何故気づかない?

古部 鈴

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番外 これはお手ではなく、ただ触れただけだ

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     ◇
 私は思い悩んでいる。我が保護下の人間についてである。その名はアイサ。まだまだ幼い軽く小さい生き物だ。
 この私が保護しているからには、危険から守る事はもちろん、大事に大きく育つようにと心を砕いている。

 まだまだ小さく軽過ぎるアイサのため、狩りや採取をしたりもする。人間の姿をとることも出来るからな。
 いいとこどりをしながら、色々集めてたべさせて大きくしてやらないと。保護している私の役割だろう。



 そしてアイサには魔狼と人化した姿は別と思われている。匂いが同じなのに気が付きもしない。

 かなり臭覚が鈍いものだな。丸わかりだろうと思うのだが。

 人間だからな。そういうものなのかもしれん。気付いて欲しいものだが――
 

 私は飼い犬ではない。狼とすら思ってもらえていないが、魔狼である。

 アイサに、これが正真正銘の犬だと見せてみようかと思ったこともある。

 じくじくとざくっと私の自尊心を傷つけてくれる犬扱い、挙げ句の果てに飼い犬扱い。
 最早ずたずたのぼろぼろなプライドが疼いて疼いて仕方ない。
 犬ではない、私は犬ではないのだ。




 そう、この違いをアイサに理解出来るように、魔狼と犬を比較してみればと思わなくもないのだが、それは簡単にはいかない。
 犬なんて当たり前に私に怯えるのだ。当然だ。私は魔狼なのだから。
 そう、魔狼なのだから。


 
 魔狼の姿はもちろん、人型をとったところで、結局私は魔狼。
 大抵の魔物すら寄り付かないというのに、何故普通の犬が、私を恐れないだろうか。恐れない訳がない。怯え鳴き叫び、大変なことになるだろう。
 既に想像の中の犬は怯え鳴き叫んでいる。大惨事だ。


 それでも、無理やり引っ張ってくればどうにかなるだろう。きっと。かなり犬には迷惑な話だろうが。

 それを無理やりクリアしたとして、どうだ、明らかに違うだろう? と比較するにはやはり私も魔狼として横に並んだ方がいいだろうか。


 人型と魔狼を交互で出して、人型で犬を連れてきて、そしてそっと木陰で魔狼に変わって犬と並ぶか、それとも魔狼のままで犬を引っ張ってくるか。

 咥えて犬を連れてくる。

 捕食と間違えられそうだな。犬に。首根っこ噛み付いて連れてきたとしたら、よりただの食事みたいだな。
 別の絵柄になりそうだ。

 前者がいいだろう。逃げられないようにどこかにつないだ方がいいか。いや、つなぐならどちらもいけるのか。

 なんだか哀れだな。犬。

 いつも犬犬言われているからと言って八つ当たりしている訳ではないんだがな。

 想像上の犬はひたすら私に怯えている。視線をあわせず小さくなり、耳を寝かせ尻尾を脚の間に巻き込んで体を小刻みにふるわせている。

 強い生き物にならとにかく、弱々しい生き物にこれは厳しいだろう。

 そんな悲しくわびしい八つ当たりがしたい訳じゃないしな。こんなのはただの弱い物いじめにしか見えない。野犬に私と張り合う気概のあるようなやつがいればなんだがな。ないものねだりか。
 

 さてはて、といったところだが――

 だが、それでも両方犬扱いや、やはり犬扱いされたらもうお手上げにはならないだろうか?

 中々悩ましい。とても、悩ましい。

 魔狼なんだがなぁ。






目の前にアイサがいる。私に向けて声をかけてくる。最近はそれが目下の悩みだ。

「サーシェル、お手」
 聞こえないふりをしていたが、声が聞こえる。そう、最近アイサは私にそれを求めてくるのだ。

 勘弁して欲しい。

 最近のアイサのブームなのか、ひたすら私の前でお手といいながら、手を出してくる。

 私は困惑していた。どうしろというんだ? と途方にくれる。
 何をして欲しいかわからない私でもないが、何をしろというんだ?

 飼い犬がするあれだな。あれだよな。
 この私がか?
 この私にそれを求めるのか。



「お手」
 小首を傾げて見つめるアイサに何の悪意もない。欠片もない。

 ただそこには、してくれるかな? という期待の眼差し。

 なんてことだ。

 こんな小さな掌に私の脚を乗せろというのか? 潰れるぞ? まぁ潰しはしないが。私の保護下のものだ。私が潰す訳がない。

「サーシェル、お手」
 琥珀色の眼差しはどこまでも期待に満ちている。私は苦悶していた。
 望んでいるなら叶えてやりたいかと思うが、だがこれは…………。


 内心天を仰ぎ嘆息する。

 期待に満ちたアイサ。私の苦悩など全く気づくはずもない。


 私は地を見つめた。私が諦めればいいのだろうか?

 ちらりとアイサの瞳を見つめる。


 そこにはやはり期待しか見えない――お手して欲しいな。してくれるよね? という期待。
 何故この私に望むのか。


 飼い犬と思われているからだよな。



 私はそっぽを向いて前脚の先をちょんとアイサの手に触れさせた。
 そう触れただけだと自分に言い訳をして、ちょんと掌にそっと触れてすぐに離した。

 ふいと横を向く。ただ触れただけなのだ。

 これは断じてお手なるものではない。お手なるものではない。

 私が触れたら満面の喜色をたたえるアイサ。
「サーシェル、お手出来たね。賢いね、サーシェル」
 喜びに弾む声。

 お手ではなくて、ただ触れただけだ。アイサの掌に。
そうだ、そうなんだ。


 尻尾でアイサの気をそらして、お手、いや触れたことを忘れさせよう。
 
 アイサの目の前で大きく尻尾を振る。

 ほーら、忘れろ、忘れろ。
 
「サーシェル、くすぐったい、サーシェルったら」

 よし、気が逸れたか? 

 尻尾で遊んでいるな。とりあえず、忘れろ。忘れてくれ。



 犬は犬、魔狼は魔狼計画を実施すべきだろうか?
 いっそ打ち明けるか。
 魔狼だとうちあけても、犬だものとか言われたらどうしたらいいだろうか。
 まさか、それはあるまい。ないと思いたい。
 だが、やはり気づいて欲しい。

 悩ましいな。いつか、わかってはくれないだろうか。


       end












 






















     後書き

 お気に入りいれてくださった方ありがとうございます。しおりの方もありがとうございます。

 お気に入り入っている分は大体番外書いて言ってるしなで、考えていたらこうなりました。

 気がつくと、お手させてました。特に何も考えてませんでしたが、気がつくとお手させてました。恋愛要素絶滅しているかもですね。書いてるの私だからな。消滅したのかもですね。
 気長そうです。いや、まぁ種火くらいはあるかな?あるかもしれないし、ないかもしれない。

 ありがとうございましたなものです。読んでくださる方ありがとうございます。


 























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