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シオン
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断るつもりではいたが、シュヴァリエの態度と父の面目を考え、さてどうしたものかと逡巡しながら顔合わせの場へと向かう。
陛下とルドルフ様はいらしたが、肝心の第十王子はまだ到着していない。
シュヴァリエを筆頭に、第一王子から第三王子、そしてシュヴァリエの元婚約者と婚約した第四王子まではすぐに顔が浮かぶ。
第五王子以降がどのような方たちだったか、なんとか思いだそうと努力したが、結局ぼんやりとしか思い浮かべることが出来なかった。
そろそろ到着しても良さそうなものの、まだ姿を現さない。
実の父親とは言え陛下をこのようにお待たせする王子など、たかがしれている。
余程の世間知らずか、いまだ病で床に伏せたままか。
貧乏くじを引くとは正にこういうことだ。
隣に立つ父の薄くなった髪を眺めながら、断り文句は何にしようかとそればかりを考えていると、低く通る声が響き待ち人の到来を伝えた。
聞き覚えのある声は、ユリウス様のものだ。
団長の任を解かれ、今は秘密裏に行われている重大な任務を任されているのではないかと噂されていた。
騎士団の中には、貴族としての家格が低いという理由だけでユリウス様を蔑む者たちがいる。
彼らはユリウス様の実力を全く理解していない。
冷静な判断と的確な指示、そしてあの剣の腕前はきっとルドルフ様でも敵わないはずだ。
剣を挟んでユリウス様と向かい合うと、積み重ねてきた経験の差を痛感する。
歳上といってもたかが数年だけであるのに、ユリウス様には長く深い歴史の流れのような風格が漂っていた。
なぜここにユリウス様が?
ユリウス様が道を開け脇に控えると、漆黒で艶やかな髪を緩く纏め上げた華奢な人物が姿を現した。
小柄で華奢ではあるが足取りはしっかりとしている。そこに病故の弱々しさは感じられない。
前を見据えたまますうっと我々の前を通り過ぎ、陛下の横へと腰を下ろす。
正面を向いて、ちらりとこちらを一瞥したその姿に、父とわたしは言葉を失った。
それはまるで、完成された一つの美術品のようであった。
日焼けなど知らない真っ白な肌は艶やかで、薄紫色の瞳には長い睫毛が深く影を落とす。
紅を刺した様に赤く色づく小さな口が、隣に並ぶ陛下に一言二言何かを話しかけている。
動いているからこそ、この方が生きた人物であると理解でき、そしてまたこのような方が実在することに、わたしたち親子は絶句した。
「…ずいぶん遅かったじゃないか。断られて落ち込んでいたのか?」
部屋に戻るとシュヴァリエがすでに待ち構えていた。
「勝手に入るなと言ってるだろう。」
「ふん。お前とわたしの間柄だ。そんなの今更だろう。」
侍女から用意された茶を飲みながら、シュヴァリエはすっかり寛いでいる様子だ。
ここはわたしの部屋なんだが。
「想像していた姿とは全く違った…。あの見た目はある意味凶器だ。」
「…それは、どういう意味だ?」
父の狼狽した姿を思い出すと、今でも笑いが込み上げてくる。
「ノア様は、なぜか父上ばかりにちらちらと目をやって、終いには微笑みかけるものだから、父上が卒倒しかけて大変だったんだ。」
「…ノアが?」
「ああ。父上のことを婚約者だと勘違いされては困ると、初めは正直焦ったよ。」
「…まさか、流石にそれはないだろう。」
「まあな。」
それでもあの態度の意味がわからず、思い出すだけで可笑しくてしょうがない。
つられてシュヴァリエも笑い出した。
あの陛下すら、声に出して笑っていた。
「あの子は、面白い子だろう?」
「ああ。とても気に入ったよ。」
シュヴァリエが真顔に戻る。
「…気に入った?お前まさか…。」
「すぐにとは言わないが、いずれ婚約して欲しいと申し込んだ。今は他に気になる相手がいるようだが、それでも結局わたしを選ぶことになるさ。」
ノア様のユリウス様への態度は誰が見ても明らかなぐらい分かりやすかった。
仮病を使ってユリウス様に抱き上げられた時の、してやったり風な顔は忘れられない。
黙っていれば神の化身のような姿なのに、ちょっとした動きや仕草、態度や口調は全て人間味溢れる素直さだ。
一旦人前に出れば、あっという間に周囲を魅了し尽くすだろう。
「…随分と自信があるようだが、断ると言っていなかったか?」
シュヴァリエの声色が変わる。
「護衛としてずっとユリウス様といたんだ。ユリウス様しか知らないのだから、今はあれでしょうがないだろう。これからはわたしにも分があると思わないか?」
「…惚れたのか。」
「惚れるなんて、薄っぺらい言葉では言い表せないさ。ノア様への想いを例えるなら、崇めるといった感じに近いかもしれない。」
「お前、何か企んでいるんじゃないのか。」
「そんな訳ないだろう。陛下からのご指名だ。わたしとノア様の婚約に、なぜお前が反対するんだ?…ああ、そうか。マホはユリウス様を慕っていたよな。ノア様とユリウス様が結ばれれば、マホは諦めざるを得ないもんな。」
シュヴァリエの表情に溜飲が下がる。
いつも余裕そうに振る舞うすました表情より、この方がずっと好ましい。
ぎろりと睨みを効かせると、シュヴァリエは部屋を出て行った。
少し言い過ぎたか?
いや、あれぐらい言わせてもらないとな。
置き去りにされたシュヴァリエの飲みかけの茶をそのまま全部飲み干す。
それにしても、一番分からないのはユリウス様だ。
あの方の考えだけは、想像のしようがない。
陛下とルドルフ様はいらしたが、肝心の第十王子はまだ到着していない。
シュヴァリエを筆頭に、第一王子から第三王子、そしてシュヴァリエの元婚約者と婚約した第四王子まではすぐに顔が浮かぶ。
第五王子以降がどのような方たちだったか、なんとか思いだそうと努力したが、結局ぼんやりとしか思い浮かべることが出来なかった。
そろそろ到着しても良さそうなものの、まだ姿を現さない。
実の父親とは言え陛下をこのようにお待たせする王子など、たかがしれている。
余程の世間知らずか、いまだ病で床に伏せたままか。
貧乏くじを引くとは正にこういうことだ。
隣に立つ父の薄くなった髪を眺めながら、断り文句は何にしようかとそればかりを考えていると、低く通る声が響き待ち人の到来を伝えた。
聞き覚えのある声は、ユリウス様のものだ。
団長の任を解かれ、今は秘密裏に行われている重大な任務を任されているのではないかと噂されていた。
騎士団の中には、貴族としての家格が低いという理由だけでユリウス様を蔑む者たちがいる。
彼らはユリウス様の実力を全く理解していない。
冷静な判断と的確な指示、そしてあの剣の腕前はきっとルドルフ様でも敵わないはずだ。
剣を挟んでユリウス様と向かい合うと、積み重ねてきた経験の差を痛感する。
歳上といってもたかが数年だけであるのに、ユリウス様には長く深い歴史の流れのような風格が漂っていた。
なぜここにユリウス様が?
ユリウス様が道を開け脇に控えると、漆黒で艶やかな髪を緩く纏め上げた華奢な人物が姿を現した。
小柄で華奢ではあるが足取りはしっかりとしている。そこに病故の弱々しさは感じられない。
前を見据えたまますうっと我々の前を通り過ぎ、陛下の横へと腰を下ろす。
正面を向いて、ちらりとこちらを一瞥したその姿に、父とわたしは言葉を失った。
それはまるで、完成された一つの美術品のようであった。
日焼けなど知らない真っ白な肌は艶やかで、薄紫色の瞳には長い睫毛が深く影を落とす。
紅を刺した様に赤く色づく小さな口が、隣に並ぶ陛下に一言二言何かを話しかけている。
動いているからこそ、この方が生きた人物であると理解でき、そしてまたこのような方が実在することに、わたしたち親子は絶句した。
「…ずいぶん遅かったじゃないか。断られて落ち込んでいたのか?」
部屋に戻るとシュヴァリエがすでに待ち構えていた。
「勝手に入るなと言ってるだろう。」
「ふん。お前とわたしの間柄だ。そんなの今更だろう。」
侍女から用意された茶を飲みながら、シュヴァリエはすっかり寛いでいる様子だ。
ここはわたしの部屋なんだが。
「想像していた姿とは全く違った…。あの見た目はある意味凶器だ。」
「…それは、どういう意味だ?」
父の狼狽した姿を思い出すと、今でも笑いが込み上げてくる。
「ノア様は、なぜか父上ばかりにちらちらと目をやって、終いには微笑みかけるものだから、父上が卒倒しかけて大変だったんだ。」
「…ノアが?」
「ああ。父上のことを婚約者だと勘違いされては困ると、初めは正直焦ったよ。」
「…まさか、流石にそれはないだろう。」
「まあな。」
それでもあの態度の意味がわからず、思い出すだけで可笑しくてしょうがない。
つられてシュヴァリエも笑い出した。
あの陛下すら、声に出して笑っていた。
「あの子は、面白い子だろう?」
「ああ。とても気に入ったよ。」
シュヴァリエが真顔に戻る。
「…気に入った?お前まさか…。」
「すぐにとは言わないが、いずれ婚約して欲しいと申し込んだ。今は他に気になる相手がいるようだが、それでも結局わたしを選ぶことになるさ。」
ノア様のユリウス様への態度は誰が見ても明らかなぐらい分かりやすかった。
仮病を使ってユリウス様に抱き上げられた時の、してやったり風な顔は忘れられない。
黙っていれば神の化身のような姿なのに、ちょっとした動きや仕草、態度や口調は全て人間味溢れる素直さだ。
一旦人前に出れば、あっという間に周囲を魅了し尽くすだろう。
「…随分と自信があるようだが、断ると言っていなかったか?」
シュヴァリエの声色が変わる。
「護衛としてずっとユリウス様といたんだ。ユリウス様しか知らないのだから、今はあれでしょうがないだろう。これからはわたしにも分があると思わないか?」
「…惚れたのか。」
「惚れるなんて、薄っぺらい言葉では言い表せないさ。ノア様への想いを例えるなら、崇めるといった感じに近いかもしれない。」
「お前、何か企んでいるんじゃないのか。」
「そんな訳ないだろう。陛下からのご指名だ。わたしとノア様の婚約に、なぜお前が反対するんだ?…ああ、そうか。マホはユリウス様を慕っていたよな。ノア様とユリウス様が結ばれれば、マホは諦めざるを得ないもんな。」
シュヴァリエの表情に溜飲が下がる。
いつも余裕そうに振る舞うすました表情より、この方がずっと好ましい。
ぎろりと睨みを効かせると、シュヴァリエは部屋を出て行った。
少し言い過ぎたか?
いや、あれぐらい言わせてもらないとな。
置き去りにされたシュヴァリエの飲みかけの茶をそのまま全部飲み干す。
それにしても、一番分からないのはユリウス様だ。
あの方の考えだけは、想像のしようがない。
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