オトガイの雫

なこ

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伊央

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「伊央に言ってないことがある。部屋に来て。」

言ってないこと…

あいつを好きだとでも言うのか?

あいつと、もう付き合っているのか?

「…出て行くのは、許さない。」

出て行くことも、あいつと付き合うことも、何もかも許せない。

どうしたら、俺を見てくれるんだ?
どうしたら、俺を好きになってくれる?

…もうこのまま、ここに閉じ込めてしまうしか。

「…わかったよ。」

肩を落とした雫の、諦めたような返事が返って来る。

目も合わせてくれない。

…そんなに俺といるのが嫌か?

真昼の陽光が差し込んで、部屋の中は明るいのに、二人の間の空気は重く澱んだままだ。

背を向けた雫は、がさごそとクローゼットの奥から何かを取り出そうとしている。

陽光にさらされて雪のように溶けてしまいそうな雫のうなじは、高校の時から変わらない。

真っ白で、穢れない…

見惚れていた俺の前に、雫がクローゼットの奥から取り出したものを並べ始めた。

雫のうなじに見惚れていた俺には、あまりにも想定外すぎて、頭が追いつかない。

…これって、だよな?

使ったことはないが、知っている。

見間違い…じゃないよな?

「俺が、男が好きだって言ったの覚えてる?」

もちろん、覚えている。

雫のモノなのか?目の前のこれは。

「…ああ。」

「これ、俺が使ってるやつ。」

…雫、が、使う?これを?

「想像する相手が、誰か分かる?」

想像?雫が?これを使って?

「…伊央だよ。伊央を想像して、するんだ。気持ち悪いだろ。」

俺…?

俺を想像して?

雫が…?

………雫は、

「…雫は、その、される側なのか?」

何言ってんだ、俺…

もしかしたら、雫は側なんじゃないかと、邪推していた。

あの小さいのといつもいたから。

「まだ、その、実際に、経験したことはないんだけど。…でも、される側、かな。」

経験したことはない、される側…

「黙っててごめん。伊央のことが、ずっと好きだった。気持ち悪くて、幻滅しただろ。だから、出て行くから。」

しんとした部屋の中に、雫の震える声が響く。

………すき?

………俺のことを?

…雫、が?

「なるべく早く出て行くから。少しだけ待って。」

「なんで?」

出て行く必要なんてないだろ。

これは、所謂両想いって、やつ、だよな?

聞き間違いじゃない、よな?

雫が、俺を…。

やば、なんだこれ。

俺は今、どんな顔してる?

「…え?」

俯いていた雫が驚いた顔をして見上げてくる。

かわいすぎるだろ。

どんな顔をしていいか、わからない。気を抜けば、自然とにやけてしまう。

なんとか右手で口元を隠して冷静を装うが、果たして装えているんだろうか。

「だから、なんで出て行くんだよ。だめだって言っただろ。」

俺を想像して、目の前のを使う雫を想像しただけで、気持ちが昂る。

すぐにでも押し倒したい。

が、雫のことは大切にしたい。

昨日は風呂にも入ってないし。

…好き、好き…、雫が、俺のこと。

…なんだか、それだけでもう満たされる。

「…なんでって、今俺が話したこと聞いてなかったの?」

「聞いてたよ。雫が、俺のこと…。だったら、尚更出てく必要なんてないだろ。」

「…え?」

「はあ。安心したら、腹が減った。」

昨晩から何も食べていない。

不思議そうに何度も瞬きをして見上げてくる雫がかわいくて、たまらない。

しゃがみ込んだままの雫に手を差し伸べると、細い指先が俺の手に触れる。

ぐいっと引き寄せた身体は、見た目以上に華奢で、恥ずかしげに顔をそらす耳や頬は薄らと紅潮していた。

床上には、例のが並べられたままだ。

…夢、じゃないよな。

夢なんかじゃ、ないよなあ。





「いや、別に男とか女とか関係ない。俺も雫のことずっと好きだったから。付き合うんだろ?雫のこと抱きたいし。」




腹が満たされ、肝心な事を言い忘れていたことに気がつき、そう言った途端、雫は豪快に吹き出した。

「…ご、ごめん、伊央、シャ、シャワー浴びてきて、早く!」

「ずいぶん豪快に吹いたな。大丈夫か?」

「大丈夫!げほっ、だ、大丈夫だから!ごめん!」

これが雫以外の相手ならむっとしただろうが、相手が雫なら構わない。

「ああ、そうだな。昨日も風呂入ってないし、シャワーでも浴びてくるか。」

「ごめん、ほんとに、ごめん!」

立ち上がった雫が謝りながら拭いてくれる。

「…付き合うんだよな?」

「え?」

「な?」

「あ……う、うん。」

拭いてくれる手を掴んで、確認する。

もはや、脅迫じみているような気もするが、言質はとっておきたい。

雫は、小さく頷いてくれた。

「…ふ」

熱めのシャワーが心地いい。

だめだ、つい笑いが込み上げで、ニヤけた顔になってしまう。

雫が、俺を好き……

俺を想って、あんなん使って…

「…嬉しすぎて、やばい。」

ほんとに、夢じゃないよな。

夢じゃない、よな?

ふいに、不安がよぎる。

俺のどこが?

好きになる要素なんて、あったか?

あんなん、無理矢理言わせただけで、こうしている間にも出て行ったりしてないよな?

雫、いるよな?

シャワーを止めると、しんとした静寂に包まれる。

「…雫?」

試しに大声で呼んでみるが、返事はない。

「…雫っ!」

出て行ったりしてないよな。

自分のしてきたことを思うと、好きだと言われる要素なんて欠片もないと、あらためて気がついた。

















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