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第二章 禁足地に隠された真実

ゴブリンしか召喚出来ない召喚士は賞金首になった

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「見つけたぞ! 賞金首、ラキス・トライク!! うん? ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ラキスを狙って後をつけてきた冒険者の悲鳴。
 男が「見つけたぞ!」と叫んだときには、既に矢が右脚に刺さっていた。
 宮廷召喚士長ロゴールですら勝てないラキスに、冒険者崩れの賞金稼ぎがかなうはずもない。

 さっきの男が、本日四人目の挑戦者。
 ラキスは常時ゴブリンを召喚して、オート迎撃モードに入っている。

 彼は返り討ちにしたら必ずお金を巻き上げる。
 そのお金のほとんどが、魔力回復剤(通称:魔剤)の購入資金となった。

 魔剤はゴブリンの召喚維持コストに消費され、次の賞金稼ぎの脚に矢が刺さる。
 ここに、ひと欠片も生産性のない『永久機関』が誕生していた。

「全部あのタヌキと、お前が悪い」

 ぼそりと毒づくラキスを見て、ショートカットになったアリアはくすりと笑った。

 先日の草原での決闘のあと、ロゴールは大きなお土産を残していった。
 ラキスの首に多額の賞金を懸けたのだ。
 デッド・オア・アライブ(生死を問わず)で。

 思い返してみれば。
 彼がロゴールから奪ったきんの話はなにも解決していなかった。
 本人の中ではすでに終わった話みたいだけど。

 もちろん、賞金首にしたくらいでラキスを捕まえられるわけはない。
 そんなことはラキスに負けたロゴールがよく分かっているはずだ。

 これはただの嫌がらせだ。
 取られた金貨と金塊の意趣返し。

 ただ、この嫌がらせが地味に効いていた。
 まずラキスが賞金首になったことで、アリアの国外逃亡計画は再び頓挫とんざした。

 賞金首を護衛に雇う人はいないし、アリアひとりではまだまだ心許こころもとない。

 国内をぶらぶらしていたら、息つく間もなく賞金稼ぎがやってくる。 
 アリアが狙われているわけではないから、ラキスを置いていけばいいのだけど。

 外の世界を知らずに生きてきたアリアが、ひとりで生きていくのは不安が勝る。
 せっかくロゴールに見逃してもらったのに、野垂れ死にしては意味が無い。

 ロゴールを殺そうとしたラキスを止めたせいでもあるので負い目も感じている。

 ついでに本音を言うと、アリアは今の生活がちょっと楽しかった。
 賞金稼ぎに追われて追い返す生活なんて、王宮にいた頃は想像もしなかった世界。
 
 こういうのも『冒険』と呼ぶのだろうか。
 最近のアリアは、早く自分もラキスのように戦う力が欲しい、と思い始めている。



 戦力と言えば、グリフィンとデスプラントを生贄にフェアリーが急成長した。

――――――――――――――――――――
【名称】ドライアド《RANK UP!!》

【説明】
 樹齢数百年を超える古木に宿るといわれる木の精霊。
 緑色の長い髪と、透き通るような白い肌をした女性の姿をしている。

 森の中で美しい女に会ったら気をつけろ。
 そいつはきっとドライアドだ。
 若い美男子が好みらしい……お前は大丈夫だ、心配ない。

【パラメータ】
 レアリティ D
 攻撃力   E
 耐久力   C
 素早さ   D
 コスト   C
 成長性   D

【スキル】
 高速飛行 《RANK UP!!》
 中級範囲治癒術 《LV UP!!》
 ブレス耐性(中) 《LV UP!!》
 植物操作 《NEW!!》

――――――――――――――――――――

 流石は宮廷召喚士だ。
 グリフィンもデスプラントも、フェアリーの何倍も強かったらしい。

 モンスターのランクが上がって姿も変わった。
 木の精霊になったのはデスプラントの力を得たからだろう。

 元から持っていたスキルはレベルアップ。
 さらに新しいスキルも手に入れた。

 惜しむらくは、攻撃スキルを持っていないこと。
 アリアがひとりで護衛の仕事をできない理由も、ここにある。

 ラキスに相談したら「妖精は非好戦的だからな」と言っていた。
 好戦的な妖精がどこかにいないだろうか……。



 太陽が地平線へと隠れ、ひっきりなしだった賞金稼ぎの気配も無くなった。

 アリア達は街はずれの森で野宿をしている。
 念のために補足しておくと、オルトロスに襲われた森とは別の場所だ。

 近くに禁足地とされている場所があるから、この森にはあまり人が寄りつかない。
 逃亡者には持ってこいのスポットだ。

 ……逃亡者。
 ちょっと前まで王女だったのに、今は逃亡者。

 こうも急激に転げ落ちるものだろうか。
 人生は面白い、と言えるほど達観できてはいないけれど、死なずに済んだだけマシだ。

 いまはふたり、森の中で焚き火を囲んでいる。

「ラキス。ボク、新しいモンスターと契約したい」
「ふぅ。そうか」

 ラキスはいつものように紫煙を吐きながら、顔すら向けずに一言だけ返事をした。

「…………え?」
「どうした?」
「それで終わりなのか?」

 こういう会話は「なら、どこそこへ行こう」と会話が進むものではないのか。

 不満が顔に出ていたのだろう。
 ラキスはアリアの方をちらりと見て、はぁと小さくため息をついた。

「好きにしたらいい」
「ボクにひとりで行けと?」

 はああぁぁぁ。
 再びラキスのため息。さっきよりも大きい。

「要件は簡潔かつ具体的に言え」

 明らかにラキスはイラだっていた。
 しかしアリアも同じ気持ちだ。
 なぜ気持ちを汲み取ってくれないのか。

「俺はお前の家来じゃない」
「そ、そんなことは分かってる!」
「お前の気持ちを察する気は無い」

 そんなにハッキリ言わなくても、とアリアは気色けしきばむ。

 ラキスは手に持った葉巻をアリアに向けた。
 甘いような、ツンとするような、不思議な香りがアリアの鼻孔をくすぐった。

「いつまでも王女様気分でいるんじゃない」

 この言葉はアリアにとっての虎の尾だ。
 顔が、かあああっと熱くなっていくのを感じた。

「そこまで言わなくてもいいじゃないか!ボクだってわかってる。ボクはもう王女じゃない。でも……。ずっと王女として育てられてきた。ずっとこうやって生きてきたんだ。そんな簡単に変われるもんか!!」

 アリアはラキスに背を向け、森の奥の方へと走っていく。
 行く当てがあるわけではない。
 ただ、恥ずかしくてその場に居続けることが出来なかった。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 アリアは息が切れるまで走った。
 焚き火の場所からどれくらい離れたのか。
 もはやアリアには、わからなかった。

「ここ、どこだ?」

 火の無い森の中は真っ暗で不気味だった。
 聞こえてくるのは鳥の声、虫の声、そしておそらく獣の声。

 ガサリ、と背後で音がした。

「ラ、ラキス!? いるの?」

 もしかしたら追ってきてくれたのかもしれない。
 そう思って暗闇に向かって声を掛けるが、返事は戻ってこない。

(怖い。ひとりは怖い)

 思わずドライアドを召喚したくなる。
 しかし貴重な魔力を無駄遣いはできない。

「せめて明かりくらいは持ってくれば良かった」

 そんなことを考える余裕があったなら、森の中をやみくもに走るような愚行はそもそも犯してはいない。
 再び背後でガサガサと音がした。

「ひっ……!!」

 アリアは腰の短剣を抜くと、サッと後ろを向いて身構えた。
 剣術とはいかないが、護身用の短剣術くらいは心得ている。
 王女のたしなみだ。

 なにかいる。
 兎や狸なのか、それとも獰猛な狼なのか。
 わからない、ということが恐怖をあおる。

 茂みの奥でなにかが赤く光った。

「で、出てこい! ボクは怖くなんかないぞ!!」

 虚勢を張っていることはアリア自身が誰よりも分かっている。

 相手はおそらく人語を解さない獣かモンスター。
 語り掛けることに意味は無い。
 しかし、虚勢だろうとなんだろうと気持ちを奮い立たせなくては、恐怖で先に心が折れてしまう。

 さらに背後でガサガサと音がした。

(挟まれて、いや囲まれている!?)

 もはや魔力の温存などと悠長なことを言ってはいられない。

「サモン!」

 アリアの隣に光と共に現れたのは、木の精霊ドライアド。

 よくよく考えてみれば、アリアが自分で戦うのはこれが初めてだ。
 つまりは初陣。
 いや、まだ敵なのかどうかも分からないのだが。

 ザザッと音を立て、茂みから影が飛び出す。
 アリア、ひとりきりの戦いが始まった。

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