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第二章 禁足地に隠された真実

そりゃあ苦虫を噛み潰したくもなる

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 ハイラの身を挺した活躍によって、無事に小屋を抜け出すことが出来た。

 ルシガーは、召喚した獣脚竜ラプトルを駆って森を抜ける。
 ハイラが追ってくるまで待つつもりはない。

 彼は王子の側近としての責を果たした。
 ならばルシガーは、自身が無事に帝国まで逃げ切ることが責務だ。
 もし敵に追いつかれでもしたら、ハイラの覚悟が無駄になってしまうのだから。

 まだ陽が落ちるまでには時間がある。
 魔力が尽きる前に帝国領へ入れれば、馬に乗り換えて、今日中には首都に着く。

「これは運命に違いない」

 王国は禁足地を『ゴブリンの悪夢ラキス・トライク』に見張らせている。

 ヤツは国防の要ともなるエース級の召喚士。
 王国があの場所を重要だと考えている証拠だ。

 ルシガーは自身の予測――ここに大いなる力はある――が正しいと確信した。

「もはや婚姻など待っていられるものか」

 大いなる力さえあれば、この小さな王国などどうでも良い。
 父が牛耳る帝国だって支配できるに違いない。

 そして、もうひとつ。 

「この俺に屈辱を晴らす機会をくれるとは、天もたまには粋な計らいをする」

 ルシガーが政略結婚の道具にされるという憂き目に遭っている理由。
 先の戦争においてルシガーが敵の前線拠点を落とせなかった理由。

 原因は全て『ゴブリンの悪夢』だ。

 ルシガーが攻略を命じられた前線拠点は林の中にあった。
 はじめは楽勝だと思った。
 なにせ拠点を護っているのは、弱々しいゴブリンばかりなのだから。

 ルシガーはドラゴンを召喚できた。
 部隊の召喚士たちも皆、ゴブリンよりはマシなモンスターを召喚できる。

 負ける要素などどこにもない。
 そう思っていた。
 しかし、どうにも数が多い。

 小柄なゴブリンが木の陰から奇襲をかけてくる。
 ほうほうの体で逃げかえれば、今度は夜襲をかけられる。

 夢でまでゴブリンに襲われ、うなされて起きたのは、一度や二度ではない。
 だからこそ――ゴブリンの悪夢。

 今のルシガーでは、あの男に勝つことは難しいだろう。
 だが、大いなる力を手に入れたなら、きっと。

「必ず悪夢を晴らしてみせるぞ」

 ルシガーは決意を新たに帝国への道をひた走る。

 足止め用に、と小屋へ置いてきた赤と白の竜。
 その命が尽きたことが感覚的に伝わってきた。

 おそらく、ハイラとも今生の別れとなろう。
 幼い時分から仕えてくれた側近に、ルシガーは心で別れを告げる。

 魔力が少なくなり、頭がクラクラとしてきた。
 魔剤があれば良かったのだが、荷物を減らそうと置いてきたのが悔やまれる。

 ちょっと偵察して、証拠を掴んだらすぐに帰るつもりだったのだ。
 こんなことになるとは予想もしていなかった。

 帝国領はもう目の前。
 残った魔力を振り絞るルシガーだが、あることが頭の隅に引っかかっていた。

「そういえば、あの小僧。どこかの誰かに似ていたような……」

 それも、つい最近見た誰か。
 だが、それが誰だったか。どうにも思い出せない。
 思い出せないのであれば、大したことではないのだろう。

 ルシガーは、それ以上は考えるのをやめた。

   §   §   §   §   §

 少し時間は遡り、燃える小屋の中。
 
 ゴブリンの弓兵アーチャーが放った毒矢によって、動きを封じられた赤と白の竜。
 風を切って飛んできた矢が竜の眉間に刺さり、二匹は仲良く息絶えた。

 ガラガラと音を立てて落ちてきたのは、ついさっきまで天井だったはずの丸太だ。
 炎で包まれた大きな丸太は、主を逃がし終えた壮年の剣士の目の前に落ちた。

「もういい。行け」

 壮年の剣士――ハイラは静かに目を閉じ、剣を床に突き刺して言った。

 ラキスのゴブリンに囲まれ、アークに剣を向けられている状況。
 加えて、双方を分かつように、燃え盛る丸太が横たわっている。

 出口はラキス達の方にあり、人質だったアリアも、すでにラキスの隣。
 勝敗はすでに決していた。

 再び大きな音がして、床に燃える丸太がひとつ増えた。

「炎の中で心中を希望か?」

 その目は死を受け入れていた。
 彼はこの燃える小屋の中で、赤と白の竜と共に果てるつもりなのだろう。

 主を逃がし、ラキス達を足止めした時点で、とうに彼の本懐は遂げられている。
 ここで無理にハイラの首を取ったところで、特にメリットは見当たらない。

「いくぞ」

 ラキスは外套をひるがえし、小屋をあとにする。

「そうですね」
「……うん」

 アークとアリアもそれに続いた。

 小屋は激しく燃え上がり、支えを失った場所からガラガラと崩れていく。
 ラキスが念のためにと弓兵に小屋を囲ませるが、ハイラが姿を現すことは無かった。

 いまだ炎の中にある、小屋だった建物もの
 ラキスはゴブリンを召喚し、いつものように「サクリファイス」とつぶやいた。

 ガレキの山から、二つの光球が飛び出す。
 光球に包まれた竜の力が、ゴブリンの体に吸い込まれていった。

 後ろで、ぐぅーーーーーーと音が鳴った。

「………………」

 振り向くとアリアが顔を地面に向けている。

「帰ったら、なんか食うか」

 ラキスはアリアの肩にトンと手を置いた。



 三人は急いで食堂へと直行する。
 だが昼食の時間はとうに終わっていた。
 もちろん、配膳台に食事は残っていない。

 諦めと悲しみが混ざった表情のアリアの前に、アークが三羽の兎を持って現れた。
 アリアが、文字通り飛び上がって歓喜の声をあげたことは言うまでもない。

「結局、彼らは何者だったのでしょうか」
「帝国の貴族だろう?」

 ラキスがウサギ肉のソテーをフォークで刺す。

「いや、帝国の王族だよ」

 アリアがハッキリと断言した。

 ラキスとアークの視線を感じたのか、
 アリアはコホンと咳払いして言葉をくわえた。

「帝国の第三王子、ルシガー・スリムキヤ」

 アリアは名を告げると同時に、フォークを力いっぱいウサギ肉へと突き刺す。

「プレシアねぇ――王女殿下の婚約者だ」

 アリアの表情は、今までに見たことのない、ヒドいものだった。
 こういうのを『苦虫を嚙み潰したような顔』と呼ぶのだろう。
 だが、それも仕方あるまい。

 国のため、姉のためと王宮を捨てたのに、その姉の政略結婚の相手が自分の国で人さらいをしていたのだから。
 それは苦虫の一匹や二匹、噛み潰したくもなろう。

「へえ。アリアさんは王族に詳しいんですか?」
「え? あ、ああ。まあ、知り合いに貴族がいて、その……うん」

 アリアが予想外の質問に驚いているようだ。

 どう誤魔化そうかと慌てふためいた表情。
 手をバタつかせ、くるくると表情を変える。
 やはりアリアはまだまだ子どもだ。
 まるで、遠い日の弟を見ているような――。

「あれ? ラキスさん、いま笑ってました?」
「いや、別に」
「いやいやいや、ぜったい笑ってましたよね!?」
「そうか?」
「そうですよ! 私、見ましたもん!!」
「ふぅむ」

 珍しいものを見た、とはしゃぐアークをよそにラキスは首を傾げて黙った。
 本当に笑った覚えは無いのだが、無意識に頬の筋肉が緩んだのだろうか。

「あいつ『調査』って言ってた」
「調査ですか……。間違いなく『調査』と言ったんですね?」

 アリアの言葉に、アークが強い懸念の反応を示す。

「うん。赤いドラゴンが小屋を燃やして……」

 アリアは目をつむり、そのときのことを思い出しているようだ。

「そうだ。『もう少し調査をしてから、焼き捨てる予定だった』って言ったんだ」
「そう、ですか。帝国の王子が、ここを調査……」

 アークの顔がみるみるうちに険しくなっていく。
 ラキスはそれに気づかないふりをして、ウサギ肉をさらにもう一枚、頬張った。

 ここの守護者たちはナニカを隠している。
 帝国の王子とやらが探しているのは、きっとそのナニカに違いあるまい。

 うかつに話を聞いたら巻き込まれる。
 もし巻き込まれたら、この悠々自適な生活も終わりだ。

 アークはしばらく黙ってなにかを思案すると「少し席を外します」と言って席を立ち、数分後に戻ってきた。
 その顔は先ほどまでとは違い、なにかを決心した顔をしていた。

「ラキスさん、アリアさん。お話したいことがあります」

 アークの言葉から伝わる真剣さ。
 だからこそ、ラキスの返事はこれ一択だった。

「断る」

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