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最終章 ちょっと変わった二人きりの冒険者パーティー
一難去ってまた一難
しおりを挟む(ああ、辛い、苦しい……眠い)
龍は心の中で苦悶の声をあげる。
しかし、その声は誰にも届いていない。
(なぜ余が、このような憂き目に遭わねばならないのか)
ただ眠っていただけだというのに。
光るくつわを無理やりくわえさせられ、下賤な人間が首にまたがってきた。
ようやく振り落としたかと思えば、いつのまにか人間とモンスターに囲まれていた。
矢を射かけられた。
炎の馬にも襲われた。
そして今は紅葉色の小鬼の大軍に襲われている。
(ああ、イヤだ、イヤだ。全て消えてしまえ)
鬱屈した想いを深呼吸とともに吐き出す。
それは龍のブレスとなって山肌を焼いた。
(なんとも、うっとうしいことだ)
先ほどから体中に突き立てられている無数の刃。
羽虫のようにまとわりつく、紅葉色の小鬼ども。
全てが腹立たしく、全てを恨みたくなる。
(余の体調が万全であれば、小さき刃などこの身に通しはしないというのに)
寝起きで力が出ないのは人も龍も同じ。
数百年の眠りから覚めたばかりの身では、龍本来の力は半分も出ていない。
(アイシーン……。アイシーン・ルピアニはどこにいる?)
龍が長い眠りにつく前、ひとときの安らぎをくれた人間。
辛苦のときを過ごす中、龍は彼女の姿を求める。
しかし残念ながら、人は龍とは違い何百年も生きることはできない。
(アイシーンのいない世界に、余の居場所はあるのだろうか)
そんな世界ならば、いっそ全て破壊してしまった方が良いのかもしれない。
鬱々として感情にとらわれる龍を、懐かしい匂いが包み込んだ。
ほのかに甘酸っぱく、清涼感のある魔力の香り。
龍は懐かしさに身体を震えさせる。
(まさか、アイシーン!? いや、すこし違う。だが、とても似ている)
香りが龍の鼻孔をくすぐる。
龍は香りがする源へ向かって、ゆっくりと空を泳いだ。
(ああ。なんとかぐわしい。そしてなんと落ち着く香りか)
「キュウウウゥゥゥイ」
友が呼ぶ声がする。
この香りに誘われているのは自分だけではない。
そのことが、龍の安心感をふくらませる。
(余も、この香りに包まれて……安息のときを)
いつの間にか、龍を覆っていた小鬼の大軍は姿を消していた。
こうして竜は、再び安息の時間を手に入れた。
§ § § § §
プレシアが広げた魔法陣に、古龍が飛び込んできた。
「くっ……お、重い」
「プレシア姉さん! 頑張って!!」
古龍の大きさは並のモンスター十匹以上。
プレシアはこれを受け止める器となる。
その身にかかる負担も、並大抵のものではない。
アリアはよろめくプレシアを背中から支えた。
両の掌に、腕に、姉の大きさを感じる。
とても大きな背中だった。
念のために補足しておくけど、物理ではなく精神的な話だ。
ここを誤解されると、プレシアに一ヶ月は口を利いて貰えなくなる。
「はいってぇ!!」
古龍が尾まですっぽり魔法陣の中に納まった。
これでプレシアと古龍の契約は完了した。
「うっぷ……」
「プレシア姉さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫。ちょっと苦しい……だけ」
プレシアはとても気持ち悪そうにして、地面にしゃがみ込んだ。
「放っておけ。そのうち慣れる」
「そんなこと言ったって……」
「モンスター十数体分、一気に契約したようなものだからな」
「……うわぁ」
想像するだけで気持ち悪い。
アリアはみぞおちの上あたりがヒリヒリする感覚を覚えた。
ラキスが地面に座り、懐から葉巻を取り出した。
「サモ……、誰か火ぃ持ってるか?」
ラキスが召喚を諦め、火を探している。
もうゴブリンの斥候を呼び出す魔力も無いらしい。
残念ながら、アリアは火を持っていない。
もちろん火を出せるモンスターを召喚できるような魔力も残っていない。
傍らで、アークも首を横に振っていた。
「ちっ」
憎々しげに舌打ちをするラキスの前に、小さなモンスターが飛んできた。
「キュ、キュイ」
プレシアの相棒。
いつも一緒にいる蛇のようなモンスター。
たぶんコイツも古龍なんだろう。
シャーリーが、小さな炎を吐いてラキスの葉巻に火を点ける。
「おお。すまん、助かる」
「キュウゥイ!」
シャーリーが元気に返事をして、プレシアの元に戻っていった。
葉巻をくわえたラキスの表情は、とても満足そうだ。
「ふぅ……。終わったな」
「終わりました、ね」
ラキスがつぶやき、アークが同意した。
焼けた地面から立ち上る煙と共に、葉巻の煙が星空へと昇っていく。
そんなふたりを見て、アリアもついに全てが終わったのだと実感した。
「終わった……ああああぁぁぁぁ?」
変な声が出た。
急に、地面が大きく揺れたせいだ。
ゴゴゴゴゴゴと山が唸り声を上げている。
「ボク、いやな予感がする!」
「俺もだ」「私もです」「私もよ」
四人は脇目もふらず、揺れる地面を跳ねるように山を駆け下りる。
「え? わかったわ。ありがとう。……サモン!」
後方でプレシアが誰かと会話をしている。
そんな声が聞こえた気がした。
……いや、誰と?
ていうか、いま「サモン」って言ったよね。
アリアはいぶかしげに後ろを振り向く。
すると、さっき戦い終えたばかりの古龍が地を這うように飛んでいた。
「ええええぇぇぇ!!」
「みなさん乗ってください!!」
「プレシア姉さん!?」
さっきまで気持ち悪い、とか言っていたのに、もう召喚したのか。
こんな巨大なモンスターを召喚して、魔力は大丈夫なのだろうか。
自分達が古龍に乗っても平気なのだろうか。ルシガーは振り落とされてたし。
もう色んなことが気になって、アリアの頭はしっちゃかめっちゃかだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ、再び地面が大きく揺れた。
ドーーーーン、と大きな音がして山頂から岩が転がってくる。
それと、赤いドロドロしたもの。
アリアは流れてくる流体物に見覚えがある。
この山の洞窟にあった灼熱の湖だ。
あれが山のてっぺんから流れてきている。
山から地獄があふれだしている。
「ぎゃああああああああ!!」
叫びながら走っていたら、ひょいと身体が持ち上げられた。
ラキスがアリアを小脇に抱えたまま、古龍の首に腕を回す。
アークは既に古龍の背に乗っていた。
「昇ります! 落ちないようにしてくださいね」
プレシアの声と共に、身体の角度が傾いていく。
気づけば、アリアは空から山を見下ろしていた。
山はドロドロで真っ赤に染まっていた。
麓の森には届いていないようで、少しだけ安心した。
これなら、守護者のみんなに被害はないだろう。
「なんだか不思議な気分です」
アークがしみじみと言う。
「この龍は私たちが三百年護り続けてきた存在。その背に乗って、優雅に空を飛んでいるなんて」
なるほど。
優雅とはかけ離れている状況だけど、言われてみればすごい話だ。
三百年前、この国を滅ぼしかけたモンスターに乗って空にいるのだから。
「感慨に浸っているところ、恐縮なのですが……」
プレシアがおずおずと声をかける。
じっくり見なくてもわかるくらい顔色が悪い。
「そろそろ魔力が……切れます」
「「「………………」」」
一瞬の沈黙のあと、古龍はすさまじい勢いで降下をはじめた。
下りのトロッコでも、かくやというスピードだ。
「「「わあああああああああああ!!」」」
半分意識を失ったプレシアを除く、三人の絶叫が夜空に響き渡った。
アリアは後に、今日という日を振り返って言う。
古龍との戦いよりも、その後の方がよほど死にそうな目に遭った、と。
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