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エピソード26 真夏のプール

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〈エピソード26 真夏のプール〉

「こんにちは、ヴァンルフトです。いやー、今日も暑いですねぇ。僕はこの暑さを紛らわすためにかき氷を食べています。特に抹茶味が格別に美味しいんですよ」

 自分はあまり抹茶味が好きではないし、かき氷ならやはりブルーハワイだ。

「現在の僕は上八木ホテルに泊まっているのですが、月曜日になったら自分の町に帰ろうと思っています」

 その言葉に勇也も少しだけ物寂しさを感じた。

「イリアちゃんがPRをしている町を実際に観光できたことは、本当に良い思い出になりましたよ」

 できれば、直にイリアの姿を見てもらいたかったな。そうすれば、感動も一塩だろう。

「来年の夏休みも、また上八木市に来ようかな。上八木ホテルの料理は凄く美味しいですし、ホテルの最上階からの眺めは素晴らしいの一言に尽きます」

 ヴァンルフトさんがこの町を好きになってくれたのなら地元民としては喜ばしい限りだ。

「今年の上八木市は事件などが起きてゴタゴタしていましたが、来年はそのようなこともないでしょう。次に来る時こそは平和な上八木市を満喫したいものです」

 なら、来年こそ生身の上八木イリアと会えると良いな。素顔を晒すのが嫌なら遠目でイリアを見てくれても良いし。

 とにかく、イリアを生み出すのに色々と協力してくれたヴァンルフトさんには感謝だ。

                   ☆★☆

 勇也たちは上八木アクアランドというこの町では知らない者がいないくらいの知名度を誇るプール会場に来ていた。

 プールには人工的に海のような波を作り出している場所や川のように常に一定の流れを生み出しているループ型の場所がある。

 また、目玉であるウォータースライダーはかなりの高さがあり、ジェットコースター並みのスリルと興奮が味わえるようになっていた。

 プールサイドにもたくさんの売店があり、和洋中のあらゆる食べ物のメニューが網羅されているので食べ歩きもできる。

 一日中いても飽きさせない造りをそこかしこに感じさせるし、それが掻き入れ時の夏休みなら尚のことで、様々なイベントも開催されている。

 とにかく、上八木アクアランドは何ともレジャー感が満載になっていて、老若男女が心置きなく楽しめる場所になっていた。

「ご主人様ー、私の水着姿はどうですか? 自分で言うのもなんですけど、かなりイケてるプロポーションだと思うんですが」

 勇也がプールサイドで所在なげに突っ立っていると、レンタルのビキニ型の水着を身に着けたイリアがやって来る。

 イリアの白磁のような肢体を見た勇也は思わず生唾を呑み込んだし、心臓の音も高鳴るのを感じる。

 水着姿を惜し気もなく晒すイリアを一言で表すなら眩しい。女の子の体を見て羨望するような眩しさを感じたのは初めてだ。

 じゃじゃ馬のようなイリアの水着姿がここまで見栄えのするものだったことには、改めて感心するしかない。

 初めてイリアを異性として認識できた気がするし、益々、悪くない。

 やっぱり、女の子の水着姿は男にとっては反則だし、今日は実に良いものを見せてもらったよ。

「確かに、お前のプロポーションは群を抜いているな。神が直接、拵えたかのような完璧な美を感じるよ」

 勇也は色めき立っているような周囲の男どもの下卑た視線を感じ、やはりイリアは目立ちすぎて困るなと思う。

 ただ、幸いなことにイリアが上八木イリアだということに気づいている男どもはいないようだった。

 着ている物が違えば、もう知っている人間を認識できなくなるなんて、周りの男どもの目は節穴だとしか言いようがないな。

 まあ、今日は無礼講ということにしておこう。

 明日からはきっちりとしたメイド服を身に着けさせ、肌の露出は許さないようにするし、イリアに不潔なイメージは持たせたくない。

「そんなに持ち上げられると、照れちゃいますね。でも、ご主人様からそこまでの賞賛の言葉が出てくるなんて珍しいですし、やっぱり、プールに来た甲斐がありました!」

 そう言いながら、イリアは周囲の様子など気にも留めない様子でオーバーなリアクションをして見せた。

「ま、お前の姿形は俺が作ってやったんだ。それが完璧な造形美を有していないはずがない」

 勇也は大仰に腕を組みながらニヤリと口の端を吊り上げる。

 自分が創ったイリアの可愛らしさが素晴らしいものだというのであれば、絵描き冥利に尽きるというものだ。

「さすが、ご主人様。遠回しに自分は神様のような存在なんだと主張していますねー。ま、私にとっては、ご主人様は神様より偉いんですけど」

 イリアは勇也の尊大な態度を煽り立てるような言葉を口にしたし、勇也の方も敢てそれに乗っかる。

「そう思うなら、もっと敬意を払うべきなんじゃないのか。今のお前は、俺をおちょくっているようにしか見えないぞ」

「たぶん、暑いからそんな風に穿った見方をしてしまうんですよ。ご主人様も、もっと頭を冷やしましょう!」

 頭を冷やすのは、いつも以上にはしゃいでいるお前だろ、と勇也も皮肉を言いたくなる。

「分かったよ」

 勇也も今のイリアと舌戦を繰り広げるのは分が悪いと思い、やれやれと言った感じで息を吐いた。

 そんな勇也の様子を見て、イリアは自分の胸を撫でるように触る。それから、感触を確かめるように何度も胸を揉んだ。

「でも、ご主人様が完璧な造形美を作り出せるのなら、私の胸はもう少し大きくして欲しかったです」

 イリアの胸の大きさは普通ではあるものの、それは全体的なバランスと見事な兼ね合いを見せている。
 大きさだけでなく、形の良さにも着目できるし。

 胸はただ大きければ良いというものではないというのは勇也の持論だ。もっとも、勇也の持論に賛同してくれる男は少ないが。

 でも、イリアはその持論を見事に体現している。今のイリアを見れば、男どもも自分の言うことに諸手を上げて納得してくれることだろう。

「ないもの強請りを言うなよ。お前の胸のサイズは今が完璧なんだ。これ以上、大きくしたら下品に見えるようになるだけだ」

 勇也としても胸の大きさの美的感覚は譲れないものがあった。

「そうですか。なら、メイド服を着こなす上品な女の子として、そこは納得しておくことにします」

 イリアは未練さのようなものを感じているような顔で胸から指を離す。

 それを見て、勇也はイリアのような人間ではない女の子でも、胸の大きさは普通に拘ってしまうんだなと嘆息する。

 まあ、格好良さなんてあまり意識していない自分も足の長さなんかは気にしてしまうから、それと同じか。

「それで良いんだよ。きっと俺以外の奴らもそう思ってくれているはずだからな。ま、その辺のことはすぐに分かるさ」

 勇也はせめて今日だけはと思いスマホを手にすると、日頃の応援の感謝としてイリアの水着姿をVTUBEでライブ配信する。

                  ☆★☆

 二十八歳の会社員の男性が「すげー、水着姿のイリアなんて最高すぎるだろ!」と興奮する。

 十九歳の男子大学生が「ここまで完璧なプロポーションを持っていたとは。メイド服に隠されていて気付けなかった!」と大学の講義室で嬉々とした顔をする。

 秋葉原の町をこよなく愛するオタクの男性が「水着姿のイリアちゃんを見せてくれるなんて、グッジョブ!」と親指を突き立てる。

 高校中退の虐められニートの少年が「へー、可愛いもんじゃねぇか。やっぱり、イリアはそこらの女なんて目じゃねぇな」と素直な賞賛を送る。

 小学生の少年が「イリアちゃん、すっごく可愛いーーー!」と満面の笑みを浮かべる。

 ファミレスで働いているアルバイターの男性が「水着姿のイリアちゃんを見られるなんて今日はついてるな。おっと、休憩時間はもう終わりだ」と言って、バックヤードから出て行く。

 アイドルの追っかけフリーターの男性が「イリアちゃんの水着姿は写真で写したいよなー。そしたら、スマホの待ち受け画面にしておけるのに」とスマホを握る力を強める。

 メイド喫茶で店長を務めている男性が「メイド服も良いが、水着姿はもっと良いな。まったく、どうしてウチの店にはイリアのような眩い女の子がいないんだか」と一人、溜息を吐く。

 いつもは普通の女子中学生でたまにコスプレイヤーに変身する少女が「さすがの私もあの水着は身に着けられないなー」と自分の小さな胸を見る。

                  ☆★☆

 勇也は全く嫌な顔をしなかったイリアの撮影を終えると押し寄せて来る視聴者からのコメントを流し見する。

 イリアのプロポーションを褒め称えるような内容が大半で、やはり、イリアの胸の大きさについて言及しているようなコメントはなかった。

 これには勇也も肩身を広くして、ほら見ろとイリアに言いたくなるし、やっぱり、イリアの胸の大きさは今がベストだ。

 期待通りのコメントを見て気が済んだ勇也は、スマホを着替えを預けてある近くのロッカーに戻しに行く。

 そして、軽い駆け足で再びイリアの元に戻って来ると、イリアとは違った感じで男どもの視線を集めている雫がやって来る。

 勇也も水着姿の雫を見て、不覚にも心がキュンとしてしまった。

「ひ、柊君、私の水着は似合ってるかな……」

 イリアよりは派手さを抑えたビキニを身に着けている雫は照れ臭そうに尋ねてくる。

 それが異性としての意識を更に高まらせ、勇也も心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。顔が火照っていくのが自分でも分かる。

 やっぱり、好意を持っている女の子の水着姿は格別なものがあるし、できることなら写真に収めたいくらいだ。

「もちろんだよ。宮雲さんって、意外とプロポーションが良かったんだな。服の上からじゃ分からなかったよ」

 勇也は気の利いた世辞は思い浮かばなかったので、自分が感じた通りのことを言葉にしてみた。

 事実、雫のプロポーションの良さはイリアに引けを取っていない。着痩せするタイプなのか、胸も思っていたよりずっと大きいし。

 清純な感じの女の子が好みなら、確実にイリアより雫の方に目が行くだろう。かく言う勇也もその一人だった。

「う、うん」

 雫はいつものように顔を真っ赤にして下を向いてしまったし、これには勇也も決まり悪そうに頬を掻く。
 と、同時に、どうすれば雫を喜ばせることができるんだろうなと考えあぐねる。

「でも、そんなに良いプロポーションを持っているなら、もう少し自己主張ができる服を着た方が良いと思うよ。そうしたら、どんな男だってイチコロだよ」

 勇也は雫の緊張感を和らげようと、あまり間を置かずに畳みかけるように言った。

 だが、それは逆効果だったらしく、雫は益々、心を委縮させるような態度を取る。これは悪い兆候だ。

「わ、私、そんな風に見られたくないから……」

 雫は周囲の男どもの視線を意識し、過度な緊張をしてしまったのか、声を上擦らせた。

 勇也も自らの失態を認めると自分の顔を殴りつけたくなるし、どうして俺はこんなに鈍感なんだと自虐的な気持ちにもなった。

 が、すぐに心を整えると、勇也は雫の心を解きほぐすように苦笑して見せる。

「それもそうだね。変に持ち上げるようなことを言って悪かったし、ホント無神経だったよ」

 勇也は頭の後ろに手を回しながら科を作るように言った。

 やっぱり、女の子の気持ちを操れるような言葉の匙加減は自分のような朴念仁にはできないみたいだと勇也も認める。
 こんな調子では、彼女は当分できそうにない。

 とはいえ、人生は長いし、自分はまだ成長期の段階にいる。なら、今は精進あるのみだし、そうすればいつかは女の子と付き合える日も来るだろう。

 その相手が雫だったら何も言うことはない。

「別に良いの……。自分に自信が持てない私が悪いんだから……。それに、柊君の言葉は女の子として素直に嬉しかったよ」

 雫はここだけはしっかりとした自分の意思を込めるように言ったので、勇也もほっと息を吐いて気を楽にする。

 雫との距離を縮めるには今日は絶好の機会だと思ったが、どうにも道は険しそうだった。でも、これにめげることなく、もっと挑戦していこう。

 そうすれば、光明は必ず訪れる。

「なら良いんだ。俺も武弘みたいな美男子だったら、心を大きくして宮雲さんの隣に並べるのになー」

 勇也は鼻先がむず痒くなるのを感じながら言った。

「そんな風に思わなくても大丈夫だよ……。私は今のままの柊君が一番、格好良いって思ってるから……。だから、無理に武弘君と比べることはないよ」

 最後の言葉だけは、やはり雫には似合わない強い意志が籠っているように感じられた。

「そうかな。宮雲さんと武弘は誰も知らない人たちから見たらお似合いのカップルに思えるだろうし」

 己の愚昧さを自覚しつつも、勇也はまだウジウジしたことを言っていた。

「私は柊君とお似合いに見られたいよ……。どれだけ格好良くても、武弘君には恋愛感情は持てないし……」

「確かに武弘はあまりにも変わり者すぎるからな。あいつを恋愛対象として見れる女の子は、あいつのことをよく知らない新入生くらいなもんだ」

 同じ学年の女子生徒なら、武弘には寄り付きもしない。やはり、男は見た目だけでなく性格も大事だ。

「そうだね……。武弘君も私と同じように性格で損をしているかもしれないね……」

 雫が小さくクスッと笑ったのを見て、勇也も吊られるように微笑した。

「ああ。ま、武弘はともかく宮雲さんは今の性格で良いと思うよ。俺だけじゃなくて、みんなもそう思ってるはずだから」

「そうなら嬉しいな……」

 雫はどこかほっとしたような声で言ってから、ぎこちない笑みを浮かべた。

 勇也と雫がそんなやり取りをしていると、姿が見えなかった武弘が、ここに来てようやく顔を見せる。
 勇也はどこをほっつき歩いていたんだと文句を言いたくなった。

「待たせたな勇也。プールに浸かる前に水分補給をしておこうと思ったから、飲み物を買ってきてやったぞ」

 武弘はペットボトルを両手に抱えながらやって来た。

 何も言わずに姿を消したと思ったら、飲み物を買いに行ってくれていたのか。マメな奴だなと勇也も思う。

「ありがたいね。こういう気配りができるところが、俺とは違うんだよなー」

 悔しいが頭の回転の良さでは完全に武弘に軍配を上げるしかないな。

「かもしれんな。ま、プールは意外と日差しがキツイし、熱中症には気をつけなければならん。だから、一本、飲んでおけ」

 そう言って、武弘は勇也の手に水滴のしたたるスポーツドリンクを押しつけてきた。

「サンキュー」

 そう礼を言ってペットボトル受け取ると、勇也は眩しい光を放つ太陽を見上げながら喉にスポーツドリンクを流し込む。

 たちまち心が爽快感で満ち溢れたし、視線の先にある空の蒼さも良い感じだ。

 勇也はあっという間にペットボトルの中身を空にすると、勢い込むように肩をぐるりと回して見せる。

 体のコンディションは極めて良好だったし、改めてここにいないネコマタに感謝したくなった。

「さてと、水分補給も済んだことだし、思いっきり泳ぐことにするか。今日という日の時間は無駄にしたくない」

 プールサイドで読書をするような珍妙な趣味はないし、気持ちの良い水の中で思う存分、体を動かしてやる。

「ちょっと待て。準備体操がまだだぞ。それをやらずに、プールに入るなんて自殺行為も良いところだ」

 武弘が引き留めるように勇也の肩を掴む。これには、勇也も反射的に武弘の手をパシッと叩き落とした。

 自殺行為なんて、さすがに大袈裟すぎるだろ……。

「小学生じゃあるまいし、レジャープールでそんなことをする高校生がいるかっ!」

 勇也はバカバカしいと一蹴するように言った。

「それはそうだが、水には得てして危険が付きものだし、俺はしっかりと準備体操をやらせてもらうぞ」

 そう言うと、変なところで融通の利かない武弘は見ていて恥ずかしくなる準備体操をやり始める。

 それを見ていると勇也も他人の振りをしたくなるが、武弘に倣って軽い屈伸運動だけはしておいた。

「ご主人様。どちらが速く泳げるか競争しませんか。私が負けたら、今夜の夕食はカップラーメンで我慢します」

 武弘に代わって話しかけてきたイリアはいつになく挑発的な態度で勝負を持ちかけてくる。

 勇也もギャンブラーの父の血を引く無類の勝負好きなので、イリアの発破をかけるような言葉に乗らないわけにはいかなかった。

「それは良い勝負だな。その代わり、俺が負けたら今夜の夕食は出前の寿司を取ってやるよ」

 勇也も身体能力で自分がイリアに勝てるわけはないと思っていたが、イリアが泳ぐのが下手なカナヅチであれば勝機はあると思い直して、そう受けて立った。

「日本とくれば寿司ですし、私も楽しみです。では、行きますよー!」

 そう言うと、イリアはまるで水を得た魚のようにプールの中へと飛び込んだ。


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