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エピソード7 正体不明の人間たちとの戦い

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〈エピソード7 正体不明の人間たちとの戦い〉

 本日の全てのPR活動が終了し、勇也とイリアは満足そうな顔で日脚の早い太陽が沈みかけている夕暮れの町を歩いていた。

 特に勇也は動画の視聴回数が二十四時間も経たない内に百万回を超えたのを見て、歓喜にも似た感情を抱く。

 撮影した動画の数は四つほどあるのだが、その全てが、その日の内にミリオンを達成することなど今まではなかった。

 この勢いを失うことなく視聴回数が伸びれば、いつもの何倍もの収入が一気に入って来る。

 なので、気分はまさにお金持ちだ。

 このままイリアの影響力を行使し続ければ今年中に借金を完済することも可能かもしれない。

 そうすれば、学費の高い大学にも通える目途がつく。必死にパートで働く母親の苦労も軽減できることだろう。

 生身の体を持ったイリアはまさしく金の成る木だし、イリアがいつまでも一緒にいてくれれば人生は順風満帆だ。

 今のところはイリアを手放す気には全くなれない。願わくば、この景気の良い状況がいつまでも続いて欲しいと思う。

 勇也がそんな甘い期待を抱いていると突如、イリアが緊張を孕んだ顔で身構えた。

「ご主人様、気を付けてください! 何やら怪しいオーラを放つ者たちに取り囲まれています」

 イリアの物騒な言葉を聞いて、勇也も蛇の巣でも見つけたかのような顔で周囲を警戒する。

 現在、勇也とイリアがいるのは田畑に囲まれた人通りが全くない道だ。建物らしきものはないし、視界も開けている。

 が、民家などがないだけに何かあっても、駆けつけてくれる人間はいないだろう。

 しかし、見る限りでは自分たち以外の姿はない。

 だとすると、イリアの目には自分の目には見えない何かが映っているということなのか?

「怪しいオーラだと。そりゃ、一体どういう意味だ?」

 勇也は今一つ状況が呑み込めずに裏返ったような声で尋ねる。

「詳しくは説明できませんが、私が持っている力とは性質の異なる力を持つ者たちがいるということです」

 イリアはすぐには意味が掴みかねるような説明をした。

「何だと?」

 それは人間なのかと問いかけたくなったその瞬間、薄闇の中から這い出てくるように黒のスーツを着込んだ男たちが五人ほど現れた。

 男たちは日差しの厳しい昼間ではないのに、皆、黒のサングラスをかけている。サングラス越しから放たれている視線も危うさそのもの。

 まるで、外国の映画に出てくる人の命の重みなど微塵も感じさせない人殺しをする冷徹なマフィアのようだ。

 いや、マフィアよりも影が感じられる怖さがある。

 そんな男たちの背後にはマントのようなもので自らの顔と体を覆い隠している人物が出現している。

 その人物の身長は二メートルを優に超えていて、見るからに腕っ節が強そうだった。

 更に男たちの傍には大型の犬のような動物も何匹かいた。

 その動物たちはまるで人間すら殺すこともあるドーベルマンのようだし、攻撃色の強さのようなものを窺わせる。

 マント姿の人物と大型の犬のような動物は黒服の男たちとは明らかに異なった雰囲気を漂わせていて、勇也の目には何とも不気味な存在に映った。

 兎にも角にも、隠れる場所などどこにもなかったはずなのに、勇也とイリアはいつの間にか異様な空気を発する者たちに取り囲まれていた。

 退路は完全に塞がれている。

 勇也はどう鑑みても友好的な連中には思えない者たちの出現に体中が総毛立つのを感じた。

 一体、何が始まろうとしているのだろうかと、胸の鼓動が早鐘のように鳴る。

「イリア・アルサントリスだな。痛い目に遇いたくなければ、我々と一緒に来てもらおうか」

 スーツ姿にサングラスをかけた物々しい雰囲気を発する男の一人が、そう命令口調で言った。

「何なんだ、あんたたちは?」

 突き刺すように問いかけたのは栃麺棒を食らった勇也だ。

 男たちからは隠しきれない殺気のようなものが滲み出ているし、下手なことを言えば自分の命がなくなるかもしれない。

 とはいえ、退いて見せても男たちの態度が軟化するとは思えないし、拙い駆け引きが通用するような相手ではなさそうだ。

 なら、とりあえず強気に出て、男たちの真意を少しでも良いから詳らかにするしかない。
 
 だが、そんな短絡的とも言える狙いはまるで通じなかった。

「答える義務はない。もし、我々の意向に逆らうというのなら実力行使をさせてもらうぞ」

 そうにべもなく言った男は手に野球で使うグローブに似た物を装着する。それは薄闇の中で鮮やかな光を発していた。

 勇也もてっきり拳銃でも取り出すのかと思っていたので、男たちが構える奇怪なグローブに視線が吸い寄せられる。

 徒手空拳を繰り出してくるような連中には見えないし、グローブの中にはメリケンでも仕込んでいるのだろうか。

「あなたたちに従うことはできません。実力行使がしたいのなら、どうぞご勝手に。ただし、痛い目を見るのはあなたたちの方だと思いますが」

 イリアは一歩も引くことなく豪気に言い放った。

 この火に油を注ぐような物言いには勇也も心臓の音が跳ね上がったし、やはり、穏便には事は進まないらしい。

 もう野となれ山となれだし、自分も腹を括って抵抗する意思を示すしかない。

 悪人から女の子を守るなんてできるはずがないと端からと決めつけては駄目だ。世の中には幾ら怖くても逃げてはいけない時がある。

 それが今なのだ。

 その結果、痛い目に遇っても、それはか弱い女の子を守るためだし、男としては仕方がないことだろう。

「なら、お前を強引に捕縛させてもらう」

 そう方針を切り替えるように言うと、男たちの背後にいたマント姿の人物が覆い隠していた姿を露にする。

 マントをバサッとはためかせて取り払ったその下から現れたのは石でできているような頑強そうな体だ。

 どう見ても人間の出で立ちではないし、何かの生き物のようにも思えない。

 石でできた木偶人形という表現が一番、的を得ていそうだが、そんなものが人間のように動いているのを見ては勇也もとてもではないが正気ではいられない。

 続いて、大型の犬のような動物もメキメキと体の筋肉を膨張させて、まるでライオンのような大きさの化け物に変貌する。
 口の中から見える鋭い牙は、人間の体など簡単に食い千切れるような凄みを兼ね備えていた。

 化け物はこの世のどんな肉食獣より凶暴さを感じさせられるし、襲われたら丸腰の人間などあっという間に肉の塊にされてしまいそうだ。

 勇也は常識では推し量れないような化け物たちを見て、大きく戦慄してしまう。この非現実的な化け物たちを従える連中は一体、何者だって言うんだ!

「人型のゴーレムに獣型のホムンクルスですか。随分と用意が良いようですね。もっとも、そうでなければ私に対抗することなどできませんが」

 イリアは男たちに使われているような化け物に関して知識があるのか、こめかみの辺りから一滴の汗を垂らしながら言った。

「殺す気で攻撃しても構わん、行け!」
 
 スーツ姿の男が放った言葉が合図になったかのように、イリアから言われた人型のゴーレムと獣型のホムンクルスが見えない檻から解き放たれたかのようにこちらへと迫ってくる。

 その際、普段の生活では絶対に感じ取ることができない本物の殺気が津波のように押し寄せてきた。

 が、逃げようにも体は恐怖によって雁字搦めになり、足の方も地面に縫い留められている。

「ご主人様、絶対に私の傍から離れてはいけませんよ! ただ傍にさえいてくれれば、私が全てカタを付けて見せます!」

 イリアは何とも涼しげな表情でスタッと前へ進み出る。その横顔に恐怖という名の感情は一欠けらも見受けられない。

「でも、俺だって戦わないと……」

 女の子のイリアだけに任せて置ける状況ではない。

「大丈夫っ! 私はとっても強いですから、ご主人様もその強さを大船にでも乗った気持ちで信じていてください!」

 勇ましさを見せるイリアが勇也を庇うような態勢でそう言うと、その手にアニメの魔法少女が使うようなファンシーなステッキが忽然と出現する。

 ステッキの先端には水晶のようなものが付いていて、それがどれほどの力を秘めているのか淡い光を放っていた。

 それを見た勇也もそんなステッキで戦えるのかと不安が倍加する。その証拠に化け物たちが怖気づくような様子は全く見られない。

 剣や銃ならともかく、やはり、あのステッキで戦うのは無茶がある。その証拠に黒服の男たちもせせら笑っているではないか。

 勇也が固唾を呑んで見守る中、イリアがステッキの先端を襲い掛かって来た獣型のホムンクルスに向けると突如として巨大な火球が生まれる。
 それは爪を振り翳し、飛び上がって宙に浮いていた獣型のホムンクルスの体をすっぽりと包み込んだ。

 獣型のホムンクルスはあっという間に火だるまになり、悲鳴のような叫び声を上げながら地面をのたうち回る。

 炎は生き物のように執拗に絡みついて、獣型のホムンクルスの体を決して逃がさない。
 それから、獣型のホムンクルスは松明のように轟々と体を燃やしながら動かなくなった。

 その光景は凄惨としか言いようがないし、勇也もいつもは愛くるしいイリアにここまでの残酷な所業ができるとは予想だにしていなかった。

 残った二匹の獣型のホムンクルスはイリアの力を脅威だと見て取ったのか、襲い掛かるタイミングを計るようにイリアの周りを練り歩く。

 まるで野生の獣のような警戒心に満ちた足取りだ。

 そして、勝機を見出したのか、二匹の獣型のホムンクルスは、それぞれ違う角度から絶妙とも言えるタイミングでイリアに飛びかかった。

 人間の体など簡単に切断できそうなサバイバルナイフのような爪が猛然とイリアに振り下ろされる。

 事実、狙われたのが勇也だったら、魚のように三枚に下ろされていたことだろう。

 が、イリアはその連携攻撃をひらりと流麗な身のこなしでかわすと、追撃するように果敢に爪を振り下ろしてきた獣型のホムンクルスの攻撃をステッキでガッチリと受け止める。
 と、同時に獣型のホムンクルスの体を意外な力技を見せるように豪快に投げ飛ばした。

 その先には鋭い牙でイリアを咬み千切ろうと迫っていたもう一匹の獣型のホムンクルスがいた。
 互いに体をぶつからせた二匹の獣型のホムンクルスは縺れ合いながら地面を転がる。

 そんな二匹の獣型のホムンクルスに体を離す暇を与えず、イリアは先ほどよりも更に大きさを増した火球を放った。
 二匹の獣型のホムンクルスが地獄から呼び出されたような灼熱の炎に包み込まれる。

 炎は猛り狂うように燃え盛り、二匹の獣型のホムンクルスは見ている勇也が目を背けたくなるくらい藻掻き苦しんだ後、命の糸が切れたように動かなくなった。

 勇也はイリアの明らかに手馴れている凄絶な戦い振りを見て、思わず今のイリアは血も涙もない戦士だと言いたくなった。

「やはり大したことはありませんね。この程度の手勢で私を捕縛しようなんて、片腹痛いにもほどがあります」

 三体の獣型のホムンクルスを難なく屠ったイリアが自信を漲らせながら言うと、今度は自分が相手だとばかりに人型のゴーレムがイリアに猪突猛進な感じで迫る。

 人型のゴーレムは間合いを詰めると巨岩のような拳を突き出してきた。それは形のない空気をも砕くような勢いがあった。

 実際、生身の人間がその拳を食らえば肉は潰れ、骨はへし折られるだろう。

 致命傷は必至。

 それだけの破壊力を人型のゴーレムの拳は有しているはずだった。

 もっとも、イリアは普通の人間ではないし、人型のゴーレムの攻撃は素早く、それでいて華麗な身のこなしを見せるイリアに対してはあまりにも鈍重すぎた。

 イリアは当たれば必殺の威力を持つ人型のゴーレムの拳をしなやかな動きで余裕を持ってかわす。
 それから、すぐさま反撃に移るようにバチバチと火花を散らせながらスパークする光の玉をステッキの先端に作り出した。

 光の玉に相当、大きなエネルギーが込められていることは、ここにいる誰にとっても一目瞭然だった。

 あのダイナマイトの何倍も威力を生み出して見せそうだし、イリアの力を向けられたのが自分でなくて良かったと勇也も背中で汗を掻く。

 イリアはそんな破壊のエネルギーの塊とも言えるような光の玉を人型のゴーレムの胸部目がけて放つ。

 その速さは閃光の如しで、遅々とした人型のゴーレムが避けられるはずもない。

 光の玉の直撃を受けた人型のゴーレムの体はまるで内部から破裂するように爆発し、その体は跡形もなくバラバラに弾け飛んでしまった。

 それは頑強さを感じさせた人型のゴーレムにしてはあまりにも呆気ない最後だった。

 どうやら、人型のゴーレムも獣型のホムンクルスもイリアにとっては赤子の手を捻るように仕留められる雑魚にすぎなかったらしい。

 しかし、イリアにここまでの破格の強さがあったとことには驚きを禁じ得ない。

 自分の作った上八木イリアの設定にこんな百戦錬磨の如き強さはなかったはずだ。なのに、この修羅の如き戦い振りは何だろう。

 自分が付与した設定以上の何かがイリアには内包されているとでも言うのか。

 一方、人型のゴーレムが破壊されたことで周囲に粉塵が舞い散り、イリアの戦い振りを呆けたような顔で見ていた勇也の視界が遮られる。

 勇也は人知を超えたイリアの戦い振りを見て、ようやくこれまでに彼女の言っていたことが嘘偽りのない真実だということを悟った。

 今なら、イリアが銅像から生まれたという荒唐無稽な言葉も素直に信じられる。変に良識ぶってイリアの言葉に取り合おうとしなかった自分は馬鹿だった。

 これからはもう少し畏敬の念を持って接することにするかな、とも思う。

 粉塵が微風に乗って消えると、そこにはサングラスの上からでも分かるような狼狽え振りを見せている男たちがいた。

 男たちもまさかイリアがここまで強大な力を持っているとは予想していなかったのだろう。
 
 イリアへの恐れが、彼らの顔には色濃く浮かんでいる。

 そんな男たちは懐から袋のようなものを取り出すと、中にある白くてゴツゴツした塊を地面へとばら撒いた。

 何の意味がある行動だと勇也は訝ったが、その答えはすぐに出た。

 何と地面に撒かれた白い塊が見る見るうちに大きくなって、塊は不規則な形を作りながらプラモデルのパーツのように組み合わさっていく。

 そして、とうとう人の形を取った。

 それは生身の肉というものが徹底的に削ぎ落された骸骨の人間とでも言うべきか。テレビゲームならモンスターのスケルトンだ。

 その上、骸骨の人間は手に中世のヨーロッパにあるような剣と盾を所持していたし、まるで戦場に出る兵士だ。

 その表現が的を得ているように、骸骨の人間たちは十体以上も出現していた。みな剣と盾で武装している。

 これには勇也も悪い夢でも見ているような気持ちにさせられる。

 が、勇也の現実逃避を許さないように骸骨の人間たちは剣を振り翳してイリアに殺到するように襲い掛かる。

 それに対し、イリアは特に緊張した様子も見せずに、ステッキを横なぎに一振りした。

 すると、それなりの大きさを持った光の玉が機関銃のように打ち出される。

 その光の玉は骸骨の人間たちの剣や盾をボロ屑のように砕き、体の方も木っ端みじんに破壊する。

 それは見ているこっちが憐れみたくなるくらいの容赦のない攻撃だったし、その圧倒的な破壊力と全てを蹂躙するような勢いに骸骨の人間たちは成す術なく屠られるしかなかった。

 十体以上もいた骸骨の人間たちは、登場してから一分も立たないうちに戦いの場から悉く退場させられる羽目になる。

 骸骨の人間たちの幕引きはあまりにも外連味のないものだった。

 イリアの味方をしている勇也ですら、もう少し見せ場があっても良いのではないかと思えてしまうほどだ。

 骸骨の人間たちが殲滅させられたのを受け、スーツ姿の男たちの狼狽える様子もより一層、顕著になる。

 その唇は小刻みに震えていたし、どうやら、登場した時に持っていた彼らの強気な態度も所詮は見かけ倒しだったらしい。

 勇也も敵ながら男たちの心中はよく理解できた。

 はっきり言って相手が悪すぎたし、イリアの少女のような外見だけを見てその力量を想像してしまったのは、とんでもないミスだ。

 もっとも、勇也もイリアの女神としての力は信じていなかったし、男たちのことをとやかく言うことはできないが。

 それでも、男たちは逃げ出さずにその場に踏み留まる。

 まだ戦意を失わないのはさすがと言いたいところだが、それは男たちの状況を更に悪い方向へと動くように拍車をかけてしまう。

 男たちは手に装着している黒いグローブのようなものからイリアが見せたものよりだいぶ小ぶりの火球を放ってくる。

 グローブに付いていた水晶もやはり特別な力が備わっているのか赤く光り輝いていた。

 それに対し、イリアは何ら表情を変えることなく自分の周囲に薄い光の膜を張って見せる。
 
 男たちが放った火球は光りの膜にぶつかり次々と小規模の爆発を引き起こした。

 普通の人間なら大怪我どころでは済まないが、あいにくとイリアは普通ではない。

 それに男たちが引き起こした爆発は、イリアが人型のゴーレムを破壊した時の爆発とは比べるべくもない弱々しいものだ。

 まるで打ち上げ花火を人間に向かって当てているような迫力しかない。

 その証拠に、自身を覆っていた爆風と白煙の中から現れたイリアは全くの無傷で、その顔には不適とも言える笑みが浮かんでいた。

 男たちの攻撃は焼け石に水というやつだったらしい。

「あなたたちの力もこの程度ですか。では、こんなつまらない戦いはさっさと終わらせてしまいましょう!」

 イリアはそう宣言するように言うと、ステッキの先端に見ているだけで普通の人間なら意識が飛びかねないような特大の光の玉を作り出す。

 光の玉は人型のゴーレムを倒した時のものよりも遥かに大きく、それでいて目が眩むような激しいスパークを見せていた。

 伝わってくる波動のようなものも半端ではない。

 大気がイリアの力の高まりに呼応するかのように震撼していた。

 あんなものを食らったら脆弱な人間の体なんて一溜りもないと勇也も戦々恐々とするしかないし、それは標的にされている男たちも同じだろう。

 彼らも最初に持っていた平静さは完膚なきまでに消え去り、口を半開きにして愕然としている。
 足の方も肉食獣に狙われている小鹿のようにブルブルと震えていた。

 その様子は気の毒というより他ない。

 それもそのはず、イリアの背後に控えている安全なはずの勇也ですら震えが止まらないのだ。

 であれば、今のイリアがどれだけ鬼気迫る恐ろしい存在かは口にするまでもないだろう。

 そして、イリアが非情さを見せるように男たちに向かって特大の光の玉を放とうとすると、男たちもせめてもの抵抗とばかりに顔を庇うようにして身構える。

 それはまさに無駄な抵抗と言えたし、多勢に無勢の戦いを仕掛けてきた卑劣漢の男たちに神の鉄槌のような一撃が叩きつけられようとしていた。

 一方、その様子をハラハラと見守っていた勇也は相手が誰であれ人殺しはマズイと思い、イリアを止めようとする。

 安っぽい倫理観だとは自覚している。

 でも、どんな理由があろうと人殺しは駄目だ。

 イリアのような天真爛漫で可愛い女の子なら尚更だ。

 だが、口の筋肉が強張って何の言葉も発せられない。これには心の中で大きく舌打ちするしかなかった。

 何という肝の小ささだと己を罵りたくなる。

 が、そこへ、聞いたこともないようなハスキーな女性の声が響き、それは助け舟を欲していた勇也の耳朶を強く打った。

「そこまでよ。双方とも、攻撃の手を止めなさい」

 そう言って現れたのは凛とした雰囲気を漂わせるスーツ姿の女性だった。

 長く伸ばした豊かなブルネットの髪が特徴的で、顔の方は明らかな外国人。だが、まごうことなき二十台の美女そのもの。

 その上、バストは大きくスタイルも抜群とくれば、勇也が先程までの戦いも忘れて見取れてしまうのも無理はないというものだった。

「人払いの結界が張られているこの場所に平然と入って来れるということは、あなたもそこの黒服さんたちのお仲間ですね」

 イリアは確信を込めたように言った。

 それを聞いて、勇也は結界なんてものが張られていたのかと心の中で呟き、急いで辺りを見回す。

 街灯などない田畑に囲まれた道は日が完全に落ちてしまった今、月の光と燃え盛る炎だけが明りとなっていた。

 だが、あれだけの破壊音が轟けば、さすがに誰かが駆けつけてきてもよさそうなものだが、それがないとなるとやはり結界のようなものが張られているのだろう。

 超常的な現象にはすっかり慣れてしまったし、今更、結界という言葉くらいで誰かの正気を疑ったりすることはない。

 とにかく、自分の持っている常識はもう通用しないのだと勇也も痛感した。

「その通りだ。まあ、事情も話さずに強引な手段に打って出たのは謝るし、良かったら、場所を変えて私の話を聞いてみないか?」

 女性は男口調でそう提案してきた。

 その言葉に勇也も自分が心の底から安堵していることに気付く。

 自分の身が助かったことよりも、イリアが殺人鬼にならなくて済むことにほっとしていたのだ。

 我ながら人が良いと思う。

「どうします、ご主人様? 下手をすると敵地に足を踏み入れることになりそうですが……」

 イリアの心配はもっともだったが、勇也は不思議とこの女性は信じられるという根拠のない信頼を感じていた。

「あいにくと俺には分からないことが多すぎる。情報をくれるというなら、二度とこういう戦いに巻き込まれないためにも話は聞くしかないだろう」

 こんなことが何度も繰り返されたら、特別な力など持たない勇也は成す術なく殺されかねない。

 話すだけで事が済むなら安いものだろう。

「分かりました。私はご主人様の判断に従います」

 イリアは逡巡することなく首肯すると、自らが生み出したスパークする光の玉をあっさりと消失させた。

「話はまとまったようだな。では、駅前のビルの中に相応しい場所があるから、二人とも私についてきてくれ」

 女性はそうざっくばらんに言うと更に言葉を続ける。

「なに、取って食うつもりはないから、安心しろ」

 女性は堅くなっている勇也の目を見ながらそう言うと、余程の威厳を持っているのか手振りだけで黒服の男たちを下がらせる。
 それから、何とも軽やかな足取りで駅がある方角に向かって歩き出した。

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