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シュヴァイゼルの思惑
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いつもとは異なるニイナの神妙な面持ちに、ナターシャは怪訝そうにそれを受け取った。
「これは、大分古いもののようだが…」
読んでみろと促すと、ナターシャのか細い指がそっと頁をめくり始める。怪訝そうにしていた表情は、頁を読み進める度に次第と青ざめていった。
「…何と言うことじゃ。このようなことが…。」
その様子をこれまた怪訝そうに見ていた他の妃たちは、眉を顰めて黙り込んでいる。勿論ルドルフもだ。
「ノアはね、ずっと隠し通してきたが、稀に現れる王子でありながら子を産める王族だ。」
「…なんとなくだがな、そうかもしれんと思っておった。」
食い入るように読み進めていた綴り本から視線を上げると、ナターシャは呟いた。
「ああ、そうよねえ。やっぱりねえ。」
「ノアの髪を整えていたのはいつも私だわ。私だってそれぐらい感じていたもん。」
「ほう、やはりそうか。」
「ワタシモ、シッテタヨ。」
「気がつかなかったある。皆んなすごいある。でも、なんか納得あるよ。」
「皆様も気がつかれていたのですね。」
「暗黙の了解ってとこかしら。」
「あらあら、まあまあ、ノアちゃんったらお母さんになれるのねえ。」
最後にそう言ってうふふふと笑う九妃の様子に、肩の力が抜けそうだ。
ナターシャはなんとなく気がついているだろうと考えてはいたが、他の妃らの反応は想定外だ。
ナターシャが後宮入りを認めた妃らは、見た目とは裏腹に皆肝が据わっている者たちばかりだ。
「喜ばしいことばかりではない。ナターシャ、皆にもそれを見せてやれ。」
順番に綴り本に目を通していく妃たちは、ナターシャ同様次々と顔が青ざめていった。
最後にルドルフが受け取り目を通すと、元々凶悪な顔を歪め、その顔はさらに凶悪なものになってしまった。
「ノアは子を宿せるばかりでなく、あの見た目だ。マホという者が現れ、周りがどれだけ騒がしいものになったか、其方達も感じているだろう。黒髪というだけで、あれ程の騒ぎようだ。」
ルドルフから私の元へと綴り本が返される。
ノアが生まれてからこの綴り本のことを思い出し、何度も読み返してきた。胸糞が悪くなる内容だが、目を背けることはできない。
ぱらぱらと頁を捲る。
三人目にしないために、わたしはノアを秘匿することにしたのだ。
「なぜノアをあそこまで徹底し秘匿し続けてきたのか、其方達ももう理解できただろう?」
そう、理解した筈だ。
数少ないノアのような王族のうち、過去に二人の者が成年を前に亡くなっている。
表向きは不治の病によるものだ。
だがこの綴り本には、王族直系の者たちだけに語り継がれてきた忌まわしい過去が記されている。
二人の死因は、どちらも自死だ。
彼らは懸想を超え尋常ではない執着を抱く者達に拐かされ、そして無理矢理に身体を暴かれた。
発見されたときの描写は何度読んでも胸糞が悪くなる。
妃らには堪える内容だろう。
だがその先がもっと悲惨だ。
二人はまるで呪いにでもかけられたかのように、憎むべきその相手の身体を求めるようになってしまった。
心では拒否しているのに、身体が求める。その者らを処罰しようにも、当の本人がいざその場になるとそれを拒否してしまうため、処罰することさえすぐには叶わなかったと言う。
心と身体の行き違いは次第に彼らの精神を蝕み、そして最後は自ら命を絶ってしまった。
一人目の事件から警戒は強められていた筈であるのに、どんなに警備を強化してもふとした瞬間に魔の時は訪れるものだ。
幸いニイナ自身が望み、ニイナはひっそりと九妃の座におさまった。第一王子であればこうはいかなかっただろうが、ノアは第十王子だ。誰の関心をひくこともないままノアは生まれた。
わたしはこの子が成人するまで、この子を隠し通すことを決めた。
三人目にしないためにも誰が見ても素晴らしい伴侶を探し、そして穏やかに生涯を過ごさせてやりたい。
ノアを秘匿するにはうってつけの部屋があり、そのためには妃らの協力が不可欠だった。
ナターシャを中心に皆よく守ってくれた。正直、想像以上だ。
「皆んな、今までよくやってくれた。感謝してるよ。」
「あのように命じられれば、しょうがないであろう。其方は、命じる際に言っていたではないか。忘れたのか?」
「…何と言ったかな?」
「ノアのことが漏れれば、皆…」
「一様に処罰する。」
十人が声を揃えた。
ああ、そんなこと言ったかな。秘匿したノアのことが知れ渡れば、犯人探しなどせずに全員まとめて罰すると、確かそんな事を言ったかもしれない。
「まあ、誰も漏洩することなく、皆んな無事で良かったじゃないか。」
手を叩いて褒めてやっているのに、誰も嬉しそうじゃない。
ナターシャはまたフンとそっぽを向いてしまった。
「これは、大分古いもののようだが…」
読んでみろと促すと、ナターシャのか細い指がそっと頁をめくり始める。怪訝そうにしていた表情は、頁を読み進める度に次第と青ざめていった。
「…何と言うことじゃ。このようなことが…。」
その様子をこれまた怪訝そうに見ていた他の妃たちは、眉を顰めて黙り込んでいる。勿論ルドルフもだ。
「ノアはね、ずっと隠し通してきたが、稀に現れる王子でありながら子を産める王族だ。」
「…なんとなくだがな、そうかもしれんと思っておった。」
食い入るように読み進めていた綴り本から視線を上げると、ナターシャは呟いた。
「ああ、そうよねえ。やっぱりねえ。」
「ノアの髪を整えていたのはいつも私だわ。私だってそれぐらい感じていたもん。」
「ほう、やはりそうか。」
「ワタシモ、シッテタヨ。」
「気がつかなかったある。皆んなすごいある。でも、なんか納得あるよ。」
「皆様も気がつかれていたのですね。」
「暗黙の了解ってとこかしら。」
「あらあら、まあまあ、ノアちゃんったらお母さんになれるのねえ。」
最後にそう言ってうふふふと笑う九妃の様子に、肩の力が抜けそうだ。
ナターシャはなんとなく気がついているだろうと考えてはいたが、他の妃らの反応は想定外だ。
ナターシャが後宮入りを認めた妃らは、見た目とは裏腹に皆肝が据わっている者たちばかりだ。
「喜ばしいことばかりではない。ナターシャ、皆にもそれを見せてやれ。」
順番に綴り本に目を通していく妃たちは、ナターシャ同様次々と顔が青ざめていった。
最後にルドルフが受け取り目を通すと、元々凶悪な顔を歪め、その顔はさらに凶悪なものになってしまった。
「ノアは子を宿せるばかりでなく、あの見た目だ。マホという者が現れ、周りがどれだけ騒がしいものになったか、其方達も感じているだろう。黒髪というだけで、あれ程の騒ぎようだ。」
ルドルフから私の元へと綴り本が返される。
ノアが生まれてからこの綴り本のことを思い出し、何度も読み返してきた。胸糞が悪くなる内容だが、目を背けることはできない。
ぱらぱらと頁を捲る。
三人目にしないために、わたしはノアを秘匿することにしたのだ。
「なぜノアをあそこまで徹底し秘匿し続けてきたのか、其方達ももう理解できただろう?」
そう、理解した筈だ。
数少ないノアのような王族のうち、過去に二人の者が成年を前に亡くなっている。
表向きは不治の病によるものだ。
だがこの綴り本には、王族直系の者たちだけに語り継がれてきた忌まわしい過去が記されている。
二人の死因は、どちらも自死だ。
彼らは懸想を超え尋常ではない執着を抱く者達に拐かされ、そして無理矢理に身体を暴かれた。
発見されたときの描写は何度読んでも胸糞が悪くなる。
妃らには堪える内容だろう。
だがその先がもっと悲惨だ。
二人はまるで呪いにでもかけられたかのように、憎むべきその相手の身体を求めるようになってしまった。
心では拒否しているのに、身体が求める。その者らを処罰しようにも、当の本人がいざその場になるとそれを拒否してしまうため、処罰することさえすぐには叶わなかったと言う。
心と身体の行き違いは次第に彼らの精神を蝕み、そして最後は自ら命を絶ってしまった。
一人目の事件から警戒は強められていた筈であるのに、どんなに警備を強化してもふとした瞬間に魔の時は訪れるものだ。
幸いニイナ自身が望み、ニイナはひっそりと九妃の座におさまった。第一王子であればこうはいかなかっただろうが、ノアは第十王子だ。誰の関心をひくこともないままノアは生まれた。
わたしはこの子が成人するまで、この子を隠し通すことを決めた。
三人目にしないためにも誰が見ても素晴らしい伴侶を探し、そして穏やかに生涯を過ごさせてやりたい。
ノアを秘匿するにはうってつけの部屋があり、そのためには妃らの協力が不可欠だった。
ナターシャを中心に皆よく守ってくれた。正直、想像以上だ。
「皆んな、今までよくやってくれた。感謝してるよ。」
「あのように命じられれば、しょうがないであろう。其方は、命じる際に言っていたではないか。忘れたのか?」
「…何と言ったかな?」
「ノアのことが漏れれば、皆…」
「一様に処罰する。」
十人が声を揃えた。
ああ、そんなこと言ったかな。秘匿したノアのことが知れ渡れば、犯人探しなどせずに全員まとめて罰すると、確かそんな事を言ったかもしれない。
「まあ、誰も漏洩することなく、皆んな無事で良かったじゃないか。」
手を叩いて褒めてやっているのに、誰も嬉しそうじゃない。
ナターシャはまたフンとそっぽを向いてしまった。
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