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伊央
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「…雫か?」
雫しかいないと分かっているのに、雫じゃなければいいと、そう思って部屋を出ると、俯いたまま固まっている雫がそこにいた。
「雫?」
一度びくっと震えると、手にしていたコンビニの袋が落ちる。
「…ご、ごめん!」
目も合わせようとしないまま、雫は飛び出して行ってしまった。
なんで雫が謝るんだ。
謝らなきゃいけないのは、俺の方だろ。
「雫!ちがっ、待てって!雫っ!!!」
女の手が、ぐいっと俺の袖をひいて引き留めてくる。
「イオ!」
「なんで止めるんだよ!お前、くそっ!」
「気を利かせてくれたんだよ。ねえ、わたし泊まっていっていいよね。」
「…は?」
「あ、アイスだ。」
足元には、雫が買ってきてくれたアイスが二つ転がっていた。
「…触んな。」
「…え?」
アイスを拾い上げようとする女を押し退ける。
「帰れよ。」
「嫌だ。別れたくない。一緒に暮らしたら、イオもきっとわたしのこともっと好きになってくれるから。」
もっと、好き?
初めから、好きなんて欠片もなかったのに?
「…教授に連絡しようか。あんたの愛人が勝手に押しかけて来て、帰ってくれないって。」
さっと女の顔色が変わる。
「…冗談、でしょ。」
「冗談なんかじゃない。お前、邪魔なんだよ。帰れ。二度と此処に来るな。」
女の靴をドアの向こうに投げ捨てる。
「…な!ひどい!」
「ひどい?お互い様だろ。お前、結構悪どいことしてるって、聞いてるけど?」
「なに、言って…、ちょっと、イオ、やめてよ!」
ぐいぐいと、女を外に押しやる。
「ちょ、わたし、諦めないから!もう一度、ちゃんと話し合お…」
ばたんと、扉を閉じる。
扉の向こうに女の気配を感じるが、あいつだって大事にはしたくないだろう。
父親は、確かそれなりの会社の社長だ。
はあ………
雫は?雫…
何度雫のスマホに連絡しても、返信はない。
溶けかかったアイスを前に、頭を抱える。
本当なら、今頃雫と二人で食べていたはずだ。
しんと静まりかえった部屋の中で、刻々と時間だけが過ぎて行く。
何度スマホを確認しても、雫からの連絡はない。
表示されるのは、あの女からのメッセージだけだ。
「…なんでだよ。どこに言ったんだ…」
ぶるっと寒気がして、窓の外を見ると雪が降っていた。
「…雫」
いてもたってもいられず、あてもないまま外へ飛び出す。
雫のバイト先はもう閉まっていた。
ふらふらと街にたむろする若者たちや、酔っ払いをかき分けて雫の姿を探す。
雫、どこに行ったんだよ。
謝るのは、俺の方だろ。
雫と二人だけの空間に誰も入れたくなくて、あんな約束をさせたのは俺なのに。
友達も恋人も誰もあの部屋には連れて来るなって。
ふらふらと彷徨い続け、少しの期待を胸にマンションへ帰っても、雫の姿はなかった。
このまま雫が帰って来なかったら?
このまま出て行ってしまったら?
雫がいない生活なんて、想像できない。
雫と出会うまで、俺はどうやって過ごしていたんだ?
気がつけば、白白と夜が明けてきた。
雫は無事だろうか?
一体、どこに?
まさか、あのいつも一緒にいる?
…ばちが当たったのかもしれない。
雫を好きなくせに、性欲を吐き出すためだけに女たちを利用してきた、ばちが。
「…は。何やってんだ、俺は。」
テーブルに並べられたままの料理を片付ける。
出しっぱなしになっていたアイスはすっかり溶け切ってしまっていた。
『伊央、一口ちょうだい。』
『ほら。雫のも、一口。』
『あ、伊央、それ一口じゃない!』
ふざけてたくさん掬いあげたひと匙を見て、雫がむくれる。
むくれながら笑っている雫の顔を思い出し、胸が詰まる。
「本当に、俺は、何やってるんだろうな…」
インターホンが鳴る。
雫か?
念の為確認すると、あの女だ。
話す気にもならない。
無視したままやり過ごすと、どうやら諦めて帰ったようだ。
一体何人から付き合って欲しいと言われ、言われるがまま付き合っては別れてきたんだろう。
たった一人でいいのに。
誰からも好かれなくていいのに。
たった一人だけでいいのに…
雫はもう、帰ってこないんだろうか。
玄関からがたがたと音がする。
「…雫か?」
自分でも驚くほど、声が上擦っていた。
リビングに入らず、そのまま部屋に向かおうとする雫の前に立ち塞がると、今まで見たこともない表情をした雫と目が合う。
赤く腫れ上がった目が、きっと俺を睨んでくる。
「…どこ行ってたんだよ。」
心配したんだ。
戻ってくれただけでほっとしているのに、その目を見て、つい問い詰めるような口調になってしまった。
どこにいたんだ。あいつといたのか…
「…出て行くから!」
問い詰める俺に、雫が声を荒らげる。
やっと帰ってきた雫のその一言に、心が抉られる。
許せる訳がない。
雫が出て行くなんて、あり得ない。
どんなことをしてでも、引き止める。
もうあの時のように耐えることはできない。
雫を引き止めるためなら、なんだってする。
俺がこんなにお前に執着しているなんて、雫、お前は思いもしないんだろうな。
雫しかいないと分かっているのに、雫じゃなければいいと、そう思って部屋を出ると、俯いたまま固まっている雫がそこにいた。
「雫?」
一度びくっと震えると、手にしていたコンビニの袋が落ちる。
「…ご、ごめん!」
目も合わせようとしないまま、雫は飛び出して行ってしまった。
なんで雫が謝るんだ。
謝らなきゃいけないのは、俺の方だろ。
「雫!ちがっ、待てって!雫っ!!!」
女の手が、ぐいっと俺の袖をひいて引き留めてくる。
「イオ!」
「なんで止めるんだよ!お前、くそっ!」
「気を利かせてくれたんだよ。ねえ、わたし泊まっていっていいよね。」
「…は?」
「あ、アイスだ。」
足元には、雫が買ってきてくれたアイスが二つ転がっていた。
「…触んな。」
「…え?」
アイスを拾い上げようとする女を押し退ける。
「帰れよ。」
「嫌だ。別れたくない。一緒に暮らしたら、イオもきっとわたしのこともっと好きになってくれるから。」
もっと、好き?
初めから、好きなんて欠片もなかったのに?
「…教授に連絡しようか。あんたの愛人が勝手に押しかけて来て、帰ってくれないって。」
さっと女の顔色が変わる。
「…冗談、でしょ。」
「冗談なんかじゃない。お前、邪魔なんだよ。帰れ。二度と此処に来るな。」
女の靴をドアの向こうに投げ捨てる。
「…な!ひどい!」
「ひどい?お互い様だろ。お前、結構悪どいことしてるって、聞いてるけど?」
「なに、言って…、ちょっと、イオ、やめてよ!」
ぐいぐいと、女を外に押しやる。
「ちょ、わたし、諦めないから!もう一度、ちゃんと話し合お…」
ばたんと、扉を閉じる。
扉の向こうに女の気配を感じるが、あいつだって大事にはしたくないだろう。
父親は、確かそれなりの会社の社長だ。
はあ………
雫は?雫…
何度雫のスマホに連絡しても、返信はない。
溶けかかったアイスを前に、頭を抱える。
本当なら、今頃雫と二人で食べていたはずだ。
しんと静まりかえった部屋の中で、刻々と時間だけが過ぎて行く。
何度スマホを確認しても、雫からの連絡はない。
表示されるのは、あの女からのメッセージだけだ。
「…なんでだよ。どこに言ったんだ…」
ぶるっと寒気がして、窓の外を見ると雪が降っていた。
「…雫」
いてもたってもいられず、あてもないまま外へ飛び出す。
雫のバイト先はもう閉まっていた。
ふらふらと街にたむろする若者たちや、酔っ払いをかき分けて雫の姿を探す。
雫、どこに行ったんだよ。
謝るのは、俺の方だろ。
雫と二人だけの空間に誰も入れたくなくて、あんな約束をさせたのは俺なのに。
友達も恋人も誰もあの部屋には連れて来るなって。
ふらふらと彷徨い続け、少しの期待を胸にマンションへ帰っても、雫の姿はなかった。
このまま雫が帰って来なかったら?
このまま出て行ってしまったら?
雫がいない生活なんて、想像できない。
雫と出会うまで、俺はどうやって過ごしていたんだ?
気がつけば、白白と夜が明けてきた。
雫は無事だろうか?
一体、どこに?
まさか、あのいつも一緒にいる?
…ばちが当たったのかもしれない。
雫を好きなくせに、性欲を吐き出すためだけに女たちを利用してきた、ばちが。
「…は。何やってんだ、俺は。」
テーブルに並べられたままの料理を片付ける。
出しっぱなしになっていたアイスはすっかり溶け切ってしまっていた。
『伊央、一口ちょうだい。』
『ほら。雫のも、一口。』
『あ、伊央、それ一口じゃない!』
ふざけてたくさん掬いあげたひと匙を見て、雫がむくれる。
むくれながら笑っている雫の顔を思い出し、胸が詰まる。
「本当に、俺は、何やってるんだろうな…」
インターホンが鳴る。
雫か?
念の為確認すると、あの女だ。
話す気にもならない。
無視したままやり過ごすと、どうやら諦めて帰ったようだ。
一体何人から付き合って欲しいと言われ、言われるがまま付き合っては別れてきたんだろう。
たった一人でいいのに。
誰からも好かれなくていいのに。
たった一人だけでいいのに…
雫はもう、帰ってこないんだろうか。
玄関からがたがたと音がする。
「…雫か?」
自分でも驚くほど、声が上擦っていた。
リビングに入らず、そのまま部屋に向かおうとする雫の前に立ち塞がると、今まで見たこともない表情をした雫と目が合う。
赤く腫れ上がった目が、きっと俺を睨んでくる。
「…どこ行ってたんだよ。」
心配したんだ。
戻ってくれただけでほっとしているのに、その目を見て、つい問い詰めるような口調になってしまった。
どこにいたんだ。あいつといたのか…
「…出て行くから!」
問い詰める俺に、雫が声を荒らげる。
やっと帰ってきた雫のその一言に、心が抉られる。
許せる訳がない。
雫が出て行くなんて、あり得ない。
どんなことをしてでも、引き止める。
もうあの時のように耐えることはできない。
雫を引き止めるためなら、なんだってする。
俺がこんなにお前に執着しているなんて、雫、お前は思いもしないんだろうな。
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