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第三章 一世一代の大博打
ゴブリンに背中を預けた日
しおりを挟む山の頂上にある陥没地。
蛇に似た巨大なモンスターを眼下に見据え、ルシガーは相好を崩した。
「これが、大いなる力!」
あまりの大きさに、遠近感覚が狂いそうになる。
とぐろを巻いているが、伸ばしたら全長はいったいどれほどになるのか。
想像していた以上の大物。
ルシガーはひとつめの賭けに勝った。
すぐにココを見つけられたのはすさまじい僥倖だ。
「これで、父も、兄も、弟も。皆が俺にひれ伏すぞ! ハーッハッハッハ!!」
先の戦争以来、ルシガーは王家でのヒエラルキーが最下層まで落ちている。
父に落胆され母に疎まれ、兄姉に蔑まれ弟妹にまで鼻で笑われる日々。
そんな屈辱の毎日も、これで終わりだ。
ルシガーは懐から黄金に輝くくつわを取り出す。
手綱をつけるために馬の口にくわえさせるアレだ。
もちろんただのくつわではない。
その効果は『モンスターの強制使役』である。
召喚ではなく使役。
だから、召喚士とモンスターの相性は関係ない。
だから、召喚士の魔力を消費しない。
だから、人の手に余る大型モンスターでも支配下に置くことができる。
これは伝説の道具であり、帝国の秘宝のひとつ。
もちろん、ルシガーはこれを無断で持ち出した。
今ごろ城内は大騒ぎだろうが、こちらもなりふり構ってはいられない。
ルシガーはワイバーンと共に山頂の陥没地へと降り立った。
「蛇かと思えば、頭はまるでウマ。いやラクダか?」
目を閉じ、眠りについている巨大モンスター。
二本の角は鹿のよう、魚のものに似た鱗が巨躯を覆っていた。
「まあ、口があるなら、なんでも良いか」
ルシガーが金色のくつわをモンスターの口元へ運ぶ。
誰がどう見てもサイズが合わない。
しかしそこは流石のレジェンダリーアイテム。
眩い光を放ちながら、くつわはどんどん大きくなっていく。
「ヴオオオォォォォォォ!!」と鳴き声が轟く。
くつわをはめられたことで、モンスターが眠りから覚めたのだ。
「ようやくお目覚めか?」
そう声をかけるルシガーは、モンスターの頭の後ろに座っていた。
その手に握られているのは光の手綱。
手綱はモンスターの口にはまったくつわから伸びている。
「さあ、世界を征服しに行こうか」
「ヴオオオオオオオォォォォォォ!!」
ルシガーの声に応えるかのように、モンスターが声が天に響く。
§ § § § §
「ヴオオオォォォォォォ!!」
天を裂くような音でプレシアは目を覚ました。
窓に駆け寄るが、空は雲が覆っていて闇が広がるばかり。
雷が落ちたのか、としばらく外を眺めていると、
「ヴオオオオオオオォォォォォォ!!」と再び爆音が轟く。
稲光は見えなかった。
肩で相棒が「キュウゥゥイ」と長く鳴いている。
すぐに側仕えを呼び出して事態を確認するが、みな一様に首を振るばかり。
なにが起こっているのか、把握している者はいないのか。
ただただ不安な時間が過ぎていく。
しかし時刻が夜ということが災いし、情報が錯綜していた。
農民が反乱を起こした、だの。
再び帝国が侵攻してきた、だの。
巨大モンスターが暴れている、だの。
どれが本当の話なのかサッパリわからない。
全ての情報が正しくても矛盾はしないというのが、さらに恐ろしい。
「イヤな予感がするわ」
机の引き出しから、アリアの手紙を取り出す。
『帝国が禁足地に眠っている力を狙っている』
「お願い、無事でいて。アリア」
妹のことを想い、プレシアは空を見上げていた。
§ § § § §
キン、キンと刃がぶつかる音が森に響く。
風の防壁によって矢も斧も、眠りの砂も使えない。
自然と、戦いは近接戦へ移行していた。
「あなたが隊長ですね。森を焼いた報い、受けてもらいます」
アークの剣が敵の小隊長を襲う。
二合、三合と切り結ぶ。
明らかにアークが押していた。
「大した腕ではありませんね」
「ふん、剣の腕で隊長になるものではないからな」
その言葉を肯定するように、敵の槍が横から割って入る。
「ちっ! うっとうしいですね」
アークが一歩、後方へと飛びすさりつつ、槍兵の首を狙う。
しかし間合いが遠く、剣は虚しく空を斬った。
剣と槍の連携がアークを翻弄する。
個人の技量ではアークが上回るものの、隊の練度は明らかに敵の方が上。
ドライアドの範囲回復で味方の損傷は抑えられているが……あと一歩。攻め手に欠いていた。
「■◎×♯☆○◆π◎!!」
「ぎゃあっ!!」
アークが仕留め損なった槍兵の胸に剣が生えた。
地面へと崩れ落ちた槍兵の後ろで意気揚々と剣を天に掲げているのは、アークが剣を仕込んだドラゴブリンだ。
「ふふっ。助かりましたよ」
「★△×◇▼!!」
なんと言っているかはわからない。
しかし、アークは彼の言葉に奇妙な友情のようなものを感じた。
アークが敵の隊長に向き直る。
ドラゴブリンは背を重ね、後顧の憂いを断つ。
(まさか、ゴブリンに背中を預ける日がくるとは)
夢にも思わなかった状況にアークは苦笑する。
「さあ、いきますよ」
アークが繰り出す剣のスピードが増した。
警戒する範囲が狭くなったことで、目の前の敵に集中できている。
「ぬぅ!!」
剣を受ける敵の小隊長が、苦悶の表情を見せる。
「弓兵! 援護しろ!!」
声を張り上げ、仲間に支援を要求する。
弓兵の数も減っているのだろう、飛んでくる矢はほんの数発。
数発とはいえ無視するわけにもいかない。
矢を払うために剣を振るえば、そこにスキができてしまう。
ここは一度、距離をとるべきか。
せっかく追い詰めたというのに、ここで仕切り直すのはシャクだが……。
「◎÷▼◇■+△!」
背後にいたドラゴブリンが掛け声と共に飛んだ。
くるりと身体を横回転させながら、振るった剣で飛んできた矢を払う。
それは、アークが教えた『パリィ』だった。
「なっ!? なんだ、コイツは!!」
ゴブリンがパリィをする様を見せつけられ、敵の小隊長が困惑している。
自分が教えたのでなければ、アークとて信じられなかっただろう。
その困惑が致命的なスキとなったことも含め、アークは心底、彼に同情した。
「んぐふっ!」
アークの剣が敵の小隊長の胴を貫いた。
心臓は外れているが問題ない。
そのまま剣の柄をググッと回しこむ。
「ぐほぁ!!」
内臓を大きく損傷すれば、人は死ぬ。
差し込んだ剣を回せば、剣身が内臓をエグる。
それは致命的な一撃となる。
それでも敵の目は死んでいない。
これから死にゆく者とは思えない気迫が瞳に宿っていた。
「なんだ……なんなんだ、お前は!?」
アークの声が裏返る。
怒りのままに戦っていたアークの心に、小さく恐怖の感情が芽生えた。
それほどに不気味だったのだ。
言うなれば彼らは『死兵』だった。
生きて帰るよりも大事な使命に準じる兵士。
「ヴオオオォォォォォォ!!」
そのとき、雷鳴のような音が空に響いた。
音の発生源は……山だ。
「ふふふ、ふはははは!! ルシガー様は成し遂げられた! 私たちの勝ちだ! かはっ!!」
敵の小隊長は血を吐きながら勝利を宣言した。
ようやく敵の狙いに気づきアークは舌打ちする。
「チッ! しまった! そういうことか!!」
アークは深々と刺した剣を引き抜き、血を払う。
ルシガーは彼らを囮に、単独行動で古龍のもとへ向かったらしい。
彼の『成し遂げられた』という言葉が真実なら、古龍は既に敵の手に落ちている。
目的を達した敵が、こちらに背を向けて逃走をはじめた。
「ヴオオオオオオオォォォォォォ!!」
再び、さきほどより長く大きな音が鳴り響いた。
もはや一刻の猶予もない。
アークは追討を仲間に任せ、ラキスたちと共に古龍が眠っていた山へと向かう。
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