36 / 39
番外編1・癇癪王子
しおりを挟む
その日、優雅な王城の一室はにわかに騒がしかった。
「聞いた?カミーユ様の癇癪……」
「ええ、ええ。いつも凄いけど、今回はよっぽどだったみたいよ。何を買い与えても収まらないって。一体何があったのかしら…」
花瓶と絵画で飾られた広い廊下の隅で、メイド達がヒソヒソと噂する。
カミーユというのはこの国の第二王子であり、現在の騒めきの原因でもあった。
「私、知ってるわ」
「まあ、本当?焦らさないで話してちょうだい」
「ええ。娘から聞いたの。ほら、カミーユ様って相当な女好きでしょう。だからこのお歳まで婚約者さえ決まらなくて……」
「でもそれももう終わりじゃない。聞いた話じゃ、一斉に娘達を集めて審査するとか」
「ふふ、そう。それがね、」
「貴方達!!」
話が盛り上がってきたところで、鋭く甲高い声がその場に響いた。
噂話に花を咲かせていたメイド達は同時に肩を跳ねさせ、恐る恐ると言うように振り向く。
そこには眉を釣り上げたメイド副長がベルを片手に佇んでおり、その怒肩を見て皆一様に顔を青くした。
「喋る暇があるのなら、洗濯室の手伝いでもしてきなさい。まったく、どうして真面目に業務ができないのかしら…」
「も、申し訳ありません」
「すみません……」
バツが悪そうに謝るメイド達にフンと鼻を鳴らしてみせると、釣り上がった眉を少しだけ下げ、「もういいから、いつもの業務に戻りなさい」と指示を出した。
気まずそうなメイド達はこれ幸いとその場から逃げ出し、結局、噂話の続きは誰にも語られることは無かった
「信じられないことばかりだ!!!!」
バンッ!と勢いのままに机を叩きつける。紅茶が若干カップから漏れ、机上の机に飛び散った。
「殿下、どうか落ち着いてください……落ち着いて……」
「これが落ち着いていられるか!!ああ、気に入らない!くそッ」
言いながら、近くの椅子を蹴飛ばす。その様を見て、傍に控えていた執事が困った顔をした。
「殿下……」
キラキラと光り輝く金色の髪と、怒りに染まって釣り上がった見事な碧眼を見ながら、「(こんなに綺麗なかんばせで……)」と、密かに残念に思う。主人に仕えてきて十数年間、数えきれないほどに考えたことだった。
____第二王子のカミーユといえば、容姿端麗、文武両道と名高く、また女性に優しいと評判の良い青年である。
今年18になる彼は学園でも生徒会に所属しており、そのため女生徒からの人気は相当なもので、彼のファンの中には、玉の輿を狙って本気で纏わりつく貴族平民の娘が途絶えないとの伝聞が回るほどだった。
しかし、それらはあくまで、彼のプライドに裏付けされた表の顔に過ぎない。
実態は、机や椅子に当たり散らし、使用人達に乱暴な物言いをする幼稚なお坊ちゃんでしかなかった。
正妃ではなく、国王の寵愛を受けたとある貴族の娘から生まれたカミーユは、王が愛した女性とそっくりな姿形で生まれたため、大変甘やかされて育ってきた。健康で優秀な第一王子がいたこともあるのだろう。欲しいと言って与えられなかったものはなく、また非常に美しい顔立ちをしていたため、人間関係においてもその法則は健在だった。
財力と、地位と、美しさ。
その全てを生まれ持ったせいか、わがままで、ナルシストで、癇癪持ちな性格に育ってしまったのだ。
「認めない!!僕は認めないぞ……」
「殿下、そうは言いましても、リルベール侯爵が娘はあくまでも婚約者候補ですから、どうしようもございません……」
「うるさい!!!ああ、もう!どうなってるんだ!ソフィア・リルベールは、美しいこの俺に一番相応しい娘だったのに!!!」
「殿下、ヘルヴァン伯爵のところの娘も気に入っていたではありませんか」
「あんなの、大輪の薔薇を引き立てるための雑草だ!」
とうとう紅茶の入ったカップをひっくり返す。ばしゃりと溢れた液体と広がる品の良い香りに、執事はため息を吐いた。
「絶対……絶対に……認めない……!!」
王子の癇癪は、いつまでも止みそうに無かった。
「聞いた?カミーユ様の癇癪……」
「ええ、ええ。いつも凄いけど、今回はよっぽどだったみたいよ。何を買い与えても収まらないって。一体何があったのかしら…」
花瓶と絵画で飾られた広い廊下の隅で、メイド達がヒソヒソと噂する。
カミーユというのはこの国の第二王子であり、現在の騒めきの原因でもあった。
「私、知ってるわ」
「まあ、本当?焦らさないで話してちょうだい」
「ええ。娘から聞いたの。ほら、カミーユ様って相当な女好きでしょう。だからこのお歳まで婚約者さえ決まらなくて……」
「でもそれももう終わりじゃない。聞いた話じゃ、一斉に娘達を集めて審査するとか」
「ふふ、そう。それがね、」
「貴方達!!」
話が盛り上がってきたところで、鋭く甲高い声がその場に響いた。
噂話に花を咲かせていたメイド達は同時に肩を跳ねさせ、恐る恐ると言うように振り向く。
そこには眉を釣り上げたメイド副長がベルを片手に佇んでおり、その怒肩を見て皆一様に顔を青くした。
「喋る暇があるのなら、洗濯室の手伝いでもしてきなさい。まったく、どうして真面目に業務ができないのかしら…」
「も、申し訳ありません」
「すみません……」
バツが悪そうに謝るメイド達にフンと鼻を鳴らしてみせると、釣り上がった眉を少しだけ下げ、「もういいから、いつもの業務に戻りなさい」と指示を出した。
気まずそうなメイド達はこれ幸いとその場から逃げ出し、結局、噂話の続きは誰にも語られることは無かった
「信じられないことばかりだ!!!!」
バンッ!と勢いのままに机を叩きつける。紅茶が若干カップから漏れ、机上の机に飛び散った。
「殿下、どうか落ち着いてください……落ち着いて……」
「これが落ち着いていられるか!!ああ、気に入らない!くそッ」
言いながら、近くの椅子を蹴飛ばす。その様を見て、傍に控えていた執事が困った顔をした。
「殿下……」
キラキラと光り輝く金色の髪と、怒りに染まって釣り上がった見事な碧眼を見ながら、「(こんなに綺麗なかんばせで……)」と、密かに残念に思う。主人に仕えてきて十数年間、数えきれないほどに考えたことだった。
____第二王子のカミーユといえば、容姿端麗、文武両道と名高く、また女性に優しいと評判の良い青年である。
今年18になる彼は学園でも生徒会に所属しており、そのため女生徒からの人気は相当なもので、彼のファンの中には、玉の輿を狙って本気で纏わりつく貴族平民の娘が途絶えないとの伝聞が回るほどだった。
しかし、それらはあくまで、彼のプライドに裏付けされた表の顔に過ぎない。
実態は、机や椅子に当たり散らし、使用人達に乱暴な物言いをする幼稚なお坊ちゃんでしかなかった。
正妃ではなく、国王の寵愛を受けたとある貴族の娘から生まれたカミーユは、王が愛した女性とそっくりな姿形で生まれたため、大変甘やかされて育ってきた。健康で優秀な第一王子がいたこともあるのだろう。欲しいと言って与えられなかったものはなく、また非常に美しい顔立ちをしていたため、人間関係においてもその法則は健在だった。
財力と、地位と、美しさ。
その全てを生まれ持ったせいか、わがままで、ナルシストで、癇癪持ちな性格に育ってしまったのだ。
「認めない!!僕は認めないぞ……」
「殿下、そうは言いましても、リルベール侯爵が娘はあくまでも婚約者候補ですから、どうしようもございません……」
「うるさい!!!ああ、もう!どうなってるんだ!ソフィア・リルベールは、美しいこの俺に一番相応しい娘だったのに!!!」
「殿下、ヘルヴァン伯爵のところの娘も気に入っていたではありませんか」
「あんなの、大輪の薔薇を引き立てるための雑草だ!」
とうとう紅茶の入ったカップをひっくり返す。ばしゃりと溢れた液体と広がる品の良い香りに、執事はため息を吐いた。
「絶対……絶対に……認めない……!!」
王子の癇癪は、いつまでも止みそうに無かった。
609
お気に入りに追加
1,651
あなたにおすすめの小説
【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。
誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。
でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。
「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」
アリシアは夫の愛を疑う。
小説家になろう様にも投稿しています。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】
青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。
そして気付いてしまったのです。
私が我慢する必要ありますか?
※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定!
コミックシーモア様にて12/25より配信されます。
コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。
リンク先
https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/
恋心を利用されている夫をそろそろ返してもらいます
しゃーりん
恋愛
ソランジュは婚約者のオーリオと結婚した。
オーリオには前から好きな人がいることをソランジュは知っていた。
だがその相手は王太子殿下の婚約者で今では王太子妃。
どんなに思っても結ばれることはない。
その恋心を王太子殿下に利用され、王太子妃にも利用されていることにオーリオは気づいていない。
妻であるソランジュとは最低限の会話だけ。無下にされることはないが好意的でもない。
そんな、いかにも政略結婚をした夫でも必要になったので返してもらうというお話です。
虐げられてる私のざまあ記録、ご覧になりますか?
リオール
恋愛
両親に虐げられ
姉に虐げられ
妹に虐げられ
そして婚約者にも虐げられ
公爵家が次女、ミレナは何をされてもいつも微笑んでいた。
虐げられてるのに、ひたすら耐えて笑みを絶やさない。
それをいいことに、彼女に近しい者は彼女を虐げ続けていた。
けれど彼らは知らない、誰も知らない。
彼女の笑顔の裏に隠された、彼女が抱える闇を──
そして今日も、彼女はひっそりと。
ざまあするのです。
そんな彼女の虐げざまあ記録……お読みになりますか?
=====
シリアスダークかと思わせて、そうではありません。虐げシーンはダークですが、ざまあシーンは……まあハチャメチャです。軽いのから重いのまで、スッキリ(?)ざまあ。
細かいことはあまり気にせずお読み下さい。
多分ハッピーエンド。
多分主人公だけはハッピーエンド。
あとは……
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。
しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。
相手は10歳年上の公爵ユーグンド。
昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。
しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。
それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。
実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。
国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。
無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる