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第10章
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「リオ、庭の手入れを手伝ってみるかい?」
ラグアルからの突然の申し出に、リオは訝しげに顔を上げた。
読んでいた本を閉じ、ラグアルの真意を確かめようと、思案する。
「…急に、どうしたんですか?」
「ずっと、リオには無理を強いてきた。これからは、リオの好きなことをしたっていいんだ。初めて出会った時も花に埋もれていただろう。」
リオを見つめるラグアルの目は優しい。
それが仮初めだとしても。
「いいえ。他にしなければならないことがあるから。…いいんです。ごめんなさい。」
「どうして謝るんだ?何も謝る必要はない。」
以前のリオなら、喜んでその申し出を受け入れていた。
でも今は、他にすることがあるのだ。嘘ではない。
「他に、何をするんだい?」
「…もっと、学ばなければならないことが多いから…」
それだけを言うと、閉じた本を開き直し、リオは読みかけの本へとまた目を落とした。
ずっと部屋に閉じこもっていたリオは、あの日を境に、また普通の日常を取り戻したかのように見える。
一瞬だけ、リオ本来の姿を垣間見せたあの日から。
リオが本音を吐露したあの日から。
心配していた公爵家の人々は胸を撫で下ろした。
それでも、ラグアルの目に映るリオの姿は、以前のリオとはどこか違う。
その違和感が何なのか、ラグアルにはまだ分からない。
何かを考え込むように物思いに耽るリオの姿は、どこか危う気だ。
リオはラグアルへ発した言葉を、今になって自分自身で反芻している。
_____運命の番だから、選んだだけなんだよ。
自分はどうなのだろう。
リオのことを、運命の番だと愛してくれるラグアルを求めていただけではないか?
運命の番でなくても、あの2人は愛し合っていた。きっと、求め合っていた。
それを邪魔したのは自分だ。
使用人たちから、リオ様、リオ様と呼ばれる度に、本当はユアン様だったのに、ユアン様がいるはずだったのにと、リオにはそう聞こえる。
みんな、ユアン様だったら良かったのにと、きっとそう思っているに違いない。
早くしなくちゃと、リオは焦る。
ラグアルをユアンに、
ユアンをラグアルに、
早く返さなければいけない。
分かっているのに、もう少し、もう少しと、時間だけが随分と経ってしまった。
リオが字を書く練習をする隣りで、ラグアルが本を読みながら、その様子を確認しては褒めてくれたり、間違いを正してくれたり、そんな静かな時間が好きだ。
いつもきちんとしているラグアルが、朝の寝起きは悪くて、しばらく起きれずにリオに抱きつく姿が好きだ。
やっと起きた2人の髪が変にはねていて、お互いに笑い合うあの時間が好きだ。
難しい顔をしていたのに、リオを見ると綻ぶあの顔が。
「リオ」と呼ぶ、涼し気な声が。
リオだけを映す薄紫の瞳が。
……全部、全部、ユアン様に返さないと。
日中は物思いに耽り、どこか遠くを見つめるリオは、夜になるとラグアルを求めてやまない。
無理をしなくていいと言うラグアルに、無理を言って抱いてもらう。
抱かれながら、何度も何度も名前を呼んで欲しいとせがむ。
「リオ、リオ、リオ、どうしたんだ?なぜ、こんなにっ……」
「だって、愛しているから、ラグアルさまも、愛しているでしょう……」
リオは幸せそうに微笑んでいる。
見たことのないような表情だ。
「ラグアル様、愛し、てる…」
「リオ…?」
ふふふと笑うリオに、ラグアルは感じていた違和感が何なのか、やっと気がついた。
リオ、リオ、リオ…………
ユアン、ユアン、ユアン…………
リオにはずっと、そう聞こえている。
ユアンと呼ばれる度、心の底から愛されていると実感できる。
その瞬間だけ、リオは幸せだ。
ラグアルからの突然の申し出に、リオは訝しげに顔を上げた。
読んでいた本を閉じ、ラグアルの真意を確かめようと、思案する。
「…急に、どうしたんですか?」
「ずっと、リオには無理を強いてきた。これからは、リオの好きなことをしたっていいんだ。初めて出会った時も花に埋もれていただろう。」
リオを見つめるラグアルの目は優しい。
それが仮初めだとしても。
「いいえ。他にしなければならないことがあるから。…いいんです。ごめんなさい。」
「どうして謝るんだ?何も謝る必要はない。」
以前のリオなら、喜んでその申し出を受け入れていた。
でも今は、他にすることがあるのだ。嘘ではない。
「他に、何をするんだい?」
「…もっと、学ばなければならないことが多いから…」
それだけを言うと、閉じた本を開き直し、リオは読みかけの本へとまた目を落とした。
ずっと部屋に閉じこもっていたリオは、あの日を境に、また普通の日常を取り戻したかのように見える。
一瞬だけ、リオ本来の姿を垣間見せたあの日から。
リオが本音を吐露したあの日から。
心配していた公爵家の人々は胸を撫で下ろした。
それでも、ラグアルの目に映るリオの姿は、以前のリオとはどこか違う。
その違和感が何なのか、ラグアルにはまだ分からない。
何かを考え込むように物思いに耽るリオの姿は、どこか危う気だ。
リオはラグアルへ発した言葉を、今になって自分自身で反芻している。
_____運命の番だから、選んだだけなんだよ。
自分はどうなのだろう。
リオのことを、運命の番だと愛してくれるラグアルを求めていただけではないか?
運命の番でなくても、あの2人は愛し合っていた。きっと、求め合っていた。
それを邪魔したのは自分だ。
使用人たちから、リオ様、リオ様と呼ばれる度に、本当はユアン様だったのに、ユアン様がいるはずだったのにと、リオにはそう聞こえる。
みんな、ユアン様だったら良かったのにと、きっとそう思っているに違いない。
早くしなくちゃと、リオは焦る。
ラグアルをユアンに、
ユアンをラグアルに、
早く返さなければいけない。
分かっているのに、もう少し、もう少しと、時間だけが随分と経ってしまった。
リオが字を書く練習をする隣りで、ラグアルが本を読みながら、その様子を確認しては褒めてくれたり、間違いを正してくれたり、そんな静かな時間が好きだ。
いつもきちんとしているラグアルが、朝の寝起きは悪くて、しばらく起きれずにリオに抱きつく姿が好きだ。
やっと起きた2人の髪が変にはねていて、お互いに笑い合うあの時間が好きだ。
難しい顔をしていたのに、リオを見ると綻ぶあの顔が。
「リオ」と呼ぶ、涼し気な声が。
リオだけを映す薄紫の瞳が。
……全部、全部、ユアン様に返さないと。
日中は物思いに耽り、どこか遠くを見つめるリオは、夜になるとラグアルを求めてやまない。
無理をしなくていいと言うラグアルに、無理を言って抱いてもらう。
抱かれながら、何度も何度も名前を呼んで欲しいとせがむ。
「リオ、リオ、リオ、どうしたんだ?なぜ、こんなにっ……」
「だって、愛しているから、ラグアルさまも、愛しているでしょう……」
リオは幸せそうに微笑んでいる。
見たことのないような表情だ。
「ラグアル様、愛し、てる…」
「リオ…?」
ふふふと笑うリオに、ラグアルは感じていた違和感が何なのか、やっと気がついた。
リオ、リオ、リオ…………
ユアン、ユアン、ユアン…………
リオにはずっと、そう聞こえている。
ユアンと呼ばれる度、心の底から愛されていると実感できる。
その瞬間だけ、リオは幸せだ。
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