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第二章 宿屋の経営改善

前に向かって進みましょう

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「なんとなくですが、目指すべき姿が見えてきたような気がします…『活気があって、泊まる人が笑顔になるような宿』ってところでしょうか」

「改めて口にすると、気恥ずかしいね」

ハンナばあさんが照れたように笑った。

「言葉にすることに意味があります。言葉には力がありますから」

これは俺の実感だった。
目標も、思いも、夢も、ひっそりと秘めるよりは言葉にして確かめた方がいい。
何度でも、繰り返し擦り切れるほどに自分に言い聞かせてみることで、それが具体的な行動を起こす力に繋がっていくと思う。
ましてや、目指すところが一人だけのものではないならなおさらだ。
言葉はイメージを生み、イメージが人と人とを結びつけてくれる。

すると、それまでほとんど口を利かなかったローグさんがおもむろに口を開いた。

「…なぁ、サコンとやら。本気でこのミストラルが蘇ると思っているのか?」

「本気じゃなきゃ、こんな会議しませんよ」

「あんたがそこまでしてくれる義理はあるのか?別に寝泊まりするだけなら今のボロ宿状態でも問題はないと思うが」

「そうですね、確かに問題ないです。でも、問題がない、ってつまらない言葉じゃないですか?」

「つまらない?」

「ええ…問題がないからって現状を維持していたら、何も得られないです。それにハンナさんには言いましたけど、俺はここを気に入りました」

つい、偉そうなことを言ってしまったけれど、自分の言葉に嘘はない。
元の世界では正直、保身に汲々としてまさに現状維持の毎日だったと思う。
旧態依然の銀行で色々と変えたいこと、変えるべきだと思ったことはたくさんあった。
でも俺は怖かった。
上司、組織、同僚たち…色々なものに絡みつかれて身動きができなかったのだ。
つまるところ、俺は後悔していたのだと思う。

内定はゴールだと思っていた。
大手の銀行に就職が決まり、親は喜んだし友人にも羨ましがられた。
とりあえず大過なく勤め上げれば食いっぱぐれることはないと。
社会のインフラたる銀行は、たとえ破綻の危機に瀕しても公的資金が注入されて倒産することはまずない。
ならば、俺の人生は安泰だと、どこか舐めていた部分もあったろう。

けれどさすがにそう甘いものではなく。
陋習の集合体みたいな巨大組織に飲み込まれ、毎日が少しずつ灰色に塗りつぶされていくような感覚。
何かにつけ無意味に押下される印鑑。
責任の所在が常に曖昧な稟議。
いつ終わるとも知れぬ漠然とした会議。
愚痴と悪口しか出てこない飲み会。

入ってみれば、給料が高くて安定していれば毎日がバラ色、というわけではなかった。
意外にも、仕事それ自体は楽しい部分もあったし、こうしたい、ああしたいという気持ちが生まれていた。
けれど、巨大組織をうまく泳ぎ抜き、競争を勝ち抜いて高みを目指すほどの器量はなかった。
というか、気概がなかったんだろう。

けれどこの世界に来て、自分自身の力でも小さなことかもしれないが、何かを変えることはできると知った。
凍りついていた心が、少しずつ溶け出すような感覚だった。
楽しいと思った。
自分の考えたアイデアを実行し、それが多少なりとも成功を収め、誰かの笑顔に貢献できるということ。
死んだようだったアレク武器店に活気が戻り、アレクじいさんやリーシャが喜んでくれたこと。
ガンテスに後継者候補が見つかり、アイクが天職を得られるかもしれないということ。
お客さんたちが楽しそうに買い物をしてくれていること。

少なくとも、この世界の俺は無力じゃない。
課題があるならば乗り越えよう。
アイデアを出し、スケジュールを立て、一つずつ実行していこう。
PDCAサイクルを回し、関係者とすり合わせ、前進していこう。
それこそが俺の天命だと、今は堂々と言い切れる。
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