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伊央
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やっと午後の講義が終わった。とりあえず、早く帰って雫に会いたい。
「伊央、これから遊びに行くけど、伊央も行くだろ?」
「いや、今日は早く帰る。」
「はあ!?伊央も来るって言っちゃったじゃんか。女の子たちも、伊央が来るならって言ってたのに。」
「は?行くなんて、行ってないだろ。」
「まじかよ。伊央が来ないとなると、今日はなしかあ。つまんね。」
隣の二人がぶつくさと文句を言っているが、知ったことじゃない。
とにかく、今日は早く帰りたい。
「お、またあの二人だ。いつも一緒にいるよな。」
顔を上げると、向かいから雫とあいつが並んで歩いてくるのが見える。
いつも、一緒…
すれ違い様、思わず雫を引き留めてしまった。
一緒にいるのは、俺のはずだろ。
雫の隣は、俺の居場所なんだよ。
「まあ、こんなもんだろ。」
雫と暮らすようになるまで、全く料理なんてしたことがなかった。
一度見よう見まねで作ってみたら、雫がひどく喜んでくれたので、時折こうして作ってみる。雫がいなかったら、料理なんて一生しないまま過ごしていたかもしれない。
雫のバイトが終わるまで、まだ時間がある。
少しの後ろめたさを感じながら、雫の部屋の扉を開くと、そこは雫の匂いに満たされている。
雑然とした俺の部屋とは違う、整理整頓が行き届いた雫らしい部屋。
ベッドに横になり、枕に顔を埋める。
「…雫…」
こんな姿を見たら、軽蔑されるだろう。
軽蔑されても、なんでもいい。
もう、無理だ。
一度だけ、雫を押し倒したことがある。
あの時はまだ微かな可能性を思って耐えられた。
好きな相手はいない。
好きになるのは、男だ。
そう言われて、それなら、俺にも可能性があるんじゃないか。そう思ったんだ。
だから、耐えられた。
それなのに、雫は俺とは真逆のあいつみたいな男が好きなのかもしれない。
帰ってきたら、問いただそうか。
…いや、何て言われようが、もう限界だ。
雫を好きで好きで、どうしようもないと、だから側にいてくれと懇願して、それでも駄目なら、今回は無理矢理にでも…
「…最低だな。」
自分の屑さに、嫌気がさす。
…そろそろバイトが終わる頃だ。
起き上がって、メッセージを送る。
もう家の近くまで来ているようだ。
慌てて部屋を出ると、インターホンが鳴る。
「なんでインターホンなんか鳴らすんだよ。雫、また両手が塞がってるのか?」
雫は、両手が塞がっているとき、たまにこうしてインターホンで助けを呼ぶ。
雫が帰ってきたと疑わず、確認しないまま扉を開けて、後悔した。
「イオ、来ちゃった。」
昨晩の女だ。
「…おい、なんでお前がここにいるんだよ。」
「イオこそ、急にこんなメッセージよこすなんて。納得いかない。どうして?私、なんかした!?」
すっかり忘れていた。
別れようと、メッセージを送っていたことすら。
「別に、なんも。勝手に来られて迷惑。帰れよ。」
「そんな、どうして!納得いかない!ちゃんと話してくれるまで、絶対に帰らないから!」
女の甲高い声が響く。
間が悪いことに、隣に住む神経質そうな夫人が訝しげな顔をしながら帰宅してきた。
ちらちらと、こちらを窺っている。
父の所有するマンションで問題を起こせば、すぐに耳に入ってややこしいことになる。
愛想笑いを浮かべて夫人に礼をすると、向こうも愛想笑いで返してくる。
これ以上ここで大声を出されては敵わない。
「中でちゃんと話しをさせて!」
夫人に気を取られている間に、女はするりと脇を通り抜け、部屋の中へ入ってしまった。
「おい、お前、勝手に」
「…雫って、言ったよね?雫って、昼に学食にいたあの人?」
どかっとソファに腰を下ろすと、女は睨み上げてきた。
「関係ないだろ。帰れよ。」
「高校一緒って言うのは知っていたけど、まさか一緒に住んでるの?なんで?どうして?」
「…関係ない。話すことは何もない。」
「じゃあ、別れるって、何?」
「…お前、他にも男いるだろ。知らないとでも思ってたのか?あの教授、妻帯者のはずだよな。」
女の目が泳ぐ。
後腐れがなさそうな相手だけを選んできたつもりだ。
他にも男がいる方が、俺にとっても都合が良かった。
「…ごめんなさい。イオだけだから。もうしない。怒ってる?イオが冷たいから、わたし…」
女は他にも男がいたことで俺が怒っていると勘違いしているようだが、検討違いだ。
勝手に俺と雫だけの空間に入られたことが、なにより腹が立つ。
「いいから、出てけよ。」
「イオ、料理とかするんだ。」
「…出てけよ。」
雫が帰ってきてしまう。
「こう見えてもね、料理得意なんだよ。わたし、尽くすタイプなの。ねえ、わたしと一緒に住もうよ。雫さんには、出て行ってもらって。付き合っている人いるんでしょう?」
女の言葉に、言葉を失う。
何言ってるんだ?
「雫が、出て行く?んな訳ないだろ。雫は…」
雫がここを出て行くなんて、考えたこともなかった。
「これからはイオだけに尽くすから。ね、別れるなんて、言わないよね…?」
女は、甘えるように上目遣いで見上げてくる。
ばたんと、扉が開く音が聞こえる。
今度こそ、本当に雫が帰ってきた。
「伊央、これから遊びに行くけど、伊央も行くだろ?」
「いや、今日は早く帰る。」
「はあ!?伊央も来るって言っちゃったじゃんか。女の子たちも、伊央が来るならって言ってたのに。」
「は?行くなんて、行ってないだろ。」
「まじかよ。伊央が来ないとなると、今日はなしかあ。つまんね。」
隣の二人がぶつくさと文句を言っているが、知ったことじゃない。
とにかく、今日は早く帰りたい。
「お、またあの二人だ。いつも一緒にいるよな。」
顔を上げると、向かいから雫とあいつが並んで歩いてくるのが見える。
いつも、一緒…
すれ違い様、思わず雫を引き留めてしまった。
一緒にいるのは、俺のはずだろ。
雫の隣は、俺の居場所なんだよ。
「まあ、こんなもんだろ。」
雫と暮らすようになるまで、全く料理なんてしたことがなかった。
一度見よう見まねで作ってみたら、雫がひどく喜んでくれたので、時折こうして作ってみる。雫がいなかったら、料理なんて一生しないまま過ごしていたかもしれない。
雫のバイトが終わるまで、まだ時間がある。
少しの後ろめたさを感じながら、雫の部屋の扉を開くと、そこは雫の匂いに満たされている。
雑然とした俺の部屋とは違う、整理整頓が行き届いた雫らしい部屋。
ベッドに横になり、枕に顔を埋める。
「…雫…」
こんな姿を見たら、軽蔑されるだろう。
軽蔑されても、なんでもいい。
もう、無理だ。
一度だけ、雫を押し倒したことがある。
あの時はまだ微かな可能性を思って耐えられた。
好きな相手はいない。
好きになるのは、男だ。
そう言われて、それなら、俺にも可能性があるんじゃないか。そう思ったんだ。
だから、耐えられた。
それなのに、雫は俺とは真逆のあいつみたいな男が好きなのかもしれない。
帰ってきたら、問いただそうか。
…いや、何て言われようが、もう限界だ。
雫を好きで好きで、どうしようもないと、だから側にいてくれと懇願して、それでも駄目なら、今回は無理矢理にでも…
「…最低だな。」
自分の屑さに、嫌気がさす。
…そろそろバイトが終わる頃だ。
起き上がって、メッセージを送る。
もう家の近くまで来ているようだ。
慌てて部屋を出ると、インターホンが鳴る。
「なんでインターホンなんか鳴らすんだよ。雫、また両手が塞がってるのか?」
雫は、両手が塞がっているとき、たまにこうしてインターホンで助けを呼ぶ。
雫が帰ってきたと疑わず、確認しないまま扉を開けて、後悔した。
「イオ、来ちゃった。」
昨晩の女だ。
「…おい、なんでお前がここにいるんだよ。」
「イオこそ、急にこんなメッセージよこすなんて。納得いかない。どうして?私、なんかした!?」
すっかり忘れていた。
別れようと、メッセージを送っていたことすら。
「別に、なんも。勝手に来られて迷惑。帰れよ。」
「そんな、どうして!納得いかない!ちゃんと話してくれるまで、絶対に帰らないから!」
女の甲高い声が響く。
間が悪いことに、隣に住む神経質そうな夫人が訝しげな顔をしながら帰宅してきた。
ちらちらと、こちらを窺っている。
父の所有するマンションで問題を起こせば、すぐに耳に入ってややこしいことになる。
愛想笑いを浮かべて夫人に礼をすると、向こうも愛想笑いで返してくる。
これ以上ここで大声を出されては敵わない。
「中でちゃんと話しをさせて!」
夫人に気を取られている間に、女はするりと脇を通り抜け、部屋の中へ入ってしまった。
「おい、お前、勝手に」
「…雫って、言ったよね?雫って、昼に学食にいたあの人?」
どかっとソファに腰を下ろすと、女は睨み上げてきた。
「関係ないだろ。帰れよ。」
「高校一緒って言うのは知っていたけど、まさか一緒に住んでるの?なんで?どうして?」
「…関係ない。話すことは何もない。」
「じゃあ、別れるって、何?」
「…お前、他にも男いるだろ。知らないとでも思ってたのか?あの教授、妻帯者のはずだよな。」
女の目が泳ぐ。
後腐れがなさそうな相手だけを選んできたつもりだ。
他にも男がいる方が、俺にとっても都合が良かった。
「…ごめんなさい。イオだけだから。もうしない。怒ってる?イオが冷たいから、わたし…」
女は他にも男がいたことで俺が怒っていると勘違いしているようだが、検討違いだ。
勝手に俺と雫だけの空間に入られたことが、なにより腹が立つ。
「いいから、出てけよ。」
「イオ、料理とかするんだ。」
「…出てけよ。」
雫が帰ってきてしまう。
「こう見えてもね、料理得意なんだよ。わたし、尽くすタイプなの。ねえ、わたしと一緒に住もうよ。雫さんには、出て行ってもらって。付き合っている人いるんでしょう?」
女の言葉に、言葉を失う。
何言ってるんだ?
「雫が、出て行く?んな訳ないだろ。雫は…」
雫がここを出て行くなんて、考えたこともなかった。
「これからはイオだけに尽くすから。ね、別れるなんて、言わないよね…?」
女は、甘えるように上目遣いで見上げてくる。
ばたんと、扉が開く音が聞こえる。
今度こそ、本当に雫が帰ってきた。
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