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五章 アホ姫とシスコン王子

アホ姫とシスコン王子 5

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 端末を握ったまま会話を続けていたバルトは、鎧戸に叩き付けられる雨音がいつの間にか弱々しくなっていることに気付き、端末の時計に目を向けた。
 三時間も、経っていたのか……。
『以上が今回の……、f-6地区研究施設における騒動の顛末でした』
「……」
『中尉?』
「あ、あぁ、スマン。了解した」
 リディーが語った事実について、バルトは未だに信じることができずにいた。
 もし今彼女が語ったことが事実だとすれば、我々がこれまでやっていたことが全て無駄だったと認めてしまうことになる。
『あの……、このことは……』
 端末の向こう側から迷いを含んだ弱々しい声が聞こえてくる。
「まだ、誰にも伝えないでくれ。俺の方で考えたい……」
『わ、わかり、ました……』
 何か気まずそうな雰囲気を醸し出しているのが、端末越しでも伝わってくるのをバルトは感じた。
「それとリディー……」
『は、はい……』
「可能であれば、その……、シュナ・プロバンス、と言ったか?」
『はい』
「彼女に同行して、探ってもらえるか?」
『そ、それは!? 可能ですが……』
 バルトの言葉に驚き、息を飲むのが向こう側から聞こえた。
「命令違反など気にするな。責任は全て、俺が持つ」
『……! わかり、了解しました!』
 気合いの入った返事が向こうから聞こえ、バルトは「頼んだぞ」とその声に応えてから通信を切断した。
「ふぅぅ……」
 考えなければならない。
 今の会話のことを。
 もしこれが真実であるなら、自分たちの今の敵が一体何なのか分からなくなってしまう。
「カラミティチャイルドが災禍の獣と戦っているなどと、そんな事実、認められる訳が……!」
 ギリギリと歯を食い縛り、バルトは過去のことを思い出していていた。
 災禍の獣に押し潰された両親。看護師としての生を全うした妻。シャトルから眺めた滅び行くイクリプス。そして、トーラドーラでバースと交わした……。
「ぅあっ……! あた、ま、が……」
 急に襲ってきた激痛に頭を抱え、バルトはベットに横たわる。
 昔の記憶を思い出そうとすると時たま今のように激痛が走るのだが、これは一種の記憶障害で長いゴールドスリープによって起こる症状だと医者には言われた。
「つぅっ……!」
 右偏頭部を握りバルトは寝返りを打つ。
「はぁ……、はぁ……」
 頭痛がする反対側を下にして暫く待っていると、程よい眠気と頭痛が和らいでいく感覚にバルトは安心にも似た心地よさを感じつつ、そのまま夢の世界へと旅立っていった。

―――☆―――☆―――

 暫くの間また天界へと召されていた僕は、こちらに戻ってくると知らない女の子にガッチリ抱き締められていた。
 え!? ちょっ!? どういうこと!?
 僕はキョロキョロと辺りを見回してみる。
 ビッシリ本が積まれた大きな本棚が二つ壁際に備え付けられており、その向かいには大きな木造のテーブルを挟んだ階段下に化粧棚が置かれてあった。その化粧棚の上には稲科のような真っ直ぐとした植物が育ったプランターが一つ置かれ、その隣には大きさ二十センチくらいの水晶の玉が光っていた。
 ここって、確か……。
「むにゃ……」
 いででででででっ!!
 ちょっとお嬢さん!
 無意識なんだろうけど! 無意識なんだろうけど! 僕の尻尾を雑巾のように絞らないで!!
「みぃぃ! みぃみぃ!!」
 僕はその少女の握っている手をベシベシと前足で高速猫パンチした。もちろん手加減して。もし本気でやったら彼女の手が怪我するだろうし、僕が本気で殴るのは神父とハゲ竜人だけだ。
「うみゅ……? ふにゅ……?」
 今のでやっと起きたのか彼女は間の抜けた声で僕の顔に真っ青な瞳を向けた。ただし手はまだ離してくれていない。
「みぃみぃ! みぃみぃみぃ!」
―――離して! お願いだから離してよ!
「んん……?」
 やっと僕の言っていることが通じたのか彼女は首を捻って両手を僕の顔の上下に置く。
 え? なんで?
「ネコちゃん。めっ!」
 ぐにゅっ。
 はい! 猫寿司一丁! って止めんか!!
「うにぃ! うにぃ!」
―――止めろ! 離して! お願いだから離して!
 僕は潰れた抗議の声をあげながら、彼女の真っ白な手を傷付けないよう気を付けて前足で押しやった。
「もぅ! ネコちゃん! めっ!」
 やっと彼女の拘束から抜け出した僕は素早くテーブルの上に乗ると、彼女は今まで寝ていたソファーから降り立ち綺麗な銀髪を揺らして僕を睨む。
 何が『めっ』なのさ! 僕が何したのよ!?
「なんじゃ、こんな時間に……。ふわぁ~……」
 僕たちがそんなことをしていると、二階の自室から降りてきた白い寝間着姿のシュナが大きな欠伸を噛み殺し、右手で眠そうな目を擦りながら僕たちの方に近寄って来た。
「おぉ、ニート。目が覚めたのじゃな。ふわぁ~……」
 僕の頭を撫で撫でしながらシュナはもう一つ大きな欠伸をした。
「シュナ! ネコちゃん、めっ!」
 トテトテとシュナの側に走り寄った少女は彼女の袖口を掴んでまた僕に睨みを利かせてきた。
「あぁー……、ニートよ。お主、何をやったのじゃ?」
 少女の言葉では全く要領を得なかったシュナは、僕の頭を撫でつつ訪ねてきた。
「みぃー?」
 一応僕は再現魔法で言葉を話すことなく首を傾げてみた。
「はぁ……?」
「シュナ! シュナ!」
 今度は少女が自分を信じろとでも言いたげに、シュナの顔を見上げる。
「なんじゃ? 話しは聞いてやるから、ちゃんと話してみるのじゃ」
 その言葉に少女は顔をにぱぁっと綻ばせると、今度はシュナの正面に回り彼女の腰の辺りを手で掴みながら話し始めた。
「あのねあのね。あたち寝てたの。なのになのに、ネコちゃん起きたの。みぃみぃ鳴いたの! だから、めっ! てしたの!」
アカン……。
 僕が鳴いたのが悪いのか、起きたのが悪いのかよく分かんない。
 てかそもそもで、この子は誰?
「よしよし。ニートは悪い子じゃのぉ」
 そう言いながらシュナは少女に笑顔を向けつつ僕と少女の頭を撫でる。
「ネコちゃん! めっ!」
 その瞬間に嫉妬心を燃やしたのか少女が僕を撫でてるシュナの手を取ってシュナの顔を見上げた。
「こらこら、リトよ。ニートは猫なんじゃから、そう言ってやるな」
 苦笑しながらシュナは少女を優しく抱き絞め頭を撫でる。
 リト!? リトって……。さ、さ、災禍の、獣……。
 だよね……?
 テーブルの上から僕はその少女をまじまじと見つめる。
 合法ロリのシュナより更に三十センチほど背が低い彼女は、どこからどう見ても子供である。
 先ほどから要領を得ない会話や舌っ足らずな言葉使い、更には子供特有の動物をオモチャのように扱ったり年下の子供のように扱ったりと、本当に災禍の獣なのかと疑ってしまう。
 てか、本気か作者……。
 これ以上厄介なキャラ増やすつもりか……。
「ん? どうした、ニートよ?」
 目を点にしてリトのことを見詰めていたら、それを疑問に思ったのかシュナが僕の方に目を向けてきた。
「み、みぃ……」
 再現魔法で声を出すべきか迷った。
 一応子供らしく見えるとはいえ災禍の獣であることは間違いないし、ディーテたちの話しでは“良心”の姿らしい。もしこの少女が災禍の獣の本体の方とも繋がりがあるのなら、僕がここで再現魔法を使ってしまえば本体の方に筒抜けになってしまう。
 どうしようか……。
 僕がそういう風に頭を悩ませていると、シュナが僕の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「何を悩んでおるのか大体察しは付くのじゃが、詳しいことは明日にしよう。今日はもう遅いし、お主もパーフェクトヒールで治療は終わっているとはいえ、あまり無理するでない」
 そうだよね。まだ時間はあるもんね。
 僕はコクりと頭を縦に振ると「リト、ニートを頼むぞ」と彼女は僕を抱き上げて少女の胸に僕を預け背を向けた。
「あーい! ネコちゃん。ねんね」
 はいはい……。
 僕は二階へとゆっくり上っていくシュナの背中に「みぃ」と一声鳴くと、リトに抱かれたままソファーでゆっくりと眠りについた。

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