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雫
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「…なるべく早く出て行くから。少しだけ待って。」
このマンションのオーナーは伊央の父親なので、元々俺は居候みたいなものだ。
暫くは伊央と顔を合わせなくても済むように、バイトのシフトを遅くまで増やそう…
それと、やっぱり先輩に頼んで、少しの間だけでも…
「なんで?」
「…え?」
思わず顔を上げると、右手で口元を押さえた伊央と目が合う。
想像していたような、嫌悪の表情はしていない。
伊央から嫌悪の目で見られていたら、きっと暫くの間立ち直れなかったと思う。
「だから、なんで出て行くんだよ。だめだって言っただろ。」
「…なんでって、今俺が話したこと聞いてなかったの?」
「聞いてたよ。雫が、俺のこと…。だったら、尚更出てく必要なんてないだろ。」
「…え?」
「はあ。安心したら、腹が減った。」
「…え?」
「さっきから、え?ばっかりだな。ほら、行くぞ。」
しゃがみ込んだままの俺に、あんまりにも自然に手を差し伸べてくるから、ついその手をとってしまった。
大きな手にぐいっと引き寄せられ、思わず顔をそらしてしまう。
床上に置きざりにされた器具たちは、差し込む真昼の陽光に照らされて、なんだかとても居心地が悪そうに見えた。
冷蔵庫の中には、生姜焼きとキャベツの千切りが乗ったお皿が二つ、ラップに包まれて入っている。
ご飯は炊きっぱなしのままで、食べた形跡はない。
伊央は、わかめの入った味噌汁を温めなおしている。
「…これって、昨日の…」
「…ん?」
あの彼女と食べていたんだと、思っていた。
「伊央、もしかして、昨日の夜から何も食べていないんじゃ…」
「…雫が出て行ったきり戻って来ないからだろ。」
「…そんな、だって。」
「雫と食べようと思って作ったから。」
「…彼女と食べれば良かったのに。」
嘘だ。そんなこと思ってもいない癖に。本当は、すごく嬉しい癖に。
小夜先輩の家で、泣きながら豆乳鍋を食べていた頃、伊央は何も食べずに俺を待っていてくれたんだ。
「…めん。」
「ん?聞こえない。」
「ごめん。」
「まあ、悪いのは俺だけどな。とりあえず、食おうぜ。めちゃくちゃ、腹が減ったわ。」
ダイニングテーブルで向かい合わせに座ると、余程お腹が空いていたのか、伊央はすごい勢いで食べ始めた。
スポーツマンらしい、いい食べっぷりだ。
「あ、美味し…」
生姜がちゃんときいた、俺好みの味がした。
こうしていると、さっきのことが嘘みたいに、いつもと変わらない。
俺の言ったことを、冗談だとでも思っているのかもしれない。
「さっきの話しだけど、冗談なんかじゃ」
「まさか、冗談だったなんて言わないよな。」
伊央は箸の手を止めて、ぎろりと睨んでくる。
「…冗談なんかじゃない。あんなこと、冗談でも言える訳ないだろ。」
「それなら、もう出てくなんて言うなよ。」
「……」
「今までみたいな付き合い方はやめるから。雫から見たら、俺きっと最低な奴だったよな。」
「……」
「雫も、連絡なしで泊まってきたりすんの、やめろよ。心配するだろ。…っつーか、泊まるのは、無しでいいよな。」
「……」
伊央が何を言い始めたのか、全く理解できない。
「で、昨日どこにいた?」
「…小夜先輩のとこ。」
「…さよって、あの小さいのか?何もしてないよな。」
何もって、何だろう。
「…鍋、した。」
「それだけか?」
「…うん。」
じっと見つめたまま話し掛けてくるので、そわそわとしてご飯が上手く喉を通らない。
伊央は、綺麗に全部食べ終えてしまった。
「さっきの、あれだけど…」
「あれ?」
「雫が使ってるって言ってた、あれ。」
出しっぱなしにしてあるあれの話しを持ち出され、今さらなのに顔が赤面してしまう。
やっぱり、ちゃんと見てたんだよな。
気持ち悪いから捨てろとか、言われるんだろうか。
「少しだけ、待ってろよ。その、俺もちゃんと勉強するから。」
「勉強って、何を…?」
「何って、男同士のやつ。」
「は?何言って、ぐほっ。」
飲み込む途中のご飯が、ぐっと喉に詰まった。
慌てて水を飲み干す。
「…伊央は女が好きなんだろう。無理してそんなことする必要ない。同情でもしてるの?」
冷静そうに見えるけど、やっぱりあれを見て、伊央も少し動揺しているのかもしれない。
「いや、別に男とか女とか関係ない。俺も雫のことずっと好きだったから。付き合うんだろ?雫のこと抱きたいし。」
「ふえっ???!!!」
変な声が出たせいで盛大にむせてしまい、口にしていた味噌汁の残りを伊央に向かって勢いよく全部吹き出してしまった。
このマンションのオーナーは伊央の父親なので、元々俺は居候みたいなものだ。
暫くは伊央と顔を合わせなくても済むように、バイトのシフトを遅くまで増やそう…
それと、やっぱり先輩に頼んで、少しの間だけでも…
「なんで?」
「…え?」
思わず顔を上げると、右手で口元を押さえた伊央と目が合う。
想像していたような、嫌悪の表情はしていない。
伊央から嫌悪の目で見られていたら、きっと暫くの間立ち直れなかったと思う。
「だから、なんで出て行くんだよ。だめだって言っただろ。」
「…なんでって、今俺が話したこと聞いてなかったの?」
「聞いてたよ。雫が、俺のこと…。だったら、尚更出てく必要なんてないだろ。」
「…え?」
「はあ。安心したら、腹が減った。」
「…え?」
「さっきから、え?ばっかりだな。ほら、行くぞ。」
しゃがみ込んだままの俺に、あんまりにも自然に手を差し伸べてくるから、ついその手をとってしまった。
大きな手にぐいっと引き寄せられ、思わず顔をそらしてしまう。
床上に置きざりにされた器具たちは、差し込む真昼の陽光に照らされて、なんだかとても居心地が悪そうに見えた。
冷蔵庫の中には、生姜焼きとキャベツの千切りが乗ったお皿が二つ、ラップに包まれて入っている。
ご飯は炊きっぱなしのままで、食べた形跡はない。
伊央は、わかめの入った味噌汁を温めなおしている。
「…これって、昨日の…」
「…ん?」
あの彼女と食べていたんだと、思っていた。
「伊央、もしかして、昨日の夜から何も食べていないんじゃ…」
「…雫が出て行ったきり戻って来ないからだろ。」
「…そんな、だって。」
「雫と食べようと思って作ったから。」
「…彼女と食べれば良かったのに。」
嘘だ。そんなこと思ってもいない癖に。本当は、すごく嬉しい癖に。
小夜先輩の家で、泣きながら豆乳鍋を食べていた頃、伊央は何も食べずに俺を待っていてくれたんだ。
「…めん。」
「ん?聞こえない。」
「ごめん。」
「まあ、悪いのは俺だけどな。とりあえず、食おうぜ。めちゃくちゃ、腹が減ったわ。」
ダイニングテーブルで向かい合わせに座ると、余程お腹が空いていたのか、伊央はすごい勢いで食べ始めた。
スポーツマンらしい、いい食べっぷりだ。
「あ、美味し…」
生姜がちゃんときいた、俺好みの味がした。
こうしていると、さっきのことが嘘みたいに、いつもと変わらない。
俺の言ったことを、冗談だとでも思っているのかもしれない。
「さっきの話しだけど、冗談なんかじゃ」
「まさか、冗談だったなんて言わないよな。」
伊央は箸の手を止めて、ぎろりと睨んでくる。
「…冗談なんかじゃない。あんなこと、冗談でも言える訳ないだろ。」
「それなら、もう出てくなんて言うなよ。」
「……」
「今までみたいな付き合い方はやめるから。雫から見たら、俺きっと最低な奴だったよな。」
「……」
「雫も、連絡なしで泊まってきたりすんの、やめろよ。心配するだろ。…っつーか、泊まるのは、無しでいいよな。」
「……」
伊央が何を言い始めたのか、全く理解できない。
「で、昨日どこにいた?」
「…小夜先輩のとこ。」
「…さよって、あの小さいのか?何もしてないよな。」
何もって、何だろう。
「…鍋、した。」
「それだけか?」
「…うん。」
じっと見つめたまま話し掛けてくるので、そわそわとしてご飯が上手く喉を通らない。
伊央は、綺麗に全部食べ終えてしまった。
「さっきの、あれだけど…」
「あれ?」
「雫が使ってるって言ってた、あれ。」
出しっぱなしにしてあるあれの話しを持ち出され、今さらなのに顔が赤面してしまう。
やっぱり、ちゃんと見てたんだよな。
気持ち悪いから捨てろとか、言われるんだろうか。
「少しだけ、待ってろよ。その、俺もちゃんと勉強するから。」
「勉強って、何を…?」
「何って、男同士のやつ。」
「は?何言って、ぐほっ。」
飲み込む途中のご飯が、ぐっと喉に詰まった。
慌てて水を飲み干す。
「…伊央は女が好きなんだろう。無理してそんなことする必要ない。同情でもしてるの?」
冷静そうに見えるけど、やっぱりあれを見て、伊央も少し動揺しているのかもしれない。
「いや、別に男とか女とか関係ない。俺も雫のことずっと好きだったから。付き合うんだろ?雫のこと抱きたいし。」
「ふえっ???!!!」
変な声が出たせいで盛大にむせてしまい、口にしていた味噌汁の残りを伊央に向かって勢いよく全部吹き出してしまった。
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