72 / 113
第8章
4
しおりを挟む
ユアンの部屋では、いまだカイゼルがその膝の上にユアンを抱えたままだ。
「この邸に来るのも久しい。この部屋にも確か一度、入ったことがあるような気がする。懐かしいな。」
ずっとカイゼルの首元に顔を伏せていたユアンが静かに顔を上げ、カイゼルを覗き込む。
「落ち着いたか?」
「…カイゼル様。リオ、と呼ばれていたあの方のことをご存知だったのですか?」
「いや、知り合いではない。」
「でも、お互いに見知っているような、そんな雰囲気でした…」
「………………」
王宮ですれ違っただけのことだ。
あの男と共にいたのを、王宮で見たと話せばいいだけだ。たったそれだけの言葉をカイゼルは言い淀んだ。
ユアンが1人苦しんでいたとき、あの2人は王宮で寄り添い合っていた。
とらないで、と泣き叫んでいたユアンは、あの男をあの番に奪われた瞬間のことを思い出していたに違いない。
「…カイゼル、さま?」
「ユアン、それほど、奪われたくなかったのか。お前は、やはりまだ………」
「奪われたくありません。誰にも渡したくない。」
「ユアン、だがもう遅い。あきらめるんだ。お前はわたしと………。もう、後戻りはできないと言っていただろう。」
「カイゼル様?一体何を?」
「酷な事を言うようだが、あの者たちはすでに番い、もうすぐ婚姻するはずだ。お前がいくらあの男のことを想っていたとしても、もう無駄なんだ…」
「カイゼル様、何か誤解を…」
覗き込むユアンの視線から逃れるように、カイゼルは顔を背けた。
「奪われたくないのは、カイゼル様です。」
カイゼルは顔を背けたままだ。
「カイゼル様、お慕いしていると、申し上げていたではありませんか。」
「だが、お前は……」
「あの時、言うなと、そう仰ったのはカイゼル様です。」
「……………」
「今なら、言ってしまってもいいのでしょうか?」
「……何、を。」
「あっ、でもここでは、その、恥ずかしいので、帰ったら、ゆっくり、その……」
急に恥ずかしそうに俯きだしたユアンに、カイゼルは困惑した。
「と、とにかく、変な誤解をしないで下さい!
ぼくが奪われたくないのは、カイゼル様ですから!」
「奪われたくなかったのは、わたしだったのか………」
「当たり前です!」
「…そうか。わたしの事か。」
「はい。」
「あんなに、泣き叫ぶくらいに、か。」
「その、あんまり、何度も言わないでください。…」
「ふうん。そうか。そうなのだな。」
カイゼルは気を良くすると、ユアンの頬をふにふにとつまみ出した。
「……急に、何を。」
ユアンはされるがままだ。
「いや、お前は面白いな。先程の続きは、帰ってから聞かせてもらえるのか?」
「…はい。その代わり、一つお聞きしたいこともあるのです。いいでしょうか?」
「なんだ?それも帰ってからか?」
ユアンは頷く。
「いつまで、触っているのですか?」
「ああ、つい。」
カイゼルはつまんでいた頬に、軽く口付けをした。
「なっ!!」
「つい、な。」
今さらこれしきのことで顔を赤らめるユアンに、カイゼルは笑った。
とらないでと、叫んでいたのは自分のことだったのかと思うと、先程まで感じていたやるせない思いは消えてなくなった。
逆の頬にも口付けする。
「っ!!」
ユアンは真っ赤になって、頬を押さえている。
カイゼルの機嫌はすこぶる良い。
「さあ、そろそろ侯爵殿に挨拶に行こう。もう、大丈夫だろう?」
ユアンは真っ赤なまま、何度も頷いた。
「この邸に来るのも久しい。この部屋にも確か一度、入ったことがあるような気がする。懐かしいな。」
ずっとカイゼルの首元に顔を伏せていたユアンが静かに顔を上げ、カイゼルを覗き込む。
「落ち着いたか?」
「…カイゼル様。リオ、と呼ばれていたあの方のことをご存知だったのですか?」
「いや、知り合いではない。」
「でも、お互いに見知っているような、そんな雰囲気でした…」
「………………」
王宮ですれ違っただけのことだ。
あの男と共にいたのを、王宮で見たと話せばいいだけだ。たったそれだけの言葉をカイゼルは言い淀んだ。
ユアンが1人苦しんでいたとき、あの2人は王宮で寄り添い合っていた。
とらないで、と泣き叫んでいたユアンは、あの男をあの番に奪われた瞬間のことを思い出していたに違いない。
「…カイゼル、さま?」
「ユアン、それほど、奪われたくなかったのか。お前は、やはりまだ………」
「奪われたくありません。誰にも渡したくない。」
「ユアン、だがもう遅い。あきらめるんだ。お前はわたしと………。もう、後戻りはできないと言っていただろう。」
「カイゼル様?一体何を?」
「酷な事を言うようだが、あの者たちはすでに番い、もうすぐ婚姻するはずだ。お前がいくらあの男のことを想っていたとしても、もう無駄なんだ…」
「カイゼル様、何か誤解を…」
覗き込むユアンの視線から逃れるように、カイゼルは顔を背けた。
「奪われたくないのは、カイゼル様です。」
カイゼルは顔を背けたままだ。
「カイゼル様、お慕いしていると、申し上げていたではありませんか。」
「だが、お前は……」
「あの時、言うなと、そう仰ったのはカイゼル様です。」
「……………」
「今なら、言ってしまってもいいのでしょうか?」
「……何、を。」
「あっ、でもここでは、その、恥ずかしいので、帰ったら、ゆっくり、その……」
急に恥ずかしそうに俯きだしたユアンに、カイゼルは困惑した。
「と、とにかく、変な誤解をしないで下さい!
ぼくが奪われたくないのは、カイゼル様ですから!」
「奪われたくなかったのは、わたしだったのか………」
「当たり前です!」
「…そうか。わたしの事か。」
「はい。」
「あんなに、泣き叫ぶくらいに、か。」
「その、あんまり、何度も言わないでください。…」
「ふうん。そうか。そうなのだな。」
カイゼルは気を良くすると、ユアンの頬をふにふにとつまみ出した。
「……急に、何を。」
ユアンはされるがままだ。
「いや、お前は面白いな。先程の続きは、帰ってから聞かせてもらえるのか?」
「…はい。その代わり、一つお聞きしたいこともあるのです。いいでしょうか?」
「なんだ?それも帰ってからか?」
ユアンは頷く。
「いつまで、触っているのですか?」
「ああ、つい。」
カイゼルはつまんでいた頬に、軽く口付けをした。
「なっ!!」
「つい、な。」
今さらこれしきのことで顔を赤らめるユアンに、カイゼルは笑った。
とらないでと、叫んでいたのは自分のことだったのかと思うと、先程まで感じていたやるせない思いは消えてなくなった。
逆の頬にも口付けする。
「っ!!」
ユアンは真っ赤になって、頬を押さえている。
カイゼルの機嫌はすこぶる良い。
「さあ、そろそろ侯爵殿に挨拶に行こう。もう、大丈夫だろう?」
ユアンは真っ赤なまま、何度も頷いた。
24
お気に入りに追加
746
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
記憶喪失の君と…
R(アール)
BL
陽は湊と恋人だった。
ひねくれて誰からも愛されないような陽を湊だけが可愛いと、好きだと言ってくれた。
順風満帆な生活を送っているなか、湊が記憶喪失になり、陽のことだけを忘れてしまって…!
ハッピーエンド保証
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる