25 / 73
黒髪の少年
24
しおりを挟む
「突然現れたのです。」
そう、突然だった。あの者が現れた瞬間を見ていたのは、わたしと第一王子しかいない。
毎朝必ず訓練所で身体を動かし、汗を流してからノア様の元へ向かうことが習慣になっている。
誰もいない朝の訓練所に、第一王子シュヴァリエ様が現れるようになったのは剣術大会の翌日からだ。
初めはわたしの姿に目を見張り、警戒する様子で近づいてくることはなかった。互いに距離を取りながら思い思いに身体を動かし、時には剣を振る。
「おい、手合わせしろ。」
そんな日が数日続いたある日、シュヴァリエ様から声を掛けられた。
シュヴァリエ様は、筋がいい。ただ派手な立ち回りを好むため、隙ができやすい。
無言のまま、その日から何度も手合わせをした。シュヴァリエ様が何かを掴んでくだされば、それでいい。いずれは王になられるお方だ。騎士として生計をたてていく訳ではない。
今朝も二人だけで手合わせをしていると、どんと響く音と共に、その者が突然現れた。
何もなかった訓練場の片隅に。
王子を狙う間者かと緊張が走ったが、現れたのは、ノア様と同じ黒髪の不思議な出立ちの少年だった。
その黒髪に、まさかノア様かと息をのんだが、見上げて来る顔は、ノア様とは似ても似つかないものだった。
「…ユーリ?」
「何者だ?」
どこから現れたのか、不審な者をそのままにしておく訳にはいかず拘束するも、その者はとても非力で、わたしのされるがまま抵抗する素振りすらみせなかった。
呆然と立ち尽くす王子に声をかけ、ルドルフ様を呼びに向かうと、数人の騎士を引き連れてルドルフさまがやってきた。
後はルドルフ様と王子にお任せすればいい。だいぶ時間を取られたため、お待たせしているノア様の元へ向かおうとすると、ぐいっとローブを引っ張られた。
「…ねえ、ここ何処?」
それには答えず、その場を離れようとすると、行かないでと引き止められる。
何故だ?わたしは、この者など知らない。ユーリと言う名前でもない。
「ユリウス、知り合いか?」
ルドルフ様からも聞かれたが、全く知らない。
「ユリウス、いいからお前も来い。この者が現れた瞬間を見たのは、わたしとお前だけだ。」
王子の言葉にルドルフ様を振り返ると、苦い顔をしたまま頷いている。従えという意味だ。
そこから、王や王妃たちが集まるまで、シュヴァリエ様と共にずっとその者を見張らされた。
珍しい黒髪に黒目をしたその者に、シュヴァリエ様も騎士達も、王宮で働く者たちも皆が釘づけになっているようだった。
ノア様を知っていれば、なんと言うこともない。ノア様は、この者なんかより……ずっと……
ずっと?
王と集められた妃たちの前で目にした出来事について話しをすると、やっと解放された。
王と妃たちは、驚くほどとても冷静だった。
その者の姿にも特に何の反応も示さず、淡々としている。
当たり前だが、皆ノア様を知るお方たちだ。
そのまますぐにノア様の元へ向かおうとして思い直し、さっと汗を流してから向かうことにした。
ノア様からは、いつも甘い砂糖菓子のような香りがする。あの部屋の中もそうだ。
あの中に、汗臭さを持ち込む訳にはいかない。
流した汗が石鹸の泡とともに排水溝に流れる様を見ていて、朝食は準備してしてきたと、ルドルフ様から小声で伝えられた事を思い出す。
ルドルフ様が訪れたのだから、ノア様もきっとお喜びになっただろう。ルドルフ様とノア様の間には、見えない信頼関係のようなものが存在している。
わたしは、所詮ただの後釜だ。
本来なら、わたしのような貴族の端くれが王族の護衛など相応しくないのに、ノア様は屈託ない姿で受け入れて下さった。
濡れた身体を拭いて、頂いたメダルを首にかける。
今ごろ何をなさっているのだろうか?
わたしがいなくとも、あの部屋でいつもと変わりなくお過ごしになっているだろう。今日は昨日の続きの本でもお読みになっているだろうか。
待たれていなくとも、わたしはノア様の護衛だ。
早足でノア様の元へ向かっていると、後宮の入り口近くでまたあの者に呼び止められた。
ユーリと、まるで愛称のように呼び掛けてくる。誰もユーリなどと呼んでくる物はいなかった。
シュヴァリエ様と騎士達に連れて行かれるのを見届け、やっと後宮へ入れると思って、目を見張った。
門を抜け入り口まで続く道の真ん中にマントを羽織って立ち尽くしていたのは、ノア様だ。
見間違えるはずはない。
何故此処にと思う前に、身体が先に動いていた。
門番も、シュヴァリエ様も騎士達も、幸い誰も気が付いてはいないようだ。
隠す様にローブに包み上げると、ふんわりと甘いノア様の香りが漂い、汗を流してきて良かったとそれだけはほっとした。
「ユリ…ウス…」
その声にはっとした。
見上げて来るその顔は、やはりあの者とは似ても似つかない。
ノア様は、唯一無二のお方だ。
もしわたしがこの場にいなければ、一体どうなっていたのだろう。
あのまま万が一門を潜り抜けたとして、ノア様は何処へ向かうつもりだったのか。
ノア様が城内に現れたら、あの者どころの騒ぎではない。
どうして、いつもわたしがいない時に…。
そう、突然だった。あの者が現れた瞬間を見ていたのは、わたしと第一王子しかいない。
毎朝必ず訓練所で身体を動かし、汗を流してからノア様の元へ向かうことが習慣になっている。
誰もいない朝の訓練所に、第一王子シュヴァリエ様が現れるようになったのは剣術大会の翌日からだ。
初めはわたしの姿に目を見張り、警戒する様子で近づいてくることはなかった。互いに距離を取りながら思い思いに身体を動かし、時には剣を振る。
「おい、手合わせしろ。」
そんな日が数日続いたある日、シュヴァリエ様から声を掛けられた。
シュヴァリエ様は、筋がいい。ただ派手な立ち回りを好むため、隙ができやすい。
無言のまま、その日から何度も手合わせをした。シュヴァリエ様が何かを掴んでくだされば、それでいい。いずれは王になられるお方だ。騎士として生計をたてていく訳ではない。
今朝も二人だけで手合わせをしていると、どんと響く音と共に、その者が突然現れた。
何もなかった訓練場の片隅に。
王子を狙う間者かと緊張が走ったが、現れたのは、ノア様と同じ黒髪の不思議な出立ちの少年だった。
その黒髪に、まさかノア様かと息をのんだが、見上げて来る顔は、ノア様とは似ても似つかないものだった。
「…ユーリ?」
「何者だ?」
どこから現れたのか、不審な者をそのままにしておく訳にはいかず拘束するも、その者はとても非力で、わたしのされるがまま抵抗する素振りすらみせなかった。
呆然と立ち尽くす王子に声をかけ、ルドルフ様を呼びに向かうと、数人の騎士を引き連れてルドルフさまがやってきた。
後はルドルフ様と王子にお任せすればいい。だいぶ時間を取られたため、お待たせしているノア様の元へ向かおうとすると、ぐいっとローブを引っ張られた。
「…ねえ、ここ何処?」
それには答えず、その場を離れようとすると、行かないでと引き止められる。
何故だ?わたしは、この者など知らない。ユーリと言う名前でもない。
「ユリウス、知り合いか?」
ルドルフ様からも聞かれたが、全く知らない。
「ユリウス、いいからお前も来い。この者が現れた瞬間を見たのは、わたしとお前だけだ。」
王子の言葉にルドルフ様を振り返ると、苦い顔をしたまま頷いている。従えという意味だ。
そこから、王や王妃たちが集まるまで、シュヴァリエ様と共にずっとその者を見張らされた。
珍しい黒髪に黒目をしたその者に、シュヴァリエ様も騎士達も、王宮で働く者たちも皆が釘づけになっているようだった。
ノア様を知っていれば、なんと言うこともない。ノア様は、この者なんかより……ずっと……
ずっと?
王と集められた妃たちの前で目にした出来事について話しをすると、やっと解放された。
王と妃たちは、驚くほどとても冷静だった。
その者の姿にも特に何の反応も示さず、淡々としている。
当たり前だが、皆ノア様を知るお方たちだ。
そのまますぐにノア様の元へ向かおうとして思い直し、さっと汗を流してから向かうことにした。
ノア様からは、いつも甘い砂糖菓子のような香りがする。あの部屋の中もそうだ。
あの中に、汗臭さを持ち込む訳にはいかない。
流した汗が石鹸の泡とともに排水溝に流れる様を見ていて、朝食は準備してしてきたと、ルドルフ様から小声で伝えられた事を思い出す。
ルドルフ様が訪れたのだから、ノア様もきっとお喜びになっただろう。ルドルフ様とノア様の間には、見えない信頼関係のようなものが存在している。
わたしは、所詮ただの後釜だ。
本来なら、わたしのような貴族の端くれが王族の護衛など相応しくないのに、ノア様は屈託ない姿で受け入れて下さった。
濡れた身体を拭いて、頂いたメダルを首にかける。
今ごろ何をなさっているのだろうか?
わたしがいなくとも、あの部屋でいつもと変わりなくお過ごしになっているだろう。今日は昨日の続きの本でもお読みになっているだろうか。
待たれていなくとも、わたしはノア様の護衛だ。
早足でノア様の元へ向かっていると、後宮の入り口近くでまたあの者に呼び止められた。
ユーリと、まるで愛称のように呼び掛けてくる。誰もユーリなどと呼んでくる物はいなかった。
シュヴァリエ様と騎士達に連れて行かれるのを見届け、やっと後宮へ入れると思って、目を見張った。
門を抜け入り口まで続く道の真ん中にマントを羽織って立ち尽くしていたのは、ノア様だ。
見間違えるはずはない。
何故此処にと思う前に、身体が先に動いていた。
門番も、シュヴァリエ様も騎士達も、幸い誰も気が付いてはいないようだ。
隠す様にローブに包み上げると、ふんわりと甘いノア様の香りが漂い、汗を流してきて良かったとそれだけはほっとした。
「ユリ…ウス…」
その声にはっとした。
見上げて来るその顔は、やはりあの者とは似ても似つかない。
ノア様は、唯一無二のお方だ。
もしわたしがこの場にいなければ、一体どうなっていたのだろう。
あのまま万が一門を潜り抜けたとして、ノア様は何処へ向かうつもりだったのか。
ノア様が城内に現れたら、あの者どころの騒ぎではない。
どうして、いつもわたしがいない時に…。
47
お気に入りに追加
174
あなたにおすすめの小説
転生場所は嫌われ所
あぎ
BL
会社員の千鶴(ちずる)は、今日も今日とて残業で、疲れていた
そんな時、男子高校生が、きらりと光る穴へ吸い込まれたのを見た。
※
※
最近かなり頻繁に起こる、これを皆『ホワイトルーム現象』と読んでいた。
とある解析者が、『ホワイトルーム現象が起きた時、その場にいると私たちの住む現実世界から望む仮想世界へ行くことが出来ます。』と、発表したが、それ以降、ホワイトルーム現象は起きなくなった
※
※
そんな中、千鶴が見たのは何年も前に消息したはずのホワイトルーム現象。可愛らしい男の子が吸い込まれていて。
彼を助けたら、解析者の言う通りの異世界で。
16:00更新
なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない
迷路を跳ぶ狐
BL
自己中な無表情と言われて、恋人と別れたクレッジは冒険者としてぼんやりした毎日を送っていた。
恋愛なんて辛いこと、もうしたくなかった。大体のことはなんでも諦めてのんびりした毎日を送っていたのに、また好きな人ができてしまう。
しかし、告白しようと思っていた大事な日に、知り合いの貴族から、その人が男娼になることを聞いたクレッジは、そんなの黙って見ていられないと止めに急ぐが、好きな人はなんだか様子がおかしくて……。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
スキルも魔力もないけど異世界転移しました
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!!
入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。
死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。
そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。
「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」
「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」
チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。
「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。
6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。
お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?
麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。
異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい
だいず
BL
平凡な生活を送っていた主人公、宇久田冬晴は、ある日異世界に召喚される。「転移者」となった冬晴の仕事は、魔女の予言を授かることだった。慣れない生活に戸惑う冬晴だったが、そんな冬晴を支える人物が現れる。グレンノルト・シルヴェスター、国の騎士団で団長を務める彼は、何も知らない冬晴に、世界のこと、国のこと、様々なことを教えてくれた。そんなグレンノルトに冬晴は次第に惹かれていき___
1度は愛し合った2人が過去のしがらみを断ち切り、再び結ばれるまでの話。
※設定上2人が仲良くなるまで時間がかかります…でもちゃんとハッピーエンドです!
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる