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第二章 禁足地に隠された真実

エース級をクビにする国があってたまるか

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「バカなっ!! こいつらは帝国でも指折りの使い手だぞ!?」

 ハイラが驚嘆の声をあげる。
 驚きすぎて口を滑らせていることにも気づいていないようだ。

 いま、たしかに『帝国でも』と言った。

 つまり、このふたりは。
 いや伸びているのも入れて四人か。

 この四人はスリムキヤ帝国の人間だということだ。

「これが指折りですか。もしかして指が百本くらいあるんですかね?」

 ラキスの背後から顔を出したアークが敵を挑発する。

「なにを!? ソルピアニごときが生意気な!!」

 憤慨するハイラをアークがさらに挑発する。

「ソルピアニも征服できず、おめおめと和平交渉をする羽目になったご立派な国はどこでしたかねぇ?」

 これがクリティカルヒット!
 ハイラのシワだらけの顔が、みるみるうちに赤く染まっていった。

「き、きさまァ!! 帝国を愚弄するか!?」
「ハイラ、落ち着け」

 緑髪の男が制する声。
 しかしハイラの怒りは収まらない。

「……しかし、ルシガー殿下!!」
「落ち着け、と言っている」
「……はっ」

 ルシガー。
 アリアはその名に聞き覚えがあった。
 スリムキヤ帝国の第三王子で姉の婚約者。

 そんな人物がこんなところでコソコソと何をしているのか。
 
 緑髪の男、ルシガーが腰から剣を抜いた。
 その身をハイラの陰へと隠しながら、アリアの首元に刃先を向ける。

「貴様、あいつのことをラキスと呼んだな」
「…………」

 質問の意図がわからなかった。
 そうだ、と答えることがラキスの不利になるかもしれない。

 アリアが無言のままでいると、ルシガーがさらに刃先をアリアへと近づける。
 刃が首筋に触れ、薄く切れた肌から、血が流れるのを感じた。

「俺がラキスだ。お前は誰だ?」

 アリアの身を案じてのことだろうか、ラキスが自ら名乗った。

 不安に駆られながらラキスの方を見る。
 だが、ラキス本人はなんら意に介さない様子で、ルシガーだけを見ていた。

 一方のルシガーも、刃はアリアに向けながら視線はラキスから外さない。

「まさか、姓はトライクか?」
「だったらどうした?」
「くっくっくっく。はぁーっはっはっは」

 急に笑い出したルシガーを見て、「はて」とアークが首を傾げる。

「頭のネジでも外れたのでしょうか?」

 さっきから本当に口が悪いな。
 いつも敬語なのは、もしかして猫を被っているだけなんじゃないか。

 アリアの首元にはまだ刃が当たっている。
 出来ればあんまり挑発しないで欲しい、というのがアリアの本心。

 ルシガーが笑っている間にも、火は小屋全体に回っていく。

「まさか、こんなところで出会えるとはな――ゴブリンの悪夢」

 ひとしきり笑ったあと、ルシガーはラキスのことをそう呼んだ。

「「「ゴブリンの悪夢?」」」

 アリアと、アークと、の声が完全にハモった。

 どうしてラキスも疑問形なんだ。
 お前のことじゃないのか?

 しかし、ラキスの顔を見ると明らかに「なに言ってんだコイツ」という表情をしている。
 本当に心当たりが無いらしい。

「貴様らは知らなくとも無理はない。帝国でのコイツの異名だ」

 ルシガーの言葉に、アリアは思わず目を見開いた。

 戦争において著しい活躍をしたエースが、敬意や畏怖を込めて異名で呼ばれるという話を聞いたことがある。
 しかし、その多くは仲間内での異名だ。
 エースの存在を主張することで、全体の士気を上げる効果があるらしい。

 では、敵に異名を付けるのどういうときか。
 それは前線の兵士を襲う『純然たる恐怖の象徴』を意味している。
 簡単に言うと、敵からメッチャ恐れられている凄腕の軍人ということだ。

「えっ!? ラキスさんって有名人なんですか?」
「えっ!? ボクも知らない!」

 考えてみると、アリアもラキスの過去はあまり知らない。
 でもラキスの異常なまでの強さを考えれば、なるほど納得という気持ちだ。

 ざわめくふたりを無視して、ルシガーはラキスと話を続ける。

「ウワサじゃ、戦争の功績で宮廷召喚士になったと聞いたが?」
「ああ。このあいだクビになったがな」
「つまらない冗談だな」
「本当だ」
「ふざけるな。エース級の召喚士をクビにする国があってたまるか」
「どうやら、あるらしいぞ」

 ラキスとルシガーのやりとりに、思い当たる節がありすぎて頭が痛くなった。

 エース級の召喚士をクビにしたのは……もちろんロゴールだろう。
 貴族派である彼らにとって、戦争での実績など興味の対象に無い。

 宮廷召喚士として相応しい血筋が一番。
 従えるモンスターの格が二番。
 ほかは犬にでも食わせておけ、という思想。

 戦争の功績で宮廷召喚士に成り上がった者など、彼らが受け入れるとは思えない。
 それがラキスのようなふてぶてしい性格なら尚更だ。

「どこまでもとぼけるか。まあいい。……ハイラ、行くぞ」
「はっ!!」

 それ以上の問答は無用と考えたか。
 ルシガーはハイラに撤退を指示する。
 そのままアリアの襟首をつかみ、剣を突きつけたまま前方に突き出した。

「さあ、道を開けろ」
 
 人質にされた。
 だけど、ラキスはその場を動く気配がない。
 ボクが死んでもいいってのか。

「断る」
「ほお。この小僧がどうなってもいいのか?」
「やってみればわかる」
「……ちっ、ゴブリンか」

 そうか、と気づいたアリアは窓の方を見た。
 いつも見るゴブリンの弓兵が、木の上からこちらを狙っている。
 おそらく他の場所からも狙っているのだろう。
 
 ゴブリンがすぐに矢を放たないのは、万が一、急所を外したときにアリアの身が危ないから。
 だが、ルシガー達がアリアを殺そうとするなら、ゴブリンが矢を放つことを止める理由はない。

(それはいいけど。いまアイツ、小僧って言わなかったか?)

 誰が男か!

 髪は確かに短くなった。
 とはいえ、うら若き乙女を捕まえて小僧とは失礼な。

 剣の刃が襲ってくることは無かったが、アリアの乙女心は深く傷つけられた。

「ならば、力で押しとおるしかないな。やれ! レッドドラゴン!!」

 小型の赤い竜が大きく息を吸い込む。
 吐き出された火炎の矛先は、もちろんラキスとアーク。

「舐めてもらっては困りますね」

 アークが目にも止まらぬスピードで剣を振るう。
 火炎は、その場で散らされ霧消した。

(アークってこんなに強かったのか)

 失礼な話だが、初めてアークの真面目な剣技を見たのだから仕方がない。
 アリアは、元冒険者の実力を垣間見た気がした。

「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 そこへハイラが、剣を振り被って突撃してくる。

 油断をしていたわけではないだろうが、勢いに押されたアークは体勢を崩して床へと倒れこんだ。

「お逃げください! 殿下!!」
「おおっ!」

 その隙をついて、ルシガーが剣を片手に出口へと走りだした。

「むぎゃっ!!」

 走って逃げるのに人質は不要とアリアは放り投げられ、顔から壁にぶつかった。

「やれ!!」

 もはやルシガーの手に人質は無い。
 ラキスはゴブリンに、矢を射るよう命じる。

「させません!」

 追撃体勢に入っていたハイラが、すぐさま体の向きを変えてルシガーを狙う矢を剣で弾いた。

 アークはようやく立ち上がるところ。
 ルシガーの前に立ちふさがるのは、ラキスひとりだけだ。

 得意とするのは双方とも召喚術。

「「サモン!!」」
 
 ラキスとルシガー、ふたりの声が重なった。

 まず現れたのは、大楯を持ったゴブリンだ。
 一方、ルシガーの前に現れたのは中型の獣脚竜ラプトル

 颯爽さっそうとラプトルにまたがったルシガーは、ゴブリンを軽々と飛び越えて、扉から外へと逃げて行った。

「やられたな」

 ラキスが静かにつぶやく。

 ゴブリンは総じて背が低い。
 大楯兵シールダー以外のゴブリンを召喚していても、結果は一緒だっただろう。
 ハイラが我が身を顧みず、アークを押さえた時、この結末は決まっていたのかもしれない。

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