秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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ノアと真帆

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こうして直に対面するのは初めてだ。

目の前のマホは、見たこともないような不思議な色合いの服を身に纏い、ぎろりと俺を見据えたまま視線を外さない。

「…悠理を返して。」

人からこんな視線を向けられるのは生まれて初めてのことで、正直少しだけひるんでしまう。

「…すまない。俺のせいだ。早く出られるように、なんとかする。」

「っ!やっぱり!あんたのせいだったんだ!」

「おい!お前、誰に向かって話しをしているのか、分かっているのか!」

ガタンと音をたてて、黙って見守っていたシオンが立ち上がる。シオンの隣では、無表情の兄さんがマホのことをじっと見つめたままだ。

後宮から戻り、久しぶりにシオンや兄さんたちと過ごしていた所に、マホは押しかけてきた。

侍女やシオンが制止しようとしたが、それを止めたのは俺だ。

マホとは一度話しがしたいと思っていた。向こうから来てくれたのだから、俺にとっては丁度良かったんだ。

「いいよ、シオン。部屋に通すように言ったのは俺だから。」

「…ですが、この者は…っ」

マホのことを憎々しげに睨んだままのシオンを座らせる。

シオンのマホへの態度は俺に対するそれとは真逆で、好意の欠片も感じられない。

全身から嫌悪の感情が溢れ出ている。

「いいから座れ、シオン。お前が立ったままでいると圧迫感があって落ち着かない。」

シュヴァリエ兄さんが、シオンに座るように促す。

マホに魅入られ、婚約解消までした筈なのに、マホを目の前にしても兄さんは落ち着いたままだ。

「久しぶりだな、マホ。ここへの立ち入りは禁じられていたはずだが?」

兄さんの声色は、マホに魅入られ母様たちを困惑させていたとは思えない程、低く冷淡だ。

「…お久しぶりです。禁じられてからは、立ち入らないようにしていました。だけど、悠理が!この人のせいで!」

今度はマホが立ち上がって、俺を指差したまま声を荒らげる。

「おい、いい加減に…」

「いいから!二人とも少し落ち着けって!」

座りかけていたシオンがマホを捕らえようとするのをなんとか制する。

ああもう、こんなんじゃ全然落ち着いて話しができないじゃないか!

兄さんはしらっとしたまま、何を考えているのかさっぱり分からないし…

ああそうだ、こんな時は、やっぱりあれだな、あれ。

扉に向かって、廊下を覗いてみると、やっぱり一妃の侍女がそこに待機していた。

なんとなくそんな気がしていたんだ。

「…なあ。頼みたいことがあるんだけど。」

「…なんでしょうか。」

「母様たちがよく飲んでるお茶、あれ淹れて貰えるか?」

「…かしこまりました。すぐにお持ちします。」

「ありがとな。」

「…いえ。とんでもございません。」

無表情なはずの侍女だけど、すこーしだけ微かに微笑んでくれたような気がした。

侍女が運んでくれた特上のお茶の香りが部屋中に漂うと、母様たちを思い出して、とても落ち着く。

「…何、これ。お茶を飲みにきた訳じゃないんだけど。」

「お前いい加減にしろ。ノア様が用意してくれたものだ。お前のような者には勿体ない。」

「へえ、いい香りだ。母上が好んで飲んでいるものだね。」

テーブルを囲んで、皆好き放題言ってるが、とりあえず俺が口を付けると、三人も黙って口を付ける。

マホは静かに全部飲み干すと、今度はただじっと俺の事を見つめてきた。

「…なんだ。なんでそんなに見るんだ?同じ黒髪だからか?」

「そう。同じ黒髪なのに、瞳の色はこっちの世界の色をしてる。…それに、僕よりも…。そもそも君は何者なの?悠理とはどんな関係?」

何者と言われても…

俺は俺なんだけど…

「…一応、これでも王子だ。10番目のな。ユリウスは…護衛だ。」

正確に言えば、護衛だった、だけど、俺はあえてを強調してみた。

「…ふうん。今まで一度も会った事ないけど、シュヴァ…を兄さんって呼ぶんだから、王子なんだね。悠理は、護衛だったんだ。」

ふふんと鼻で笑われて、なんだかむっとしてしまう。

やっぱり、俺はマホの事が嫌いだ。

「俺は、お前のことが嫌いだ。ユリウスと婚約したって聞いたけど、お前にユリウスは勿体ない。」

「僕も嫌い。婚約の件は悠理が受け入れてくれたんだから、君にごちゃごちゃ言われる筋合いはないから。」

「父さんが命じただけだろ。ユリウスは、お前のことを…」

「…何?」

「お前のことを…」

想い慕っている訳じゃないだろ。

口にしようとして、躊躇う。

ユリウスの気持ちは俺には分からない。本当にマホのことを慕っているとしたら、そう思うと怖くて口に出せない。

「誰も信じてくれないけど、悠理と一緒に暮らしていたのは本当だよ。悠理は忘れているだけで、これからまた一緒に暮らすようになったら、きっと思い出してくれる。」

空になったカップを両手で抱え、マホは下を向いたままぎゅっとその手に力を込めた。

マホのことは嫌いだが、マホがユリウスを慕う気持ちは、俺のそれと重なるような気がした。

ユリウスが心からマホを望んだのなら、もう俺には何も、どうすることもできないんじゃないだろうか…
























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