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第8章
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ユアンは嬉しそうにカイゼルに本を読み聞かせた。
カイゼルは聞き上手で、絶妙なタイミングでの合槌にユアンは益々気をよくして張り切った。
1冊読み終えても、セレンはまだ戻らない。
「兄さま、まだ戻ってきませんね。」
「そうだな。何かあったのかもな。」
「ちゃんと、読めてましたか…?」
「ああ、とても上手だったぞ。」
ふふふ、と照れ臭そうに笑うと、ユアンは何やらまたごそごそと探し出しカイゼルに差し出した。
「あのね、これ、ぼくが描いた絵なの。兄さまなの。」
「ほう。セレンか。上手く描けてるな。」
「ほんと!?」
「ああ、上手いな。この辺がよく似ている。」
「あとね、あのね、これはね…」
普段家族以外の人物と接する機会が少ないユアンは、カイゼルの反応が新鮮で楽しくなっていた。
あれも、これも、あれや、これや、とにかく話せることはたくさん話した。
カイゼルの合槌はやはり絶妙で、時折ふっと笑ってくれると、ユアンは嬉しくなって、益々張り切った。
どれくらいの間そうしていたのか。
「…にい、さま、おそい、ね…」
張り切り過ぎたのか、ユアンはいつのまにか、こくりこくりと船を漕ぎ出した。
「眠くなったか?」
「……だい、じょぶ、れす…」
こくりこくりと、身体は前後に揺れ出した。
しばらくは耐えようとしていたものの、限界を迎えると、隣りにいたカイゼルに寄りかかるようにそのまま眠ってしまった。
「寝たのか?」
寄りかかるユアンはずるずるとずり落ち、カイゼルの膝の上に頭を乗せると、気持良さそうに寝息をたて始めた。
弟とは、こんな感じなのか?
カイゼルは不思議そうにユアンを眺めながら、セレンが戻るのを待つしかなかった。
驚いたのは、セレンだ。
思いの外時間がかかり、慌てて部屋に戻ると、カイゼルの膝に頭をもたげてユアンが眠っている。
人見知りするユアンが家族以外に気心を許す姿を初めて見た。
「すまない。遅くなった。」
ユアンはとっくに別の部屋へ行ってしまっていると思っていた。
「すまない。ユアンが……」
「なかなか面白かったぞ。弟と言うのもいいものだな。」
穏やかに笑うカイゼルの姿にもセレンは驚かされた。
学園では見た事のないような、穏やかな笑顔だ。
「眠ってしまったようだ。部屋に連れて行くか?」
「ああ、そうだな。」
セレンが代わろうとしたが、起きてしまうかもしれないと、カイゼルが抱きかかえた。
ユアンを抱え部屋へ連れて行くカイゼルを、セレンと遅れて来た侯爵と夫人が驚いた様子で見守った。
寝台へと着いてもなかなかユアンが離れようとせず、皆が焦る中、カイゼルだけが、しばらく穏やかにその眠りを見守っていた。
…とっても、いい匂いがする。森の中にいるみたい。
深く吸い込みたくなるような匂いがユアンを包む。
もう少し、このまま、この匂いに包まれていたい。もう、すこし…
翌日、ユアンは高熱を出した。
医者を呼んでも理由はわからなかった。
高熱は数日続き、やっと落ち着いた頃、公爵家からユアンへと婚約の打診が届けられた。
ユアンはラグアルの婚約者となった。
卒業後すぐに、カイゼルは王都の騎士団に所属すると、目まぐるしい毎日を過ごすようになった。
2人はたった1日の些細な出来事などすっかり忘れ、各々の道を歩み始めていた。
▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️
セレンは、ユアンとカイゼルに不思議な縁のようなものを感じていた。
ラグアルに「運命の番」が現れなければ、ユアンは今頃きっとラグアルと幸せに暮らしていただろう。
ラグアルと「運命の番」の出会いに、いっ時は憤りを隠せない程だったが、今は複雑な感情を抱いている。
彼らが本能的に惹かれ合った運命とは別に、ユアンとカイゼルには不思議な運命の導きのようなものを感じる。
母もきっと、感じたのだろう。
父も少し、感じたのかもしれない。
やはり、カイゼルの元へとユアンをやって良かった。セレンはそう思っていた。
カイゼルは聞き上手で、絶妙なタイミングでの合槌にユアンは益々気をよくして張り切った。
1冊読み終えても、セレンはまだ戻らない。
「兄さま、まだ戻ってきませんね。」
「そうだな。何かあったのかもな。」
「ちゃんと、読めてましたか…?」
「ああ、とても上手だったぞ。」
ふふふ、と照れ臭そうに笑うと、ユアンは何やらまたごそごそと探し出しカイゼルに差し出した。
「あのね、これ、ぼくが描いた絵なの。兄さまなの。」
「ほう。セレンか。上手く描けてるな。」
「ほんと!?」
「ああ、上手いな。この辺がよく似ている。」
「あとね、あのね、これはね…」
普段家族以外の人物と接する機会が少ないユアンは、カイゼルの反応が新鮮で楽しくなっていた。
あれも、これも、あれや、これや、とにかく話せることはたくさん話した。
カイゼルの合槌はやはり絶妙で、時折ふっと笑ってくれると、ユアンは嬉しくなって、益々張り切った。
どれくらいの間そうしていたのか。
「…にい、さま、おそい、ね…」
張り切り過ぎたのか、ユアンはいつのまにか、こくりこくりと船を漕ぎ出した。
「眠くなったか?」
「……だい、じょぶ、れす…」
こくりこくりと、身体は前後に揺れ出した。
しばらくは耐えようとしていたものの、限界を迎えると、隣りにいたカイゼルに寄りかかるようにそのまま眠ってしまった。
「寝たのか?」
寄りかかるユアンはずるずるとずり落ち、カイゼルの膝の上に頭を乗せると、気持良さそうに寝息をたて始めた。
弟とは、こんな感じなのか?
カイゼルは不思議そうにユアンを眺めながら、セレンが戻るのを待つしかなかった。
驚いたのは、セレンだ。
思いの外時間がかかり、慌てて部屋に戻ると、カイゼルの膝に頭をもたげてユアンが眠っている。
人見知りするユアンが家族以外に気心を許す姿を初めて見た。
「すまない。遅くなった。」
ユアンはとっくに別の部屋へ行ってしまっていると思っていた。
「すまない。ユアンが……」
「なかなか面白かったぞ。弟と言うのもいいものだな。」
穏やかに笑うカイゼルの姿にもセレンは驚かされた。
学園では見た事のないような、穏やかな笑顔だ。
「眠ってしまったようだ。部屋に連れて行くか?」
「ああ、そうだな。」
セレンが代わろうとしたが、起きてしまうかもしれないと、カイゼルが抱きかかえた。
ユアンを抱え部屋へ連れて行くカイゼルを、セレンと遅れて来た侯爵と夫人が驚いた様子で見守った。
寝台へと着いてもなかなかユアンが離れようとせず、皆が焦る中、カイゼルだけが、しばらく穏やかにその眠りを見守っていた。
…とっても、いい匂いがする。森の中にいるみたい。
深く吸い込みたくなるような匂いがユアンを包む。
もう少し、このまま、この匂いに包まれていたい。もう、すこし…
翌日、ユアンは高熱を出した。
医者を呼んでも理由はわからなかった。
高熱は数日続き、やっと落ち着いた頃、公爵家からユアンへと婚約の打診が届けられた。
ユアンはラグアルの婚約者となった。
卒業後すぐに、カイゼルは王都の騎士団に所属すると、目まぐるしい毎日を過ごすようになった。
2人はたった1日の些細な出来事などすっかり忘れ、各々の道を歩み始めていた。
▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️
セレンは、ユアンとカイゼルに不思議な縁のようなものを感じていた。
ラグアルに「運命の番」が現れなければ、ユアンは今頃きっとラグアルと幸せに暮らしていただろう。
ラグアルと「運命の番」の出会いに、いっ時は憤りを隠せない程だったが、今は複雑な感情を抱いている。
彼らが本能的に惹かれ合った運命とは別に、ユアンとカイゼルには不思議な運命の導きのようなものを感じる。
母もきっと、感じたのだろう。
父も少し、感じたのかもしれない。
やはり、カイゼルの元へとユアンをやって良かった。セレンはそう思っていた。
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