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エピローグ9・お茶会に戻って

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* * *

「………と、言うわけで、ナタリーはお兄様との駆け落ち計画に失敗し、平民になることを選んだそうですよ」
「そんなことがあったなんて…全然知らなかったわ、私」

眉を下げて、複雑そうな表情を浮かべるソフィアに、レオンは苦笑いした。

「(しかも、逃げ出そうとした罰として、肩代わりしてくれるはずだった学園関係の慰謝料も上乗せされ、縁を切られたそうです、とは流石に言えないなあ)」

やはり姉はぬくぬく箱入りで育ってきたせいか、平民落ちに対して大層怯えており、たとえナタリー相手でもその境遇に置かれたことに同情の念を抱いているらしい。人の善意に触れてきた生活だったため、どうにも性善説だとか更生論だとかを信じてしまう人なのだ。この先の人生、苦労しそうな性格である。徹底的に貴族に向かないというか、まだ顔が美しいだけでマシだが、性格だけをピックアップして考えると、牧場経営者とかの方がよっぽど向いている。

「難儀ですねえ」
「そうね、ナタリーさん、きっとこの先苦労するわ…」
「えっ?ああ……そうですね」
「私もそろそろ本格的に第二王子の婚約者レースに駆り出されそうですし…憂鬱だわ、色々と」
「まあ僕はお姉様が勝つと思いますけどね」
「嫌だわ、私……結婚なんて……」

ナタリーと兄との色々を思い出しているのか、ますます陰鬱な雰囲気になったソフィアに、思わずレオンも頬を掻いた。義姉とあんないざこざがあれば、自身の結婚生活に不安を抱くのも仕方がない事だろう。というか不安になって当たり前だ。

目元に影を落とす姉を元気づけようと、レオンは話題転換のために口を開いた。

「お姉様」

しかし、その話題転換は、些か急過ぎたのかもしれない。

「なあに?レオン」

「僕、独立しようと思ってるんです」


一瞬で、その場の全ての動きが止まった。
シーン、と叩きつけた様な沈黙がその場にこだまする。
麗らかな春の日差しも、小鳥の囀りも、ティーカップを傾けていたソフィアの身体も、全てがその場でぴたりと静止し、雲の動きだけがやけに流麗だった。

再び動き出したのは、ソフィアが五回くらいの瞬きを終えた後のことである。

「………い、いま」
「はい。僕、独立しようと思います」
「お、い、家を出て?」
「はい。あ、縁を切るわけじゃありませんよ。侯爵の地位は多大なコネになりますし。ただ、自分のやりたいことをしたいんです。お兄様を支えるのでは無く」
「………………そ、そうなの……」
「はい。先ほどお話しした、お父様から任されているプロジェクトもそのための第一歩なんです」

涼しげな顔で、サラリと爆弾発言をするレオンにソフィアの顔が引き攣った。ようやく表情筋が脳みそに追いついてきたのだ。

「お、お父様も知っているのね……そっか…」
「はい」
「……あのね、びっくりしたけど、レオンが決めたことなら応援するわ。それに、レオンならきっと事業も上手くいくと思う。でも、その、なんていうか……ずっと一緒だったじゃない?だから、少し寂しいわ…」
「先ほどの話に戻るんですけど」
「えっ?」

唐突に口火をきったレオンに、思わず瞠目する。何から何まで頭が追いつかないソフィアに向かって、弟がにっこりと笑顔を向けた。


「僕と一緒に来ませんか?お姉様」


再び、世界から音が消えた。
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