上 下
36 / 45
第三章 一世一代の大博打

ゴブリンに背中を預けた日

しおりを挟む

 山の頂上にある陥没地。
 蛇に似た巨大なモンスターを眼下に見据え、ルシガーは相好を崩した。

「これが、大いなる力!」

 あまりの大きさに、遠近感覚が狂いそうになる。
 とぐろを巻いているが、伸ばしたら全長はいったいどれほどになるのか。

 想像していた以上の大物。

 ルシガーはひとつめの賭けに勝った。
 すぐにココを見つけられたのはすさまじい僥倖ぎょうこうだ。

「これで、父も、兄も、弟も。皆が俺にひれ伏すぞ! ハーッハッハッハ!!」

 先の戦争以来、ルシガーは王家でのヒエラルキーが最下層まで落ちている。
 父に落胆され母に疎まれ、兄姉けいしに蔑まれ弟妹ていまいにまで鼻で笑われる日々。

 そんな屈辱の毎日も、これで終わりだ。

 ルシガーは懐から黄金に輝くを取り出す。
 手綱をつけるために馬の口にくわえさせるアレだ。

 もちろんただのではない。
 その効果は『モンスターの強制使役』である。
 召喚ではなく使役。

 だから、召喚士とモンスターの相性は関係ない。
 だから、召喚士の魔力を消費しない。

 だから、人の手に余る大型モンスターでも支配下に置くことができる。

 これは伝説の道具レジェンダリーアイテムであり、帝国の秘宝のひとつ。
 もちろん、ルシガーはこれを無断で持ち出した。
 今ごろ城内は大騒ぎだろうが、こちらもなりふり構ってはいられない。

 ルシガーはワイバーンと共に山頂の陥没地へと降り立った。

「蛇かと思えば、頭はまるでウマ。いやラクダか?」

 目を閉じ、眠りについている巨大モンスター。
 二本の角は鹿のよう、魚のものに似た鱗が巨躯きょくを覆っていた。

「まあ、口があるなら、なんでも良いか」

 ルシガーが金色のをモンスターの口元へ運ぶ。
 誰がどう見てもサイズが合わない。

 しかしそこは流石のレジェンダリーアイテム。
 眩い光を放ちながら、はどんどん大きくなっていく。

「ヴオオオォォォォォォ!!」と鳴き声が轟く。
 をはめられたことで、モンスターが眠りから覚めたのだ。

「ようやくお目覚めか?」

 そう声をかけるルシガーは、モンスターの頭の後ろに座っていた。

 その手に握られているのは光の手綱。
 手綱はモンスターの口にはまったから伸びている。

「さあ、世界を征服しに行こうか」
「ヴオオオオオオオォォォォォォ!!」

 ルシガーの声に応えるかのように、モンスターが声が天に響く。


   §   §   §   §   §


「ヴオオオォォォォォォ!!」

 天を裂くような音でプレシアは目を覚ました。
 窓に駆け寄るが、空は雲が覆っていて闇が広がるばかり。

 雷が落ちたのか、としばらく外を眺めていると、
「ヴオオオオオオオォォォォォォ!!」と再び爆音が轟く。

 稲光は見えなかった。
 肩で相棒が「キュウゥゥイ」と長く鳴いている。

 すぐに側仕えを呼び出して事態を確認するが、みな一様に首を振るばかり。

 なにが起こっているのか、把握している者はいないのか。
 ただただ不安な時間が過ぎていく。
 しかし時刻が夜ということが災いし、情報が錯綜していた。

 農民が反乱を起こした、だの。
 再び帝国が侵攻してきた、だの。
 巨大モンスターが暴れている、だの。

 どれが本当の話なのかサッパリわからない。
 全ての情報が正しくても矛盾はしないというのが、さらに恐ろしい。

「イヤな予感がするわ」

 机の引き出しから、アリアの手紙を取り出す。

『帝国が禁足地に眠っている力を狙っている』

「お願い、無事でいて。アリア」

 妹のことを想い、プレシアは空を見上げていた。


   §   §   §   §   §


 キン、キンと刃がぶつかる音が森に響く。
 風の防壁によって矢も斧も、眠りの砂も使えない。
 自然と、戦いは近接戦へ移行していた。

「あなたが隊長ですね。森を焼いた報い、受けてもらいます」

 アークの剣が敵の小隊長を襲う。
 二合、三合と切り結ぶ。
 明らかにアークが押していた。

「大した腕ではありませんね」
「ふん、剣の腕で隊長になるものではないからな」

 その言葉を肯定するように、敵の槍が横から割って入る。

「ちっ! うっとうしいですね」

 アークが一歩、後方へと飛びすさりつつ、槍兵の首を狙う。

 しかし間合いが遠く、剣は虚しく空を斬った。
 剣と槍の連携がアークを翻弄する。

 個人の技量ではアークが上回るものの、隊の練度は明らかに敵の方が上。

 ドライアドの範囲回復で味方の損傷は抑えられているが……あと一歩。攻め手に欠いていた。

「■◎×♯☆○◆π◎!!」
「ぎゃあっ!!」

 アークが仕留め損なった槍兵の胸に剣が生えた。
 地面へと崩れ落ちた槍兵の後ろで意気揚々と剣を天に掲げているのは、アークが剣を仕込んだドラゴブリンだ。

「ふふっ。助かりましたよ」
「★△×◇▼!!」

 なんと言っているかはわからない。
 しかし、アークは彼の言葉に奇妙な友情のようなものを感じた。

 アークが敵の隊長に向き直る。
 ドラゴブリンは背を重ね、後顧の憂いを断つ。

(まさか、ゴブリンに背中を預ける日がくるとは)

 夢にも思わなかった状況にアークは苦笑する。

「さあ、いきますよ」

 アークが繰り出す剣のスピードが増した。
 警戒する範囲が狭くなったことで、目の前の敵に集中できている。

「ぬぅ!!」

 剣を受ける敵の小隊長が、苦悶の表情を見せる。

「弓兵! 援護しろ!!」

 声を張り上げ、仲間に支援を要求する。
 弓兵の数も減っているのだろう、飛んでくる矢はほんの数発。

 数発とはいえ無視するわけにもいかない。
 矢を払うために剣を振るえば、そこにスキができてしまう。

 ここは一度、距離をとるべきか。
 せっかく追い詰めたというのに、ここで仕切り直すのはシャクだが……。

「◎÷▼◇■+△!」

 背後にいたドラゴブリンが掛け声と共に飛んだ。
 くるりと身体を横回転させながら、振るった剣で飛んできた矢を払う。

 それは、アークが教えた『パリィ』だった。

「なっ!? なんだ、コイツは!!」

 ゴブリンがパリィをする様を見せつけられ、敵の小隊長が困惑している。
 自分が教えたのでなければ、アークとて信じられなかっただろう。
 その困惑が致命的なスキとなったことも含め、アークは心底、彼に同情した。

「んぐふっ!」

 アークの剣が敵の小隊長の胴を貫いた。
 心臓は外れているが問題ない。
 そのまま剣の柄をググッと回しこむ。

「ぐほぁ!!」

 内臓を大きく損傷すれば、人は死ぬ。
 差し込んだ剣を回せば、剣身けんしんが内臓をエグる。
 それは致命的な一撃となる。

 それでも敵の目は死んでいない。
 これから死にゆく者とは思えない気迫が瞳に宿っていた。
 
「なんだ……なんなんだ、お前は!?」

 アークの声が裏返る。
 怒りのままに戦っていたアークの心に、小さく恐怖の感情が芽生えた。

 それほどに不気味だったのだ。
 言うなれば彼らは『死兵』だった。
 生きて帰るよりも大事な使命に準じる兵士。

「ヴオオオォォォォォォ!!」

 そのとき、雷鳴のような音が空に響いた。
 音の発生源は……山だ。

「ふふふ、ふはははは!! ルシガー様は成し遂げられた! 私たちの勝ちだ! かはっ!!」

 敵の小隊長は血を吐きながら勝利を宣言した。
 ようやく敵の狙いに気づきアークは舌打ちする。

「チッ! しまった! そういうことか!!」

 アークは深々と刺した剣を引き抜き、血を払う。
 ルシガーは彼らを囮に、単独行動で古龍のもとへ向かったらしい。

 彼の『成し遂げられた』という言葉が真実なら、古龍は既に敵の手に落ちている。
 目的を達した敵が、こちらに背を向けて逃走をはじめた。

「ヴオオオオオオオォォォォォォ!!」

 再び、さきほどより長く大きな音が鳴り響いた。
 もはや一刻の猶予もない。

 アークは追討を仲間に任せ、ラキスたちと共に古龍が眠っていた山へと向かう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。 ※アルファポリスでは『オスカーの帰郷編』まで公開し、完結表記にしています。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

勇者(俺)いらなくね?

弱力粉
ファンタジー
異世界で俺強えええとハーレムを目指す勇者だった... が、能力が発動しなかったり、物理的にハーレムを禁じられたりと、何事も思ったように行かない。 一般人以下の身体能力しか持ち合わせていない事に気づく勇者だったが、それでも魔王討伐に駆り出される。 個性的なパーティーメンバーたちに振り回されながら、それでも勇者としての務めを果たそうとする。これは、そんな最弱勇者の物語。

鬼神転生記~勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。~

月見酒
ファンタジー
高校に入ってから距離を置いていた幼馴染4人と3年ぶりに下校することになった主人公、朝霧和也たち5人は、突然異世界へと転移してしまった。 目が覚め、目の前に立つ王女が泣きながら頼み込んできた。 「どうか、この世界を救ってください、勇者様!」 突然のことに混乱するなか、正義感の強い和也の幼馴染4人は勇者として魔王を倒すことに。 和也も言い返せないまま、勇者として頑張ることに。 訓練でゴブリン討伐していた勇者たちだったがアクシデントが起き幼馴染をかばった和也は命を落としてしまう。 「俺の人生も……これで終わり……か。せめて……エルフとダークエルフに会ってみたかったな……」 だが気がつけば、和也は転生していた。元いた世界で大人気だったゲームのアバターの姿で!? ================================================ 一巻発売中です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

処理中です...