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第16話 接近
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「…リョウキさん、わたし、生きてます…」
「よかった…本当によかった」
「もうダメだと思いました。わたし、ここで死ぬんだなって…消えるんだなって思いました」
「うん…うん…」
「でも、炎が目の前まで来た瞬間、向こう側にリョウキさんの顔が見えたんです」
「…」
「そのときわたし、死にたくないなって。もっとリョウキさんと一緒に旅をしたい、もっとリョウキさんのことを知りたいなって。わがままだけど、そう思いました」
そこまで一気に話すと、ニアは照れたようにえへへ、と笑った。
どこまでも率直に紡がれるその言葉に、俺は何も返せず、
ただ強く、もっと強くニアを抱きしめることしかできない。
「そうしたら、突然すごい力が湧いてきて…光の輪がわたしを守ってくれたんです」
絆スキル…小野寺さんがそう呟いていたのを思い出す。
ニアの想いが、特別なスキルを発現させたのかもしれない。
「どうやって出したのか、ぜんぜん覚えてないですけど…また、出せるかはわかんないです」
「今はただ、生き延びたことを喜ぼう…」
「はい…」
そうしてやっと、俺は腕を離す。
本当は、離すのが怖かった。
離してしまったら、今度こそニアが消えてしまうのではないかと。
そんな恐怖があったからだ。
「…無事で何よりだ」
小野寺さんが俺の叩いた。
そして、ガバッと頭をさげる。
「すまん。いざとなったら守ると言っておきながら、ニアちゃんを危険な目に遭わせてしまった」
「本当に申し訳ありません」
アイシャも小野寺さんの言葉に続いた。
「いや…2人で戦うと決めたのは、俺たち自身ですから」
「本当にすまん。言い訳になっちまうが…俺たちが戦ったときは、あれほどブレスを連射しなかったんだ」
「もっと早く援護すべきでした」
謝る二人を恨む気持ちは、もうない。
結果的にニアは無事だったわけだし、先ほど自分でも言った通り、選択したのは俺たちなのだ。
その結果を誰かに負わせることはできないし、負わせるべきでもない。
俺がニアを信じ、ニアが俺を信じたその結果は、よくも悪くも俺たちだけのもの。
「…本当にすまなかった。そして、見事な戦いだった」
「はい、素晴らしい連携…それに、ニアちゃんの先ほどのスキル、感服いたしました」
「ほんのまぐれです…なんであんなすごいの、でたんだろ」
心底不思議そうなニア。
「恐らくは、絆スキルだろう。隠しパラメータの感情値が一定以上に達すると、確率で発動するという噂がある」
絆スキル。
もし、その発現こそが、俺のニアへの想いが一方通行でないことを意味するのならば。
これほど嬉しいことはなかった。
今はもうはっきり認めてしまおう。
俺は--この黒髪の少女に、恋していると。
うっすらとわかってはいた。
でも、認めるのが怖かった。
二次元が嫁、なんていうのはあくまでも例えだと思っていた。
本気でゲームの中のキャラクターに恋するなんてどうかしているんじゃないか。
あくまでこれはいわゆる「萌える」感情であると言い聞かせてきた。
それでも-ニアを喪うかもしれないと思ったあの瞬間。
自分の中で膨らんでいた想いの大きさに嫌でも気づいた。
それは平凡な表現かもしれないが…「燃える」ような感情だった。
これまでの人生、恋などしたことがない。
自分にはする資格がないと思っていた。
凡庸な容姿で、何の取り柄もない。
趣味はネトゲ、友達も少ない、将来の見通しも何もなし。
そんな俺が、恋をしたところでどうにもなろうはずはない。
だから、無意識のうちに予防線を張り続けていたのだろう。
自分には、無縁の世界だと。
けれど、それは原田涼紀の話。
ひょっとすると、双剣士のリョウキには、恋をする資格があるのかもしれない。
誰にともなく心の中でそんな言い訳をしながら、それでも俺は認めなくてはならない。
ニアが好きだ。
失いたくない。
ずっと側にいたい。
だから、ニアと俺の絆があのスキルを発現させたのだとしたら、
こんなに嬉しいことはなかった。
けれど、もっと強くならなくては。
今の程度の強さじゃ、足りないのだ。
ニアとともに歩んでいきたいと思えばこそ、俺はより強くならなければ。
ニアが信じるに価する強さを、手に入れたい。
だから、俺は溢れそうなこの想いを、今はまだ口にしない。
口にすれば、止まらなくなりそうだから。
今はまだ、その資格がないから。
「今日は疲れたんで…ダナンに転移で戻ったら落ちますね」
「そうだな、それがいい。ゆっくり休め」
俺はニアの手をそっと握り、一緒にダナンへと転移した。
せめてこれぐらいはご褒美として許してもらおう。
騎士団本部に戻ると、アストライア団長が部下の騎士達に指示を出していた。
何やら緊迫した様子で話し込んでいる。
「イベントクエストの実装が…」
「あの運営がこうも早く動くとは…」
「レアガチャチケットも貰えると…」
かなり気になるキーワードがあれこれ聞こえてくるが、
アストライア団長は俺たちを見つけると会話を中断し、
部下達もあちこちへ散っていった。
「いい目になったな、リョウキくん」
「えっ…そ、そうでしょうか」
「男子三日会わざれば…というやつかな」
そう言ってふふっとほほ笑む団長は、相変わらず美しい…
いや、俺の心はニア一筋…と思い直したところで、
「いででっ?!」
「… (ぷんぷん)」
拗ねた様子のニアが、つないだ俺の右手をめちゃくちゃ強く握っていた。
それに目を留めた団長が、おかしそうにニアをからかう。
「君のものを取るほど不自由はしておらんよ」
「えっ…な、なんのことでしょうか」
「よっ、色男!あ、団長、俺はいつでもフリーなんで」
「あなたは口を開かなくていいです」
団長に謎のアピールをする小野寺さんの口に、いつの間に現れたのか、
大量の浮かぶ矢が押し込まれようとしていた。
「いや…ほれ…ひぬよ?」
口を閉じれない小野寺さんを尻目に、団長が真剣な表情に変わり、話を続ける。
「どうやらイベントクエストが実装されるらしい。我ら騎士団も当然攻略を目指すことになる」
「イベント…ですか」
「ああ、そうだ。ずっと噂にはなっていたが正式発表はされてこなかった」
「それがついに?」
「うむ。明日の夜19時にリリースされる。ダンジョン攻略型イベントで、報酬にはレア召喚チケットもあるそうだ」
「レア召喚…」
今はもう、それほど心動かされないとはいえ、欲しくないといえば嘘になる。
それでも少し罪悪感に襲われ、傍のニアを見る。
ニアは何のわだかまりもないように、がんばりましょう!と微笑んでくれた。
「手が空いている者は、全員で攻略にかかる。ダンジョン内ではPK禁止だが、モンスターはかなり強力らしいからな」
「わかりました。明日も必ずログインするんで、お手伝いします」
「期待しているぞ」
ぽん、と肩に手を置くと、アストライア団長が歩み去った。
「じゃあ…また明日」
ニアに軽く手を振る。
「はい…おやすみなさい、リョウキさん」
「…あの」
「はい?」
「さん、付けなくていいよ」
「え?」
「リョウキ、って呼んでほしい。あの、もしよければ…だけど」
ニアが嬉しそうに表情を輝かせた。
「おやすみ…リョウキ」
「ああ、おやすみ…ニア」
少しだけ、二人の距離が縮まった気がした。
たとえ、俺たちの間を無限に広がる電子の海が隔てているのだとしても。
いつかきっと、飛び越えられる日が来るかもしれないと、少しだけそんな勇気が湧いてくる。
ログアウトしたら、もうちょっとだけいろいろがんばってみようと思う。
ニアはきっと…自堕落な人間を好きではないだろうから。
ニアが想ってくれているのは、今はまだ、原田涼紀ではなく、双剣士のリョウキだ。
だから、少しずつ…原田涼紀という現実の人間を、リョウキに近づけていこう。
そんなことを思いながら、俺はログアウトのエフェクトに身を委ねた。
いつものように、全力で手を振ってくれるニアの姿が薄れてゆく。
ヘッドギアを外すと、いつもの部屋の光景が目に飛び込んでくる。
相変わらずの万年床に、部屋干しの洗濯物。
…まずは、こいつらをきちんと干すところからはじめようか。
「よかった…本当によかった」
「もうダメだと思いました。わたし、ここで死ぬんだなって…消えるんだなって思いました」
「うん…うん…」
「でも、炎が目の前まで来た瞬間、向こう側にリョウキさんの顔が見えたんです」
「…」
「そのときわたし、死にたくないなって。もっとリョウキさんと一緒に旅をしたい、もっとリョウキさんのことを知りたいなって。わがままだけど、そう思いました」
そこまで一気に話すと、ニアは照れたようにえへへ、と笑った。
どこまでも率直に紡がれるその言葉に、俺は何も返せず、
ただ強く、もっと強くニアを抱きしめることしかできない。
「そうしたら、突然すごい力が湧いてきて…光の輪がわたしを守ってくれたんです」
絆スキル…小野寺さんがそう呟いていたのを思い出す。
ニアの想いが、特別なスキルを発現させたのかもしれない。
「どうやって出したのか、ぜんぜん覚えてないですけど…また、出せるかはわかんないです」
「今はただ、生き延びたことを喜ぼう…」
「はい…」
そうしてやっと、俺は腕を離す。
本当は、離すのが怖かった。
離してしまったら、今度こそニアが消えてしまうのではないかと。
そんな恐怖があったからだ。
「…無事で何よりだ」
小野寺さんが俺の叩いた。
そして、ガバッと頭をさげる。
「すまん。いざとなったら守ると言っておきながら、ニアちゃんを危険な目に遭わせてしまった」
「本当に申し訳ありません」
アイシャも小野寺さんの言葉に続いた。
「いや…2人で戦うと決めたのは、俺たち自身ですから」
「本当にすまん。言い訳になっちまうが…俺たちが戦ったときは、あれほどブレスを連射しなかったんだ」
「もっと早く援護すべきでした」
謝る二人を恨む気持ちは、もうない。
結果的にニアは無事だったわけだし、先ほど自分でも言った通り、選択したのは俺たちなのだ。
その結果を誰かに負わせることはできないし、負わせるべきでもない。
俺がニアを信じ、ニアが俺を信じたその結果は、よくも悪くも俺たちだけのもの。
「…本当にすまなかった。そして、見事な戦いだった」
「はい、素晴らしい連携…それに、ニアちゃんの先ほどのスキル、感服いたしました」
「ほんのまぐれです…なんであんなすごいの、でたんだろ」
心底不思議そうなニア。
「恐らくは、絆スキルだろう。隠しパラメータの感情値が一定以上に達すると、確率で発動するという噂がある」
絆スキル。
もし、その発現こそが、俺のニアへの想いが一方通行でないことを意味するのならば。
これほど嬉しいことはなかった。
今はもうはっきり認めてしまおう。
俺は--この黒髪の少女に、恋していると。
うっすらとわかってはいた。
でも、認めるのが怖かった。
二次元が嫁、なんていうのはあくまでも例えだと思っていた。
本気でゲームの中のキャラクターに恋するなんてどうかしているんじゃないか。
あくまでこれはいわゆる「萌える」感情であると言い聞かせてきた。
それでも-ニアを喪うかもしれないと思ったあの瞬間。
自分の中で膨らんでいた想いの大きさに嫌でも気づいた。
それは平凡な表現かもしれないが…「燃える」ような感情だった。
これまでの人生、恋などしたことがない。
自分にはする資格がないと思っていた。
凡庸な容姿で、何の取り柄もない。
趣味はネトゲ、友達も少ない、将来の見通しも何もなし。
そんな俺が、恋をしたところでどうにもなろうはずはない。
だから、無意識のうちに予防線を張り続けていたのだろう。
自分には、無縁の世界だと。
けれど、それは原田涼紀の話。
ひょっとすると、双剣士のリョウキには、恋をする資格があるのかもしれない。
誰にともなく心の中でそんな言い訳をしながら、それでも俺は認めなくてはならない。
ニアが好きだ。
失いたくない。
ずっと側にいたい。
だから、ニアと俺の絆があのスキルを発現させたのだとしたら、
こんなに嬉しいことはなかった。
けれど、もっと強くならなくては。
今の程度の強さじゃ、足りないのだ。
ニアとともに歩んでいきたいと思えばこそ、俺はより強くならなければ。
ニアが信じるに価する強さを、手に入れたい。
だから、俺は溢れそうなこの想いを、今はまだ口にしない。
口にすれば、止まらなくなりそうだから。
今はまだ、その資格がないから。
「今日は疲れたんで…ダナンに転移で戻ったら落ちますね」
「そうだな、それがいい。ゆっくり休め」
俺はニアの手をそっと握り、一緒にダナンへと転移した。
せめてこれぐらいはご褒美として許してもらおう。
騎士団本部に戻ると、アストライア団長が部下の騎士達に指示を出していた。
何やら緊迫した様子で話し込んでいる。
「イベントクエストの実装が…」
「あの運営がこうも早く動くとは…」
「レアガチャチケットも貰えると…」
かなり気になるキーワードがあれこれ聞こえてくるが、
アストライア団長は俺たちを見つけると会話を中断し、
部下達もあちこちへ散っていった。
「いい目になったな、リョウキくん」
「えっ…そ、そうでしょうか」
「男子三日会わざれば…というやつかな」
そう言ってふふっとほほ笑む団長は、相変わらず美しい…
いや、俺の心はニア一筋…と思い直したところで、
「いででっ?!」
「… (ぷんぷん)」
拗ねた様子のニアが、つないだ俺の右手をめちゃくちゃ強く握っていた。
それに目を留めた団長が、おかしそうにニアをからかう。
「君のものを取るほど不自由はしておらんよ」
「えっ…な、なんのことでしょうか」
「よっ、色男!あ、団長、俺はいつでもフリーなんで」
「あなたは口を開かなくていいです」
団長に謎のアピールをする小野寺さんの口に、いつの間に現れたのか、
大量の浮かぶ矢が押し込まれようとしていた。
「いや…ほれ…ひぬよ?」
口を閉じれない小野寺さんを尻目に、団長が真剣な表情に変わり、話を続ける。
「どうやらイベントクエストが実装されるらしい。我ら騎士団も当然攻略を目指すことになる」
「イベント…ですか」
「ああ、そうだ。ずっと噂にはなっていたが正式発表はされてこなかった」
「それがついに?」
「うむ。明日の夜19時にリリースされる。ダンジョン攻略型イベントで、報酬にはレア召喚チケットもあるそうだ」
「レア召喚…」
今はもう、それほど心動かされないとはいえ、欲しくないといえば嘘になる。
それでも少し罪悪感に襲われ、傍のニアを見る。
ニアは何のわだかまりもないように、がんばりましょう!と微笑んでくれた。
「手が空いている者は、全員で攻略にかかる。ダンジョン内ではPK禁止だが、モンスターはかなり強力らしいからな」
「わかりました。明日も必ずログインするんで、お手伝いします」
「期待しているぞ」
ぽん、と肩に手を置くと、アストライア団長が歩み去った。
「じゃあ…また明日」
ニアに軽く手を振る。
「はい…おやすみなさい、リョウキさん」
「…あの」
「はい?」
「さん、付けなくていいよ」
「え?」
「リョウキ、って呼んでほしい。あの、もしよければ…だけど」
ニアが嬉しそうに表情を輝かせた。
「おやすみ…リョウキ」
「ああ、おやすみ…ニア」
少しだけ、二人の距離が縮まった気がした。
たとえ、俺たちの間を無限に広がる電子の海が隔てているのだとしても。
いつかきっと、飛び越えられる日が来るかもしれないと、少しだけそんな勇気が湧いてくる。
ログアウトしたら、もうちょっとだけいろいろがんばってみようと思う。
ニアはきっと…自堕落な人間を好きではないだろうから。
ニアが想ってくれているのは、今はまだ、原田涼紀ではなく、双剣士のリョウキだ。
だから、少しずつ…原田涼紀という現実の人間を、リョウキに近づけていこう。
そんなことを思いながら、俺はログアウトのエフェクトに身を委ねた。
いつものように、全力で手を振ってくれるニアの姿が薄れてゆく。
ヘッドギアを外すと、いつもの部屋の光景が目に飛び込んでくる。
相変わらずの万年床に、部屋干しの洗濯物。
…まずは、こいつらをきちんと干すところからはじめようか。
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