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最終章 ちょっと変わった二人きりの冒険者パーティー

お姉ちゃんに任せておきなさい!

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「ヴオオオオオオオオオオオォォォォォ!!」
「グオォォオオオォォォ!!」

 この世のモノとは思えない騒音。
 いったい外でなにが起きているのか。

 宮廷からはいまだに正確な情報が入ってこない。
 突然女王が倒れたことと、最大権力者ロゴールの死亡によって空いた穴は思いのほか大きかった。

「ヴオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!」

 一際、大きな咆哮が轟く。
 窓から風が吹き込み、燭台の灯りが消されてしまった。

「キュゥイ」とシャーリーが肩で鳴く。
 そのままふわりと肩から浮くと、燭台しょくだいのロウソクに向かって小さな火を吹いた。
 ポゥ、と火が灯り、部屋がほのかな明るさを取り戻す。

「ありがとう」

 プレシアがお礼にシャーリーの頭を撫でる。
 ついでに窓を閉めておいた。
 そう何度も明かりを消されてはたまらない。

「キュイ、キュゥイ、キュイ!」
「あらあら、どうしたの?」

 普段なら「キュイ」とひと鳴きするところ、シャーリーが大騒ぎしはじめた。
 いつものシャーリーらしくない。
 もしかして、あの天を裂くような咆哮が恐ろしいのだろうか。

「フーーーー、キュウゥゥゥイ!!」

 違う。これは、威嚇いかくだ。
 プレシアは身体を硬直させつつも、部屋の中を見回す。

(この部屋にだれかいる!?)

「誰!? いるのはわかってるわ! 出てきなさい!!」

 プレシアは声を張り上げ、侵入者をけん制する。
 静かに席を立ち、壁を背にして警戒をげんに。

 燭台を手に持って、部屋を照らしていく。

「あれは……」

 部屋の真ん中に紙が落ちていた。
 以前にもこんなことがあった、とデジャヴを感じる。 

(アリアからだ!)

 プレシアはアリアからの手紙だと確信し、ゆっくりと近づいて拾い上げる。

「プレシア殿下! どうなされました!? 入りますぞ!」

 部屋の扉がノックされ、外から騎士の声がした。
 プレシアの声を聞いた側仕えが救けを求めたのだろう。

 バンッ!
 勢いよく扉が開かれ、抜剣ばっけんした騎士が飛び込んできた。

「な、なんでもないわ! ちょっと……、そう。寝ぼけてしまったみたい」

 とっさに手紙を後ろ手に回し、その場をごまかす。

 我ながら『寝ぼけて』とはお粗末な言い訳だ。
 こんな大騒ぎの中で眠れるはずがない。
 深く追及されるまえに、こちらから話をすり替えてしまおう。

「それで、外でなにが起きているのか、調べはつきましたか?」

 プレシアは居ずまいを正して、騎士に問う。

「はっ! 確認はしておりますが……。もう外も暗くなっておりますので」
「その言い訳はもう聞き飽きました」
「ははっ! 申し訳ございません」
「はぁ……。もう結構です。下がりなさい」

 これみよがしにため息をつく。
 騎士と側仕えは、恐縮しながら部屋から去っていった。

「ほぉ」と息を吐き、プレシアは手紙に目を通す。
 やはりそこに書かれていたのはアリアの文字。

『ねえさん、助けて』

 その一言に、地図が添えられただけの手紙。
 理由も、状況も、なにひとつ書いていない。
 アリアは無理やり書かされていて、手紙はプレシアを誘い出す罠という可能性もある。

 しかし、プレシアは即決した。

 たったひとりの妹が助けを求めているのだ。
 本物か罠か、などと考えるヒマがあれば駆けつける。
 それ以外の選択肢などはじめから存在しない。

 地図に記された場所は、禁足地の中にある山。
 そう遠くは無いけれど、徒歩で行くにはそれなりの距離がある。

 いやその前に、どうやって王宮を抜け出したら良いだろうか。

 まず第一関門は部屋の外で待機している側仕え。
 普通に部屋を出ても、側仕えに止められる。

 黙って思案していると、部屋の外がどうにも騒がしい。

「――ちに――リンが出――しい!」
「なんで王――ゴ――ンが出――よ!?」

 なにかが出た?
 途切れ途切れで、よく聞こえない。
 プレシアはゆっくりと扉へと近づき、耳をそばだてる。

「衛兵はなにをしていたんだ!!」
「この警備を抜けて? そんなバカな」
「どうせ見間違えじゃないのか?」

 王宮に何者かが侵入した、という話らしい。
 もしかしたら、アリアの手紙を届けてくれた人が姿を見られたのかもしれない。
 だが、話を聞く限り侵入者は捕まってはいないようだ。

 ともあれ、これはチャンスだ。
 プレシアは扉を開けて側仕えに声を掛ける。

「なにごと?」
「あっ、王女殿下。騒がしくしてしまい申し訳ありません」

 慌ただしくなっているところに王女まで現れ、側仕えが戸惑いながらも平伏する。

「それはいいわ。なにかあったの?」
「ええ。王宮でゴブリンを見た、という者が――」
「ゴブ……リン?」

 思っていたものとはちょっと違う回答だった。

 ゴブリンが王宮に……?
 なんともバカらしい話だ。
 宮廷、さらには王宮の警備をゴブリンなんかに突破されたとあれば大恥である。

 きっと、誰かの見間違いに違いない。
 それでもここは必要以上に大袈裟な反応をしておく必要がある。

「ゴブリン!? 大変じゃない!!」
「いえ、恐らく見間違えかと」
「でも見間違えじゃなかったら大変なことよ。あなた、本当かどうか確認してきてちょうだい」
「えっ!? 私が、ですか?」

 側仕えが目を丸くした。

 彼女の仕事は王女の側に仕えること、だ。
 常であれば、他の者が確認してきた報告を聞き王女に伝える立場である。
 自ら確認をしてくるように言われるとは想定していなかったらしい。

「そうよ。ほかに誰がいるの!?」
「でも――」
「いいから、早く行って頂戴!!」
「は、はい!」

 プレシアに追い立てられ、バタバタと廊下を走っていく側仕え。
 その後ろ姿を見送ると、プレシアは角灯ランタンを掴んで急いで部屋を抜け出した。

 王宮には、王家の者しか存在を知らない抜け道がある。
 敵に囲まれたときに使うもの奥の手だと思っていたが、まさか今夜使うことになるとは。

 抜け道を使って、宮廷の外へと出る。
 いつの間にか雲が散り始め、夜闇に光が差し始めていた。

 プレシアの目の前には一頭の馬。
 このルートを通ると見越して、アリアが用意してくれたものだろうか。

「これに乗って来い、ということ?」

 他の国はどうか知らないが、女王制のソルピアニ王国では王女も乗馬を習う。
 もちろん、横乗りではなく前乗りだ。
 しかしプレシアの今の格好はとても乗馬に適した格好とはいえない。

「どうしまわぷッ」

 躊躇しているプレシアの顔に、柔らかなものがぶつけられた。
 飛んできた方を見るが、誰もいない。
 近くに透明人間でもいるのだろうか。

「それで、これはなぁに……?」

 ぶつけられたものを角灯で照らしてみる。
 シャツ、ジャケット、ズボン。

「はぁ。これに着替えろってことね」

 なんとも姉遣いの荒い妹だ。
 フフッと小さな笑いが漏れた。

 妹から頼られていることも、ワガママを言われていることも、なんだかとても幸せだと感じたのだ。

「お姉ちゃんに任せておきなさい!」

 心の奥から温かい気持ちが湧いてくる。
 今ならなんでも出来る気がした。

「やあ!」

 乗馬服へと着替えたプレシアは勇ましく馬を駆る。
 愛しい妹を助けるために。


   §   §   §   §   §


「アリアさん、大丈夫ですか⁉」
「だ、大丈夫」

 アリアは懐から出した魔剤を一気に飲み干した。

(まさか、こんなに魔力を持っていかれるなんて)

 あのとき、身を震わせた古龍は身体から鱗を飛ばしてきた。

 山肌にいくつも刺さっている鱗。
 ブレスよりも広範囲の攻撃だった。

 走って避けることは難しかっただろう。
 アークのパリィで全て弾けたかも怪しい。

 炎馬を召喚した判断は間違っていなかった。
 即座に放った【地獄の業火】はアリアに向かって飛来した鱗を焼き尽くした。

 想定外だったのは、その魔力消費量だけ。
 たった一発、技を放っただけでアリアの魔力は底をついたのだ。
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