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第6章
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あの雨の日を境に、辺境の寒さは一段と増した。
ぱちぱちと暖炉で弾ける火の粉を見ながら、カイゼルは1人、長椅子にだらりと寝転び、強めの蒸留酒を煽っていた。
遠慮がちに扉を叩く音が聞こえる。
「…………あの、今少し、よろしいですか?」
ユアン自らこの部屋を訪れてくるのは初めてのことだ。
また何かあったのかと、カイゼルは長椅子から起き上がり、すぐにその扉を開いた。
「えっ!」
唐突に開かれた扉に、ユアンは目を丸くさせ、びくっと一度肩を震わせた。
「何かあったか?」
ふるふると首を横に振るユアンは、まだ薄着のままだ。
そろそろ寒さに備えた衣服を用意させようと思い、ああもう必要ないのかと、カイゼルは自分のガウンをユアンへと掛けた。
「廊下は冷える。中に入れ。」
部屋へ入ってきたユアンの頬は赤い。まだ熱があるのかもしれない。
「どこでもいい。空いてる所に座れ。」
先程まで寛いでいた長椅子へと戻ると、その端の方にユアンはすっと腰をおろした。
「他にもあるだろう。」
「どこでもいいと仰りました。」
「……まあ、いい。それで、何の用だ?」
「そろそろ、カイゼル様の返事をおききしたいのです。」
カイゼルは、その真っ直ぐな瞳を見ることができない。
見てはいけないような気がする。
「考え直せと言っただろう。」
「考え直しました。それでも変わりません。」
「何故だ?何故、急に気が変わったのだ?」
ぱちぱち… ぱちぱち…
火の粉が弾ける音だけが、部屋には響いている。
「…お前はまだ、あの男のことを愛しているのだろう。」
ぱち… ぱち… ぱちぱち…
「…ラグアル様のことをご存知なのですか?」
カイゼルはそれには答えない。
「…愛して、いました。今は……」
「もう、よい。お前が責任を感じる必要はない。王都に戻れ!お前なら、いくらでも縁談がある。」
「カイゼル様!聞いてください!」
カイゼルはユアンの顔を、その瞳をみることができない。
「カイゼル様のことを、お慕いしているのです!いつからかは、わかりません。お側に、いたい。そう思うのは、いけないことですか?!」
「お前は…何を…言っているのだ。」
「カイゼル様!ぼくじゃ、だめですか…?」
ユアンの勢いにのまれるように、その瞳と目が合う。
なぜ、そんな瞳で、わたしを見るのか。
その瞳は、決してわたしに向けられることのなかった、あの瞳だ。
「…ユアン、お前は、まさか、わたしを…」
翡翠の瞳は、カイゼルから目を逸らすことはない。
「はい。ぼくは…」
「それ以上は、言うな。」
「ぼくは…」
「言うな!」
カイゼルはユアンを抱きしめた。
「言うなと、そう言った、だろう。」
「…なぜ、ですか?」
「お前には、わたしのような者ではだめだ。」
「カイゼル様が、いいのです。」
「だめだ。」
「カイゼル様を、ぼくにください。」
「だめだ。」
「では、ぼくを…もらってください。」
「…本気、なのか?」
ユアンは、カイゼルにきつく、抱きついた。
「この場所を、ぼくだけのものにしたいと、そう思うのは、浅ましいことですか…?」
「……わからない。わたしには、わからんのだ。」
「わからなくても、いいのです。ぼくはカイゼル様の隣にいたい。
それだけでは、だめですか?」
「ユアン、お前は、本当に、それで、いいのか?」
カイゼルの胸に縋りつきながら、ユアンは何度も頷いた。
込み上げるこの気持ちが何であるのか、カイゼルにはわからない。
縋り付くユアンを一度手にしてしまえば、きっともう手放すことはできない。
それだけは、確信できると、そう思った。
ぱちぱちと暖炉で弾ける火の粉を見ながら、カイゼルは1人、長椅子にだらりと寝転び、強めの蒸留酒を煽っていた。
遠慮がちに扉を叩く音が聞こえる。
「…………あの、今少し、よろしいですか?」
ユアン自らこの部屋を訪れてくるのは初めてのことだ。
また何かあったのかと、カイゼルは長椅子から起き上がり、すぐにその扉を開いた。
「えっ!」
唐突に開かれた扉に、ユアンは目を丸くさせ、びくっと一度肩を震わせた。
「何かあったか?」
ふるふると首を横に振るユアンは、まだ薄着のままだ。
そろそろ寒さに備えた衣服を用意させようと思い、ああもう必要ないのかと、カイゼルは自分のガウンをユアンへと掛けた。
「廊下は冷える。中に入れ。」
部屋へ入ってきたユアンの頬は赤い。まだ熱があるのかもしれない。
「どこでもいい。空いてる所に座れ。」
先程まで寛いでいた長椅子へと戻ると、その端の方にユアンはすっと腰をおろした。
「他にもあるだろう。」
「どこでもいいと仰りました。」
「……まあ、いい。それで、何の用だ?」
「そろそろ、カイゼル様の返事をおききしたいのです。」
カイゼルは、その真っ直ぐな瞳を見ることができない。
見てはいけないような気がする。
「考え直せと言っただろう。」
「考え直しました。それでも変わりません。」
「何故だ?何故、急に気が変わったのだ?」
ぱちぱち… ぱちぱち…
火の粉が弾ける音だけが、部屋には響いている。
「…お前はまだ、あの男のことを愛しているのだろう。」
ぱち… ぱち… ぱちぱち…
「…ラグアル様のことをご存知なのですか?」
カイゼルはそれには答えない。
「…愛して、いました。今は……」
「もう、よい。お前が責任を感じる必要はない。王都に戻れ!お前なら、いくらでも縁談がある。」
「カイゼル様!聞いてください!」
カイゼルはユアンの顔を、その瞳をみることができない。
「カイゼル様のことを、お慕いしているのです!いつからかは、わかりません。お側に、いたい。そう思うのは、いけないことですか?!」
「お前は…何を…言っているのだ。」
「カイゼル様!ぼくじゃ、だめですか…?」
ユアンの勢いにのまれるように、その瞳と目が合う。
なぜ、そんな瞳で、わたしを見るのか。
その瞳は、決してわたしに向けられることのなかった、あの瞳だ。
「…ユアン、お前は、まさか、わたしを…」
翡翠の瞳は、カイゼルから目を逸らすことはない。
「はい。ぼくは…」
「それ以上は、言うな。」
「ぼくは…」
「言うな!」
カイゼルはユアンを抱きしめた。
「言うなと、そう言った、だろう。」
「…なぜ、ですか?」
「お前には、わたしのような者ではだめだ。」
「カイゼル様が、いいのです。」
「だめだ。」
「カイゼル様を、ぼくにください。」
「だめだ。」
「では、ぼくを…もらってください。」
「…本気、なのか?」
ユアンは、カイゼルにきつく、抱きついた。
「この場所を、ぼくだけのものにしたいと、そう思うのは、浅ましいことですか…?」
「……わからない。わたしには、わからんのだ。」
「わからなくても、いいのです。ぼくはカイゼル様の隣にいたい。
それだけでは、だめですか?」
「ユアン、お前は、本当に、それで、いいのか?」
カイゼルの胸に縋りつきながら、ユアンは何度も頷いた。
込み上げるこの気持ちが何であるのか、カイゼルにはわからない。
縋り付くユアンを一度手にしてしまえば、きっともう手放すことはできない。
それだけは、確信できると、そう思った。
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