オトガイの雫

なこ

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雫と伊央

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「…も、って言った?」

って、そう言った?

好き…?

ぶるぶると頭を振って、汚してしまったテーブルの上を片付ける。

ほとんど食べ終わった後で良かった。

せっかく伊央が作ってくれたご飯だから。

伊央が時折俺だけに見せる優しさに何度も勘違いしそうになっては、打ち砕かれてきた。

もう、諦めていたのに…

付き合うよな、と掴まれた手首には、まだ力強い感触が残っている。

本気…なの?

伊央はシャワーを浴びている。

とりあえず、出しっぱなしになっているを片付けてしまいたい。

部屋に戻ると、ため息が出る。

床上に置き去りにされ、そのまんま。

を伊央に見せたなんて、俺はどうにかしている。

さっさと片付けてしまおう。

一つ手にとったそれは、大きすぎて実際にはまだ使ったことがない。

何もかも未経験な俺にはハードルが高すぎた。

こんなのものを見せて、想像して使ってるだなんて、恥ずかしすぎて、この後伊央とどんな顔をして向かい合えばいいのかわからなくなる。

それだけじゃない。

疑問は後から後から溢れ出てきて、頭の中は疑問の嵐だ。

「…雫っ!!!」

伊央?

どこか慌てたような、切迫詰まった様子で伊央が呼んでいる。

どうしたんだろう?

何かあった?

「雫いるかっ!?」

バタンっと勢いよく部屋の扉が開かれた。

条件反射で手にしていたを後ろ手に隠すと、ぽたぽたと水滴を垂らしたままの伊央が険しい顔をして立っている。

立って、いる……


……

……………

「ここにいたのかよ。リビングにいないから、いなくなったんじゃないかって…。よかった。」

「…出てくなって言ったのは、伊央だろ。」

「…いや、そうだけど。」

余程慌てて出てきたのか、掻き上げた髪からは滴が幾重にも滴り落ち、床上はびしょ濡れだ。

「…ちょっと、身体くらい」

「ああ、悪い。床、濡らしてしまったな。」

いや、そんなこと、どうでもいい。

「…ちゃんと、身体拭いて、きて、よ。風邪ひくから。」

まともに伊央の方を見られない。

「ああ、だな。すぐに戻るから、いなくなるなよ。」

「分かった。分かったから!早く、行って!」

…なんで、なんで、全裸なんだよ!

一緒に暮らしてはいるものの、全裸の伊央を見るのは初めてだ。

修学旅行のときだって、照れくさくてお風呂の時間をずらしていたぐらいだ。

想像していた以上に伊央はがっちりとした身体つきで、

身体………

かあっと頬に熱が込み上げる。

伊央が部屋から出ていくと、力が抜けて後ろ手に隠していたがごとりと音をたてて転がった。

「…雫、あのさ」

「な、なに!?」

廊下から、バスルームに戻っていたと思った伊央の声がする。

まだ、居たの?

「…髪乾かしてくれるか?」

「わかった、乾かすから!乾かすから!早く行ってよ!」

せめてパンツぐらい履いてこいよ!

今度こそ本当に伊央の気配がなくなったのを確認して、床上を片付ける。

手に持っていたの、見られてないよな?

一番大きなを拾い上げる。

…初めて伊央を見てしまった。

………普通にしてて、あれ、なの?

…え、嘘

手にしていたと比べてしまったのは、仕方ないことだと思う。

だって、不可抗力だ。



元の場所に全てをしまい込んでリビングに戻ると、伊央が先に戻っていた。

ソファに座ってごくごくと水を飲んでいる。

「髪、乾かすね。」

「ん、頼む。」

よかった。ちゃんと服を着ている。

いつものようにだらっとソファに座り込む伊央の髪にドライヤーをあてる。

伊央は背もたれに身体を預けて、上を向いたまま目を閉じている。

「ねえ、乾かしにくいから、ちゃんと座ってよ。」

「んー、この方が楽だし、気持ちいいから、嫌だ。」

「…もう。」

なんだか、いつもと変わらない。

好きって、どういうこと?

いつから?

そんな素ぶり見せた事ないのに。

あの女の人と付き合っているんじゃないの?

あの人と暮らしたいんじゃなかったの?

付き合うって?

俺と付き合って、嫌になったら、今までの人たちみたいに、あっさり別れちゃうの?

頭の中はたくさんの疑問だらけなのに、気持ちよさそうに寛いでいる伊央を見ていると何も聞くことができない。

「…雫、」

「……」

「雫?」

「え?」

俺を呼ぶ声にドライヤーを止め、かがみ込むように伊央を覗き込むと、ばちっと目が合う。

「何?」

するっと伸びた伊央の右手が俺の後頭部をとらえ、ぐいっと引き寄せられる。

え?

柔らかい感触。

これっ、って

ちゅ

ちゅ

ちゅ

「…なんで目を開けたまんまなんだよ。」

優しく3回触れると、そう言って伊央がふっと笑った。

「…雫がかわいすぎるから。嫌、だったか?」

これって、これは、

俺の、ファーストキスになるんだろうか。

ぶわあああっと、身体中が熱を帯びる。

「…顔、真っ赤だな。」

ずっと、ずっと、好きで好きで苦しいくらい好きだった伊央が、

もう一度優しく、俺にキスをした。





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