97 / 113
第10章
10
しおりを挟む
ユアンの私室は、温かく、落ち着いた雰囲気に包まれている。
ユアン様の香り………
ユアンのマントを纏い、ユアンの部屋にいる。
そして、ユアンがいる。
リオはまるで、ユアンになったような錯覚に陥いる。
「ここの寝台は一度も使っていないから、少し横になって休んでいてね。今、温かい飲み物を用意してもらうから。」
「あ、これ、お返ししないと…。」
リオは掛けられたマントを脱ごうとして、ユアンに止められた。
「もう少し身体が温まるまで、そのままで。」
「でも……。」
ユアンはもう一度マントを掛け直すと、楽にしていてと言い、部屋を出た。
部屋の外では執事が既に待機している。
「身体が冷え切っています。すぐに温かい飲み物を用意して下さい。客室をすぐに温めて整えるように。わたしは、カイゼル様にお知らせしてきます。」
「お部屋は準備を始めております。飲み物はわたくしがお届けしてもよろしいでしょうか。」
「ええ、お願いします。」
ユアンは執事のことを信頼している。リオのことは心配だが、今は一旦執事に任せておけば、間違いない。
どうしても、ラグアルに言いたいことがある。
カイゼルとラグアルがいるだろう応接の間へと、ユアンは足早に向かった。
扉を叩く音と共にユアンの声が響く。
「カイゼル様、ユアンです。わたしも同席してよろしいでしょうか。」
部屋にいるものとばかり思っていたユアンの突然の訪れに、カイゼルは顔を顰めた。
あれほど、部屋から出ないよう念を押したと言うのに。
「リオ様がいらっしゃっております。入ってもよろしいでしょうか。」
リオという言葉に、ラグアルがいち早く反応し、カイゼルに懇願の目を向ける。
長い長い溜め息の後、カイゼルはユアンの入室を許可した。
部屋へ入ってきたユアンは、ラグアルのことなど目に入らないように、カイゼルの隣りへと赴く。
「カイゼル様、部屋にいるよう申し付けられておりましたが、不測の事態がおきました。部屋を出たこと申し訳ございません。」
カイゼルの目を真っ直ぐに見つめ、それか深々と礼をした。
「…不測の事態とはなんだ?」
「ラグアル様の番様が先程こちらにいらっしゃいました。ラグアル様にお話しがございます。同席してもよろしいでしょうか。できれば、三人だけでお話しがしたいのです。」
「…そうか。わたしの隣りに。」
そう言いながら、カイゼルがラグアルの従者たちを一瞥すると、彼らはそれだけで部屋を出て行った。
部屋の中は、カイゼル、ラグアル、ユアンの三人だけだ。
カイゼルに導かれるまま、その隣りに腰を下ろし、ふうと息を整えると、ユアンは初めてラグアルへと視線を向けた。
「……ご無沙汰しております、ラグアル様。」
「………ユアン。」
二人が面と向かって対面するのは、いつぶりだろうか。
ユアンがラグアルへ別れを告げた、あの日以来のことだ。
あの頃より、ユアンは少し大人びて、仄かに色香が漂う。
あの頃と同じ、美しい顔なのに、ラグアルには悲壮感が漂う。
ユアンはラグアルへと静かに微笑んだ。
「ラグアル様。お聞かせ下さい。」
「何を…。」
「なぜリオ様はお一人でここまでいらしたのですか?」
「それ、は………。」
「なぜあのような姿で?あのように震え、たった一人でこちらへ?もし、わたしが気がつかなければ、今頃どうなっていたかわかりません。」
ユアンからは、静かな怒りが漂う。
カイゼルも初めて目にする姿だ。
「リオは、無事なんだろうか…。」
「ええ、今はわたしの部屋で休ませております。」
「……そうか、無事か、リオは、そうか…………よかった。無事で、よかっ、た。ありがとうユアン。」
ラグアルは安堵したのか、目頭を押さえ、しばらく動くことができなかった。
ユアンとカイゼルはその様子を静かに見守る。
「…リオは、わたしが、今だにユアンを愛していると、そう思い込んで、いる。確かに、わたしはユアンの事を、長い間忘れられずにいたんだ………。」
「っ、お前は、やはり!」
ラグアルへ飛び掛かろうとする勢いのカイゼルをユアンは制した。
「ですが、今は違いますよね。ラグアル様はリオ様を追いかけていらしたのでしょう。違いますか?」
「…そうだ。すまない、ユアン。わたしはやはり、リオを愛している。運命の番だからと、当たり前に思い過ぎていた。こうなって、やっとそれだけではない、リオが大切だと分かった。」
「お前は、ユアンを前に、それを今ここで言うのか!」
声を荒らげるカイゼルをユアンは宥めるように制する。
「いいんです。それでいいんですよ、カイゼル様。ぼくには、カイゼル様がいるから。」
「リオは、返そうとしていた。何のことだか、わたしにはわからなかった。何を返そうとしているのか、リオはおそらく、ユアンを……………わたしに、返そうとしている。」
「一体何を言っているんだ!」
立ち上がろうとするカイゼルにユアンが抱きつく。
「大丈夫です。大丈夫ですから、カイゼル様。今のラグアル様を見ていれば、わかります。ラグアル様はリオ様を本当に愛しています。」
ユアンはもう一度、ラグアルへと向き合った。
「ラグアル様、リオ様はずっと誤解したままなのですね。誤解を解こうとなさったのですか?」
「何度も愛していると、リオだけだと言っても、もう今のリオには、まるで響かない。どうしたらいいのか、わたしにはもう……。」
ラグアルは項垂れている。
「ラグアル様。わたしたちは、運命を、運命の番という存在を、安易に受け入れてしまいました。わたしも、ラグアル様も。わたしたちは、何も抗わなかった。そう思いませんか?」
ユアンが、ラグアルへと静かに語り始めた。
ユアン様の香り………
ユアンのマントを纏い、ユアンの部屋にいる。
そして、ユアンがいる。
リオはまるで、ユアンになったような錯覚に陥いる。
「ここの寝台は一度も使っていないから、少し横になって休んでいてね。今、温かい飲み物を用意してもらうから。」
「あ、これ、お返ししないと…。」
リオは掛けられたマントを脱ごうとして、ユアンに止められた。
「もう少し身体が温まるまで、そのままで。」
「でも……。」
ユアンはもう一度マントを掛け直すと、楽にしていてと言い、部屋を出た。
部屋の外では執事が既に待機している。
「身体が冷え切っています。すぐに温かい飲み物を用意して下さい。客室をすぐに温めて整えるように。わたしは、カイゼル様にお知らせしてきます。」
「お部屋は準備を始めております。飲み物はわたくしがお届けしてもよろしいでしょうか。」
「ええ、お願いします。」
ユアンは執事のことを信頼している。リオのことは心配だが、今は一旦執事に任せておけば、間違いない。
どうしても、ラグアルに言いたいことがある。
カイゼルとラグアルがいるだろう応接の間へと、ユアンは足早に向かった。
扉を叩く音と共にユアンの声が響く。
「カイゼル様、ユアンです。わたしも同席してよろしいでしょうか。」
部屋にいるものとばかり思っていたユアンの突然の訪れに、カイゼルは顔を顰めた。
あれほど、部屋から出ないよう念を押したと言うのに。
「リオ様がいらっしゃっております。入ってもよろしいでしょうか。」
リオという言葉に、ラグアルがいち早く反応し、カイゼルに懇願の目を向ける。
長い長い溜め息の後、カイゼルはユアンの入室を許可した。
部屋へ入ってきたユアンは、ラグアルのことなど目に入らないように、カイゼルの隣りへと赴く。
「カイゼル様、部屋にいるよう申し付けられておりましたが、不測の事態がおきました。部屋を出たこと申し訳ございません。」
カイゼルの目を真っ直ぐに見つめ、それか深々と礼をした。
「…不測の事態とはなんだ?」
「ラグアル様の番様が先程こちらにいらっしゃいました。ラグアル様にお話しがございます。同席してもよろしいでしょうか。できれば、三人だけでお話しがしたいのです。」
「…そうか。わたしの隣りに。」
そう言いながら、カイゼルがラグアルの従者たちを一瞥すると、彼らはそれだけで部屋を出て行った。
部屋の中は、カイゼル、ラグアル、ユアンの三人だけだ。
カイゼルに導かれるまま、その隣りに腰を下ろし、ふうと息を整えると、ユアンは初めてラグアルへと視線を向けた。
「……ご無沙汰しております、ラグアル様。」
「………ユアン。」
二人が面と向かって対面するのは、いつぶりだろうか。
ユアンがラグアルへ別れを告げた、あの日以来のことだ。
あの頃より、ユアンは少し大人びて、仄かに色香が漂う。
あの頃と同じ、美しい顔なのに、ラグアルには悲壮感が漂う。
ユアンはラグアルへと静かに微笑んだ。
「ラグアル様。お聞かせ下さい。」
「何を…。」
「なぜリオ様はお一人でここまでいらしたのですか?」
「それ、は………。」
「なぜあのような姿で?あのように震え、たった一人でこちらへ?もし、わたしが気がつかなければ、今頃どうなっていたかわかりません。」
ユアンからは、静かな怒りが漂う。
カイゼルも初めて目にする姿だ。
「リオは、無事なんだろうか…。」
「ええ、今はわたしの部屋で休ませております。」
「……そうか、無事か、リオは、そうか…………よかった。無事で、よかっ、た。ありがとうユアン。」
ラグアルは安堵したのか、目頭を押さえ、しばらく動くことができなかった。
ユアンとカイゼルはその様子を静かに見守る。
「…リオは、わたしが、今だにユアンを愛していると、そう思い込んで、いる。確かに、わたしはユアンの事を、長い間忘れられずにいたんだ………。」
「っ、お前は、やはり!」
ラグアルへ飛び掛かろうとする勢いのカイゼルをユアンは制した。
「ですが、今は違いますよね。ラグアル様はリオ様を追いかけていらしたのでしょう。違いますか?」
「…そうだ。すまない、ユアン。わたしはやはり、リオを愛している。運命の番だからと、当たり前に思い過ぎていた。こうなって、やっとそれだけではない、リオが大切だと分かった。」
「お前は、ユアンを前に、それを今ここで言うのか!」
声を荒らげるカイゼルをユアンは宥めるように制する。
「いいんです。それでいいんですよ、カイゼル様。ぼくには、カイゼル様がいるから。」
「リオは、返そうとしていた。何のことだか、わたしにはわからなかった。何を返そうとしているのか、リオはおそらく、ユアンを……………わたしに、返そうとしている。」
「一体何を言っているんだ!」
立ち上がろうとするカイゼルにユアンが抱きつく。
「大丈夫です。大丈夫ですから、カイゼル様。今のラグアル様を見ていれば、わかります。ラグアル様はリオ様を本当に愛しています。」
ユアンはもう一度、ラグアルへと向き合った。
「ラグアル様、リオ様はずっと誤解したままなのですね。誤解を解こうとなさったのですか?」
「何度も愛していると、リオだけだと言っても、もう今のリオには、まるで響かない。どうしたらいいのか、わたしにはもう……。」
ラグアルは項垂れている。
「ラグアル様。わたしたちは、運命を、運命の番という存在を、安易に受け入れてしまいました。わたしも、ラグアル様も。わたしたちは、何も抗わなかった。そう思いませんか?」
ユアンが、ラグアルへと静かに語り始めた。
18
お気に入りに追加
746
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
記憶喪失の君と…
R(アール)
BL
陽は湊と恋人だった。
ひねくれて誰からも愛されないような陽を湊だけが可愛いと、好きだと言ってくれた。
順風満帆な生活を送っているなか、湊が記憶喪失になり、陽のことだけを忘れてしまって…!
ハッピーエンド保証
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる