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第二章 禁足地に隠された真実
いつも起こしに来るヤツが来ないから寝坊した
しおりを挟む窓から差し込む朝の光。
もう数時間で昼飯の時間だが、昼より前は朝だ。
異論は認めない。
いつもより起きるのが遅くなってしまった。
寝ぼけまなこのラキスは顔を洗いに立ち上がる。
「やあ、起きられましたか」
顔を洗い終えたラキスを待っていたのはアーク。
それから、彼が朝の狩りで仕留めたであろう兎が三羽。
常であれば、ラキスもゴブリンを狩りに行かせていたところだが、寝過ごしてしまったものは仕方ない。
ラキスは開き直った。
「ああ。まだ寝られるがな」
「はははははっ。まだまだお若いですね」
彼が言うには、歳を重ねると起きる時間は早くなり、二度寝もしなくなるらしい。
「今日はおひとりなのですね。めずらしい」
そう。本当にめずらしい。
普段であれば、もっと早い時間にアリアが起こしに来る。
それが今朝は来なかった。
だから寝坊した、というのは責任転嫁か。
しかし、あるはずのものがない、というのはどうにも調子を狂わせる。
「アイツ、どこにいるか知っているか?」
「さて。朝早く外へ出ていくのは見かけましたが」
アリアも曲がりなりにも成人女性。
たまには、ひとりでいたいときもあろう。
だが……、もうじき昼である。
朝早くに出たのなら戻りが遅い。
どこで何をしているのか。
「帰りが遅いのは、気になりますね」
「ああ」
アリアは世間知らずだが育ちは良い。
元王女に向かって「育ちが良い」というのもおかしな話だが、周囲を心配させるような行動には敏感な方だ。
その彼女が、なんの断りも無く何時間も姿をくらますとは思えない。
ラキスはアリアを探しに行くことにした。
おせっかいと言われるかもしれないが、何かあってからでは取り返しがつかない。
失われた命は二度と還らない。
父も、母も、弟も、ラキスは二度と会うことはできない。
ラキスが外套を羽織って外へと向かうと、その後ろをアークがさも当然とついてくる。
「で、なぜお前がついてくる?」
「なぜって。私も心配だからですよ」
それに、と言葉を繋ぐとアークは意地悪な笑みを浮かべた。
「ラキスさん。まだここに慣れてないでしょ?」
狩りもゴブリン任せで外に出てないですし、と口にしないが顔がそう言っている。
残念ながら事実だ。何も言い返せない。
そのまま、アークがついてくることを黙認した。
当然、アークも善意だけでこんなことをしているわけではなかろう。
アリアを心配しているのが半分。
もう半分はラキス達を警戒してのことに違いない。
この禁足地にはまだ大きな秘密がある、とラキスは読んでいる。
そんな中、新参者の片方が不意に行方をくらませたとなれば怪しんで当然である。
「それで、どこへ向かうおつもりですか?」
「アイツも新参者だからな。外に行くとしても帰り道がわかる場所だろう」
「なるほど。理に適っていますね」
ラキスもアリアも、ここへきてまだ一週間。
深い森の中に入れば、帰り道が分からなくなってもおかしくない。
ただひとつだけ、ふたりがよく知っている道がある。
ラキスとアークは、彼らが初めて会った場所についた。
そこはアリアがウリ坊を仕留めた場所であり、ラキスが手斧を投げつけられた場所でもある。
いかに慣れない土地と言えど、一度通った道を往復するくらい訳はない。
しかし、そこにアリアの姿は無かった。
「いませんね……」
アークは周囲を見渡すと、首を左右に振る。
一方、ラキスはあることを確信した。
確かに、この場にアリアはいない。今は。
だが、少し前まではここにいたはずだ。
嗅ぎ覚えのある甘いバラのような香りがする。
この場所には、アリアの魔力の残り香が漂っていた。
「ああ、言われてみれば……、仄かに甘い香りがするような、しないような?」
アークは辺りをクンクンと嗅ぎ回るが、あまりピンとはきていないようだった。
鼻の鈍いやつめ。
「サモン」
ラキスはゴブリンの斥候と、密偵を呼んだ。
斥候は得意の嗅覚でアリアの足跡を追う。
密偵はどんな小さな音も聞き洩らさない。
まだ近くにアリアがいるなら、この二匹ですぐに居場所を突き止められるはずだ。
だが二匹とも、ラキスが期待した成果を得るには至らなかった。
本人の意思によるものなのか、はたまた第三者による介入の結果か。
すでにかなり離れてしまったらしい。
「これはなんでしょう?」
茂みのあたりをウロウロしていたアークが、地面から銀色の砂を摘まみ上げた。
この森に、土はあっても砂は無い。
山であれば銀鉱石があっても不思議ではないが。
「さあ。知らないな」
もちろん、ラキスにも見覚えがない。
斥候の松明で地面を照らすと、一定の間隔で銀色の砂が落ちている。
人為的に撒かれたもの、と考えるべきだろう。
むかし、童話でこれに似た話があったな。
「たどってみるか」
ふたりは銀の砂を追って森の中を歩いていく。
「ラキスさんとアリアさんってどういう関係なんですか?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。たとえば兄妹とか、師弟とか、恋人とか」
「…………」
アークの問いに、ラキスはすぐに返せる答えを持たない。
少なくとも、いま挙げられた中に正解はない。
だが、強いて言うなら……。
「保護者、だな」
「なるほど、ご親戚ですか」
「…………」
もちろん親戚ではない。
だが、訂正するのも面倒だ。
そもそもアリアが元王女であることも隠しているのだ。
隙に思わせておけば良い。
「あれ。砂が途切れましたね」
アークが言うとおり、先ほどまで等間隔で撒かれていた砂が途切れた。
一方、ゴブリンの斥候は、ついにアリアの匂いを見つけたようだ。
「十分だ。あとはゴブリンが教えてくれる」
「へえぇぇ。ゴブリンって便利なんですね」
「うちのは特別だ」
「だと思いました」
森を少し進んだところで、
斥候の鼻と、密偵の耳が反応した。
「いるな」
「もう見つけたんですか!? ゴブリンはすごいですねぇ」
「ああ。見つけたらしい。余計なものと一緒に、な」
「……そうですか」
アークも予想はしていたのだろう。
笑顔のままで、腰に差した剣の柄に手をかける。
「隠れていてもムダだ。出てこい」
カサッと音がして、木の陰から黒装束の男が姿を表す。
歳はラキスよりも十くらい歳上だろうか。
少し頬がこけた痩せ形だが、顔に特徴がない。
おそらく密偵や工作員といった類だ。
それくらい、気配は完全に消えていた。
「よく気づいたな。褒めてやるよ」
「匂いがしたからな」
「におい?」
男は自分の袖や脇をクンクンと嗅ぎ、
全然分からん、という顔で首を傾げた。
「ついでに言うと、後ろからも同じ匂いがする」
「……へぇ。スゴいな」
隣にいるアークが後ろを振り向き、「おぉ、本当にいました」と驚きの声をあげた。
ラキスとアークの背後に立つ男はやや大柄だ。
こちらもやはり、顔に特徴がないモブ顔。
「あれー? なんでバレたのお?」
ラキスは首だけ後方向けると、大柄な方の身体を上から下まで睨めつける。
痩せ形の男より、甘い匂いが濃い。
「オレ達、くせぇらしいぞ」
「そうなのー? 体は洗ってるんだけどなあ」
大柄の男も自分の匂いを嗅いで首を傾げた。
「気にすんな。コイツの鼻が異常なんだよ」
「ふぅん。それで、コイツは殺す? それとも、捕まえる?」
「半殺し」
「えー!? どうしても? 半殺し難しいからきらいなんだよお」
「じゃあ片方は殺して良し」
「ほんとうー!? やったあ」
黒装束ふたりは、せっせと殺しの算段を立てる。
そのあいだ、ラキスとアークはただ待たされているわけだが、待つだけというのも時間がもったいない。
アークに作戦でも伝えておくとしよう。
「俺が後衛ぜんぶ、お前が前衛ぜんぶ」
「ずいぶんとざっくりした作戦ですね」
「これでもアレにはもったいないくらいだ」
「それは同感です」
アークは腰の長剣をスラリと抜き、ラキスは「サモン」とつぶやいた。
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