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  Ⅱ 愛しき人

 兄と弟

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「……クレード」

重傷のユリカを抱えてやって来たGの表情は、普段の穏やかなものとは異なり険しかった。

「やぁ、弟くん。
こんな所で遊んでいたんだね」
「何をしに来た」
「助けてやったのにそんなに睨むなよ。
少し様子を見に来ただけさ。
それよりも、心優しい兄から出来損ないの弟への質問だ。
お前は僕のユリカを殺す気か?」

クレードの瞳に一瞬、狂気の色が滲む。

「……セツハさん。
二本足さんをお願いします」

Gはセツハにユリカの手当を頼んだ。
不死竜の一撃によって彼女の傷口は黒く変色し、皮膚が醜く爛れていた。
その範囲は今もなお、徐々に広がり続けている。
冷淡な王子に言われるまでもなく、己の不甲斐なさをGは憎んでいた。
掴みかかろうとするGの体をいなして地面に転がすと、クレードはその顔面を踏みつけた。

「聞こえなかったのかい、弟くん。
なぜユリカを護らなかったのかと、僕は訊いているんだ」
「おやめ下さい、クレード様!
Gは悪くありません。
ユリカ嬢が負傷したのは、私の領主としての力不足が原因です」

ファランはクレードに嘆願した。
虫けらを見るような目でファランを見ると、クレードはGからゆっくりと足を離した。

「ファラン=ロズラファエル。
たかが地方の一領主の分際で、次期国王であるこの僕に異を唱えるつもりか?
これは君が父親そっくりの無能である事など、はじめから踏まえた上での話なんだよ」
「……く」

ファランは唇を固く結んで顔を俯かせた。
そうする以外、亡父を愚弄された怒りを抑え込む術を知らなかったからだ。

「御三方」

石段の上に横たわるユリカの様子を見守っていたセツハが、三人を呼び寄せた。

「不死竜は生きております」

セツハは静かな口調でそう告げた。
その白い胸元に刻まれた赤い烙印は、彼女の身分が奴隷階級である事を顕していた。

「クハハッ、これは傑作だ。
無能な主に仕えるのは無能な異国奴隷ぶかか。
あの骨格標本ならさっき、君達の目の前で僕が退治してやった筈だけどね。
その安っぽい眼鏡の度数、本当に合ってるのかい」

眼鏡のフレームに触れようとしたクレードの指をするりとかわすと、セツハは言葉を続けた。

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