42 / 45
最終章 ちょっと変わった二人きりの冒険者パーティー
一難去ってまた一難
しおりを挟む(ああ、辛い、苦しい……眠い)
龍は心の中で苦悶の声をあげる。
しかし、その声は誰にも届いていない。
(なぜ余が、このような憂き目に遭わねばならないのか)
ただ眠っていただけだというのに。
光るくつわを無理やりくわえさせられ、下賤な人間が首にまたがってきた。
ようやく振り落としたかと思えば、いつのまにか人間とモンスターに囲まれていた。
矢を射かけられた。
炎の馬にも襲われた。
そして今は紅葉色の小鬼の大軍に襲われている。
(ああ、イヤだ、イヤだ。全て消えてしまえ)
鬱屈した想いを深呼吸とともに吐き出す。
それは龍のブレスとなって山肌を焼いた。
(なんとも、うっとうしいことだ)
先ほどから体中に突き立てられている無数の刃。
羽虫のようにまとわりつく、紅葉色の小鬼ども。
全てが腹立たしく、全てを恨みたくなる。
(余の体調が万全であれば、小さき刃などこの身に通しはしないというのに)
寝起きで力が出ないのは人も龍も同じ。
数百年の眠りから覚めたばかりの身では、龍本来の力は半分も出ていない。
(アイシーン……。アイシーン・ルピアニはどこにいる?)
龍が長い眠りにつく前、ひとときの安らぎをくれた人間。
辛苦のときを過ごす中、龍は彼女の姿を求める。
しかし残念ながら、人は龍とは違い何百年も生きることはできない。
(アイシーンのいない世界に、余の居場所はあるのだろうか)
そんな世界ならば、いっそ全て破壊してしまった方が良いのかもしれない。
鬱々として感情にとらわれる龍を、懐かしい匂いが包み込んだ。
ほのかに甘酸っぱく、清涼感のある魔力の香り。
龍は懐かしさに身体を震えさせる。
(まさか、アイシーン!? いや、すこし違う。だが、とても似ている)
香りが龍の鼻孔をくすぐる。
龍は香りがする源へ向かって、ゆっくりと空を泳いだ。
(ああ。なんとかぐわしい。そしてなんと落ち着く香りか)
「キュウウウゥゥゥイ」
友が呼ぶ声がする。
この香りに誘われているのは自分だけではない。
そのことが、龍の安心感をふくらませる。
(余も、この香りに包まれて……安息のときを)
いつの間にか、龍を覆っていた小鬼の大軍は姿を消していた。
こうして竜は、再び安息の時間を手に入れた。
§ § § § §
プレシアが広げた魔法陣に、古龍が飛び込んできた。
「くっ……お、重い」
「プレシア姉さん! 頑張って!!」
古龍の大きさは並のモンスター十匹以上。
プレシアはこれを受け止める器となる。
その身にかかる負担も、並大抵のものではない。
アリアはよろめくプレシアを背中から支えた。
両の掌に、腕に、姉の大きさを感じる。
とても大きな背中だった。
念のために補足しておくけど、物理ではなく精神的な話だ。
ここを誤解されると、プレシアに一ヶ月は口を利いて貰えなくなる。
「はいってぇ!!」
古龍が尾まですっぽり魔法陣の中に納まった。
これでプレシアと古龍の契約は完了した。
「うっぷ……」
「プレシア姉さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫。ちょっと苦しい……だけ」
プレシアはとても気持ち悪そうにして、地面にしゃがみ込んだ。
「放っておけ。そのうち慣れる」
「そんなこと言ったって……」
「モンスター十数体分、一気に契約したようなものだからな」
「……うわぁ」
想像するだけで気持ち悪い。
アリアはみぞおちの上あたりがヒリヒリする感覚を覚えた。
ラキスが地面に座り、懐から葉巻を取り出した。
「サモ……、誰か火ぃ持ってるか?」
ラキスが召喚を諦め、火を探している。
もうゴブリンの斥候を呼び出す魔力も無いらしい。
残念ながら、アリアは火を持っていない。
もちろん火を出せるモンスターを召喚できるような魔力も残っていない。
傍らで、アークも首を横に振っていた。
「ちっ」
憎々しげに舌打ちをするラキスの前に、小さなモンスターが飛んできた。
「キュ、キュイ」
プレシアの相棒。
いつも一緒にいる蛇のようなモンスター。
たぶんコイツも古龍なんだろう。
シャーリーが、小さな炎を吐いてラキスの葉巻に火を点ける。
「おお。すまん、助かる」
「キュウゥイ!」
シャーリーが元気に返事をして、プレシアの元に戻っていった。
葉巻をくわえたラキスの表情は、とても満足そうだ。
「ふぅ……。終わったな」
「終わりました、ね」
ラキスがつぶやき、アークが同意した。
焼けた地面から立ち上る煙と共に、葉巻の煙が星空へと昇っていく。
そんなふたりを見て、アリアもついに全てが終わったのだと実感した。
「終わった……ああああぁぁぁぁ?」
変な声が出た。
急に、地面が大きく揺れたせいだ。
ゴゴゴゴゴゴと山が唸り声を上げている。
「ボク、いやな予感がする!」
「俺もだ」「私もです」「私もよ」
四人は脇目もふらず、揺れる地面を跳ねるように山を駆け下りる。
「え? わかったわ。ありがとう。……サモン!」
後方でプレシアが誰かと会話をしている。
そんな声が聞こえた気がした。
……いや、誰と?
ていうか、いま「サモン」って言ったよね。
アリアはいぶかしげに後ろを振り向く。
すると、さっき戦い終えたばかりの古龍が地を這うように飛んでいた。
「ええええぇぇぇ!!」
「みなさん乗ってください!!」
「プレシア姉さん!?」
さっきまで気持ち悪い、とか言っていたのに、もう召喚したのか。
こんな巨大なモンスターを召喚して、魔力は大丈夫なのだろうか。
自分達が古龍に乗っても平気なのだろうか。ルシガーは振り落とされてたし。
もう色んなことが気になって、アリアの頭はしっちゃかめっちゃかだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ、再び地面が大きく揺れた。
ドーーーーン、と大きな音がして山頂から岩が転がってくる。
それと、赤いドロドロしたもの。
アリアは流れてくる流体物に見覚えがある。
この山の洞窟にあった灼熱の湖だ。
あれが山のてっぺんから流れてきている。
山から地獄があふれだしている。
「ぎゃああああああああ!!」
叫びながら走っていたら、ひょいと身体が持ち上げられた。
ラキスがアリアを小脇に抱えたまま、古龍の首に腕を回す。
アークは既に古龍の背に乗っていた。
「昇ります! 落ちないようにしてくださいね」
プレシアの声と共に、身体の角度が傾いていく。
気づけば、アリアは空から山を見下ろしていた。
山はドロドロで真っ赤に染まっていた。
麓の森には届いていないようで、少しだけ安心した。
これなら、守護者のみんなに被害はないだろう。
「なんだか不思議な気分です」
アークがしみじみと言う。
「この龍は私たちが三百年護り続けてきた存在。その背に乗って、優雅に空を飛んでいるなんて」
なるほど。
優雅とはかけ離れている状況だけど、言われてみればすごい話だ。
三百年前、この国を滅ぼしかけたモンスターに乗って空にいるのだから。
「感慨に浸っているところ、恐縮なのですが……」
プレシアがおずおずと声をかける。
じっくり見なくてもわかるくらい顔色が悪い。
「そろそろ魔力が……切れます」
「「「………………」」」
一瞬の沈黙のあと、古龍はすさまじい勢いで降下をはじめた。
下りのトロッコでも、かくやというスピードだ。
「「「わあああああああああああ!!」」」
半分意識を失ったプレシアを除く、三人の絶叫が夜空に響き渡った。
アリアは後に、今日という日を振り返って言う。
古龍との戦いよりも、その後の方がよほど死にそうな目に遭った、と。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
鬼神転生記~勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。~
月見酒
ファンタジー
高校に入ってから距離を置いていた幼馴染4人と3年ぶりに下校することになった主人公、朝霧和也たち5人は、突然異世界へと転移してしまった。
目が覚め、目の前に立つ王女が泣きながら頼み込んできた。
「どうか、この世界を救ってください、勇者様!」
突然のことに混乱するなか、正義感の強い和也の幼馴染4人は勇者として魔王を倒すことに。
和也も言い返せないまま、勇者として頑張ることに。
訓練でゴブリン討伐していた勇者たちだったがアクシデントが起き幼馴染をかばった和也は命を落としてしまう。
「俺の人生も……これで終わり……か。せめて……エルフとダークエルフに会ってみたかったな……」
だが気がつけば、和也は転生していた。元いた世界で大人気だったゲームのアバターの姿で!?
================================================
一巻発売中です。
アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-
一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。
ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。
基本ゆったり進行で話が進みます。
四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
貴族の四男に生まれて居場所がないのでゴブリンの村に移住して村長をします
佐藤スバル
ファンタジー
15歳の誕生日を迎えたゲッターは、リスモンズ王国の教会で洗礼を受け、神から『加工』というスキルを授かる。しかし、そのスキルは周囲から期待外れと見なされ、父・コンタージュ伯爵の失望の眼差しが彼を苦しめる。ゲッターは自分の道を見つけるため、アイナと共に魔の森を越え、グリプニス王国へと旅立つことを決意する。
しかし彼らが魔の森に足を踏み入れると、思わぬ出会いが待ち受けていた。飢えたゴブリンたちとの遭遇を経て、ゲッターは彼らの苦しい状況を知り、共存の道を模索することに。戦うことが全てではないと気づいた彼は、スキルを活かして彼らを助け、信頼を築くことを選ぶ。
この物語は、ゴブリンとの絆を深め、成長していくゲッターの冒険を描いています。ゲッターの旅は、ただの冒険ではなく、自己発見と共存の物語へと進化していきます。
さあ、あなたもゲッターとアイナと共に、未知なる冒険の扉を開けてみませんか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる