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エピソード14 伝説の神剣
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〈エピソード14 伝説の神剣〉
勇也とイリアはコンビニで満足感の得られない昼食を買って食べた後、一際、立派な神社の境内に辿り着いた。
緩やかな参道を抜けた先にある境内は整然とした石畳になっていて、その上には落ち葉一つなく、思わず感嘆してしまうような壮麗さを見せている。
その奥にある本殿からも荘厳な空気が発せられているし、それをひしひしと感じると自然と身も心も引き締まる。
神の御座す場所としてはこの神社はもっとも相応しく思えた。
ちなみに、上八木市には神社や寺が多いことで有名だが、二人のいる草薙神社はその中でも三本の指に入るほどの建物の大きさと知名度を誇っている。
特にこの神社の本殿にはあの有名な草薙の剣が奉納されているということもあり、その辺も知名度アップに貢献していた。
もっとも、この神社にある草薙の剣は写し、つまり良く出来たレプリカと言われていて、本物はやはり愛知県の名古屋市にある熱田神宮の正殿に収められていると言われている。
ただ、イリアはこの神社の本殿の中から今までで一番、強い神気が放たれているというのだ。
なので、勇也もさすがに本殿の中には入れないと思いつつも、一応、駄目もとで頼んでみることにした。
「やあ、柊君。今日もこの神社の紹介をしてくれるのかい?」
境内の掃き掃除をしていた袴姿の男性が勇也に声をかけてくる。向こうが勇也の名前を知っていた通り、勇也の方も男性のことを知っていた。
男性の名前は憶えていなかったが、宮司だったのは間違いない。ただ、それ以外に印象に残るものはなかった。
勇也はどう話せば本殿に入れるのか、心が否応なしに逸るのを感じながらぎこちない笑みを拵える。
「そんなところです。だから、本殿の中にある草薙の剣をちょっと撮影させてもらえませんか? 草薙の剣はPRの目玉にしたいもので」
勇也もこの神社の紹介をしたことは何度かあるのだが、本殿の中に立ち入ったことは一度もない。
神聖な場所だけにガードのようなものが堅いのだ。
中には勿体振りやがってと不満の声を露にする者もいたが、さすがに自分はそこまでの無遠慮さは見せられない。
「それは困るな。基本的に本殿への立ち入りは、特別な行事の時だけしか許してないし」
宮司の男性は頬をぼりぼりと掻いた。
別に勇也の申し出を煙たがっているわけではなく、純粋に宮司としての立場が吐き出させた言葉なのだろう。
勇也も無理を押し通すわけにはいかないなと分別を働かせる。
「PRはこの神社のためにもなることですし、そこを何とかできませんか?」
勇也は宮司の男性の立場も尊重しながら心苦しく頼んだ。
「そう言われてもね。それと、柊君は信じないかもしれないけど、最近の草薙の剣は様子がおかしいんだ」
「おかしいとは?」
「触ってもいないのに、剣の鞘がカタカタと震えたり、誰もいないのに剣のある場所から声が聞こえてきたりするんだよ」
宮司の男性は勇也を引き下がらせたいのか、おどろおどろしい声で言った。
「それは怖いですね」
明らかに強い神気の影響を受けているなと勇也は判断した。となると、何とかして草薙の剣を拝見したくなるが、上手い言葉がなかなか見つからない。
「ああ。父さんは自分の一族は神に近しい者だからそういう変化を感じ取れるって言うんだけど私は特別な力みたいなものは信じてないよ。宮司としては罰当たりな心構えだと思うけどね」
宮司の男性は一転して明るく笑うと、おどけたように肩を竦めた。
それを見て、勇也もこの神社にいる神に会うのは諦めるしかないと思った。何事も引き際が肝心だし。
そう心の中で呟いたその瞬間、他の声が割って入る。
「その通りじゃ。二人とも信心の足らない息子のことなど気にせず、草薙の剣を大いに拝見していきなさい」
そう言ったのは離れの社務所からやってきた僧服を着た老人だった。
「父さん!」
宮司の男性が弾かれたように声を上げる。すると、老人は自分の息子だという宮司の男性を鋭い眼差しで睨みつける。
これには宮司の男性も肩身が狭くなったような顔をした。
「この神社の宝物に興味を持ってくれた若人を追い返そうとするとは狭量な奴め。我が息子ながら嘆かわしいにもほどがある」
宮司の父親と思しき老人は怒気を発散すると、一転してにこやかに言葉を続ける。
「ささ、カギは開けるから、二人とも遠慮せずに本殿の中に入りなさい」
宮司の父親の言葉に促されるまま勇也とイリアは本殿の前に行き、宮司の父親が障子扉の鍵を開けると、その中に入った。
木造の本殿の中は外観の大きさに反してそれほど広くなく、質素な飾り付けがされているだけだった。
勇也も本殿に入ったのは初めてだったが、別に見ていて楽しい場所でもない。
だが、本殿の奥にある古式的な装飾が施された台座には一振りの剣が安置されていて、それは肌が粟立つような神々しい空気を醸し出していた。
ただの剣ではないことは一目で分かる。写しかもしれないとはいえ、やはり伝説に出てくる神剣と謳われるだけのことはあった。
勇也はイリアと共に剣の前に行くと宮司の父親の前でどう神と対話するか考え込む。
不思議な力に理解のあるお人のようだが、今までのような会話のスタイルを取って良いものかどうか。
勇也が悩んでいると、剣が何の前触れもなくカタカタと震え始めた。
「良くぞ、我が前に来た」
勇也はいきなり聞こえてきた声に我が耳を疑う。
もう神との会話には慣れているので、腰を抜かすような反応は見せなかったが、それでも体の芯にまで届く轟雷のような声は心臓に悪い。
今までのパターンを踏襲するなら、まず人型の霊が出てきてから話が始まるという感じだったから特にそうだ。
そのせいで、意表を突かれてしまった。
「えっ?」
勇也は面食らったような顔をする。人型の霊はいつ現れるんだと身構えていたが、現れる気配はない。
代わりに、カタカタと震える草薙の剣から不思議な響きを持った声が聞こえてくる。
「余計なことは語らなくても良い。我はずっと自分を扱うに相応しい人間と、力を振るう必要がある時が来るのを待っていた」
草薙の剣から聞こえてきた声は厳かであり、強い意志の力に満ち溢れていた。
「どういう意味なんだ?」
何だか要領を得ないような説明を聞いた勇也は自らの動揺を押し殺すと不躾な感じに尋ねる。
「この町に自然の流れに反して誕生した神たちが跳梁跋扈しているのは我も感じている。我自身も自然な物ではない神気を身に受け、神として顕現した次第だからな」
「それで?」
「このまま手をこまねいていては、神たちのせいでこの町の平和が失われるやも知れぬということだ。だからこそ、我はお前たちに力を貸そうと思う」
草薙の剣は勇也の身に訪れる困難な未来を見越しているかのように言った。
「でも、俺たちはそんなに大層な理由で動いているわけじゃないし、この町を救う気なんてさらさらないよ」
そう口にする勇也は自分の弱々しさが歯痒かった。
だが、神と戦うということは、イリアのような化け物を相手にするということだ。普通の人間がどうこうできる相手ではない。それは昨日の戦いで身に染みている。
あの力の差を覆させるだけの権能を草薙の剣が自分に与えられるというのなら話は変わってくるが。
「今はそれでも良い。だが、この町のことを真に案ずるのであれば、いずれ戦わなければならない時が来る。我はそのための力になろう」
「そんなことを言われても……」
勇也は一方通行な感じで話が進んでいくことに戸惑いを覚える。が、不思議と引き下がる気にはなれず、恐れつつも無意識の内に一歩、足を前に踏み出していた。
ここが勇気の見せどころだぞ。
「さあ、我を手に取るが良い、少年」
勇也が怯懦な態度を見せつつも前に進み出たのを見て取ったのか、草薙の剣はどこまでも高らかな声で言った。
「剣を扱うならイリアの方が良いんじゃないのか? イリアも神だし、その力は俺なんかとは比べ物にならないぞ」
勇也は揶揄するように言ったが、剣から聞こえてくる声は頑迷だった。
「女に剣を取らせるのは我が信念に反することだ。それに、我を手にすればそれだけで鬼神の如き強さを手に入れることができる。その力を欲しているのは、他ならぬお前ではないのか?」
その言葉に勇也は臓腑を掴まれたような錯覚に陥る。
確かに力は欲しい。昨日の戦いのようにイリアに守ってもらいながら何もできずに棒立ちというのは嫌だ。
戦いに身を投じるというのは途轍もなく怖いことだが、昨日のような戦いに再び巻き込まれないという保証はないし、やはり力は必要なのだろう。
ここで逃げていたら、人ならざるイリアとの暮らしは成り立たなくなるかもしれない。それは一番の恐怖のように思えた。
勇也は人間としての真価が試されていることをつぶさに感じながら胸を張る。
「何だかよく分からないが、力を貸してくれるって言うなら、ありがたく借りさせてもらうぞ」
勇也はしがらみを切り捨てるように言って、草薙の剣に手を伸ばす。力はあって困るものではないし、何事も恐れていては始まらない。だから、意を決して剣の柄を握った。
「それで良い」
その澄みきった言葉と同時に勇也は草薙の剣を持ち上げて見せる。
それから、自然な動作で剣を鞘から抜き放つと研ぎ澄まされたような刃が目に映ったし、勇也は全身に力が漲るような感覚にも襲われる。
これほどの力の流れを体の中で感じたことは未だかつて経験したことがない。
これが鬼神の如き力を得られるという草薙の剣か。確かに尋常ならざる力の迸りを感じ取ることができるな。
勇也は草薙の剣から与えられた万能感にもすぐに慣れる。
すると、何とも言えない充足感が胸に広がったし、まるで本物の神様にでもなったような気分だ。
この神社の人たちには申し訳ないが、この剣はもう手放したくないな。
そう思ってしまう魅力がこの剣にはあるし、草薙の剣は勇也の手の中にあるのがもっとも自然な状態だと公言しているようにも感じられる。
それはまさに清流の如き感情の流れだ。
とにかく、言葉など弄さずともこの剣の力は本物だし、これがあればどんな恐ろしい相手、それが神のような存在であっても立ち向かえる。
そう確信できるだけの力の奔流を感じ取ることができたし、やはり、この剣は紛れもない本当の神剣だった。
勇也は草薙の剣を一振りして、その刀身を本物の侍のような動作でスーッと鞘に納めた。
「ほっ、ほっ、ほっ。まさか草薙の剣に見初められる人物がこの時代にいたとは。久々に良いものを見せてもらったし、剣は持っていっても構わぬぞ。なーに、心配せずとも息子や他の宮司などには何も言わせはせぬよ」
神に近しい一族だという宮司の父親は勇也と草薙の剣のやり取りが全て聞こえていたのか、好々爺とした笑みを浮かべつつ満足そうに言った。
☆★☆
「こんにちは、ヴァンルフトです。現在、僕は日本の上八木市にいます。そこで神社やお寺などを見て回っています」
ヴァンルフトさんはメッセージの途中に神社や寺の写真を差し込んできた。
「やっぱり、欧州の空気を吸い過ぎたせいか、無性に日本の空気が恋しくなりまして。だから、思い切ってユウヤ君もいる上八木市の町を訪れることにしました」
ヴァンルフトさんがこの町にいるなら、直接、会うことも可能かもしれない。ちょっと緊張するが。
「にしても、上八木市は神社やお寺が多いですね。これが欧州だったら大小様々な教会が至る所に立っているようなものですよ」
欧州の町についてはよく知らないから、今一つイメージができないが。
「でも、実際には、そんなことはありません。日本には八百万の神がいるというだけあって、神社やお寺がたくさんあっても不自然さは全く感じないんですよね。そこは改めて凄いと思います」
確かにその言葉には頷けるものがあるな。調和というものを殊更、大切にするのが日本人の国民性なのかもしれない。
「ちなみに、僕はユウヤ君と会っても素性は明かしませんよ。明らかになることで、つまらなくなることもありますから」
でも、ヴァンルフトさんはテレビにも映ったことがある自分の顔を知ってるんだよな。向こうは知っているのに、こっちは知らないというのは、少しもどかしい。
「今後もユウヤ君とは気兼ねのない良好な関係を続けていきたいので、そこら辺は理解してくれると助かります。では、今日はこれで」
ヴァンルフトさんの顔は拝みたいが、その反面、そうすることを恐れている自分がいた。
勇也とイリアはコンビニで満足感の得られない昼食を買って食べた後、一際、立派な神社の境内に辿り着いた。
緩やかな参道を抜けた先にある境内は整然とした石畳になっていて、その上には落ち葉一つなく、思わず感嘆してしまうような壮麗さを見せている。
その奥にある本殿からも荘厳な空気が発せられているし、それをひしひしと感じると自然と身も心も引き締まる。
神の御座す場所としてはこの神社はもっとも相応しく思えた。
ちなみに、上八木市には神社や寺が多いことで有名だが、二人のいる草薙神社はその中でも三本の指に入るほどの建物の大きさと知名度を誇っている。
特にこの神社の本殿にはあの有名な草薙の剣が奉納されているということもあり、その辺も知名度アップに貢献していた。
もっとも、この神社にある草薙の剣は写し、つまり良く出来たレプリカと言われていて、本物はやはり愛知県の名古屋市にある熱田神宮の正殿に収められていると言われている。
ただ、イリアはこの神社の本殿の中から今までで一番、強い神気が放たれているというのだ。
なので、勇也もさすがに本殿の中には入れないと思いつつも、一応、駄目もとで頼んでみることにした。
「やあ、柊君。今日もこの神社の紹介をしてくれるのかい?」
境内の掃き掃除をしていた袴姿の男性が勇也に声をかけてくる。向こうが勇也の名前を知っていた通り、勇也の方も男性のことを知っていた。
男性の名前は憶えていなかったが、宮司だったのは間違いない。ただ、それ以外に印象に残るものはなかった。
勇也はどう話せば本殿に入れるのか、心が否応なしに逸るのを感じながらぎこちない笑みを拵える。
「そんなところです。だから、本殿の中にある草薙の剣をちょっと撮影させてもらえませんか? 草薙の剣はPRの目玉にしたいもので」
勇也もこの神社の紹介をしたことは何度かあるのだが、本殿の中に立ち入ったことは一度もない。
神聖な場所だけにガードのようなものが堅いのだ。
中には勿体振りやがってと不満の声を露にする者もいたが、さすがに自分はそこまでの無遠慮さは見せられない。
「それは困るな。基本的に本殿への立ち入りは、特別な行事の時だけしか許してないし」
宮司の男性は頬をぼりぼりと掻いた。
別に勇也の申し出を煙たがっているわけではなく、純粋に宮司としての立場が吐き出させた言葉なのだろう。
勇也も無理を押し通すわけにはいかないなと分別を働かせる。
「PRはこの神社のためにもなることですし、そこを何とかできませんか?」
勇也は宮司の男性の立場も尊重しながら心苦しく頼んだ。
「そう言われてもね。それと、柊君は信じないかもしれないけど、最近の草薙の剣は様子がおかしいんだ」
「おかしいとは?」
「触ってもいないのに、剣の鞘がカタカタと震えたり、誰もいないのに剣のある場所から声が聞こえてきたりするんだよ」
宮司の男性は勇也を引き下がらせたいのか、おどろおどろしい声で言った。
「それは怖いですね」
明らかに強い神気の影響を受けているなと勇也は判断した。となると、何とかして草薙の剣を拝見したくなるが、上手い言葉がなかなか見つからない。
「ああ。父さんは自分の一族は神に近しい者だからそういう変化を感じ取れるって言うんだけど私は特別な力みたいなものは信じてないよ。宮司としては罰当たりな心構えだと思うけどね」
宮司の男性は一転して明るく笑うと、おどけたように肩を竦めた。
それを見て、勇也もこの神社にいる神に会うのは諦めるしかないと思った。何事も引き際が肝心だし。
そう心の中で呟いたその瞬間、他の声が割って入る。
「その通りじゃ。二人とも信心の足らない息子のことなど気にせず、草薙の剣を大いに拝見していきなさい」
そう言ったのは離れの社務所からやってきた僧服を着た老人だった。
「父さん!」
宮司の男性が弾かれたように声を上げる。すると、老人は自分の息子だという宮司の男性を鋭い眼差しで睨みつける。
これには宮司の男性も肩身が狭くなったような顔をした。
「この神社の宝物に興味を持ってくれた若人を追い返そうとするとは狭量な奴め。我が息子ながら嘆かわしいにもほどがある」
宮司の父親と思しき老人は怒気を発散すると、一転してにこやかに言葉を続ける。
「ささ、カギは開けるから、二人とも遠慮せずに本殿の中に入りなさい」
宮司の父親の言葉に促されるまま勇也とイリアは本殿の前に行き、宮司の父親が障子扉の鍵を開けると、その中に入った。
木造の本殿の中は外観の大きさに反してそれほど広くなく、質素な飾り付けがされているだけだった。
勇也も本殿に入ったのは初めてだったが、別に見ていて楽しい場所でもない。
だが、本殿の奥にある古式的な装飾が施された台座には一振りの剣が安置されていて、それは肌が粟立つような神々しい空気を醸し出していた。
ただの剣ではないことは一目で分かる。写しかもしれないとはいえ、やはり伝説に出てくる神剣と謳われるだけのことはあった。
勇也はイリアと共に剣の前に行くと宮司の父親の前でどう神と対話するか考え込む。
不思議な力に理解のあるお人のようだが、今までのような会話のスタイルを取って良いものかどうか。
勇也が悩んでいると、剣が何の前触れもなくカタカタと震え始めた。
「良くぞ、我が前に来た」
勇也はいきなり聞こえてきた声に我が耳を疑う。
もう神との会話には慣れているので、腰を抜かすような反応は見せなかったが、それでも体の芯にまで届く轟雷のような声は心臓に悪い。
今までのパターンを踏襲するなら、まず人型の霊が出てきてから話が始まるという感じだったから特にそうだ。
そのせいで、意表を突かれてしまった。
「えっ?」
勇也は面食らったような顔をする。人型の霊はいつ現れるんだと身構えていたが、現れる気配はない。
代わりに、カタカタと震える草薙の剣から不思議な響きを持った声が聞こえてくる。
「余計なことは語らなくても良い。我はずっと自分を扱うに相応しい人間と、力を振るう必要がある時が来るのを待っていた」
草薙の剣から聞こえてきた声は厳かであり、強い意志の力に満ち溢れていた。
「どういう意味なんだ?」
何だか要領を得ないような説明を聞いた勇也は自らの動揺を押し殺すと不躾な感じに尋ねる。
「この町に自然の流れに反して誕生した神たちが跳梁跋扈しているのは我も感じている。我自身も自然な物ではない神気を身に受け、神として顕現した次第だからな」
「それで?」
「このまま手をこまねいていては、神たちのせいでこの町の平和が失われるやも知れぬということだ。だからこそ、我はお前たちに力を貸そうと思う」
草薙の剣は勇也の身に訪れる困難な未来を見越しているかのように言った。
「でも、俺たちはそんなに大層な理由で動いているわけじゃないし、この町を救う気なんてさらさらないよ」
そう口にする勇也は自分の弱々しさが歯痒かった。
だが、神と戦うということは、イリアのような化け物を相手にするということだ。普通の人間がどうこうできる相手ではない。それは昨日の戦いで身に染みている。
あの力の差を覆させるだけの権能を草薙の剣が自分に与えられるというのなら話は変わってくるが。
「今はそれでも良い。だが、この町のことを真に案ずるのであれば、いずれ戦わなければならない時が来る。我はそのための力になろう」
「そんなことを言われても……」
勇也は一方通行な感じで話が進んでいくことに戸惑いを覚える。が、不思議と引き下がる気にはなれず、恐れつつも無意識の内に一歩、足を前に踏み出していた。
ここが勇気の見せどころだぞ。
「さあ、我を手に取るが良い、少年」
勇也が怯懦な態度を見せつつも前に進み出たのを見て取ったのか、草薙の剣はどこまでも高らかな声で言った。
「剣を扱うならイリアの方が良いんじゃないのか? イリアも神だし、その力は俺なんかとは比べ物にならないぞ」
勇也は揶揄するように言ったが、剣から聞こえてくる声は頑迷だった。
「女に剣を取らせるのは我が信念に反することだ。それに、我を手にすればそれだけで鬼神の如き強さを手に入れることができる。その力を欲しているのは、他ならぬお前ではないのか?」
その言葉に勇也は臓腑を掴まれたような錯覚に陥る。
確かに力は欲しい。昨日の戦いのようにイリアに守ってもらいながら何もできずに棒立ちというのは嫌だ。
戦いに身を投じるというのは途轍もなく怖いことだが、昨日のような戦いに再び巻き込まれないという保証はないし、やはり力は必要なのだろう。
ここで逃げていたら、人ならざるイリアとの暮らしは成り立たなくなるかもしれない。それは一番の恐怖のように思えた。
勇也は人間としての真価が試されていることをつぶさに感じながら胸を張る。
「何だかよく分からないが、力を貸してくれるって言うなら、ありがたく借りさせてもらうぞ」
勇也はしがらみを切り捨てるように言って、草薙の剣に手を伸ばす。力はあって困るものではないし、何事も恐れていては始まらない。だから、意を決して剣の柄を握った。
「それで良い」
その澄みきった言葉と同時に勇也は草薙の剣を持ち上げて見せる。
それから、自然な動作で剣を鞘から抜き放つと研ぎ澄まされたような刃が目に映ったし、勇也は全身に力が漲るような感覚にも襲われる。
これほどの力の流れを体の中で感じたことは未だかつて経験したことがない。
これが鬼神の如き力を得られるという草薙の剣か。確かに尋常ならざる力の迸りを感じ取ることができるな。
勇也は草薙の剣から与えられた万能感にもすぐに慣れる。
すると、何とも言えない充足感が胸に広がったし、まるで本物の神様にでもなったような気分だ。
この神社の人たちには申し訳ないが、この剣はもう手放したくないな。
そう思ってしまう魅力がこの剣にはあるし、草薙の剣は勇也の手の中にあるのがもっとも自然な状態だと公言しているようにも感じられる。
それはまさに清流の如き感情の流れだ。
とにかく、言葉など弄さずともこの剣の力は本物だし、これがあればどんな恐ろしい相手、それが神のような存在であっても立ち向かえる。
そう確信できるだけの力の奔流を感じ取ることができたし、やはり、この剣は紛れもない本当の神剣だった。
勇也は草薙の剣を一振りして、その刀身を本物の侍のような動作でスーッと鞘に納めた。
「ほっ、ほっ、ほっ。まさか草薙の剣に見初められる人物がこの時代にいたとは。久々に良いものを見せてもらったし、剣は持っていっても構わぬぞ。なーに、心配せずとも息子や他の宮司などには何も言わせはせぬよ」
神に近しい一族だという宮司の父親は勇也と草薙の剣のやり取りが全て聞こえていたのか、好々爺とした笑みを浮かべつつ満足そうに言った。
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「こんにちは、ヴァンルフトです。現在、僕は日本の上八木市にいます。そこで神社やお寺などを見て回っています」
ヴァンルフトさんはメッセージの途中に神社や寺の写真を差し込んできた。
「やっぱり、欧州の空気を吸い過ぎたせいか、無性に日本の空気が恋しくなりまして。だから、思い切ってユウヤ君もいる上八木市の町を訪れることにしました」
ヴァンルフトさんがこの町にいるなら、直接、会うことも可能かもしれない。ちょっと緊張するが。
「にしても、上八木市は神社やお寺が多いですね。これが欧州だったら大小様々な教会が至る所に立っているようなものですよ」
欧州の町についてはよく知らないから、今一つイメージができないが。
「でも、実際には、そんなことはありません。日本には八百万の神がいるというだけあって、神社やお寺がたくさんあっても不自然さは全く感じないんですよね。そこは改めて凄いと思います」
確かにその言葉には頷けるものがあるな。調和というものを殊更、大切にするのが日本人の国民性なのかもしれない。
「ちなみに、僕はユウヤ君と会っても素性は明かしませんよ。明らかになることで、つまらなくなることもありますから」
でも、ヴァンルフトさんはテレビにも映ったことがある自分の顔を知ってるんだよな。向こうは知っているのに、こっちは知らないというのは、少しもどかしい。
「今後もユウヤ君とは気兼ねのない良好な関係を続けていきたいので、そこら辺は理解してくれると助かります。では、今日はこれで」
ヴァンルフトさんの顔は拝みたいが、その反面、そうすることを恐れている自分がいた。
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