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WORKS4 転生社畜、女子高生とはじめる
💰甘い罠を仕掛けたら
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ダンジョンへ行くのは、だいたい三日に一度。
残りの二日は自由時間。
身体と心を休めるためのインターバル。
チトセは街を歩いていた。
天気は快晴。街はたくさんの人でにぎわっている。
「こんにちわ」
広場に着いたチトセは、見知った顔が噴水の縁石に座っているのを見つけて声を掛けた。
「お前は黒い衝撃……ッ!? な、何の用だ!」
黒い衝撃って……。
自分の二つ名であることはもちろん理解しているけど、もう少しマシなものはなかったのだろうか。ハッキリ言ってオタクくさい。
まさか街の真ん中で、チトセから声を掛けられるとは思わなかったのだろう。
男は最大級の警戒態勢でもってこちらを見ている。
「用っていうか。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「お、俺は何も知らねぇぞ。あれは上からの命令でやってるだけで……。そうだ。文句があるならショウさんに直接言ってくれ」
チトセが話しかけている男は、ホークスブリゲイドのメンバーだ。
その中でも、いつもチトセ達がモンスター狩りをはじめると邪魔をしにくるヤツラの一人。
ダリスの屋敷の前にはいつだって監視役がいて、こっちが休みの日は向こうも休みになるらしい。だからまあ、こうして街中ですれ違うことも珍しくない。
だからといって気軽に話しかけるような関係でもないから、男の反応は至極まともである。商売敵から突然話しかけられて、警戒しない方がおかしい。
「違う違う。別に文句があるとか、殴り飛ばしたいとか、この剣の錆にしてくれるとか、そういうのじゃないから」
いちおう補足。
今日はダンジョンに行く予定がないし、ここは街中だから剣は持ってきてない。
相手の男も、少なくとも剣や槍のような大きなエモノは持っていない。
いつでもどこでもこれみよがしに武器を持ち歩くゲームキャラみたいな人は、こっちの世界でも普通に捕まるらしい。
旅人も、冒険者も、街の中にいる間は武器をしっかり布に包んで、なるべく目立たないように持ち運ぶのがルール。なかなかしっかりしている。
「じゃ、じゃあ。な、何を聞きたいんだよ」
「そうそう。あ、でもその前に――」
身構えたままの男に、チトセは握り込んだ左拳を近づける。
さっき『殴り飛ばしたい』なんて言ってしまったからか、男は「ひ、ひぃっ!」と悲鳴を上げると、両手で頭部を覆い、身体を丸めてしまった。
そんなつもりじゃないのに、こんなに怖がられるなんて心外だ。
今でこそチトセは怪力冒険者の扱いを受けているけど、こっちの世界に来るまではただのかよわい女子高生だったのだから。
チトセは男の肩を指先でトントンを叩き、拳を開いて見せる。
掌の中央には銀貨が一枚。
「え? 銀貨?」
「人から情報を貰うときは、対価を払うのがマナーだって聞いたんだけど違った?」
安心したのか、男はホッと息をはくと、ひったくるように銀貨をつかみ取る。
「いい心がけじゃねえか。……で、何が聞きたいんだ?」
「ホークスブリゲイドってどんなクラン?」
「…………………………なんで、そんなこと聞くんだ?」
たっぷりと間を空けて、男がいぶかしげな視線を向ける。
もっと手放しで歓迎されるんじゃないかと思っていたのだけど、そこまで甘くはないようだ。チトセは流れるような動きで、男の隣に腰を掛けた。
「こっちはもうダメみたいで」
「……………………」
なにが『ダメ』なのかは、言うまでもない。
原因が自分たちにあることを気まずく思ったのか、男はなにも言ってこなかった。
後ろで跳ねる噴水の水音と、周囲の喧騒が沈黙を埋めてくれる。
「最近じゃ、『クレープもいいな』とか言い出してるし」
「クレープって、あのクレープか?」
「多分、そのクレープ」
チトセは苦笑いを浮かべながら、小さく首を縦に振る。
「だから、ほら。ボクも色々と考えちゃうわけ」
「はっはっはっはっは。それでとうとう移籍ってわけか。奴隷遣いが奴隷に見限られるとは、とんだ笑い話だな」
大声で移籍なんて言い出すものだから、チトセは「しっ」と左の人差し指を立てる。男も釣られて「おっと、すまねえ」と右手で自分の口を塞いだ。
「気持ちはわかるけどよお。奴隷が『主人がダメだから移籍しまーっす』ってわけにはいかねえだろ。奴隷は主人の持ち物なんだから」
奴隷の身分では、いかに本人が望もうと主人の元を離れることはできない。
男の視線が、紺色のセーラー服の袖に隠れた右手へと注がれている。
チトセはニッと笑って、袖から白い手を出した。
そこにあるはずの奴隷紋はキレイさっぱり無くなっていた。
「ふっふっふ。もう奴隷契約は解除させた」
「まさか!! ど、どうやったんだ!?」
「おかげ様でずいぶん参っていたからね。『ショウに勝つ方法がある』って言ったら、すぐに乗ってきたよ」
これがダリスに持ちかけた『取引』の条件のひとつ。
奴隷契約を解除すること。
ショウに勝つためなら、とダリスは決断してくれた。
奴隷の主人であることを証明する証文にダリスが契約解除の署名をすると、緑色の炎が立ち上がって証文は灰となり、同時にずっとチトセを縛っていた奴隷紋も跡形もなく消え去った。
そのときの解放感ときたら、定期テスト期間が明けた日の放課後のようだった。
「おまえ、主人を騙したのか」
「ダリスはボクの主人なんかじゃない」
男は目を丸くして、「おまえ、すげえな」とつぶやいた。
「そういうわけだから。ホークスブリゲイドのことを色々教えて欲しいんだ」
「なるほどな。おまえを連れて行けばショウさんも喜んでくれるだろうし、悪い話じゃねえ」
男は腕を組んで、うんうんとうなずく。
きっと頭の中では、チトセをホークスブリゲイドに連れて行ったときのご褒美を皮算用しているに違いない。
チトセが右手を差し出すと、男は握手に応じた。
なにも語らずとも、二人の利害が一致したことは明らかだった。
雲一つない青空に浮かんだ太陽だけが、二人の密約を見ていた。
💰Tips
【城塞都市】
平原の街ザンドは城塞都市である。
壁、堀、門、塔が街を囲み、外敵の侵入を拒んでいる。
だからこそ、壁の内側では平和が保たれなくてはならない。
私的な決闘はもちろん、理由なく剣や槍などの刃物を抜くことも禁じられている。
残りの二日は自由時間。
身体と心を休めるためのインターバル。
チトセは街を歩いていた。
天気は快晴。街はたくさんの人でにぎわっている。
「こんにちわ」
広場に着いたチトセは、見知った顔が噴水の縁石に座っているのを見つけて声を掛けた。
「お前は黒い衝撃……ッ!? な、何の用だ!」
黒い衝撃って……。
自分の二つ名であることはもちろん理解しているけど、もう少しマシなものはなかったのだろうか。ハッキリ言ってオタクくさい。
まさか街の真ん中で、チトセから声を掛けられるとは思わなかったのだろう。
男は最大級の警戒態勢でもってこちらを見ている。
「用っていうか。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「お、俺は何も知らねぇぞ。あれは上からの命令でやってるだけで……。そうだ。文句があるならショウさんに直接言ってくれ」
チトセが話しかけている男は、ホークスブリゲイドのメンバーだ。
その中でも、いつもチトセ達がモンスター狩りをはじめると邪魔をしにくるヤツラの一人。
ダリスの屋敷の前にはいつだって監視役がいて、こっちが休みの日は向こうも休みになるらしい。だからまあ、こうして街中ですれ違うことも珍しくない。
だからといって気軽に話しかけるような関係でもないから、男の反応は至極まともである。商売敵から突然話しかけられて、警戒しない方がおかしい。
「違う違う。別に文句があるとか、殴り飛ばしたいとか、この剣の錆にしてくれるとか、そういうのじゃないから」
いちおう補足。
今日はダンジョンに行く予定がないし、ここは街中だから剣は持ってきてない。
相手の男も、少なくとも剣や槍のような大きなエモノは持っていない。
いつでもどこでもこれみよがしに武器を持ち歩くゲームキャラみたいな人は、こっちの世界でも普通に捕まるらしい。
旅人も、冒険者も、街の中にいる間は武器をしっかり布に包んで、なるべく目立たないように持ち運ぶのがルール。なかなかしっかりしている。
「じゃ、じゃあ。な、何を聞きたいんだよ」
「そうそう。あ、でもその前に――」
身構えたままの男に、チトセは握り込んだ左拳を近づける。
さっき『殴り飛ばしたい』なんて言ってしまったからか、男は「ひ、ひぃっ!」と悲鳴を上げると、両手で頭部を覆い、身体を丸めてしまった。
そんなつもりじゃないのに、こんなに怖がられるなんて心外だ。
今でこそチトセは怪力冒険者の扱いを受けているけど、こっちの世界に来るまではただのかよわい女子高生だったのだから。
チトセは男の肩を指先でトントンを叩き、拳を開いて見せる。
掌の中央には銀貨が一枚。
「え? 銀貨?」
「人から情報を貰うときは、対価を払うのがマナーだって聞いたんだけど違った?」
安心したのか、男はホッと息をはくと、ひったくるように銀貨をつかみ取る。
「いい心がけじゃねえか。……で、何が聞きたいんだ?」
「ホークスブリゲイドってどんなクラン?」
「…………………………なんで、そんなこと聞くんだ?」
たっぷりと間を空けて、男がいぶかしげな視線を向ける。
もっと手放しで歓迎されるんじゃないかと思っていたのだけど、そこまで甘くはないようだ。チトセは流れるような動きで、男の隣に腰を掛けた。
「こっちはもうダメみたいで」
「……………………」
なにが『ダメ』なのかは、言うまでもない。
原因が自分たちにあることを気まずく思ったのか、男はなにも言ってこなかった。
後ろで跳ねる噴水の水音と、周囲の喧騒が沈黙を埋めてくれる。
「最近じゃ、『クレープもいいな』とか言い出してるし」
「クレープって、あのクレープか?」
「多分、そのクレープ」
チトセは苦笑いを浮かべながら、小さく首を縦に振る。
「だから、ほら。ボクも色々と考えちゃうわけ」
「はっはっはっはっは。それでとうとう移籍ってわけか。奴隷遣いが奴隷に見限られるとは、とんだ笑い話だな」
大声で移籍なんて言い出すものだから、チトセは「しっ」と左の人差し指を立てる。男も釣られて「おっと、すまねえ」と右手で自分の口を塞いだ。
「気持ちはわかるけどよお。奴隷が『主人がダメだから移籍しまーっす』ってわけにはいかねえだろ。奴隷は主人の持ち物なんだから」
奴隷の身分では、いかに本人が望もうと主人の元を離れることはできない。
男の視線が、紺色のセーラー服の袖に隠れた右手へと注がれている。
チトセはニッと笑って、袖から白い手を出した。
そこにあるはずの奴隷紋はキレイさっぱり無くなっていた。
「ふっふっふ。もう奴隷契約は解除させた」
「まさか!! ど、どうやったんだ!?」
「おかげ様でずいぶん参っていたからね。『ショウに勝つ方法がある』って言ったら、すぐに乗ってきたよ」
これがダリスに持ちかけた『取引』の条件のひとつ。
奴隷契約を解除すること。
ショウに勝つためなら、とダリスは決断してくれた。
奴隷の主人であることを証明する証文にダリスが契約解除の署名をすると、緑色の炎が立ち上がって証文は灰となり、同時にずっとチトセを縛っていた奴隷紋も跡形もなく消え去った。
そのときの解放感ときたら、定期テスト期間が明けた日の放課後のようだった。
「おまえ、主人を騙したのか」
「ダリスはボクの主人なんかじゃない」
男は目を丸くして、「おまえ、すげえな」とつぶやいた。
「そういうわけだから。ホークスブリゲイドのことを色々教えて欲しいんだ」
「なるほどな。おまえを連れて行けばショウさんも喜んでくれるだろうし、悪い話じゃねえ」
男は腕を組んで、うんうんとうなずく。
きっと頭の中では、チトセをホークスブリゲイドに連れて行ったときのご褒美を皮算用しているに違いない。
チトセが右手を差し出すと、男は握手に応じた。
なにも語らずとも、二人の利害が一致したことは明らかだった。
雲一つない青空に浮かんだ太陽だけが、二人の密約を見ていた。
💰Tips
【城塞都市】
平原の街ザンドは城塞都市である。
壁、堀、門、塔が街を囲み、外敵の侵入を拒んでいる。
だからこそ、壁の内側では平和が保たれなくてはならない。
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