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第二章 禁足地に隠された真実

禁足地に隠された真実。封印と、人柱と、復讐と

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「アイシーン? 誰だそれは」
「アイシーン・ルピアニはボクのご先祖さまだよ」

 いつの間に戻ってきたのか、後ろを振り向くとアリアが立っていた。

「ソルピアニ王国中興の祖、だっけ?」
「なんで疑問形なんですか」
「ボク、あんまり歴史が得意じゃなくて」
「自分の家の話でしょうに」

 先ほどの陰鬱とした空気はどこへいったのか、アークはあきれ顔でため息をつき笑っている。

「では、ディアス・ルピアニという名を、耳にしたことはありますか?」
「ない……と思う」

 アリアは腕を組んで数秒考え、自信なさげに答えた。

「アイシーンの妹で、私の先祖にあたります」
「へぇ……ぇぇええええぇぇぇぇーーー!?」

 下で寝ているデカブツが起きるんじゃないか、と思うほど大きな声だった。

「え? じゃあ、じゃあ、アークは、ボクとご先祖さまが一緒ってこと?」

 わたわたと慌てふためくアリアを、アークが愉快そうに見つめている。

「姉妹の親は同じですから、先祖は同じということになりますね」

 そのとき、アリアが「あれ?」となにかに気付いた顔をした。

「まえに元冒険者って言ってなかったっけ? ルブスト連合国の出身とか……」
「よく覚えてましたね。あれはウソです」
「ええええぇぇぇぇーーー! ウソだったの!?」
「ルブストで過ごしていたことはありますよ。冒険者じゃなくて情報員でしたけど」
「なんで!? なんでそんなウソつくのさ!」
「あ、その話はもうラキスさんとやりました」
「ボクともやってよ!」

 一度やったからやりません、と首を振るアークと食い下がるアリア。
 だが、そこは重要なポイントではない。

「王家の末裔がなぜ禁足地の守護をしている?」
「ああ、そうでした。その話です」
「ボークーとーもーやってーよー」

 アークはアリアに腕を取られながら、話を本題へと戻した。

「まずあのモンスターですが、言い伝えでは『古龍こりゅう』と呼ばれています」
「あれでドラゴンなのか」

 ラキスが知るドラゴンとは、ずいぶん趣が違う。
 ルシガーが召喚した爬虫類のようなモンスター、それがラキスの知るドラゴンだ。

 同じドラゴンの名を冠していても、これはもはや別モノ。

「王国は古龍によって大きな被害を受けました。女王アイシーンが古龍を封印するまでに、多くの将兵と民が命を落とし、王国は滅亡の危機に瀕したそうです」

 そんな話は知らない、とアリアが首を振る。

「この話は宮廷はもちろん、王宮にも記録が一切残っていないはずです」
「……どう……して?」

 愕然とした表情で、アリアは声を振り絞る。

「危険だからですよ。どこかの代の女王が、もしくは宮廷召喚士が、この力を戦争に利用しようとするかもしれない」
「そっ、んな……こと……」

 するわけがない、という言葉を、アリアは続けることができなかった。
 ロゴールの顔でも思い出したのかもしれない。

「そこで当代の女王、アイシーンは考えました。自らが一番信用できる者を、その子孫を、古龍の封印を隠すための人柱とすることを」

 人柱、という言葉に、アリアの顔がぐにゃりと歪んだ。

「それがアイシーンの妹。ディアス・ルピアニです」

 もちろん、と繋げるアースの目は、心なしか憂いを帯びていた。

「彼女の名も記録から抹消されています」
「だろうな」

 そうでなければ、それくらいの覚悟がなければ、古龍の存在を隠すことなど到底できまい。

「私たち一族は、三百年もの長きにわたり、国の影に隠れて古龍の封印を護ってきました」

 まるで三百年分のおりを吐きだすように、アークの言葉が次第に熱を帯びていく。

「自ら手を汚し、誰からも賞賛されることなく、同じ血を分けた王家からも忘れられて。なぜディアスの子孫だけが、そんな憂き目に遭わなければならないのかっ!!」
「…………ッ!!」

 アリアの口から、声にならない音が漏れた。

 彼女にはどうしようもない、三百年も前の先祖がしたこと。
 それでも彼女は我がことのように心を痛める。

「行方不明の第二王女。あなたに気づいたとき、私は『ついにそのときがきた』と思いました」

 アークは小さく息を吸い、乱れた呼吸を整える。

「あなたを守護者にして、一族の者と婚姻させ。子孫も永遠にこの地に縛り付けてやろう、と」
「それがお前の復讐か」

 ラキスの言葉にアークは顔を引きつらせ、悲鳴のような叫びをあげた。

「そうです、これが私の復讐です! くだらないと笑いますか? 復讐に意味は無い、と説教でもしますか!?」
「いや……、好きにしたらいい」

 ラキスもその感情には覚えがある。
 復讐を遂げたあとの空しさなど語ったところで、いま復讐を誓っている者の心に響きはしない。

「ごめんなさいっ!!」

 殺伐とした空気を割く、謝罪の一声。
 アリアが深々と頭を下げていた。

「ボク、なにも知らなかった。知ったからって、何か出来るわけじゃないけど」

 えっと、えっと、と口にしながら、アリアは必死で言葉を探しているようだ。
 
「ボクがこのまま守護者を続ければいいん――」
「やめてくださいっ」

 アリアを見るアークの顔が、彼女と同じような哀しげな表情になる。

「あなたがそういう人でさえなければ……」

 アリアは自己犠牲の精神がいきすぎている。

 国のため、姉のために命を捨てようとしたり。
 自分を逃がした侍女のために生きようとしたり。
 そこに本人の気持ちが無い。

 そんな人間に復讐したところで、復讐者の心は晴れはしないだろう。
 彼らが共に過ごしたこの数日は、アークの復讐心を削り取ってしまったようだ。

「どちらにしても……復讐は無しです。もう、そんな余裕は無くなりました」

 気持ちをリセットするかのように、アークは首を振って話を変える。

 スリムキヤ帝国第三王子、ルシガー・スリムキヤの介入。
 いま話すべき問題はこれ以外にない。

「彼がどうやって古龍の存在を知ったのか。それはわかりませんが、いま重要なのは、これからのことです」

 こちらの不安をよそに、足元では古龍が静かに眠りについている。

「おそらく、あの王子はまた来ます。次はもっと大勢の兵を連れてくるでしょう」
「ここの守護者だけじゃ不安だな」
「かといって、これまで禁足地としていた森に、大勢を集められるとはとても……」

 暗礁に乗り上げそうになるふたりの会話に、「そもそもなんだけど」と、アリアが口をはさむ。

「ルシガーが王国まで兵を連れてきたら、それだけで戦争になるじゃない?」

 これは、アリアの言う通りだ。
 これから婚姻を結ぶ間柄とはいえ、両国は五年前までは戦争していたのだ。
 無断で兵を連れ込む、ということは考えづらい。

「婚姻が成立してから動くのが筋だが……」
「そんな人はコソコソ潜入調査なんかしませんよ」
「ならば、王家になにか工作をする、か」
「その可能性は高いでしょうね」
「だが王家はな……。俺は賞金首、アリアは死んだことになっている」
「私の知り合いも、そこまでの力はありませんし」

 流れる沈黙。
 そんなふたりの顔を交互に見て、アリアがポンと手を打った。

「じゃあ、プレシア姉さんに伝えようよ。ボクが手紙を書けば信じると思うよ」

 顔を見合わせたラキスとアークは、揃ってアリアの顔をまじまじと見る。

「アリア、お前って……」
「アリアさん、あなたって……」
「「見かけによらず賢いんだな/ですね」」

 ふたりの声がピッタリと揃った。
 アリアは「お前たち、ほんっと失礼だなっ」と、胸の前で腕を組み、ぷんぷん怒っていた。

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