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第8章
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「マリ、一体何があったんだ?」
なかなか部屋から出て来ないユアンとカイゼルを待ちきれず、セレンはマリを呼び出した。
侯爵と夫人にとってマリは初対面だが、セレンとマリはマリが王都の騎士団に所属していた頃からの知り合いだ。
マリは花屋で起こった出来事について、騎士らしく簡潔に説明した。
3人は頭を抱え、溜め息をついた。
そこで偶然出くわしたのは、ラグアルの運命の番に間違いないだろう。
「まさか、あの店に行くなど…」
侯爵家でも、ラグアルの相手についてはある程度調べがついている。
ユアンから尋ねられれば話していただろう。ただ、ユアンからラグアルやその相手について何かを尋ねてくるようなことは一切なかった。そのため、あえてその2人の話しには皆触れない様にしていた。
「…あの店が悪い訳ではないの。わかってるのよ。でもそこで、鉢合わせしてしまうなんて…」
「ユアンにもカイゼルにも、その番については何も話していなかったが。カイゼルにしては、珍しいな……。」
カイゼルが見落としていたことを、セレンは不思議に思った。
カイゼルがラグアルばかりに気を取られていたなど、知る由もない。
「あの、まさか、あの場にいた方は、ユアン様の……」
マリの言葉にセレンは頷いた。
「ああ、ユアンの元婚約者が出会った運命の番だ。」
「だから、ユアン様、あんなに…」
「今頃カイゼルが宥めているだろう。気にするな。それより、お前がユアンを守ってくれたと聞いたぞ。ありがとう、マリ。」
「そうだわ。マリさん、ありがとうユアンを守ってくれて。」
「ああ、そうだな。ありがとう。」
侯爵家の皆がマリに感謝していた。
マリがいなければ、ユアンは今こうして普通にここにいることはなかったかもしれない。
「ぼくは、ユアン様の専属護衛だから。」
こんな小さな子が騎士だなんて、と夫人は不思議そうにマリを見ていた。
とても、可愛い子ね。ユアンと2人で並んだら、きっとすごく可愛いわ。
「ユアンはまだかしら?ねえ、マリさん、ちょっと。」
夫人はマリを手招きすると、そのままマリを連れ出した。
「どうしたんだ、あれは?」
「さあ、母上は可愛いものに目がないから。」
セレンは苦笑いした。
夫人とマリが部屋を出て少し経つと、カイゼルとユアンがやって来た。
「ユアン、落ち着いたのか?」
カイゼルの後ろから、ユアンは申し訳なさそうに、顔を出した。
「父上、申し訳ありませんでした。」
「あまり、カイゼル殿に迷惑をかけるでない。」
「まあまあ、父上。それより、カイゼル久しぶりだな。詳しく話しを聞こうじゃないか。」
「ああ、あれも呼んできなさい。一体何をしてるんだ。」
母の姿が見えない。
「母上は?どちらに?」
「ついさっきまでいたんだがな。ユアン、探して来なさい。」
ユアンは、母を呼びに部屋を出た。
母の部屋へ行くと、マリが困惑した様子で母にされるがまま着飾られている。
「母さま、一体何を…?」
「あら、ユアン、おかえりなさい!もう落ち着いたのね!」
母はユアンに抱きつく。
「ええ、申し訳ありませんでした。ご無沙汰してます。それで、一体?」
「マリさんにね、ユアンが着てくれなかったお洋服をあげようと思って。こんなに可愛いのに、ユアンったら全然着てくれなかったじゃない。」
「いや、少し派手というか、可愛いすぎて、ぼくには…」
「見て!マリさん、とっても似合うでしょう!」
ふるふると震えるマリに、ユアンは慌てて母を止める。
「母さま、マリも困っていますから。カイゼル様もお待ちしてるので、はやく戻りましょう!」
「ユアン様、ぼく、どうしよう…」
「マリ、どうしたの?大丈夫?ごめんね。」
「……こんな、こんな可愛いの、ほんとにもらっていいの!?」
「え、マリ、それ欲しいの?」
マリは興奮した様子で、くりくりとした薄桃色の瞳を輝かせている。
「うんっ!とっても可愛いよ~!リヒトと出かけるときに着たいな~。ユアン様のお母様、ありがとう!!」
「とっても似合うわ!ほんとに、可愛い!」
「マリ、可愛い?」
「ええ、ええ、とっても可愛いわ~。」
2人はとても、気が合うようだ。
とりあえずマリが騎士服に着替え終わるのを2人は待った。
さすがに、あの服のままカイゼルの元へマリを戻す訳には行かない。
「ユアン、色々あったのね。」
「母さま…。はい。」
「ユアンは、カイゼル様をお好きなの?それとも、何か責任を感じているの?」
「…カイゼル様のこと、お慕いしています。ずっと、お側にいたいと、そう思ってます。」
「そう。そうなのね。それを聞いて、安心したわ。」
母はいつものように優しく微笑んだ。
年齢を重ねた割には、少女のような、そんな人だ。
「ユアン、あなた幼い頃最後にカイゼル様に会った日のことを覚えている?」
「…………?何か、ありましたか?」
ユアンは記憶を辿ろうとするが、霞がかったように、何も思い出せない。
「カイゼル様にね、遊んでいただいて、疲れて寝ちゃったのよ。カイゼル様の膝の上でね。その後部屋まで運んでいただいて、ユアンったら、そのまましばらく離れようとしないから、焦ったわ。」
「えっ、そんな事ありましたか?」
「そうねえ。次の日にあんな高熱を出したから、忘れてしまったのかしらね。」
「そうなんだ…。そんな事が……。」
ユアンはカイゼルの匂いや、抱きかかえられる感触に覚えがあった。
そうか、そうなんだ。だから、知っていると、そう感じていたのか…。
ユアンは全てが、腑に落ちた感じがした。
「ふふふ。案外、ユアンの初恋はカイゼル様だったのかしらね。」
「???」
「着替え終わりました!ほんとに、これ全部もらっていいの???」
着替えが終わったマリは、いつもの騎士服だ。
「あら、こうしてみると騎士服姿も可愛いわね。ぜ~んぶ、持って帰っていいわよ!さあ、ご挨拶に行かないと。お待たせしてしまったわ。」
3人は、男性陣が待つ部屋へと急いだ。
…初恋?
母の言った言葉の意味が、ユアンにはいまいちピンと来ていなかった。
なかなか部屋から出て来ないユアンとカイゼルを待ちきれず、セレンはマリを呼び出した。
侯爵と夫人にとってマリは初対面だが、セレンとマリはマリが王都の騎士団に所属していた頃からの知り合いだ。
マリは花屋で起こった出来事について、騎士らしく簡潔に説明した。
3人は頭を抱え、溜め息をついた。
そこで偶然出くわしたのは、ラグアルの運命の番に間違いないだろう。
「まさか、あの店に行くなど…」
侯爵家でも、ラグアルの相手についてはある程度調べがついている。
ユアンから尋ねられれば話していただろう。ただ、ユアンからラグアルやその相手について何かを尋ねてくるようなことは一切なかった。そのため、あえてその2人の話しには皆触れない様にしていた。
「…あの店が悪い訳ではないの。わかってるのよ。でもそこで、鉢合わせしてしまうなんて…」
「ユアンにもカイゼルにも、その番については何も話していなかったが。カイゼルにしては、珍しいな……。」
カイゼルが見落としていたことを、セレンは不思議に思った。
カイゼルがラグアルばかりに気を取られていたなど、知る由もない。
「あの、まさか、あの場にいた方は、ユアン様の……」
マリの言葉にセレンは頷いた。
「ああ、ユアンの元婚約者が出会った運命の番だ。」
「だから、ユアン様、あんなに…」
「今頃カイゼルが宥めているだろう。気にするな。それより、お前がユアンを守ってくれたと聞いたぞ。ありがとう、マリ。」
「そうだわ。マリさん、ありがとうユアンを守ってくれて。」
「ああ、そうだな。ありがとう。」
侯爵家の皆がマリに感謝していた。
マリがいなければ、ユアンは今こうして普通にここにいることはなかったかもしれない。
「ぼくは、ユアン様の専属護衛だから。」
こんな小さな子が騎士だなんて、と夫人は不思議そうにマリを見ていた。
とても、可愛い子ね。ユアンと2人で並んだら、きっとすごく可愛いわ。
「ユアンはまだかしら?ねえ、マリさん、ちょっと。」
夫人はマリを手招きすると、そのままマリを連れ出した。
「どうしたんだ、あれは?」
「さあ、母上は可愛いものに目がないから。」
セレンは苦笑いした。
夫人とマリが部屋を出て少し経つと、カイゼルとユアンがやって来た。
「ユアン、落ち着いたのか?」
カイゼルの後ろから、ユアンは申し訳なさそうに、顔を出した。
「父上、申し訳ありませんでした。」
「あまり、カイゼル殿に迷惑をかけるでない。」
「まあまあ、父上。それより、カイゼル久しぶりだな。詳しく話しを聞こうじゃないか。」
「ああ、あれも呼んできなさい。一体何をしてるんだ。」
母の姿が見えない。
「母上は?どちらに?」
「ついさっきまでいたんだがな。ユアン、探して来なさい。」
ユアンは、母を呼びに部屋を出た。
母の部屋へ行くと、マリが困惑した様子で母にされるがまま着飾られている。
「母さま、一体何を…?」
「あら、ユアン、おかえりなさい!もう落ち着いたのね!」
母はユアンに抱きつく。
「ええ、申し訳ありませんでした。ご無沙汰してます。それで、一体?」
「マリさんにね、ユアンが着てくれなかったお洋服をあげようと思って。こんなに可愛いのに、ユアンったら全然着てくれなかったじゃない。」
「いや、少し派手というか、可愛いすぎて、ぼくには…」
「見て!マリさん、とっても似合うでしょう!」
ふるふると震えるマリに、ユアンは慌てて母を止める。
「母さま、マリも困っていますから。カイゼル様もお待ちしてるので、はやく戻りましょう!」
「ユアン様、ぼく、どうしよう…」
「マリ、どうしたの?大丈夫?ごめんね。」
「……こんな、こんな可愛いの、ほんとにもらっていいの!?」
「え、マリ、それ欲しいの?」
マリは興奮した様子で、くりくりとした薄桃色の瞳を輝かせている。
「うんっ!とっても可愛いよ~!リヒトと出かけるときに着たいな~。ユアン様のお母様、ありがとう!!」
「とっても似合うわ!ほんとに、可愛い!」
「マリ、可愛い?」
「ええ、ええ、とっても可愛いわ~。」
2人はとても、気が合うようだ。
とりあえずマリが騎士服に着替え終わるのを2人は待った。
さすがに、あの服のままカイゼルの元へマリを戻す訳には行かない。
「ユアン、色々あったのね。」
「母さま…。はい。」
「ユアンは、カイゼル様をお好きなの?それとも、何か責任を感じているの?」
「…カイゼル様のこと、お慕いしています。ずっと、お側にいたいと、そう思ってます。」
「そう。そうなのね。それを聞いて、安心したわ。」
母はいつものように優しく微笑んだ。
年齢を重ねた割には、少女のような、そんな人だ。
「ユアン、あなた幼い頃最後にカイゼル様に会った日のことを覚えている?」
「…………?何か、ありましたか?」
ユアンは記憶を辿ろうとするが、霞がかったように、何も思い出せない。
「カイゼル様にね、遊んでいただいて、疲れて寝ちゃったのよ。カイゼル様の膝の上でね。その後部屋まで運んでいただいて、ユアンったら、そのまましばらく離れようとしないから、焦ったわ。」
「えっ、そんな事ありましたか?」
「そうねえ。次の日にあんな高熱を出したから、忘れてしまったのかしらね。」
「そうなんだ…。そんな事が……。」
ユアンはカイゼルの匂いや、抱きかかえられる感触に覚えがあった。
そうか、そうなんだ。だから、知っていると、そう感じていたのか…。
ユアンは全てが、腑に落ちた感じがした。
「ふふふ。案外、ユアンの初恋はカイゼル様だったのかしらね。」
「???」
「着替え終わりました!ほんとに、これ全部もらっていいの???」
着替えが終わったマリは、いつもの騎士服だ。
「あら、こうしてみると騎士服姿も可愛いわね。ぜ~んぶ、持って帰っていいわよ!さあ、ご挨拶に行かないと。お待たせしてしまったわ。」
3人は、男性陣が待つ部屋へと急いだ。
…初恋?
母の言った言葉の意味が、ユアンにはいまいちピンと来ていなかった。
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