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第三章 一世一代の大博打

三文字しゃべる前に殺す。それが最もポピュラーな対処法

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「殿下は今日も側近をお巻きに?」
「ハイラは……死んだ」
「…………は?」

 そう、ハイラは死んだのだ。
 偶然遭遇ランダムエンカウントした『ゴブリンの悪夢』によって、その命は刈り取られた。

 ルシガーのために。
 そして、この地に眠る大いなる力のために。
 ハイラの想いを繋ぐためにも、もはや手段を選んでいる余裕は無い。

 それにしても、このロゴールとかいう男。
 ヤツは王国の宮廷召喚士長だったはず。
 ならば、呼び寄せた仲間は召喚士と考えた方が良いだろう。

 しかし、たかがその程度で勝ちを確信しているのであれば、全くもって救えない。
 想定していた五倍は愚鈍ぐどんだ。 

「それは良い。そんなことよりも……。私は『内密』だと伝えたはずだが」
「ちゃんと声が聞こえない場所に待機させておりましたとも」
「ふん。タヌキだな」
「お褒め頂き、光栄でございます。そのまま国へお戻り頂けると助かるのですが」

 ロゴールはこの場でルシガーを殺すつもりも、捕らえるつもりは無いようだ。
 どうせ今後の婚姻に差し障りが出たら、などと考えているのだろう。
 なんとも小物らしい発想だ。

 

「ふっ」
「なにがおかしいのですかな?」
「ロゴール殿。貴殿きでんぬるい。温すぎる。正直言って、ガッカリしたぞ」
「なに!?」
「貴殿は、即座に私を拘束しておくべきだった」

 拘束しておけば、少なくともルシガーを人質にすることは出来たのだから。

「なにを……言っている?」
「兵を隠しているのは、そちらだけではない」
「…………ッ!?」

 言葉の意味を即座に理解したロゴールの顔が青ざめる。
 同時に後方で異変が起きた。

「ぐっ!!」「ごはっ!!」

 連れてきた召喚士がふたり、背中に矢を生やし、血を吐いて床に倒れた。
 表から、裏口から、続々と入り込んできた帝国兵たち。

 剣と盾を剣士。
 両手に槍を持った槍兵
 弓に矢をつがえている弓兵。
 モンスターを伴った召喚士。

 バランスの整った編成は彼らが軍である証。

「なっ!? サモ、があああぁぁっ!!」

 帝国兵に躊躇はない。
 召喚を試みようとした召喚士を炎が襲った。
 帝国兵が連れた炎の精霊フレイムエレメンタルの仕業だ。
 
「ふん。手ごたえのない」
「なん……んぐっ!!」

 口答えは許さない、とばかりに帝国兵が槍で心臓を一息に貫く。
 またひとり、召喚士が息絶えた。

「言い忘れていたが、口を開いた者は殺す」

 召喚士は、たった三文字の言葉で戦況を変える人間兵器。

 この対応は召喚士対策の基本である。
 逆に言えば、ロゴール達は油断しすぎだ。

「この小屋に踏み入る前に、せめて召喚くらいは済ませておくべきだったな」

 モンスターをそばに控えさせておけば、無抵抗に殺されるような無様な姿をさらさずに済んだだろう。

「…………」

 ロゴールはなにも答えない。
 口を開けば矢で射られる以上、是非もないが。

「それは『なぜ帝国兵がここに?』という顔か?」
「…………」
「ちゃんと正式な手続きを経て、入国したに決まっているだろう」
「…………ッ!!」

 ロゴールがそんなハズは無いと表情で訴える。
 確かに、軍を入国させるのは簡単ではない。
 だが、なんにでも裏道があるものだ。

「本当だとも。……ほれ、見せてやれ」

 ルシガーの命に従い、帝国兵のひとりが懐から紙を取り出した。
 それは一枚の通行証。

「いま王国と帝国は友好関係にあるからな。通行証などいくらでも発行できる」

 兵士達は通行証を持ってバラバラに入国した。
 冒険者として入国すれば、武器も持ち込める。
 その後、予め示し合わせた場所に集まれば一個小隊の完成だ。

 両家の友好関係の隙をついたペテン。
 ロゴールは噛みつくような目でルシガーを睨みつけている。

「一応、聞いておくが……私と組む気はあるか?」
「ふざっ――」

 白刃一閃。
 ルシガーの剣が左から右へと円の軌道を描いた。

 ふざけるな、とでも言いたかったのだろう。
 だが、その前にロゴールの首は胴と別れを告げることになった。

「口を開いた者は殺す、と言ったはずだ」

 ボトッと鈍い音を立て、白髪交じりの薄い金髪頭が床を転がる。
 ルシガーはその様子を冷めた目で見ていた。

「ロゴール殿。残念だよ。貴殿とは良い関係を築けると思っていたのに」

 もう少し賢いと思っていた、という言葉は飲み込んでおいた。

 わざわざ死者を貶める趣味はない。
 けなしても一切反応しない死者は退屈だ。

 良い関係を築きたいと考えていたのは本当だ。
 王国を丸め込めれば、ゴブリンの悪夢と戦わずに済んだろうに。

 だが殺してしまった者は元には戻らない。
 そも、破断する可能性もあったからこそ、ここに一個小隊を集めておいたのだ。
 あとはこいつらを率いて強引に攻め込むのみ。
 
「さて」とルシガーが部屋を見渡す。
 残った六人の召喚士がガタガタと震えていた。
 死線をくぐり抜けた経験が不足している。

 五年前の戦争。
 こいつらは、一体どれほどお気楽なポジションであぐらをかいていたのか。

「降伏する者は両手を挙げろ」

 ルシガーの勧告に、ひとり、またひとりと両手を挙げて降参する。
 六人が両手を挙げるまで三分とかからなかった。

「やれやれ。王国の兵は腰抜けばかりか」

 ルシガーは左手を額に当てて、天井を仰いだ。
 そのまま出口へと向かうと、左手を挙げ、そのまま下へとおろす。

 それは「やれ」の合図。
 矢が、槍が、剣が、牙が、爪が、炎が、残った召喚士達を襲った。

「そのような兵は、帝国にはらんのだ」

 そう言い残して、ルシガーは小屋を去った。
 残されたのは十とひとつの惨殺死体。


   §   §   §   §   §


「え? ロゴールが戻ってこない?」

 その日の夜。
 王宮も宮廷も、騒然とした空気に包まれた。
 
 宮廷召喚士長と、随行した召喚士たちが誰ひとり戻らないからだ。

「誰か行き先を知る者はいないのですか?」

 プレシアは周囲の者に問いかけるが、誰もが一様に、首を横に振るばかりであった。

 肩でシャーリーが「キュイ」と鳴く。

 背中をゾクゾクと悪寒が走った。
 なぜか、はわからない。
 だけど、もうロゴールと会うことはないという謎の確信があった。

「捜索はしておりますが……。もう外も暗くなっておりますので」

 官吏のひとりが、見つけられないことを弁明べんめいする。
 それはアリア捜索のときにも聞いた言葉だ。

 暗闇の中の捜索で、人を見つけるのは至難の業。
 捜す方もそれをわかっているから、頭から本気で捜そうとしない。

 夜の人捜しとは『探しているアピール』以外のなにものでもないのだ。
 もちろん、なんら成果を得ることは出来なかった。

 ロゴールを含む、十と一名の召喚士。
 その遺体と思われる焼死体が見つかったのは、明くる日のことだった。



 場所は帝国領に近い林。
 あたりには燃え尽きたと思われる小屋が一軒。

 焼死体には矢傷、刺し傷、噛み傷が見つかった。
 中には首を飛ばされた死体もあった。

 つまりということ。

 アリアを襲った黒幕とにらんでいた人間ロゴールの死。
 アリアから届いた手紙。

 この国に今、何が起きているのか。
 禁足地にはいったい何が眠っているのか。
 
 すでに自体は逼迫ひっぱくしている、という予感はある。
 しかし、予感だけでは貴族も軍も動いてはくれない。
 ましてや、それが禁足地ともなれば巡回パトロールすら反対されるだろう。

 プレシアは自らの無力に唇を噛み締めることしか出来なかった。



「天に昇る者達へ祈りを」
「「「天に昇る者達へ祈りを」」」

 司祭の導きに従い、プレシアはロゴール達に祈りを捧げる。

 ロゴールは決して清廉潔白な官吏では無かった。
 彼が様々な手をつかい、私服を肥やしていたことは公然の秘密だった。

 彼がクビにした宮廷召喚士に、黒い財産をゴッソリ盗まれたという噂を聞いた。
 とても気分が良かったのを覚えている。
 だが同時に、彼が王国を支えてきた功労者であると知っている。

 プレシアは両のをきつく握り合わせ、
 ロゴールと十名の召喚士の、安らかな眠りを心から願った。
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