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第22話 別離
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そのとき、アイシャが静かに口を開いた。
「小野寺さん…流星落鳳破を使います」
流星落鳳破…?
聞きなれぬ技名に、俺とニアは首をかしげる。
しかし、小野寺さんの表情が一変し、声にならぬ呻きを上げた。
「…このままでは全員死ぬだけです。流星落鳳破なら、あるいはリッチを仕留められるかもしれません」
そう言って、アイシャが真剣な眼差しで小野寺さんを見つめた。
「…確かに、流星落鳳破は空間そのものをなぎ払う技。…転移中のリッチにも当たるだろう」
「命にも使いどきがあるとするなら…今がそのときだと、私は思うのです」
命…?
どういうことだ?
会話の内容についていけない俺たちに、小野寺さんが説明してくれる。
「流星落鳳破は、スナイパーの究極スキル。…凄まじい威力だが…その代償に、使い手は命を落とす」
「…そんな…」
アイシャを犠牲に生き残る…?
絶句した俺とニアは、ただ二人を見守ることしかできなかった。
「私、別に小野寺さんのこと愛したりしてませんし。小野寺さんも、私のこと愛してます?」
そうおどけた口調でアイシャが問いかけた。
「バカやろ…俺が一人の女に入れ込むかよ」
小野寺さんも軽口で返すが、その語尾は震えていた。
「だったら、しょうがないですね。…どうやらリョウキくんとニアちゃんは愛し合っちゃってるみたいですし」
そう言って、アイシャがニアにウィンクした。
ニアと俺たちは、言葉が見つけられなかった。
ただ、いつの間にか頰を熱い涙が伝って、こぼれ落ちていく。
「愛し合うもの達に…いつだって世界は優しいんだってこと、証明してあげなくては」
「…そうだな」
小野寺さんはゆっくりと頷く。
その逞しい肩は、確かに震えていた。
「…マスター、先立つ不孝をお許しください…ってこんな挨拶で、合ってます?」
アイシャの声も震えているが、決して涙を見せまいと耐えているようだった。
「…許す」
絞り出すように、小野寺さんが言った。
「では…アイシャ、推して参ります」
そう言って優雅に一礼し、ゆっくりと弓を構えた。
「アイシャさん…アイシャさん…!」
滂沱の涙を拭いもせず、ニアが叫んだ。
アイシャはただ黙って微笑む。
もう、振り返らない。
「我が弓技の神髄…とくとその身で味わいなさい」
ギリギリと引き絞られた弓に、アイシャの全魔力が充填されていく。
眩いばかりにその全身が発光し、凄まじいほどの闘気が放たれていた。
小野寺さんは、それが義務だというように、アイシャの姿をじっと見つめていた。
その凄絶な美しい姿を、永遠に瞳の奥に焼き付けようとするかのように。
瞬きもせず、身じろぎもせず、ただ一心に見つめる。
「我が身は流星の如く儚く墜ちゆこうとも--願わくは、飛ぶ鳳をも撃ち落とさんと…流星落鳳破ッ!」
凛としたアイシャの声が響き渡った次の瞬間、光の奔流が無数の矢へと転じ、空間を圧し潰すほどの勢いで殺到する。
その圧倒的な光の束は、空間転移中だったリッチをもしっかりと捉え、有無を言わさずすりつぶしていく。
苦悶の声を上げながら、全身を射抜かれ、粉々に千切れたリッチがゆっくりと消滅した。
「…美事なり」
小野寺さんがぽつんとつぶやいた。
流星落鳳破を放ち終えたアイシャが、ゆっくりと崩折れていく。
駆け寄った小野寺さんが、その細い身体をしっかりと抱きとめた。
「…小野寺さん…わたし、嘘をつきました」
「…ああ」
「…ほんとうは、貴方と、もっと旅をしたかった…」
「…すまん。俺も…嘘つきだったよ…」
そう言って、何かが通じ合ったかのように、二人は微笑みあう。
好きだとか、愛しているだとか、そういう言葉は二人とも使わなかった。
けれど俺たちにも、二人の間には確かな固い絆があったことを理解していた。
「お願いがひとつだけ…最後まで、泣かないでいてくれますか?」
「ああ…」
小野寺さんが無理やり微笑んだ。
泣き笑いのような、必死の表情。
「最後に見る貴方の顔は…笑顔がいいから」
「…そうだな」
小野寺さんにしっかりと抱きしめられながらも、消滅エフェクトがアイシャの全身を覆い始めた。
「…リョウキくん、ニアさん。あなたたちと出会えて良かった。…わたしのこの気持ちが、ほんものだと…あなたたちが教えてくれた」
「はい……!アイシャさん…」
俺たちは硬く手を握り合い、何度もアイシャに頷きを返した。
今は…どんな言葉でも、この胸中の想いを伝えることはできないだろう。
アイシャも最後の力を振り絞って微笑を返してくれる。
そして、再び視線を小野寺さんに戻す。
…ここからは、二人だけの時間だ。
俺とアイシャは、無言で見つめ合う二人から離れて見守ることにした。
二言、三言、小野寺さんとアイシャが言葉を交わす。
離れた俺たちには、何も聞こえない。
-それは、二人のためだけに紡がれた、最期の言の葉。
他の誰にも聞く資格はない。
…やがて。
小野寺さんの腕の中のアイシャが、ゆっくりと消えていく。
巨躯を震わせ、必死で抱き止めようとする小野寺さんは、懸命に涙をこらえていた。
アイシャの最後の願いを聞き入れるために。
魔塔エルガンディアのフロア39にて-
俺たちは知る。
-喪失の痛みは、かくも深く鋭いものだと。
「小野寺さん…流星落鳳破を使います」
流星落鳳破…?
聞きなれぬ技名に、俺とニアは首をかしげる。
しかし、小野寺さんの表情が一変し、声にならぬ呻きを上げた。
「…このままでは全員死ぬだけです。流星落鳳破なら、あるいはリッチを仕留められるかもしれません」
そう言って、アイシャが真剣な眼差しで小野寺さんを見つめた。
「…確かに、流星落鳳破は空間そのものをなぎ払う技。…転移中のリッチにも当たるだろう」
「命にも使いどきがあるとするなら…今がそのときだと、私は思うのです」
命…?
どういうことだ?
会話の内容についていけない俺たちに、小野寺さんが説明してくれる。
「流星落鳳破は、スナイパーの究極スキル。…凄まじい威力だが…その代償に、使い手は命を落とす」
「…そんな…」
アイシャを犠牲に生き残る…?
絶句した俺とニアは、ただ二人を見守ることしかできなかった。
「私、別に小野寺さんのこと愛したりしてませんし。小野寺さんも、私のこと愛してます?」
そうおどけた口調でアイシャが問いかけた。
「バカやろ…俺が一人の女に入れ込むかよ」
小野寺さんも軽口で返すが、その語尾は震えていた。
「だったら、しょうがないですね。…どうやらリョウキくんとニアちゃんは愛し合っちゃってるみたいですし」
そう言って、アイシャがニアにウィンクした。
ニアと俺たちは、言葉が見つけられなかった。
ただ、いつの間にか頰を熱い涙が伝って、こぼれ落ちていく。
「愛し合うもの達に…いつだって世界は優しいんだってこと、証明してあげなくては」
「…そうだな」
小野寺さんはゆっくりと頷く。
その逞しい肩は、確かに震えていた。
「…マスター、先立つ不孝をお許しください…ってこんな挨拶で、合ってます?」
アイシャの声も震えているが、決して涙を見せまいと耐えているようだった。
「…許す」
絞り出すように、小野寺さんが言った。
「では…アイシャ、推して参ります」
そう言って優雅に一礼し、ゆっくりと弓を構えた。
「アイシャさん…アイシャさん…!」
滂沱の涙を拭いもせず、ニアが叫んだ。
アイシャはただ黙って微笑む。
もう、振り返らない。
「我が弓技の神髄…とくとその身で味わいなさい」
ギリギリと引き絞られた弓に、アイシャの全魔力が充填されていく。
眩いばかりにその全身が発光し、凄まじいほどの闘気が放たれていた。
小野寺さんは、それが義務だというように、アイシャの姿をじっと見つめていた。
その凄絶な美しい姿を、永遠に瞳の奥に焼き付けようとするかのように。
瞬きもせず、身じろぎもせず、ただ一心に見つめる。
「我が身は流星の如く儚く墜ちゆこうとも--願わくは、飛ぶ鳳をも撃ち落とさんと…流星落鳳破ッ!」
凛としたアイシャの声が響き渡った次の瞬間、光の奔流が無数の矢へと転じ、空間を圧し潰すほどの勢いで殺到する。
その圧倒的な光の束は、空間転移中だったリッチをもしっかりと捉え、有無を言わさずすりつぶしていく。
苦悶の声を上げながら、全身を射抜かれ、粉々に千切れたリッチがゆっくりと消滅した。
「…美事なり」
小野寺さんがぽつんとつぶやいた。
流星落鳳破を放ち終えたアイシャが、ゆっくりと崩折れていく。
駆け寄った小野寺さんが、その細い身体をしっかりと抱きとめた。
「…小野寺さん…わたし、嘘をつきました」
「…ああ」
「…ほんとうは、貴方と、もっと旅をしたかった…」
「…すまん。俺も…嘘つきだったよ…」
そう言って、何かが通じ合ったかのように、二人は微笑みあう。
好きだとか、愛しているだとか、そういう言葉は二人とも使わなかった。
けれど俺たちにも、二人の間には確かな固い絆があったことを理解していた。
「お願いがひとつだけ…最後まで、泣かないでいてくれますか?」
「ああ…」
小野寺さんが無理やり微笑んだ。
泣き笑いのような、必死の表情。
「最後に見る貴方の顔は…笑顔がいいから」
「…そうだな」
小野寺さんにしっかりと抱きしめられながらも、消滅エフェクトがアイシャの全身を覆い始めた。
「…リョウキくん、ニアさん。あなたたちと出会えて良かった。…わたしのこの気持ちが、ほんものだと…あなたたちが教えてくれた」
「はい……!アイシャさん…」
俺たちは硬く手を握り合い、何度もアイシャに頷きを返した。
今は…どんな言葉でも、この胸中の想いを伝えることはできないだろう。
アイシャも最後の力を振り絞って微笑を返してくれる。
そして、再び視線を小野寺さんに戻す。
…ここからは、二人だけの時間だ。
俺とアイシャは、無言で見つめ合う二人から離れて見守ることにした。
二言、三言、小野寺さんとアイシャが言葉を交わす。
離れた俺たちには、何も聞こえない。
-それは、二人のためだけに紡がれた、最期の言の葉。
他の誰にも聞く資格はない。
…やがて。
小野寺さんの腕の中のアイシャが、ゆっくりと消えていく。
巨躯を震わせ、必死で抱き止めようとする小野寺さんは、懸命に涙をこらえていた。
アイシャの最後の願いを聞き入れるために。
魔塔エルガンディアのフロア39にて-
俺たちは知る。
-喪失の痛みは、かくも深く鋭いものだと。
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