秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

文字の大きさ
上 下
55 / 87
婚約者

53

しおりを挟む
「ユリウス様にその気がないのでしたら、わたしでも構わないのでは?」

シオンは笑顔を崩すことのないまま、じっと俺を見つめてきた。

「いや、お前だって、俺みたいな奴じゃなくて、他に想い人とかいるんじゃないのか?本当は急に婚約とか言われて困ってるんだろ?」

「…想い人ですか?どうでしょう…。正直陛下からお話を頂いた際には困惑しましたが、実際お会いしてみて気が変わりました。」

「…え?変わったって?」

「乗り気ではありませんでしたが、今は陛下に感謝しております。このまま是非婚約して頂けませんか?」

「は?なんで?お前の父親だって、倒れるぐらい嫌なんじゃないのか?」

シオンは一度大きく目を見開くと、また弓形に細めて声を出して笑った。

「父は大層驚かれたのでしょう。わたしとて、驚きを隠すのに必死でしたからね。あのようにノア様に見つめられれば、大概の者は倒れると思いますよ。」

「だから、なんで倒れるんだ?」

「ノア様は自分の価値について理解なされていないようですね。」

「俺の価値…???」

何のことだかさっぱり分からず、首を傾げる。

「…そう言う所がとても好ましく思えます。同じ黒髪でも、とは全く違う。」

あの者、と声に出したとき、シオンの表情は一瞬だけ険しいものになった。

俺と同じ黒髪と言えば、やっぱりマホのことだろうか。

また柔和な笑顔を浮かべているシオンに、何となくマホのことを聞くのは憚れた。

そう言えば、ユリウスは1番に命じられた後、マホに会ったりしたんだろうか。

「ノア様、ユリウス様のことがそんなに気になりますか?妬けてしまうなあ。」

無意識のうちにユリウスのことばかり気にしてしまう俺の手を、シオンが両手で包み込む様にぎゅっと握った。

「は?なに!?」

「今すぐにとは言いません。とりあえず何度かお会いして、少しずつわたしのことも気にかけてもらえれば…。それに、すぐにお断りされては父も落胆してしまいます。」

包み込む力は思いの外強く、どうしていいか分からずに混乱する。

「いや、分かったから、手、手を…」

「良かった。それでは、今すぐでなくとも、でこれからもお会いしていただけるのですね。」

柔和な笑みからは想像もつかない力だ。

「わか、わかったから、離せってば。ユリウス、ユリウス!」

突然大声を出してしまったせいか、見守っていたユリウスが血相を変えて駆け寄って来る。

シオンはそれでも手を離そうとしてくれない。

「シオン、手を離せ。ノア様が嫌がっている。」

ユリウスの低く咎める声が響く。

…ああ、いい声だなあ。

ちょっと怒ったような顔もやっぱり、かっこいい。

「ユリウス様は護衛ですよね。ノア様と今後のことについて話しをしていただけです。つい手を握ってしまいましたが、それだけですよ。いずれするのですから、そのようにお怒りになられては困ります。」

ユリウスの発する雰囲気に飲み込まれることなく、シオンは飄々としている。

少し緩んだ手を振り払い、立ち上がってユリウスの背に身を隠す。

「ノア様、大丈夫ですか?」

肩越しに振り返るユリウスが心配そうに俺を覗き込む。

「うん。少し驚いただけ…。」

こういうときのユリウスはとっても優しい。最近まともに話もしてくれなかったから、なんだか嬉しい。

「…ユリウス、疲れた。帰りたい。もう歩けないかもしれない…。」

これは絶好の機会だ。

大きなその背中にもたれ掛かると、ユリウスがしっかりと抱き止めてくれる。

「また胸が痛いのですか?」

「……ん?あ、ああ、そう。痛い、苦しいなあ…」

シオンもルドルフもいるのに、二人だけで過ごしていた時みたいに、さっとユリウスが抱きかかえてくれる。

ふふふ。いい匂いだな。

いい気持ちでユリウスに抱えられていると、ふとシオンと目が合う。

「ノア様は本当に分かりやすくて、面白い方ですね。」

なんとなく、色々ばれているし、見透かされている気がする。

俺の体調が悪いようだと、ユリウスはシオンとルドルフを置いてそのままその場を立ち去ってくれた。

残された二人をちらっと見遣ると、二人で何やら話しをしているようだが、何の話をしているのかはまったく聞こえなかった。

「…ユリウス。」

「はい。」

「あのさ、」

「はい。」

「俺のことどう思っている?」

「はい?」

ユリウスも同じ気持ちだったらいいのにな。

もしそうじゃなかったら、そうなってもらうためには、どうしたらいいんだろう?

ユリウスはその後何も答えてくれなかった。

因みに、部屋に戻ってから仮病がばれて、父さんや母さん母様たちからしこたま叱られたのは言うまでもない。















しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

推しの為なら悪役令息になるのは大歓迎です!

こうらい ゆあ
BL
「モブレッド・アテウーマ、貴様との婚約を破棄する!」王太子の宣言で始まった待ちに待った断罪イベント!悪役令息であるモブレッドはこの日を心待ちにしていた。すべては推しである主人公ユレイユの幸せのため!推しの幸せを願い、日夜フラグを必死に回収していくモブレッド。ところが、予想外の展開が待っていて…?

コンビニごと異世界転生したフリーター、魔法学園で今日もみんなに溺愛されます

はるはう
BL
コンビニで働く渚は、ある日バイト中に奇妙なめまいに襲われる。 睡眠不足か?そう思い仕事を続けていると、さらに奇妙なことに、品出しを終えたはずの唐揚げ弁当が増えているのである。 驚いた渚は慌ててコンビニの外へ駆け出すと、そこはなんと異世界の魔法学園だった! そしてコンビニごと異世界へ転生してしまった渚は、知らぬ間に魔法学園のコンビニ店員として働くことになってしまい・・・ フリーター男子は今日もイケメンたちに甘やかされ、異世界でもバイト三昧の日々です!

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

はるはう
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子 ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ そんな主人公が、BLゲームの世界で モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを 楽しみにしていた。 だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない…… そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし BL要素は、軽めです。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

処理中です...