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第一章 武器屋の経営改善
人材育成は難しいことのようです
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作業にひと段落ついたのか、ガンテスが鉄を打つ手を止めた。
ようやく俺の姿が目に入ったらしく、声をかけてくる。
「おう、お前の連れてきた二人な…一人はさっそくいなくなっちまったし、もう一人もその後を追いそうだぞ」
「…アイクは口下手な奴です。…少しだけ、俺に手伝わせてもらえませんか?」
「なにを手伝うんだ?お前も武器職人になりたいのか?」
「そうじゃないです、ただ、アイクのまだ足りないところを補ってやりたいんです」
「無駄だ無駄だ、あいつは根性がない。なにを考えとるのかもわからん」
「…そう断定するのは、早くないでしょうか。少なくとも、人を育てるのはそんなに簡単なことじゃないと思いますよ」
「育つか育たないかはあいつ自身の問題だろう」
「いや、それは違うと思います!勝手に育つ人もいれば、手を差し伸べることでぐっと育つ人もいるんだ」
知らず俺は熱くなっていた。
銀行員時代のことを思い出していたのだ。
支店時代に入ってきた新入行員で、いわゆる「できない」というレッテルを貼られた奴がいた。
ここでは仮に田中と呼んでおく。
田中は一生懸命で、資格試験などはよくできるのだが、仕事となると要領があまり良くなかった。
銀行では基本的に、新入行員には先輩が一人付き、仕事からメンタルのケアまで面倒を見ることになっている。
いわゆるトレーニーと呼ばれる制度だ。
田中のトレーニーは、典型的な体育会系のコワモテで、細かいことは教えず「俺の背中から学べ」というタイプだった。
この先輩、仕事はできることは間違いないのだが、人を育てる才能には恵まれなかったようだ。
線の細い田中は、いつもおどおどしてわからないことも聞けず、かといってできないと怒られるという悪循環に陥っていた。
傍目から見てもあまりに気の毒だったので、こっそり隙を見て色々と教えた時の、田中の泣きそうな顔は今でも忘れられない。
「ありがとうございます…すみません、本当に。俺、ぜんぜんなにもできなくて」
「いや、お前ができないんじゃなくて、教えない先輩や上司が本当はいけないんだよ…」
そう慰めたが、俺もサラリーマンとしてあまり大っぴらに田中を助けることはできなかった。
端的に言えば、日和ったのだ。
銀行という上意下達の社会では、先輩や上司に睨まれるとまず出世コースから転落し、日向を歩むことができなくなる。
表向きの華やかなキャリアイメージとは違い、支店によってはかなり陰湿な企業風土だったということだ。
田中は毎日のように先輩や上司にさりげなく嫌味を言われたり、時にはえげつないじりを受けるようになった。
表情がどんどん暗くなる田中に、俺はなにもできなかった。
さりげなく声を掛けているところを先輩に見咎められ、余計なこと吹き込むんじゃねぇぞと釘を刺されたからだ。
今思うと、本当に下らないことなのだが、しかしその圧力を跳ね返す勇気が無かったのだ。
それから数ヶ月もしないうちに田中は退職してしまった。
先輩や上司たちは辞めた田中を「根性なし」「今どきの若者らしい軟弱さ」などと言いたい放題で、これにはさすがに眉をひそめる人もいたようだ。
その時に俺は強く思ったのだ。
その気が無い人間に、人を育てることはできないと。
「ガンテスさん、失礼なことを言うようですが、アイクを育ててやる気はありますか?」
「だからそれはアイクの問題だろう」
「そうは思いません。育てる人間と育てられる人間、相互に歩み寄るべきではないでしょうか?」
「わしが頭を下げろと?」
「そういう意味じゃ無いです。でも、例えば作業の目的を教えるとか、全体としての育成計画を示した上で、今がどこなのかを示すといったことは大切だと思います」
「わしはそんなことまではやっとれん」
憮然とするガンテスだが、少し痛いところを突かれたような顔をしている。
銀行の先輩とは違って、ガンテスは意地悪で突き放しているわけではないことがわかる。
単にどうしていいかわからないのだろう。
自分がそう教えられてきたから、自分もそのように教えるしかないと思い込んでいるだけなのだ。
ようやく俺の姿が目に入ったらしく、声をかけてくる。
「おう、お前の連れてきた二人な…一人はさっそくいなくなっちまったし、もう一人もその後を追いそうだぞ」
「…アイクは口下手な奴です。…少しだけ、俺に手伝わせてもらえませんか?」
「なにを手伝うんだ?お前も武器職人になりたいのか?」
「そうじゃないです、ただ、アイクのまだ足りないところを補ってやりたいんです」
「無駄だ無駄だ、あいつは根性がない。なにを考えとるのかもわからん」
「…そう断定するのは、早くないでしょうか。少なくとも、人を育てるのはそんなに簡単なことじゃないと思いますよ」
「育つか育たないかはあいつ自身の問題だろう」
「いや、それは違うと思います!勝手に育つ人もいれば、手を差し伸べることでぐっと育つ人もいるんだ」
知らず俺は熱くなっていた。
銀行員時代のことを思い出していたのだ。
支店時代に入ってきた新入行員で、いわゆる「できない」というレッテルを貼られた奴がいた。
ここでは仮に田中と呼んでおく。
田中は一生懸命で、資格試験などはよくできるのだが、仕事となると要領があまり良くなかった。
銀行では基本的に、新入行員には先輩が一人付き、仕事からメンタルのケアまで面倒を見ることになっている。
いわゆるトレーニーと呼ばれる制度だ。
田中のトレーニーは、典型的な体育会系のコワモテで、細かいことは教えず「俺の背中から学べ」というタイプだった。
この先輩、仕事はできることは間違いないのだが、人を育てる才能には恵まれなかったようだ。
線の細い田中は、いつもおどおどしてわからないことも聞けず、かといってできないと怒られるという悪循環に陥っていた。
傍目から見てもあまりに気の毒だったので、こっそり隙を見て色々と教えた時の、田中の泣きそうな顔は今でも忘れられない。
「ありがとうございます…すみません、本当に。俺、ぜんぜんなにもできなくて」
「いや、お前ができないんじゃなくて、教えない先輩や上司が本当はいけないんだよ…」
そう慰めたが、俺もサラリーマンとしてあまり大っぴらに田中を助けることはできなかった。
端的に言えば、日和ったのだ。
銀行という上意下達の社会では、先輩や上司に睨まれるとまず出世コースから転落し、日向を歩むことができなくなる。
表向きの華やかなキャリアイメージとは違い、支店によってはかなり陰湿な企業風土だったということだ。
田中は毎日のように先輩や上司にさりげなく嫌味を言われたり、時にはえげつないじりを受けるようになった。
表情がどんどん暗くなる田中に、俺はなにもできなかった。
さりげなく声を掛けているところを先輩に見咎められ、余計なこと吹き込むんじゃねぇぞと釘を刺されたからだ。
今思うと、本当に下らないことなのだが、しかしその圧力を跳ね返す勇気が無かったのだ。
それから数ヶ月もしないうちに田中は退職してしまった。
先輩や上司たちは辞めた田中を「根性なし」「今どきの若者らしい軟弱さ」などと言いたい放題で、これにはさすがに眉をひそめる人もいたようだ。
その時に俺は強く思ったのだ。
その気が無い人間に、人を育てることはできないと。
「ガンテスさん、失礼なことを言うようですが、アイクを育ててやる気はありますか?」
「だからそれはアイクの問題だろう」
「そうは思いません。育てる人間と育てられる人間、相互に歩み寄るべきではないでしょうか?」
「わしが頭を下げろと?」
「そういう意味じゃ無いです。でも、例えば作業の目的を教えるとか、全体としての育成計画を示した上で、今がどこなのかを示すといったことは大切だと思います」
「わしはそんなことまではやっとれん」
憮然とするガンテスだが、少し痛いところを突かれたような顔をしている。
銀行の先輩とは違って、ガンテスは意地悪で突き放しているわけではないことがわかる。
単にどうしていいかわからないのだろう。
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