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過去編 番外
その愛称には大事なものが欠けている
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撮りが終わって、撮影所から電車で自宅に帰ろうと支度をしていたら、彼がやってきて、一緒に車にのってかないか? と言う。
断るのもなんだしってついてくと、ふと、彼は思いついたように振り向いた。
「君って呼んでるのって、友達として違うと思うんだ」
まぁ確かに違うだろうな。
どう呼ばれても、俺が俺だってわかれば確かにいいけど、でも、ま、ちょっと気分がよくて気恥ずかしいかな?
なんて思いながらも足を進めてると、
「ニックネームだ! そうそれが大事だよ。友達だもんな。愛称が必要だよ」
いや、ただ――名前呼んでくれたらいいだけと思うんだけど。
もはや盛りあがっている彼をどう止めたらいいのかわからない。
「一発で君だってわかって、それでいてかわいいのがいいな」
なんでかわいいのなんだ? 俺はどうつっこんでいいかわからず、口をぱくぱくさせた。どう口をはさめばいいのかよくわからない。相変わらず爆走している。
「うーん、難しいな」
腕を組み考え込んでいる姿は秀麗で――なんかこんな人間離れした人が自分のなにかを考えてくれるのって役得な気がした。
俺って俗っぽいなと思いつつ――誰が考えてくれるでも、俺の俺自身のために考えてくれるんだったら嬉しいかな?
ま、ストーカーに考えられても嬉しくないけどな。やっぱり誰でもではないな。
そんなこんなしているうちに駐車場についた。
「単純に行こう、これがいい」
ぽんとひとつ手を打ち、俺の手を取る。
「なんだ?!」
慌てる俺。またなんか変な儀式なのか?
「リヴィアちゃん。それ君の愛称ね」
「リヴィアちゃん?」
「そう。リヴィアちゃん。これできまり、ね?」
俺には確かに役のリヴィアスみたいなコンプレックスはない。多分ないと思う。思うだけかもしれないけど、ないって思っていた。
「やめないか! なんでそこにスがないんだ? ス、スだよ、ス、スが大事だろうが!」
ついいろいろなことを忘れて、素で話して、はっと口元に手をあてたけれど、時すでに遅く、出てしまった言葉は戻せない。
「役のリヴィアスさまみたいだね。ははは。同一化しちゃってるよ」
「同化してない!」
「そっか……オレのつけた愛称、気に入らないんだ?」
しゅんとしょげた彼は凶悪にかわいらしかったが、何か違うということにだんだん最近気がついてきているのだ。
「……俺、からかって、おもしろいか?」
「え?」
「気の迷いじゃないと思うんだ。最近思うんだが――もしかして俺、からかわれているのか?」
一時停止したフェザントは、しばらく後、ふっと人の悪い笑みを浮かべた。
今までみせたことのない顔で俺は内心焦った。
地雷踏んだか?
「ふーん。そうかそうなんだ。ふーん」
まじまじと俺を見る。
怖い。怖いんだが、もはや引けない。
なんの気なしに、こんなこというんじゃなかった。冷や汗かいて、青ざめている俺に優雅に肩をすくめ、そしてまっすぐに見据えられた。
「君――リヴィアちゃん。そういうとこもまた楽しいから、許すよ。こんなに楽しいのは久しぶりだ。さ乗って」
俺はあまり車の種類に詳しくない。だがしかし、駐車場の薄暗い明かりの中でもわかる高級そうな車――その助手席のドアを優雅に開けて、俺に乗れと言う彼。
嫌だとか、怖いとかひとりで帰るとか口から出そうになる言葉たちを必死になだめた。
それは言えない。言ってはいけない雰囲気がする――
「この車にはいつもは誰ものせないけど、リヴィアちゃんは特別だよ」
なんなんだろう?
不可思議な笑みを浮かべて、俺をみる彼は、今までの彼とは違って見える。薄暗さがそう思わせているんだろうか?
「え? そ、それならムリに……」
「オレから誘ってるのに、ムリっておかしくないか? さあ、早く」
「あ、ああ」
なんとなく地獄に連れていかれそうな気がして――死神って、やっぱりこんな綺麗なのかな? とか、魅力的でついふらっとついて行ってしまうのかな?
生にしがみついたまま、離れないような魂もふらっとしてしまいそうな。いや、死は死だけどさ……うん、なんでこんな物騒な思考にとらわれているんだ?
座ろう――
別に何があるわけでもあるまいしさ。
しかしただ一言、どうしてもこれだけは言いたくて、とても座り心地の良い助手席に腰掛けながら、
「俺はリヴィアスだ」
と言った。
これは譲れない。譲りたくない。
やっぱり女名は嫌だ。それならまだポチとかミケとかタマのほうが、いいような気分になる――って、でもそういえば、そういわれたら、女性は人間だけど、犬猫は動物だ。
人間扱いより、動物のほうが?
違う。
問題がずれている――
ああ、どう呼ばれても、自分とわかればいいと確かに思ったけれど、しかし、違うんじゃないか?
「女でも、動物でもない、リヴィアスだ!」
あえて、強く主張しようと拳を握り締め、彼に言った。
「くくく。最高だ! もう我慢出来ない」
体を九の字に曲げて、笑いながら、ドアをしめる、彼、フェザント・クルベローヴァ。
少し空気が緩んだ。
ほっと息をつく。
「もってかえろうかな」
運転席に座り、エンジンをかけながら、わからないことを口走る彼――
「これなら家においていても、おもしろいかもしれない――」
「ん? 何か、持ちかえりたいものでもありましたか? 忘れたなら、とってきますけど?」
言葉を改めて、気軽に提案する。そんな俺を、目を見開いて見つめる彼。
「最高だ! まれにみる逸物だ」
何か何故か嬉しそうだ。でもま、嬉しいみたいだからいいか。忘れもの、いいのかな? 車、もう駐車場から出てしまってるけど――視線を後ろに向けながら思った。
ふと俺はこの高級車の中、浮いている庶民の自分を遅ればせながら確認した。この上等な革。ひっかいて傷が出来たら大事だ。
ああ、なんか俺が座っているがばっかりにしわがよって……当たり前じゃないか?
しかし、へんな型ついたらどう弁償していいんだか……どんな金額になるんだ?
なんで俺のっちゃったんだろ?
なんかハイテク機器ついてて、わかんないし。車――どんなに縁が遠くても、どうせ持つこともないしと、見ないようにしてたけど、少しくらい知っておけばよかった。多分これだろうと思うけれど、間違って壊したらと思うと触れない。
「リヴィアちゃん? リヴィアちゃん?」
「え?」
びくりと肩がうごく。
「別にとってくったりしないよ。思考にひたりきってるんだもんな。ふたりきりで車に乗ってるのに、オレひとり寂しいじゃないか」
「いや、凄い車だから」
「ああ、これ? ま、お気に入りだけどね」
と笑う。
「俺なんか乗って、大丈夫かな? と思って」
「はぁ?」
「粗忽だから、革に引っかき傷とかついたりとか、なんかへんな座り方して、この柔らかい革に変な癖つけてないだろうかとか――そんなこと思ってました」
本当にどうみても高価高価な高価だと主張しているような空間で。そりゃ彼には似合うかもしれないが、自分は無理だ。
浮いている。俺は完璧に浮いている。
いっそこの身も浮けば、皮にへんな皺とか型とかつけなくて済むのに。
「まぁ、特別注文の内装だけど――」
「やっぱり。やっぱりおります。おろしてください。ダメです。ああ、降り方がわからない。フェザントさん、どうやってあけるんですか? ここをこうであってますか? 適当な路肩につけてください。歩いて帰ってきますから」
ハンドル握りしめてる手がふるえている。
「……なぁ? オレを笑い殺すつもり?」
「俺は真剣です!」
「真剣だから笑えるのよ」
「笑わないで下さい。俺の真剣を」
何故笑われているのかさっぱりわからない。
「オレ本気で持ちかえりたい……」
「だからさっき、持ってきますっていいましたのに。まぁ、ここからでも別にとってきますよ? こんないい車に乗せてもらった御礼に、ですから、適当に止めてください。待ってていただけば、まだそんなに走ってませんから、すぐ行って帰れると思いますし」
そうだ、そうすればいいんだよ。
「何を持って来たらいいですか? 大丈夫ですよ、持ってきてちゃんと渡しますから」
とフェザントさんを見ると、笑いを堪えているようだった。
「ハンドル操作誤まりそうだよ。おかしすぎ。普通さ、何かモノとりに帰るなら今車に乗っているんだから車で道戻るよ。おかしいじゃないか? 罰ゲームなのか?」
「あ、そうか。さすが頭いいですね」
「…………」
無言の彼。
なんかおかしなこと言ったっけな?
「明日、オフだろ?」
俺のスケジュールまで覚えているのか。
「そうですね」
「オレもなんだ。オレんち泊まりにきなよ」
「え?」
「泊まっていくよね? はい、決まり」
なんでか知らないけど、もう泊まるのが決定みたいだ。
逃げるにも、車止めてくれそうにないし、どれが鍵かやはり教えてくれないし。なんかいっぱいあって、下手に触ると壊しそうで怖いし。多分これと思うけどが確信出来ないなら触れない。怖くて無理だ。
しかし、人の家に泊まり。
嬉しい――だろうか?
なんだか微妙だ。なんか変なカンジだ。
俺の自由意志はどこにあるんだろう? とも思うけど。
興味ないわけじゃないしな。スターの部屋。御宅拝見じゃないけどさ。俺聖人君主じゃないし。物見高すぎまではいかないけど、そこそこね。
むりやりこじ開けてみせろとは言う気ないけど、見せてくれるっていうなら、喜んで見ちゃうかな?
生活空間にいれてもらえるってなんとなく特別感がある気がする。
さっきは何か怖いかんじがしていたけれど、笑い倒した後いつものフェザントさんに戻った気がするし。
でも、こんなほいほいいれちゃって大丈夫なのかな?
俺が悪人ならどうするよ? 人信じすぎてはいけないよな。言うべきか?
そんなことをずっと迷っていた。
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