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第8章
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ユアンの部屋では、いまだカイゼルがその膝の上にユアンを抱えたままだ。
「この邸に来るのも久しい。この部屋にも確か一度、入ったことがあるような気がする。懐かしいな。」
ずっとカイゼルの首元に顔を伏せていたユアンが静かに顔を上げ、カイゼルを覗き込む。
「落ち着いたか?」
「…カイゼル様。リオ、と呼ばれていたあの方のことをご存知だったのですか?」
「いや、知り合いではない。」
「でも、お互いに見知っているような、そんな雰囲気でした…」
「………………」
王宮ですれ違っただけのことだ。
あの男と共にいたのを、王宮で見たと話せばいいだけだ。たったそれだけの言葉をカイゼルは言い淀んだ。
ユアンが1人苦しんでいたとき、あの2人は王宮で寄り添い合っていた。
とらないで、と泣き叫んでいたユアンは、あの男をあの番に奪われた瞬間のことを思い出していたに違いない。
「…カイゼル、さま?」
「ユアン、それほど、奪われたくなかったのか。お前は、やはりまだ………」
「奪われたくありません。誰にも渡したくない。」
「ユアン、だがもう遅い。あきらめるんだ。お前はわたしと………。もう、後戻りはできないと言っていただろう。」
「カイゼル様?一体何を?」
「酷な事を言うようだが、あの者たちはすでに番い、もうすぐ婚姻するはずだ。お前がいくらあの男のことを想っていたとしても、もう無駄なんだ…」
「カイゼル様、何か誤解を…」
覗き込むユアンの視線から逃れるように、カイゼルは顔を背けた。
「奪われたくないのは、カイゼル様です。」
カイゼルは顔を背けたままだ。
「カイゼル様、お慕いしていると、申し上げていたではありませんか。」
「だが、お前は……」
「あの時、言うなと、そう仰ったのはカイゼル様です。」
「……………」
「今なら、言ってしまってもいいのでしょうか?」
「……何、を。」
「あっ、でもここでは、その、恥ずかしいので、帰ったら、ゆっくり、その……」
急に恥ずかしそうに俯きだしたユアンに、カイゼルは困惑した。
「と、とにかく、変な誤解をしないで下さい!
ぼくが奪われたくないのは、カイゼル様ですから!」
「奪われたくなかったのは、わたしだったのか………」
「当たり前です!」
「…そうか。わたしの事か。」
「はい。」
「あんなに、泣き叫ぶくらいに、か。」
「その、あんまり、何度も言わないでください。…」
「ふうん。そうか。そうなのだな。」
カイゼルは気を良くすると、ユアンの頬をふにふにとつまみ出した。
「……急に、何を。」
ユアンはされるがままだ。
「いや、お前は面白いな。先程の続きは、帰ってから聞かせてもらえるのか?」
「…はい。その代わり、一つお聞きしたいこともあるのです。いいでしょうか?」
「なんだ?それも帰ってからか?」
ユアンは頷く。
「いつまで、触っているのですか?」
「ああ、つい。」
カイゼルはつまんでいた頬に、軽く口付けをした。
「なっ!!」
「つい、な。」
今さらこれしきのことで顔を赤らめるユアンに、カイゼルは笑った。
とらないでと、叫んでいたのは自分のことだったのかと思うと、先程まで感じていたやるせない思いは消えてなくなった。
逆の頬にも口付けする。
「っ!!」
ユアンは真っ赤になって、頬を押さえている。
カイゼルの機嫌はすこぶる良い。
「さあ、そろそろ侯爵殿に挨拶に行こう。もう、大丈夫だろう?」
ユアンは真っ赤なまま、何度も頷いた。
「この邸に来るのも久しい。この部屋にも確か一度、入ったことがあるような気がする。懐かしいな。」
ずっとカイゼルの首元に顔を伏せていたユアンが静かに顔を上げ、カイゼルを覗き込む。
「落ち着いたか?」
「…カイゼル様。リオ、と呼ばれていたあの方のことをご存知だったのですか?」
「いや、知り合いではない。」
「でも、お互いに見知っているような、そんな雰囲気でした…」
「………………」
王宮ですれ違っただけのことだ。
あの男と共にいたのを、王宮で見たと話せばいいだけだ。たったそれだけの言葉をカイゼルは言い淀んだ。
ユアンが1人苦しんでいたとき、あの2人は王宮で寄り添い合っていた。
とらないで、と泣き叫んでいたユアンは、あの男をあの番に奪われた瞬間のことを思い出していたに違いない。
「…カイゼル、さま?」
「ユアン、それほど、奪われたくなかったのか。お前は、やはりまだ………」
「奪われたくありません。誰にも渡したくない。」
「ユアン、だがもう遅い。あきらめるんだ。お前はわたしと………。もう、後戻りはできないと言っていただろう。」
「カイゼル様?一体何を?」
「酷な事を言うようだが、あの者たちはすでに番い、もうすぐ婚姻するはずだ。お前がいくらあの男のことを想っていたとしても、もう無駄なんだ…」
「カイゼル様、何か誤解を…」
覗き込むユアンの視線から逃れるように、カイゼルは顔を背けた。
「奪われたくないのは、カイゼル様です。」
カイゼルは顔を背けたままだ。
「カイゼル様、お慕いしていると、申し上げていたではありませんか。」
「だが、お前は……」
「あの時、言うなと、そう仰ったのはカイゼル様です。」
「……………」
「今なら、言ってしまってもいいのでしょうか?」
「……何、を。」
「あっ、でもここでは、その、恥ずかしいので、帰ったら、ゆっくり、その……」
急に恥ずかしそうに俯きだしたユアンに、カイゼルは困惑した。
「と、とにかく、変な誤解をしないで下さい!
ぼくが奪われたくないのは、カイゼル様ですから!」
「奪われたくなかったのは、わたしだったのか………」
「当たり前です!」
「…そうか。わたしの事か。」
「はい。」
「あんなに、泣き叫ぶくらいに、か。」
「その、あんまり、何度も言わないでください。…」
「ふうん。そうか。そうなのだな。」
カイゼルは気を良くすると、ユアンの頬をふにふにとつまみ出した。
「……急に、何を。」
ユアンはされるがままだ。
「いや、お前は面白いな。先程の続きは、帰ってから聞かせてもらえるのか?」
「…はい。その代わり、一つお聞きしたいこともあるのです。いいでしょうか?」
「なんだ?それも帰ってからか?」
ユアンは頷く。
「いつまで、触っているのですか?」
「ああ、つい。」
カイゼルはつまんでいた頬に、軽く口付けをした。
「なっ!!」
「つい、な。」
今さらこれしきのことで顔を赤らめるユアンに、カイゼルは笑った。
とらないでと、叫んでいたのは自分のことだったのかと思うと、先程まで感じていたやるせない思いは消えてなくなった。
逆の頬にも口付けする。
「っ!!」
ユアンは真っ赤になって、頬を押さえている。
カイゼルの機嫌はすこぶる良い。
「さあ、そろそろ侯爵殿に挨拶に行こう。もう、大丈夫だろう?」
ユアンは真っ赤なまま、何度も頷いた。
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