昼を告げる鐘の音が鳴ると、皆ぞろぞろと食堂へと向かい出す。
ニアは最後に事務室を出ると、いつものようにこっそりと裏庭へと向かう。
手には大きな袋を、抱えて。
裏庭は、あまり日当たりが良くなく、手入れも施されていないので、利用する人はほとんどいない。
小さな四阿で、ニアは手にしていた袋からたっぷりの昼食を並べ始める。
三人前はあろうかというサンドイッチと、安価な紅茶を冷やしたものだ。
サンドイッチには、シャキシャキの生野菜と、お得に買えたハムを贅沢に厚切りにして挟んである。
トマトの酸味が堪らない。
卵のシンプルなサンドイッチも用意した。少し甘めがニアの好みだ。
「ふっふっふ、幸せ~。」
傷んだ果物を漬けておいたため、安価な紅茶も風味がついて最高に美味しい。
ひょいひょいと、ニアの口にサンドイッチが運ばれては、飲み込まれる。
ニアは、とても食いしん坊だ。
誰も見ていないので、口の端についたソースをぺろりと舌で舐めとる。
誰からも咎められず、好きな物を好きなだけ食べられるこの瞬間が一番幸せだ。
「今日もずいぶんと豪勢だなあ。」
「う、ごほっ、ごほっ…」
誰もいないと思っていたので、ニアは思わずむせてしまう。
「悪い悪い、急に話し掛けたからな。」
「い、いえ、ごほっ、大丈夫ですから…。」
とんとんと、団長に背中をさすられニアは恐縮する。
「何かありましたか?」
「いや、わたしも昼だ。」
「…ここで?」
「ああ、いいだろ?ここで食べたいと思ってな。」
たまたま一人昼食を見つかってから、団長のラルフは時折こうしてニアの至福の一時を邪魔する。
「ええと、団長には一人部屋があてがわれていますし、それでなければ、もっと日当たりがいい中庭で召し上がっては…?」
「ここがいいんだから、構わないだろう。何か問題でも?」
「いいえ。全く。問題など。」
ニアは完全なる作り笑顔で、当たり前のように隣りに座る団長を迎える。
ラルフががさごそと取り出す昼食は、ニアのそれとは比べられない程豪華で、たっぷりだ。
ニアは、思わずごくりと唾を飲み込む。
「いつものように、物々交換といこうか?」
何度も頷くニアに、ラルフは笑いを隠せない。
作り笑顔で邪魔そうにラルフを扱っていたくせに、今は目の前に広げられた昼食に目を輝かせている。
「いや、でも、ぼくのと交換しても。だって、ローストビーフが入っていますよ!」
「好きなのか?」
「そりゃあ、もう。でも、団長が損するだけですし…。」
「わたしはそれが食べたいんだ。」
ラルフはニアのお買い得ハムの入ったサンドイッチを、ひょいと取り上げると口に入れてしまった。
「あ……」
「うん。上手いな。ニアはこれを食べてくれ。」
差し出されたローストビーフを断るなんて、できない。
ラルフの持ってくる昼食は、いつもどれも絶品で美味しいのだ。
「わたし一人では食べきれん。ニアが食べないなら残すしか…」
「だめです!お残しはいけません!」
食事を残すなんて、ニアは許せない。
「じゃあ、食べてくれるか?」
「…はい。いただきます。」
ぱくりと口に運ぶその肉の柔らかさと、肉汁とソースの混ざり合ったハーモニーに、ニアはうっとりとする。
「上手いか?」
「それは、もう。とても。幸せに美味しいです。」
目を閉じて陶酔するニアに、ラルフは満足気だ。
「では、もっと食べてくれ。」
ラルフはニアの作った卵サンドを口にしている。
なんで食べきれないくせに、こんなにたくさん作ってもらうんだろう。
上級貴族なんてこんなものなのかな?
自分で持ち込んだ昼食にはほとんど手をつけず、ニアが作ってきたものばかり口にしているラルフを横目に、ニアはラルフに勧められるまま、ぱくぱくと全て口に入れていく。
「本当に、いい食べっぷりだよなあ。」
「絶対、内緒でふからね!」
口に沢山含んだまま、ニアは人差し指を口に当ててラルフを睨んでいる。
「食いしん坊なんて、秘密にすることでもないと思うが。」
「だめでふ!」
ぶんぶんと首を横に振るニアは、リスのようだ。
膨らんだ頬は、まるで頬袋。
「その身体の、どこにそんなに入るんだろうな。」
首を傾げて、ニアは自分でも不思議そうにしている。
本当なら食事は一人で心ゆくまで堪能したいニアだが、正直ラルフと二人の食事も悪くない。
にこにことニアを見つめるラルフに、ニアは少しだけ複雑な気持ちになる。
なんだか餌付けでもされてる気分…
だって、美味しいんだもん…
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