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第一章 ゴブリンを嗤うものはゴブリンに泣く

ユニコーンを召喚する平民なんかいない

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 ソルピアニ王国は三つの国に隣接している。
 ひとつは、草原の国ハイライ。もうひとつは、ルブスト連合国。

 最後は、スリムキヤ帝国。五年前まで王国と戦争をしていた国だ。

 陸続きの国が三つもあれば、隣の国へ逃げるくらい簡単そうに聞こえる。
 だが、王国の地形がそれを許さない。

 ソルピアニ王国は周囲を険しい山々に囲まれているからだ。
 落ち目の王国が、今でもなんとか領土を保てているのはこの山々があってのこと。

 もちろん、山越えは不可能ではない。
 しかし、山もまた森に劣らずモンスターも多く出没する危険区域である。

 ラキスひとりならまだしも、足手まといを連れては行きたくない。
 それが箱入りの元王女ともなれば尚更だ。

 なんとかして関所を越えなければならない。
 最も簡単な方法は――。

「やはり護衛、だろうな」

 ラキスとアリアは朝早く宿を出て、街はずれの湖に来ていた。
 モンスターも出没する場所であり、ふたり以外に人の姿は見えない。
 他人に聞かれたくない話をするにはうってつけの穴場スポットだ。 

「護衛? 誰の?」
「商隊だ」

 国と国を行き来するには『通行証』が必要となる。
 通行証とは、通行者の情報や、通行の目的が記されている身分証のようなもの。
 素性を明かすことが出来ないアリアでは申請のしようがない。

 そこで商隊の出番だ。
 彼らは代表ひとりが通行証を持ち、グループで関所を通過する。

 商隊が旅するときの天敵は第一に盗賊、第二にモンスターだ。
 天敵に積み荷を奪われでもしたら大損害。
 そんな惨事を起こさないためにも、商隊は冒険者を護衛に雇う。

 冒険者とはその腕を生業に生きる者の総称である。

 軍隊は国を護るためのもの。
 そこには絶対的な優先順位が存在する。
 冒険者はこぼれ落ちたトラブルをお金で引き受けてくれる。
 
『旅路の護衛は冒険者の飯のタネ』と言われるほど、市井にはいつでも護衛の依頼があふれている。
 商隊に護衛として雇われれば、彼らにまぎれて国を脱出できるだろう。


「だが、ひとつだけ問題がある」
「ふぅん?」

 抱えている問題、その当人が「なにそれ?」という顔をしていた。

「お前が護衛として役に立たない、ということだ」
「なっ!? 本当に失礼なヤツだな!」
「本当のことを言っただけだ。それとも王家秘伝の剣術でも使えるのか?」
「剣は……使えないけど。ユニコーンなら召喚できる!」

 無い胸を張って誇らしげにするアリアを見て、ラキスは大きなため息をついた。

「ユニコーンはダメだ」
「えっ!? なんでだよ! そりゃ戦いはイマイチだけど。走らせたら、超はやいんだぞ」
「そういう問題ではない。戦いで役に立ったとしてもユニコーンはダメだ」

 アリアは何を言っているのか分からない、という表情でラキスを見ている。
 これは丁寧に説明する必要がありそうだ。

「商隊の護衛を引き受ける冒険者。そいつらがどういう人間か、わかるか?」
「うーん、腕が立つ剣士とか、召喚士とか……」
「そうだが、ポイントが違う。重要なのは、そいつら全員が平民ということだ」
「なんだ、そんなことか。貴族が平民の護衛なんかやるはずがないもんな」

 貴族は護衛を雇う側だからね、となぜかアリアが自慢げだ。
 ラキスは、それを無視して話を進める。

「平民はユニコーンを召喚しない。出来ない」
「え? なんで? もしかしてボクってすごくレアな才能の持ち主だったりする?」

 見当違いの方向で自信を持ち始めるアリアを、ラキスが秒で切って捨てた。

「才能じゃない。環境の問題だ。お前はユニコーンをどうやって手に入れた?」
「え? それは普通に。モンスター商が連れてきた中から相性が――」
「その普通は、王族、貴族にとっての普通だ」

 この元王女様は、自分がどれほど市井しせいの感覚とズレているのか、本当に理解していない。

 モンスター商からモンスターを買うのに何枚の金貨が必要か。
 超レアモンスターユニコーンを連れてくるモンスター商が平民相手に商売をするのか。

 少し考えればわかることだ。
 つまるところ、平民にはユニコーンを手に入れる術が無い。

「そうなの!? じゃあ平民は、っていうかラキスはどうやって召喚士になったのさ」
「その辺のゴブリンと契約した」

 召喚契約だけなら平民でも出来る。
 ウシ型のモンスターやウマ型のモンスターと召喚契約している平民もまれにいる。

 あの手のモンスターは農作業や運搬に便利だ。

 生まれつき魔力に恵まれていて、目当てのモンスターと相性が良い。
 そんな厳しい条件を乗り越えた実に稀な事例だ。

「うわぁ……」
「哀れみの目で見るな。 それでも貴族の召喚士より俺の方がよほど強い」
「うーん。それも不思議なんだよな。 ラキスのゴブリンはちょっと強すぎる」
「俺から言わせれば、お前たち貴族が弱すぎる」
「ぐう」

 それはさておき、とラキスは話を戻す。

「お前には新しいモンスターと契約をしてもらう」
「新しいモンスター?」
「そうだ。ユニコーンと適正があるのだろう。 なら、妖精や精霊ともマッチする可能性が高い」

 モンスターとの相性は人によってある程度ベクトルが決まっている。
 例えばゴブリンとマッチしたラキスなら、亜人種とのマッチが期待できる。
 具体的にはリザードマンとか、コボルトとか。
 
 ただし、あくまで期待できるだけ。
 ラキスがリザードマンやコボルトと契約できたことはない。

 先月、ラキスはリザードマンが多く出没する湿地で召喚契約を試してみた。

 なにやら玉を持ったゴブリンが出てきたが、結果はゴブリンの召喚レパートリーが増えただけだった。

 ただのゴブリンじゃなかっただけマシではある。
 なんの変哲もないゴブリンならば、売るほど契約済みだ。

 ゴブリンを買うモノ好きがいたら会ってみたい。
 その場で、何匹でも売ってやる。 

「この湖では、その系統のモンスターが稀にだが確認されている」

 これはラキスが宮廷召喚士の頃、ヒマつぶしに眺めた資料に書いてあった情報。
 自国のモンスター分布の調査や、新種の記録は、宮廷召喚士の重要な仕事だ。

 今でこそロビー活動にご執心だが、以前は宮廷召喚士たちも普通に働いていた。
 女王ルーシアが病に倒れるまでは。

「さすがに、召喚契約のやり方くらいは知っているのだろう?」
「あっ! またボクのことをバカにしたな? 出来るさ、それくらい! 見てろよ!!」

 アリアが頬をふくらませて不満をアピールする。
 ラキスはいつもどおり、それを無視した。

「じゃあ、さっさとやれ」
「やるよ。やればいいんだろ」

 アリアが両手の指を絡ませて組む。
 目をつむり、魔力を集中していく。

 地面に光の円が生まれ、周囲には微かに甘いバラのような香りが漂いはじめた。

 魔力が放つ芳香。これも人によって特徴がでる。
 ちなみにラキスの魔力は鼻孔をくすぐるスパイシーな香りがする。

 モンスターはこの香りに誘われ、魔力を対価に人と召喚契約をするのだ。

 魔力を垂れ流しているのだから当たり前だが、召喚契約中は継続的に魔力を消費する。

 モンスターが寄ってくるのが先か。
 アリアの魔力が無くなるのが先か。

 ラキスは葉巻を取り出して地面に座り、ゆっくりと待つ構えを取った。
 いつものようにゴブリンの斥候スカウトを呼び出して、火を点けさせる。

 十分か、十五分か。
 アリアの顔に疲れの色が見え始めた頃。
 小さなモンスターが、パタパタと羽ばたいて光の円に近づいてきた。
 それは蝶のような翅を背中に生やした小人。

(フェアリーか。悪くない)

 フェアリーは円の周りを二周ほど旋回し、そのまま円の中央へと降り立った。
 光の円がフェアリーを包み込み、光の球となってアリアの胸元に吸い込まれる。

 ここに、召喚契約が完了した。

 このフェアリーのステータス?
 それはアリアにしかわからない。
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