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第三章 一世一代の大博打

月明かりと共に届いた、妹からの手紙

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「そうですか。それはなによりです」

 ルシガーとの婚姻の準備が順調に進んでいる、という話だ。
 陽も沈み、蠟燭の灯が照らす王宮の回廊で、プレシアは無感情に返事をした。

 プレシアの態度が気に喰わなかったのだろう。
 ロゴールはひと目でわかるほど不機嫌な顔になっている。
 宮廷召喚士長ともあろう者が、感情をそんなに表に出していて務まるのだろうか。

「よろしいですか、王女殿下。今回の御婚姻にはこの国の未来が――」
「わかっているわ。ロゴール。もう耳にタコができるほど聞いたもの」

 プレシアはやんわりと小言を拒絶する。
 機先を制されたロゴールは咳払いをすると「では、よろしくお願いしますよ」と言い残して去っていった。

 きっと、もっとお説教をしたかったのだろう。
 派閥が掲げる時期女王へのくだらないマウント。

 女王制の国と言っても、別に女性の地位が高い国というわけではない。

 王宮を見ても、宮廷を見ても。
 政治の場にいるのは誰も彼も男。
 身の回りの世話をするのは右も左も女。

 男たちはいつも権力争いに精を出し、この国を自らの手の内に治めたがっている。
 母は彼らの虚栄心をうまく操りながら、派閥の均衡を保ち、国の舵を取っていた。

 自分に母の真似をできるとは到底思えない。
 気が重くなったプレシアは、ハァ、とひとりため息をついた。

「ダメだわ。すっかりクセになっちゃって」

 今日、何度目のため息だろうか。

 アリアが見ていたらきっと、「幸せが逃げるからやめて」とか言うんだろうな。
 プレシアはいなくなった妹を思い返し、いまだ妹離れ出来ない自分にあきれた。



 その夜。
 ベッドで眠りにつこうとしていたら、プレシアの顔を風がふわりと撫でた。

(変ね。窓は閉めたはずなのに)

「サモン」

 体を起こしたプレシアは、すぐに相棒のシャーリーを召喚する。

 シャーリーの正式なモンスター名は『シャオリュウ』という。
 小さなドラゴン、という意味らしいが蛇にしか見えない。

 シャーリーは身体は小さいが、感覚器官は鋭い。
 もし誰かが隠れていたらすぐに気付くはずだ。

 月明かりを頼りに窓際へと向かった。
 しかし、窓はしっかり閉まっている。

(じゃあ、さっきの風はなに?)

 夢?
 勘違い?
 寝ぼけていた?

 いいや、確かにプレシアは風を感じた。
 あれは外から入った夜の風だった。

 窓に手を置き、振り返ったプレシアは、部屋に差し込む月明かりに目を奪われた。
 正確には、月明かりに照らされた紙に。

 すぐに人を呼ぶべきか。
 だが、プレシアは一度立ち止まって思案する。

 肩の上をフワフワと浮くシャーリーは無反応。
 この部屋には誰もいない、ということ。

(手紙だけ置いていった?)

 宮廷の警備をかいくぐり、王宮の警備を抜けて、手紙だけを置いていく。
 なんとハイリスクローリターン。

 プレシアは俄然がぜん、手紙の中身が気になった。
 人を呼ぶのは手紙の中身を確認してからでも遅くないだろう。
 拾い上げた手紙を、月明かりに照らす。

「ああぁぁ……。あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙……」

 プレシアの目に飛び込んできたもの。
 それは、とても見覚えのある手書きの文字だった。

 プレシアが彼女の字を間違えるはずがない。

(生きていた。……生きていてくれたッ!!)

 妹が、アリアが、生きている!
 誰もが、もう死んでいると言っていた。
 プレシア自身も諦めてしまっていた。

 そんなアリアから届いた手紙。
 涙を流しきって、中身に目を通したのは、それから一時間後のことだった。

 アリアは生きている。
 だけど王宮に戻ることはできない。
 帝国が禁足地に眠っている力を狙っている。
 ルシガー王子には気をつけろ。

 にわかには信じられない内容だ。
 禁足地に眠っている力など眉唾もの。

 だがアリアからの手紙である以上、プレシアはこれを無条件で信じることができた。

 アリアが王宮に戻れない理由にも検討はついている。
 明日、原因となったであろう者を呼び出すとしよう。


   §   §   §   §   §


「一体、なんだというのだ!?」

 朝早くからプレシア殿下に呼び出され、ロゴールはツカツカと靴音を響かせる。

 朝陽が顔を出して、まだ二時間も経っていない。
 宮廷の廊下は侍従ばかりで、官吏の姿はほとんど見えない。

 こんな時間にロゴールを呼び出したのは第一王女のプレシア殿下だ。
 ロゴール率いる貴族派が掲げる次の女王。

 反対派閥の神輿は、すでに王宮に無い。
 本当はこの世から退場してもらう予定だったが、ゴブリン召喚士なんぞに邪魔をされた。

 腹立たしいこと、この上ない。
 腹立たしいといえば、プレシア殿下もそうだ。

 これまでロゴールはプレシア殿下を、ぼんやりとした箱入り王女だと思っていた。
 だが、最近はどうも様子がおかしい。

 言葉のひとつひとつに底意地の悪さというか、病に倒れた女王陛下と似た気味の悪さを感じる。

 今朝の呼び出しもそう。
 彼女は宮廷召喚士長ロゴールを、軽々に呼びつけるような性格ではなかった。

「一体、なんだというのだ!?」

 今朝から何度もこの言葉を繰り返している。
 だが、いつまでも言い続けているわけにもいかない。

 ロゴールはプレシア殿下の部屋の前に立ち、深呼吸をして呼吸と感情を整える。

 まずはコンコン、と静かにノック。

「おはようございます。ロゴールです。お呼びと伺い、参上いたしました」
「入りなさい」

 部屋の主であるプレシア殿下の許可を得て、ロゴールは扉の奥へ足を踏み入れる。
 すぐに感じたのは、王族の部屋にあるまじき違和感。
 本来、部屋の中で控えているはずの侍従が、ひとりとして姿を現さない。

「人払いは済ませてあります」
「ど、どっ……」

 どうして? という言葉がスッと出てこない。
 人払いをする、ということは、人には聞かせられない話をする、ということ。

 今日のプレシア殿下からは、いつもとは比べ物にならない圧迫感を感じる。

「なんの話か、わかりますか?」

 そんなことを言われても、ロゴールには心当たりがありすぎた。

 商人からワイロを受け取っていたことか。
 宮廷召喚士の活動経費の着服していたことか。
 アリア殿下の命を狙ったことか。
 それとも、その生存を隠していたことか。
 
「わ、わかりかね……ます」

 ここで迂闊なことを言えば、藪蛇になってしまう可能性が高い。
 ロゴールはしらを切りとおすことにした。

「わからない、ようにはとても見えませんけど」

 氷のように冷たい視線が、ロゴールにビシビシと突き刺さる。

「アリア」

 真正面からの剛速球に、ロゴールの身体がビクッと反応する。

「……のことはなにかわかりましたか?」
「い、いえ。以前、行方不明でございます」
「そうですか」

 やはり話し方に悪意がある。
 わざわざアリア殿下の名前を出し、ロゴールの反応を見るような真似をするとは。
 だがそれは……、決定的な証拠は押さえられていないということでもある。

 そうとわかれば、あとはのらりくらりと矛先をかわすだけだ。
 ロゴールは心の内でほくそ笑んだ。

「ルシガー王子」

 予想外の名前が飛び出し、ロゴールは「は?」と間抜けな声が出た。

「……となにか話はしましたか?」
「も、もちろんですとも」
「どのような話を?」
「それは、まあ少々難しい政治の話を――」
「外交の話とか?」
「もちろん」
「各国の情勢とか?」
「いかにも」
「禁足地の話も?」
「ええ、禁足地の話も……え?」

 ロゴールの反応を見て、プレシア殿下は「やはりそうですか」とつぶやく。

「質問の意図が――」
「ルシガーの狙いは我が国の禁足地です」
「は? どうしてそんなことを……」

 プレシア殿下は頭をどうかされたのか。
 言っている意味がサッパリわからない。
 あんないわく付きの場所を、どうしてルシガー王子が狙うというのか。

「あなたが理由を知る必要はありません。すべきことはひとつだけです」

 プレシア殿下の声から漂う、有無を言わせぬ圧力。

「ルシガーがなにを言ってきても、禁足地への立ち入りを許可してはなりません」

 ロゴール自身の年齢の、半分も生きていない小娘からの命令。
 しかしその言葉には、女王のものに勝るとも劣らない迫力があった。
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