上 下
6 / 73
秘匿された王子

5

しおりを挟む
わたしを見つめる瞳は淡い薄紫色、そして初めて目にする漆黒の黒髪、それは見る者全てを虜にしてしまうような美しさだった。

十になったと聞いていたその身体つきは華奢で、同年齢の他の子と比べればだいぶ小柄かもしれない。

だが醸し出す雰囲気は十の子どもの持つ雰囲気なんかではない。

この姿で、しかも子を成せるなど世に知られたら…

ノア様がふいっと顔を背け軽く身を捩ると、真っ白な御足からは張り付いていた数個の部品がぽとぽとと床に落ちて転がった。

わたしの食い入るような視線が恐ろしかったのかもしれない。

ようやくわたしも我に返った。

そして、理解した。
 
シュヴァイゼルがここまでしてノア様を秘匿する理由を。

あの美しさは人を惑わす。さらにシュヴァイゼルの怪しく光る薄紫色の瞳を受け継いだ王子は他にいない。

希少な黒髪。

この国唯一の子を成せる男子。

子を成せる相手は一人のみ。

しかも、第十とは言えこの国の王子だ。

この存在が知られれば、大変な騒ぎどころではない。

この国のみならず、周辺諸国まで巻き込んでのノア様争奪戦が起こるだろう。

手段を選ばずに拐かされる恐れだってある。

シュヴァイゼルがわたしに護衛を命じたのは、わたしが決してノア様に惑わされることがないと知った上でのこと。

わたしたち一族もある意味特殊な存在だ。

一度結婚してしまえば、生涯ほかの者に目移りすることはない。

わたし以外いない。

シュヴァイゼルが言ったことは本当だったのだ。

「ノア、これからはこのルドルフが護衛についてくれるよ。いいね。」

護衛の件は既に決定事項だ。

抱きかかえたノア様に何度も頬擦りしながら、シュヴァイゼルが告げる。

この溺愛ぶりは凄まじい。

他の王子を抱き上げ、しかも何度も頬擦りする姿など見たことがない。

「ふうん。鬼の護衛か…悪くないな。母さんに教えてあげないと…」

ノア様は繰り返される頬擦りを鬱陶しそうに手で払いながら何か呟いている。

「ノア様、これから護衛を務めるルドルフと申します。」

「うん。よろしく。護衛がついたから、外に出られるんだよね?」

期待に満ちた目をしているが、それはまだきっと先の話しだ。

まだ公にすることはできないだろう。

「駄目だよ、ノア。そんなにここが嫌なら、父さんの部屋に移動するかい?」

父さん?

シュヴァイゼルが自分のことを、父さん?

「え、やだ。それならまだここにいた方がいい。」

第一王子ですら、ここまで砕けた話し方はしない。できないだろう。許されているのは、きっとノア様だけだ。

あのシュヴァイゼルがしゅんとしている。

「母さんが言ってた。どんなに父さんに言われても、絶対部屋までついて行くなって。」

まだお会いしたことはないが、第九側妃はしっかりとしたお方のようだ。

項垂れたシュヴァイゼルの腕から飛び降りると、ノア様はわたしに右手を差し出した。

「ノアだよ。よろしくな。」

見た目とは裏腹で、実際は純粋な幼い少年そのもの。

だからこそ。

「いついかなる時も必ずお守りします。」

小さな右手をとり、額をあてて誓う。

ノア様は、大袈裟だなと少し恥ずかしそうにしていたが、この方に害なす全ての物から本気でお守りしようと、あの日わたしは心に誓った。

ノア様が、たった一人のお相手を見つけられるその時まで。




あれから、三年。

騎士団を取り纏める総司令官が急逝された。まさかの事態に、急遽後継を指名されたのはわたしだ。

ノア様はいまだ後宮奥に秘匿されたまま。

美しさは増すばかりなのに、心は真っさらな少年のまま。この二面性がより一層あの方の魅力を引き立てている。

総司令官を務めながらノア様にお仕えすることは無理だ。

シュヴァイゼルとノア様が納得できる相手、いやわたしが安心して引継ぎできる護衛を探さなければならない。

あの魅力に惑わされず、何をしでかすかわからないあの方を冷静に見守れる騎士…。

口も身持ちも堅い騎士をシュヴァイゼルの了承の元、ノア様に引き合わせるが上手くいかない。

よりにもよって、生脚で出迎えるなど、わたしは頭を抱えた。

まだ十三の子どもに、みな一瞬で虜にされていく。

妻と子がいる騎士でさえ。

残る騎士は1人のみ。

できればユリウスはわたしの右腕として残しておきたかった。

一目見ただけでは、きっと凡庸そうな男にしか見えないだろう。

だが、違う。

冷静沈着な騎士の中の騎士。

数多いる騎士達ですら一目置く恐ろしい男だ。

万が一、ユリウスでさえ駄目ならば、もうシュヴァイゼルの元で囲われるしかないかもしれない。

それだけは、どうしても避けたかった。






























しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

転生場所は嫌われ所

あぎ
BL
会社員の千鶴(ちずる)は、今日も今日とて残業で、疲れていた そんな時、男子高校生が、きらりと光る穴へ吸い込まれたのを見た。 ※ ※ 最近かなり頻繁に起こる、これを皆『ホワイトルーム現象』と読んでいた。 とある解析者が、『ホワイトルーム現象が起きた時、その場にいると私たちの住む現実世界から望む仮想世界へ行くことが出来ます。』と、発表したが、それ以降、ホワイトルーム現象は起きなくなった ※ ※ そんな中、千鶴が見たのは何年も前に消息したはずのホワイトルーム現象。可愛らしい男の子が吸い込まれていて。 彼を助けたら、解析者の言う通りの異世界で。 16:00更新

なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐
BL
 自己中な無表情と言われて、恋人と別れたクレッジは冒険者としてぼんやりした毎日を送っていた。  恋愛なんて辛いこと、もうしたくなかった。大体のことはなんでも諦めてのんびりした毎日を送っていたのに、また好きな人ができてしまう。  しかし、告白しようと思っていた大事な日に、知り合いの貴族から、その人が男娼になることを聞いたクレッジは、そんなの黙って見ていられないと止めに急ぐが、好きな人はなんだか様子がおかしくて……。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

処理中です...