秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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邂逅

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感じられていた温もりがなくなり、すうすうとした寒さを感じて目が覚めたとき、隣にユリウスはいなかった。

そこにいたのは、険しい顔をした領主である父親だけだ。

「…お前は何も言わなくていい。全てはあの男のやった事だ。これまでの疲れで体調を崩して寝込んでいると、皆にはそう伝えてある。いいな。」

「…ユリ」

「その名を、呼ぶな!」

父親のこれまでにない剣幕にノアールは圧倒された。

「お前は、あの者に騙され、裏切られたんだ。あんなによくしてやったのに…」

「違います!父上!わたしが…」

「なにが違う!?まさかあの者に心を奪われたとでも言うのか?禁忌を犯してまで、お前を信じて従ってきた者たちを見捨てるつもりか!?」

父親の言葉に、ノアールは何も返す言葉が出てこなかった。

ノアールに付き従い、戦を共にしてきたのはユリウスだけじゃあない。

混乱し続けていたこの地で、皆疲弊していた。兵士も民も、誰しもが穏やかに暮らせる国を望んでいる。

自分がすべき事は、一つだけだ。

誰かの胸の中で、自分一人の悦びに酔いしれている訳にはいかない。

それでも…

「…ユリウスは、何処へ?お願いです!もうこのようなことは決して!ですから、ユリウスに…」

「…もう此処へはいない。お前が会うことは、二度とない。」

これ以上何も言うなと背中を向けた父親を、ノアールは見送ることしかできなかった。

翌々日から、ユリウスが不在のままノアールは執務に励んだ。

ノアールの隣にいつも並んでいたユリウスがいないことを始めは皆訝しんでいたが、極秘の任務で隣国に行っているらしいという噂が流れると、誰も訝しむことはなくなった。

ただ毎日、何も考えずにひたすら政務に就く。そして、ノアールは教会に通った。

自分のせいでユリウスはここを追い出された。あの晩、先に仕掛けたのは自分だ。

それでもユリウスはノアールを突き離さずに、受け入れてくれた。

それが忠誠心からだったのか、同じような想いを少しでも抱いてくれていたからなのか、もう知る術はない。

禁忌を犯したことを懺悔し、ユリウスが無事でいることを祈り、国の安泰を願う。

ユリウスへの断ち切れない想いと、自分の置かれた立場との葛藤で、ノアールからは次第に笑顔が消えていった。

王宮より先に後宮が築かれると、父親はノアールに従っていた十人の女たちを呼び寄せ、その中の誰かを娶るようノアールへと命じた。

早くに妻を亡くしていた父親にとって、ノアールは唯一のかけがえのない子で、同じ様にノアールに子が出来れば、以前のような笑顔が戻るはずだと、父親なりの親心ではあった。

ノアールは、父親の気持ちも理解していたつもりだ。

父親のする事が、自分への愛情からくるものだと。

王となれば、王妃、世継ぎと世間からもさらに求められるだろう。

世継ぎ…

自分が女だったら…

きっと、ユリウスとだって…

押し込められる様に入れられた後宮内で、ノアールは十人の女たちを、時折ぼんやりと眺めることが増えていた。

「ノアール様、体調は如何ですか?あまり眠れていない様ですが…?」

一番の王妃候補と囁かれている、十人の取りまとめ役だ。

「ああ、すまない。少し考え事を。君たちこそ、こんな所に呼び寄せられて迷惑だっただろう。」

十人は一斉に、皆首を横に振る。

「いいえ、迷惑だなんて。」

「わたしたちは誰も王妃になろうだなんて考えていません。」

「自分より綺麗なノアール様の隣に並ぶのは…ちょっと。」

誰かがそう言うと、他の9人もそうねと言って笑い出す。

彼女たちとノアールの間に、男女の雰囲気などは始めから全くなかった。

戦中、女である彼女たちは、女であるが故の辛い経験もしてきた。

そのため女でもできる仕事があって、仲間がいればそれで良いと言う。

実際、彼女たちは時にぶつかり合いながらも、上手く纏まっている。

王妃という肩書きにも、男としてのノアールにも全く興味がないようだった。

「ノアール様は、なんていうか、その、私たち皆んなの恩人なんです。」

「領主様から呼び出されて、後宮入りする前に、皆んなで話し合いました。」

「ノアール様がこの中の誰かを望むのなら、それに従います。ですが…」

「ノアール様は、私たちをそんな形で望んではいませんよね。」

彼女たちといるのは心地が良い。

でもそれは、ユリウスといる時の心地よさとは別物だ。

「…ノアール様が望んでいられるのは…」

まさかと思う。父親さえ、あの晩のことがなければ、知る由がなかったはずだ。

「………ユリウスではないのですか?」

違うと、冗談を言うなと笑って答えられればいいのに、ノアールは硬直して上手く返事ができなかった。

「この地では、禁忌とされています。ですが、私たち十人にとっての神はノアール様です。ですから、ノアール様の想いを咎めるような者は、今此処に誰一人いません。」

彼女たちの眼差しは真摯なもので、ユリウスがいなくなってから、その日初めてノアールは張り詰めていた何かから解放された気がした。








































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