溜息しか出やしない

古部 鈴

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過去編 番外

友達ってなんだろうな

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      ◇ 
 売れない役者志望のかたまりの中から、ありがたいことに俺は抜けることが出来た。

 大衆に自分の名前が知られるくらいに有名っていうあの一握りの中に入れたのはこのシリーズのオーデションを受けたおかげだ。

 端役でももらえたらって思っていた俺だったけれど、度胸試しに受けた主役の王子さま役が当たったんだから、当の俺が一番びっくりしたさ。

 そして好きになる女性役や、側近の役などの華々しさに夢なんじゃないか? って思ったけれど、夢なんかじゃなくて。

 決まったら決まったでプレッシャーと、プロの素晴らしい演技と自分のどうしょうもないつたないさ、こなしている場数のなさにめげて。


 声の出し方から、普段から醸し出されているオーラっていうのかなんていうのかから、もう一般人の俺からは検出されないようなものを皆が当たり前に持っていて――

 服の着こなしかたとかも洗練されていて、ファンタジー世界の衣装でも違和感ってものがなくて……なんていえばいいのか、当たり前に皆スターだった。


 ま、がむしゃらに頑張ったけれど。気後れしているヒマもないし、落ち込んでいる余裕もそれにつかう力すらもったいないと、いっぱいいっぱいに頑張った。

 俺の為に遅れるのも、場がうまく保てないのもうまく表現できないのも、つらかったから。


「初々しいね」
 台本を握り締め食い入るように見つめて読んでいると、後ろから声が聞こえた。
「初めっから力いれすぎてると、こけるよ」

 振り向くと、そこには黒髪の美男子が立っていた。側近役のフェザントである。

 彼はすっごく顔形の造作も整っていて、体の均整もとれてて、すらっとしていて、王子様役したほうが絶対似合うタイプだ。野郎の顔にどうこういいたくないが、時々うっかり見とれそうなくらい綺麗だ。

 絵になるんだよな。

 ただ立ってるだけなのにさ。声もよいし、俺が女なら腰砕けだろうな。
 そうでなくても凄く突き抜けて怖いくらいに主一途なフェザント役してて、熱狂的なファンだらけの彼だけど。

 そんな彼は役を離れると途端カルくなる。
 衣装もそのままに、雰囲気ががらりと変わる。才能なんだろなと素直に俺は関心していたりする。


「しっかし、しゃかりきでさ。生真面目で。疲れないの?」

 初めは気を紛らわせてくれるために軽く話しかけてくれるんだろうと思っていたんだ。親切すぎるよなって思うが。

 邪魔し倒してる俺に、こんなふうに初めから話しかけてくれた人いなかったし。
 それが、また美麗なビッグネームのスター様なだけに、めちゃくちゃドキドキしたけど。


 どぎまぎしながら、でも失礼があったらダメだと思いながら――どう接していいのかわからなくなりつつも、手探りでかかわり、話をしていた。

 そんなだからこのときもすごく恐縮して、
「大丈夫です。いつも申し訳ないです。うまくいかなくて……」
 と、言葉を声に出したけれど今思っている、それまでからずっと思っている気持ちにその言葉程度では足りなくて、無性にもっともっと謝りたくて、無数に言い訳もしたくなったけど――ふと我に返って、した所でしかたないし、聞いて面白いことでもなし、逆に情けなく、聞き苦しいよなって気がついて止めた。

 そんな俺をどう思っているのか、
「オレはおもしろいからいいけど。こ慣れたヤツより意外性があっておもしろいよ、リヴィアスさま」
 といって、肩をたたいて笑いかけてくれた。

 ……けなされているんだろうか? 誉められているんだろうか?

 役を抜けたらリヴィアスさま呼ばわりはちょっとどうかと思う。
 どう伝えたらいいかな。

 どっちにしても、嫌なヤツって思われなかっただろうか?

 せっかく話しかけてくれているのに、気の利いたことも言えやしない――っていうか、何話したらいいんだ?


 俺が困惑に目をふせ、言葉を失ってると、
「オフに、一緒に遊びにいこうぜ」
 と唐突に彼が言い放った。
思いもしない言葉だった。

「いえ、そんな……いいのですか?」
 驚きに目を上げると、
「いいかげん慣れないとな。オレが話しかけるたびに固まってるんじゃ話にならないだろ?」
 と、笑う。

 ばれてる……あたりまえかと思いつつも、すごく恥ずかしくて居たたまれなくて、仕方がなくなった。
「……申し訳ありません」
 もうありきたりの謝罪の言葉しか出てこなくて、恥ずかしい。

 目をふせ、歯をかみしめる。そして、はっとしてその無意識の動作に気がついてどぎまぎする。

 こんなことしたら、目の前にいる相手だって、どうしていいかわからなくなってしまうじゃないか。
 だからといって、どう繕っていいかわからなくて、気だけが焦って。

 なんでうまくいかないんだろう。

 気さくに話かけてくれてるんだから、それに応じたらいいんだろうけど……どう言えばいいのだろう?


「が、頑張って慣れます!」
 とっさに脳裏に浮かんだ言葉を、そのまましかも意気込んで声にしてみたが――あまりの間抜けさに、頭をかかえたくなった。

 我ながら、これだからどうしようもない。


 本当にそんな俺が彼にどうみえているのか、
「なんかさ、やっぱりおもしろい。ははは君本当おもしろいや」
 と笑いながら、俺の両肩に手をおいて揺さぶる。白く長い指が俺の肩の上にあって。
 ぎゅっと掴んでいて。

 しかし、そう見えなかったけど、結構この人、コミュニケーション好きなんだな? って思った。

 しきりに肩をたたくかと思えば腕を俺の体にまわしてさ。近いし、めちゃくちゃ気恥ずかしいんだけど。
 顔が赤くなっていたらどうしようか。というか近すぎて顔をそらしてしまう。

 他の人相手にそんなことしている彼見たことないし――って思っていたら、まわしていた腕で俺を抱きしめる。

 びっくりして手にしていた台本が地に落ちた。

「な……?!」

 初めは、何か意図があるのかもとそのままにしておいたけれども、なんだかそれも違うような気がして、振りほどこうとするが、うまくいかない。

 彼のほうが俺より背が高いし、でもどこに筋肉がついてるんだって細身に見えるのに、力が強くて。
 なにより、これからかかわっていくはずの人間に、むちゃくちゃなこと出来ないし。

「あの……離して下さい……」
 彼は、俺が抗う力を適当にかわして、すこし腕を緩めて、俺の顔を見つめた。

 金茶色の瞳に吸いこまれそうで、俺はさっさと目をそらした。こんなところが、気が弱いっていわれる原因なんだろうな。

 間近すぎるほど間近で、息も触れ合いそうなぐらいの近さで、見つめられるって、なんか自分の中の底まで見られてしまいそうで動揺した。

 そしてこれが女の子ならとにかく、そりゃ、ふんわりしててあったかくていいにおいのする女性ならどっちかといえば抱きしめられてるより抱きしめたいけどさ。

 彼そりゃすっげー浮名ながしてるけど――当たり前に相手女だし。話半分でも、手当たり次第ってカンジ。
 人間で、しかも男だってわからないはずないし。
 まさか、犬とか猫とか何か動物と間違えてるのか?
 ないよな?

 こんなふうに人に抱きつかれたことなんか役以外なくて、衣擦れる音とか肌のあたたかさとか、滑るようなキレーな髪が顔にかかったりとか、高級そうな香りがしてとか――みじろぐと、よりなんだか混乱してしまう。どうしたらいいんだ!?
 しかしこのままいるのも何か違うし――違うよな?

 ビッグスターさんよう。スターさまのお気持ちは、凡人には何もわからないぜ。


 ひたと注がれるまなざしを感じながら、目をそらし、身じろいでいると、
「よし、決めた。トモダチになろうぜ」
 口を開いたと思えば、そんなわからないことを言う。

「なんですか? いきなり」
「トモダチだよ、知っているよね?」
 知らない訳ではない。ただ頭の中が真っ白になってしまった。

「フェザントさん?」
「トモダチって宣言してなるんだろ?」
 突拍子のない発言に目をあげた俺に、真面目な口調でいう彼。

 そういうものじゃない。そんなことされたら、恥ずかしい。
 俺がどういえばいいかわからなくなって、口をぱくぱくさせていると、
「オレいないんだよな。今、トモダチ」
 彼ははにかむように微笑み俺を見つめてくる。
「いないけど、君なら。君だったら。オレとトモダチになってくれる?」

 案外寂しいのだろうか? と思った。
 スターも人間には変わりないものな。友達だって欲しいよな。いないのかな?

 友達、友達か。

 俺はがむしゃらに役に入りすぎて、付き合い悪いし、言葉もうまくないから、もともとあまりいなかった友人すら減っちゃったけど。
 元々の仲間ともうまくいかなくなったし。カテゴリーから外れると、こういうことになるよな。なんかいろいろ悶々としたこともあったけど、あんまりヒマもないし。してもしかたないから、役に没頭したし。

 彼は俺みたいなタイプと違って、うまく渡りゆけそうに見えるんだけど、違うのだろうか?
 目に見えるものが全てではないか。まだかかわってそんなに時間たってないし。

 でもさ、彼って華やかなカンジがして、人に群れられているはずなんだよな。見えるそれだけが全てではないが。

 なんかそのままぽっと出の俺に伝えてしまうくらいなんだと思うと――出来るかぎり何か出来ることがあるのならしようと思った。(後で騙されたって思うんだけれど、どこまでも何もかも後の祭りだったけれど……) 

 相手はスターだからって、利用したいとかそんなのは思わなかったし、うーん。なんていうのかな? 嬉しかったんだ。吐露してくれた相手が俺ってことが。それに見合うって思ってくれたように思えて。
 ちょっと照れくさいけれど、本当にいいのか不安だけれど。

 どうして俺なのか? とか、俺なんかでいいのか? とか考えてしまうけど、なんか嬉しかったんだ。

 だけど、だけどさ……友達宣言は、勘弁して欲しい。

 君と僕とは友達だから……って、すっごく恥ずかしくないか?
 わざわざ口にするのって?

 俺の葛藤に気がつきもしないのか彼は、俺からの言葉を期待に満ちたまなざしで待っているようにみえる。

 普通ではありえない近さで、まだ抱きつかれたまま、赤くなって俯いて固まる俺。
 言うべきなのか? そんなの言葉で確認しあうものなのか?
 しないといけないものなのか?


「ははは、やっぱり生真面目だ。嫌なら断ればいいんだよ」
 軽くいってるような言葉に、失望を感じたような気がして、
「嫌じゃない!」
 と強く言った。

「そうか、いいのか」
 喜色をたたえて、彼が言う。
「もちろん」
 これで、宣言は勘弁してくれるだろうと思っていたら。

「ちゃんと、誓って」
「え?」
「誓うんだよ」
 神妙な顔つきで話す彼。

  助けてくれ。
 寒い。寒すぎないか? それって。
 何をどういうふうに誓うんだ?
しかも、友情って、こんなものなのか?
 俺の混乱した頭では、何も整理出来なくて――

 彼は抱きついていた腕を解いた。やっと解放されると思ったら、その手をおもむろに俺の両手に。さらにぎゅっと握り締める。
「なんなんだ?」
「誓いの儀式だよ」
 神妙な顔つきで真剣な声で話す彼。


 ――俺がからかわれていたことを知ったのは、それからしばらく後だった――
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