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ノアールとユリウス
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冷えきった石の床、簡易な寝台に小さな机と椅子、一日に2回運ばれてくる食事。
牢に入れられ数日経つが、かつてのそれに比べれば、ここは随分と快適だ。
剥き出しの土の床、寝床などなくざらざらと肌触りの悪い敷物一枚と、一日に一回だけの粗末な食事。
明かりの入らない暗がりの中、後悔だけで過ごしたあの日々を思い出す。
ノアール様はその神々しい見た目とは裏腹に、とても人懐こく臣下からも民からも慕われていた。
長く続く戦で行く当てもなくなった民のため、領地の一部を開放し生活の拠点を作ってくださったのはノアール様だ。
孤児としてふらふらと生きていたわたしはその地に辿り着き、そこでノアール様と出会った。
名のないわたしに名を与え、剣の腕を見出し側近として迎え入れてくれたノアール様は当時のわたしにとって、生きる全ての目的だった。
ユリウスと名を呼ばれ、誰よりも近くであの方を支えることが誇りであったのに…
ノアール様は気晴らしにと、わたしのことをよく遠乗りに誘われた。
まだ未開拓の荒地の中を、二人だけでどこまでも馬に乗って駆け回った。
ノアール様は、その時ばかりは戦のことなど忘れて無邪気にはしゃいだ。
黒く長い髪を風に翻しながら、ユリウスと呼んで何度もわたしを振り返る。
ノアールという名は、珍しいその黒髪が由来だとお聞きしていた。
いつまでもこの時間が永遠に続けばいい。
他に誰もいない、二人だけの時間が永遠に。
でもそれは、叶わないことだ。
ふつふつと胸の奥底に湧くこの想いは、誰にも知られてはいけない。
わたしは、その想いの正体に蓋をした。
ノアール様には、彼を支える十人の女達がいた。
いずれも戦争で家族を失い、わたしと同じようにノアール様によって生きる術を与えられた者たちだ。
開放された領地で、彼女たちが中心となり人々の生活を担っていた。
その中の誰かが、いずれノアール様に娶られるだろうと、人々は噂していた。
建国し、婚姻され、世継ぎを設ける。
これから隣に立つのは、ノアール様を支え、共に未来を歩む伴侶となる方だ。
奥底に眠るこの邪な想いで、ノアール様の将来に傷をつけることはできない。
募る想いの上に、幾重にも幾重にも厳重に蓋を重ねるしかなかった。
あの宴の晩、わたしに対抗して酒を飲み進めるノアール様をお止めするべきだったのに、その晩わたしはそれをしなかった。
少しむっとして、口を尖らせてから甘い果実酒を飲み進めるノアール様の姿がいつになく愛らしかったせいだ。
いつしか頬や首筋は薄らと紅潮し、いつもとは違ってどこかしどけない姿になると、若い騎士達が頬を染めてその様子を盗み見していた。
同性同士の交わりが禁じられていた当時、あからさまに視線を向ける者はいなかったが、ノアール様はその場にいるどの女たちよりも目を引いた。
誰かがノアール様に世継ぎをと言い出すと、その場はさらに騒がしくなり、その喧騒に紛れてノアール様への視線が集中する。
話しの矛先はわたしにも向かってきたが、次第にしどけなさが増すノアール様の様子にそれどころではなかった。
残念そうに見送る視線から隠すようにして、ふらふらもともたれかかるノアール様を部屋へお連れする。
ノアール様は常に笑っていたが、戦の最中は常に気を張って過ごされていた。
今日ばかりは、その重圧から解放されてもいいだろう。
部屋へと続く長い階段を昇る足取りはおぼつかない。
わたしの奥底に秘めた邪な想いなど知らずに、無防備にもたれかかる身体を支える手には強く力がこもった。
首筋から香るノアール様の匂いに、抑圧されていた想いが溢れ出そうとするのを何とかして堪える。
叩きつける雨音に気を集中させる。
この雨量では明日の朝が心配だ。早くに見回りに出かけよう。
すぐに部屋を出るべきだったのに、ノアール様から引き止められる。
世継ぎのことも、相当な重圧なのだろう。
今はだいぶ酔っているが、明日にはきっと普段通りのノアール様に戻っているはずだ。
ノアール様が何を言い出したのか理解できない内に、気がつくとその上に跨って口付けをしていた。
ノアール様は酔っている。
振り解いて、おやすみ下さいと部屋を出るべきだった。
もう一度口付けを交わした瞬間、厳重に封されていたはずの思いたちが堰を切って溢れ出すと、もう止めることはできなかった。
領主の怒声でふと我に返ったとき、永遠に手の届かないはずだったノアール様の其処彼処には、数えきれない程の卑しい痕跡が残されていた。
ぐったりと寝そべるノアール様をそのままに、牢へと連れ出されたわたしに弁明の言葉などない。
建国にはノアール様が必要だ。
禁忌を犯したことが世に知られれば、わたしと共にノアール様も罰せられる。
それだけは、あってはならない。
ノアール様の身体と、その将来に傷を付けたことを幾ら後悔してもし切れない。
「わたしもノアールも、お前のことを信頼していた。お前がどれだけ貢献してきたのかも知っている。お前はその信頼を裏切った。本来なら即刻殺してやりたい所だが、お前が罰せられれば、その理由を皆に問われるだろう。
これは慈悲だ。すぐにここを出て、姿を消せ。二度とノアールに会うことは許さない。いいか、ユリウス。
お前にノアールを想う気持ちがあるのなら、わたしのいう意味が分かるだろう。」
怒りを抑えそう言い放った領主の言葉に従う他はなかった。
それだけのことをしてしまったのだ。
別れの言葉などかけられるはずもないまま、その日の内にわたしはノアール様の元を去った。
牢に入れられ数日経つが、かつてのそれに比べれば、ここは随分と快適だ。
剥き出しの土の床、寝床などなくざらざらと肌触りの悪い敷物一枚と、一日に一回だけの粗末な食事。
明かりの入らない暗がりの中、後悔だけで過ごしたあの日々を思い出す。
ノアール様はその神々しい見た目とは裏腹に、とても人懐こく臣下からも民からも慕われていた。
長く続く戦で行く当てもなくなった民のため、領地の一部を開放し生活の拠点を作ってくださったのはノアール様だ。
孤児としてふらふらと生きていたわたしはその地に辿り着き、そこでノアール様と出会った。
名のないわたしに名を与え、剣の腕を見出し側近として迎え入れてくれたノアール様は当時のわたしにとって、生きる全ての目的だった。
ユリウスと名を呼ばれ、誰よりも近くであの方を支えることが誇りであったのに…
ノアール様は気晴らしにと、わたしのことをよく遠乗りに誘われた。
まだ未開拓の荒地の中を、二人だけでどこまでも馬に乗って駆け回った。
ノアール様は、その時ばかりは戦のことなど忘れて無邪気にはしゃいだ。
黒く長い髪を風に翻しながら、ユリウスと呼んで何度もわたしを振り返る。
ノアールという名は、珍しいその黒髪が由来だとお聞きしていた。
いつまでもこの時間が永遠に続けばいい。
他に誰もいない、二人だけの時間が永遠に。
でもそれは、叶わないことだ。
ふつふつと胸の奥底に湧くこの想いは、誰にも知られてはいけない。
わたしは、その想いの正体に蓋をした。
ノアール様には、彼を支える十人の女達がいた。
いずれも戦争で家族を失い、わたしと同じようにノアール様によって生きる術を与えられた者たちだ。
開放された領地で、彼女たちが中心となり人々の生活を担っていた。
その中の誰かが、いずれノアール様に娶られるだろうと、人々は噂していた。
建国し、婚姻され、世継ぎを設ける。
これから隣に立つのは、ノアール様を支え、共に未来を歩む伴侶となる方だ。
奥底に眠るこの邪な想いで、ノアール様の将来に傷をつけることはできない。
募る想いの上に、幾重にも幾重にも厳重に蓋を重ねるしかなかった。
あの宴の晩、わたしに対抗して酒を飲み進めるノアール様をお止めするべきだったのに、その晩わたしはそれをしなかった。
少しむっとして、口を尖らせてから甘い果実酒を飲み進めるノアール様の姿がいつになく愛らしかったせいだ。
いつしか頬や首筋は薄らと紅潮し、いつもとは違ってどこかしどけない姿になると、若い騎士達が頬を染めてその様子を盗み見していた。
同性同士の交わりが禁じられていた当時、あからさまに視線を向ける者はいなかったが、ノアール様はその場にいるどの女たちよりも目を引いた。
誰かがノアール様に世継ぎをと言い出すと、その場はさらに騒がしくなり、その喧騒に紛れてノアール様への視線が集中する。
話しの矛先はわたしにも向かってきたが、次第にしどけなさが増すノアール様の様子にそれどころではなかった。
残念そうに見送る視線から隠すようにして、ふらふらもともたれかかるノアール様を部屋へお連れする。
ノアール様は常に笑っていたが、戦の最中は常に気を張って過ごされていた。
今日ばかりは、その重圧から解放されてもいいだろう。
部屋へと続く長い階段を昇る足取りはおぼつかない。
わたしの奥底に秘めた邪な想いなど知らずに、無防備にもたれかかる身体を支える手には強く力がこもった。
首筋から香るノアール様の匂いに、抑圧されていた想いが溢れ出そうとするのを何とかして堪える。
叩きつける雨音に気を集中させる。
この雨量では明日の朝が心配だ。早くに見回りに出かけよう。
すぐに部屋を出るべきだったのに、ノアール様から引き止められる。
世継ぎのことも、相当な重圧なのだろう。
今はだいぶ酔っているが、明日にはきっと普段通りのノアール様に戻っているはずだ。
ノアール様が何を言い出したのか理解できない内に、気がつくとその上に跨って口付けをしていた。
ノアール様は酔っている。
振り解いて、おやすみ下さいと部屋を出るべきだった。
もう一度口付けを交わした瞬間、厳重に封されていたはずの思いたちが堰を切って溢れ出すと、もう止めることはできなかった。
領主の怒声でふと我に返ったとき、永遠に手の届かないはずだったノアール様の其処彼処には、数えきれない程の卑しい痕跡が残されていた。
ぐったりと寝そべるノアール様をそのままに、牢へと連れ出されたわたしに弁明の言葉などない。
建国にはノアール様が必要だ。
禁忌を犯したことが世に知られれば、わたしと共にノアール様も罰せられる。
それだけは、あってはならない。
ノアール様の身体と、その将来に傷を付けたことを幾ら後悔してもし切れない。
「わたしもノアールも、お前のことを信頼していた。お前がどれだけ貢献してきたのかも知っている。お前はその信頼を裏切った。本来なら即刻殺してやりたい所だが、お前が罰せられれば、その理由を皆に問われるだろう。
これは慈悲だ。すぐにここを出て、姿を消せ。二度とノアールに会うことは許さない。いいか、ユリウス。
お前にノアールを想う気持ちがあるのなら、わたしのいう意味が分かるだろう。」
怒りを抑えそう言い放った領主の言葉に従う他はなかった。
それだけのことをしてしまったのだ。
別れの言葉などかけられるはずもないまま、その日の内にわたしはノアール様の元を去った。
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