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雫と伊央
18 一部完
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酸味の少ない苦味が効いたコーヒーを飲み終えると、伊央は本当に俺を抱きかかえたま浴室まで連れてきてくれた。
大きな手のひらで、時折指でなぞるように丁寧に身体を洗われると、微かに残っていた疼きが身体を襲う。
慎ましく立ち上がったそれを、伊央は何も言わずにその手の平でいかせてくれた。
「…身体、大丈夫か?」
「…大丈夫。ありがとう。」
少しぬるめの湯に、ぎしぎしと悲鳴を上げる身体がゆっくりと弛緩していく。
伊央の胸に背を預けると、両脇から伸びた筋肉質な腕が静かに俺を抱き寄せてくれた。
耳元では、焦がれてやまなかった人の声が
低く心地よく響いている。
「いつもシャワーだけで済ませてたけど、お湯に浸かるのは、やっぱいいな。」
「うん。」
「今度、温泉でも行くか?」
「…うん。」
「雫は本当に俺のこと好きか?」
「……うん。」
「昨日あんな風に求められて、嬉しかった。…そんぐらい、俺のこと好きなんだって、自惚れてもいいか?」
「………うん。」
右肩に、伊央の熱い吐息を感じる。
「高校のとき、いつも後ろから見ていた。」
「…え?」
「綺麗なうなじだなって。ずっと、こうしたかった。」
「そんな、嘘だ。伊央はいつだって俺じゃない誰かと付き合ってたじゃないか。」
「そうだな。…怖かったんだろうな。この気持ちがばれて、雫に避けられるのが。」
じゃあ、じゃあ、伊央は高校の時から、ずっと俺を?
伊央も同じ気持ち、だった…?
「雫に付き合ってる相手がいるって、嘘をついたのも俺だよ。」
確かにいつの頃からかそんな噂が出回るようになっていた。
全くの出まかせだったが、苦手な女子からの誘いや呼び出しが減ったので、俺にはかえって都合が良かったのを覚えている。
大学に入ってからも、その噂は尾を引いていたが、肯定も否定もしないまま放置していた。
「…なん、で?」
「あの時、雫に近寄る奴らがいなくなればいいと思ったんだと思う。実際減っただろ?」
「……。」
「雫が思う以上に、俺は雫が好きなんだ。誰にも触らせたくないし、俺以外の誰ともいて欲しくない。」
「………。」
「雫の全てを独占したいし、これからはそうする。」
熱い。のぼせてしまったのかもしれない。
「もう、あがろう。熱い、よ。」
立ちあがろうとしても、やっぱり身体は思うように動かず、ふらつく。
「…嫌なのか?」
違う、そうじゃなくて。
ふらつく身体は伊央の方へと倒れ込む。
「雫、顔見せろよ。」
「待っ、て。絶対変な顔、してる。」
「いいから……。…真っ赤だな。のぼせたのか?」
顔の前でクロスした両手は力なく、伊央の手によってあっさりと引き剥がされた。
「…だって、伊央が、そんなこと思ってたなんて…」
「…嫌か?」
「…違う!逆。嬉しすぎて、どんな顔していいか分からない。…俺だって、伊央を独占したい…。」
「もうしてる。されてる。」
伊央の身体も熱い。
二人ともきっとのぼせている。
ベッドに戻るとまたお互いに昂り、熱を発散するように抱き合って、溶け合った。
気がついた時にはすでに夕暮れ時で、その日伊央が作ってくれたインスタントラーメンは、忘れられないぐらい美味しかった。
「あっ、雫くんだー。イオは?」
「小夜さんは?」
学食の入り口で話しかけてくるのは、伊央が仲のいい二人の友人だ。
「伊央は購買に行ってて、小夜先輩ももうすぐ来るよ。」
「じゃあ、先に行って席取っとくから。」
「ありがとう。」
ひらひらと手を振って二人が学食へと入って行くのを見送っていると、伊央がすぐに戻ってきた。
「…あいつら、勝手に雫に話しかけやがって。」
「そんなこと言わないでよ。俺も友達が増えたみたいで嬉しいから。」
伊央は構内でも自然と俺の側にいるようになった。
伊央の友人二人は、その様子から俺たちのことを察した様子で、それでも態度を変えることはなく、友人としていてくれる。
驚くほどすんなりと俺たちの関係を受け入れてくれ、いつの間にか伊央を中心に一緒にいることが増えた。
「あ、雫くん!と、イオくん…」
小走りにこちらに向かってくるのは、小夜先輩だ。
意外なことに、小夜先輩もその輪に加わっている。
5人で取る昼食はいつも賑やかだ。
「おーい、こっちこっち!」
ちゃんと五人分の席を確保した二人が呼んでいる。
「なんでいつもお前らまで一緒なんだよ。雫と二人がいいのに。」
席についた伊央はむすっとしている。むすっとしているけど、怒っている訳じゃない。
「うわ、でたよ。イオってキャラ変わったよな。ぜったい。」
「どうせ帰っても一緒にいるんだろ。雫くんだって、たまには息抜きが必要だって。」
「…は?息抜き?お前らといるのが?」
「いや、小夜さんだっているじゃん。」
三人の掛け合いを見ながら、小夜先輩と向かい合って、うどんを食べ始める。
小夜先輩の目が、良かったねと言ってくれている。
条件反射なのか、イオを見る時は今だに一瞬だけきっとした顔になることに、本人は気がついていないようだ。
「雫、それ一口食いたい。」
「え、これ?いいよ、はい。」
甘めのお揚げを摘み上げると、大きな口ががぶりと半分以上食べてしまった。
「あ、ひどい!一口って言ったのに!」
「俺にとっては、これが一口だから。」
「お揚げ好きなのに!」
にやっと笑った伊央が驚くほど自然に、軽くキスをしてくる。
「何それ!!!みんないるのに!!!」
出張中の彼となかなか会えずにいる小夜先輩が、きっーと声を張り上げた。
「だって、可愛いから。したくなった。」
二人の友人はあきれ顔だ。
「皆んなといるときは、恥ずかしいから、やめて。」
「じゃあ、また帰ったらな。」
伊央がこんなに甘くなるとは思わなかった。
きーきー言う小夜先輩の声と、あーもー俺も恋人ほしーと言う二人の声で、本当にここは賑やかだ。
向かいくる春を前に、その時の俺の心はきっと変に浮かれていた。
大きな手のひらで、時折指でなぞるように丁寧に身体を洗われると、微かに残っていた疼きが身体を襲う。
慎ましく立ち上がったそれを、伊央は何も言わずにその手の平でいかせてくれた。
「…身体、大丈夫か?」
「…大丈夫。ありがとう。」
少しぬるめの湯に、ぎしぎしと悲鳴を上げる身体がゆっくりと弛緩していく。
伊央の胸に背を預けると、両脇から伸びた筋肉質な腕が静かに俺を抱き寄せてくれた。
耳元では、焦がれてやまなかった人の声が
低く心地よく響いている。
「いつもシャワーだけで済ませてたけど、お湯に浸かるのは、やっぱいいな。」
「うん。」
「今度、温泉でも行くか?」
「…うん。」
「雫は本当に俺のこと好きか?」
「……うん。」
「昨日あんな風に求められて、嬉しかった。…そんぐらい、俺のこと好きなんだって、自惚れてもいいか?」
「………うん。」
右肩に、伊央の熱い吐息を感じる。
「高校のとき、いつも後ろから見ていた。」
「…え?」
「綺麗なうなじだなって。ずっと、こうしたかった。」
「そんな、嘘だ。伊央はいつだって俺じゃない誰かと付き合ってたじゃないか。」
「そうだな。…怖かったんだろうな。この気持ちがばれて、雫に避けられるのが。」
じゃあ、じゃあ、伊央は高校の時から、ずっと俺を?
伊央も同じ気持ち、だった…?
「雫に付き合ってる相手がいるって、嘘をついたのも俺だよ。」
確かにいつの頃からかそんな噂が出回るようになっていた。
全くの出まかせだったが、苦手な女子からの誘いや呼び出しが減ったので、俺にはかえって都合が良かったのを覚えている。
大学に入ってからも、その噂は尾を引いていたが、肯定も否定もしないまま放置していた。
「…なん、で?」
「あの時、雫に近寄る奴らがいなくなればいいと思ったんだと思う。実際減っただろ?」
「……。」
「雫が思う以上に、俺は雫が好きなんだ。誰にも触らせたくないし、俺以外の誰ともいて欲しくない。」
「………。」
「雫の全てを独占したいし、これからはそうする。」
熱い。のぼせてしまったのかもしれない。
「もう、あがろう。熱い、よ。」
立ちあがろうとしても、やっぱり身体は思うように動かず、ふらつく。
「…嫌なのか?」
違う、そうじゃなくて。
ふらつく身体は伊央の方へと倒れ込む。
「雫、顔見せろよ。」
「待っ、て。絶対変な顔、してる。」
「いいから……。…真っ赤だな。のぼせたのか?」
顔の前でクロスした両手は力なく、伊央の手によってあっさりと引き剥がされた。
「…だって、伊央が、そんなこと思ってたなんて…」
「…嫌か?」
「…違う!逆。嬉しすぎて、どんな顔していいか分からない。…俺だって、伊央を独占したい…。」
「もうしてる。されてる。」
伊央の身体も熱い。
二人ともきっとのぼせている。
ベッドに戻るとまたお互いに昂り、熱を発散するように抱き合って、溶け合った。
気がついた時にはすでに夕暮れ時で、その日伊央が作ってくれたインスタントラーメンは、忘れられないぐらい美味しかった。
「あっ、雫くんだー。イオは?」
「小夜さんは?」
学食の入り口で話しかけてくるのは、伊央が仲のいい二人の友人だ。
「伊央は購買に行ってて、小夜先輩ももうすぐ来るよ。」
「じゃあ、先に行って席取っとくから。」
「ありがとう。」
ひらひらと手を振って二人が学食へと入って行くのを見送っていると、伊央がすぐに戻ってきた。
「…あいつら、勝手に雫に話しかけやがって。」
「そんなこと言わないでよ。俺も友達が増えたみたいで嬉しいから。」
伊央は構内でも自然と俺の側にいるようになった。
伊央の友人二人は、その様子から俺たちのことを察した様子で、それでも態度を変えることはなく、友人としていてくれる。
驚くほどすんなりと俺たちの関係を受け入れてくれ、いつの間にか伊央を中心に一緒にいることが増えた。
「あ、雫くん!と、イオくん…」
小走りにこちらに向かってくるのは、小夜先輩だ。
意外なことに、小夜先輩もその輪に加わっている。
5人で取る昼食はいつも賑やかだ。
「おーい、こっちこっち!」
ちゃんと五人分の席を確保した二人が呼んでいる。
「なんでいつもお前らまで一緒なんだよ。雫と二人がいいのに。」
席についた伊央はむすっとしている。むすっとしているけど、怒っている訳じゃない。
「うわ、でたよ。イオってキャラ変わったよな。ぜったい。」
「どうせ帰っても一緒にいるんだろ。雫くんだって、たまには息抜きが必要だって。」
「…は?息抜き?お前らといるのが?」
「いや、小夜さんだっているじゃん。」
三人の掛け合いを見ながら、小夜先輩と向かい合って、うどんを食べ始める。
小夜先輩の目が、良かったねと言ってくれている。
条件反射なのか、イオを見る時は今だに一瞬だけきっとした顔になることに、本人は気がついていないようだ。
「雫、それ一口食いたい。」
「え、これ?いいよ、はい。」
甘めのお揚げを摘み上げると、大きな口ががぶりと半分以上食べてしまった。
「あ、ひどい!一口って言ったのに!」
「俺にとっては、これが一口だから。」
「お揚げ好きなのに!」
にやっと笑った伊央が驚くほど自然に、軽くキスをしてくる。
「何それ!!!みんないるのに!!!」
出張中の彼となかなか会えずにいる小夜先輩が、きっーと声を張り上げた。
「だって、可愛いから。したくなった。」
二人の友人はあきれ顔だ。
「皆んなといるときは、恥ずかしいから、やめて。」
「じゃあ、また帰ったらな。」
伊央がこんなに甘くなるとは思わなかった。
きーきー言う小夜先輩の声と、あーもー俺も恋人ほしーと言う二人の声で、本当にここは賑やかだ。
向かいくる春を前に、その時の俺の心はきっと変に浮かれていた。
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