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エピローグ8・決着
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「……………え?」
「そもそも、何故ここに来たんだ?もう僕と君の婚約を破棄することは決定事項で、君が我が家にした行為は到底許されるものではない。敷居を跨ぐ権利だってもう無い。謝りたいのであれば、まずは間接的な償いを全て終えてから、許しを得てソフィアに会うのが道理だ」
「え、え?え。え………まって、待ってアルフレッド」
「なんだ」
「ど、どうしちゃったの、急に……」
「急?」
「さっきも泣いてたし、なんか、疲れてるんだよ、ねえ…」
そう言うと、ナタリーはするりと身を寄せ、こちらに手を伸ばしてきた。ほぼ反射的にその手を避けると、目に見えて動揺が広がる。
今はそれさえも、忌々しく、滑稽なようにしか思えなかった。
「ナタリー」
名を呼ぶと、恐る恐ると言った感じで目を合わせてくる。頬を伝った涙を軽く拭いながら、蒼然とする彼女の表情を見つめ直した。
「君がどうしたかったのかは分からないが、僕はもう君のことが好きでは無いし、君のことも、自分のことも許せそうに無い。それだけでも理解してくれたら十分だ」
「………っ、なんで、そんな……っわ、私のことつい昨日まで信じ切ってたくせに!!真実知った途端手のひら返し!?」
「ああ、全くもってその通りだ。だが、君にだけは言われたく無いな。僕はこれから一生をかけてソフィアに償う。もう2度と兄と呼んでもらえなくても、それは変わらない」
「………っバカみたい。みんなソフィアソフィアって、結局あの女ばっかり……っ!せっかく嫁いできたのに、誰も、私のことなんか………っ」
肩を震わせて涙するナタリーの姿は、不思議と可哀想だとは思えなかった。しかし、彼女の本当の行いを知ってしまえば、それも当然のことだ。
ナタリーのこの先の人生は、貴族の生まれである自分が想像する以上に過酷なものになるだろう。それを彼女本人も分かっているから、こんな強行に出たのだ。彼女の涙は未来への絶望感の現れなのだろう。以前だったら抱きしめて、慰めていたのに、もう今は何も感じない。
自分の心から後悔以外の感情が消えた様な心地だった。
「ねえ……一緒に行きましょう……」
ナタリーの未来に思いを馳せていると、弱々しい声が耳に入ってくる。肩を震わせ、途切れ途切れに彼女が口にするのは、常人なら思いも寄らない提案だった。
「一緒に来て…愛してる……好きなの、貴方が……っ。アルフレッドと二人ならどこでだってやって行ける……例え平民になっても!」
「………それが目的で、こんなところまで来たのか」
「お願い……お願いします……一緒に…」
「断る。先ほども言った様に、この先の人生は恋だの愛だのではなく家族に捧げる。何より僕はもう君を愛していないから、どうなったって知らないし、関わりたくも無い」
再度はっきりと言葉にして伝えると、ナタリーは泣き崩れた。数時間もかけて寒い中を歩いてきて、最後の希望だと縋った男に捨てられるのは辛いだろう。しかし、ソフィアが苦しみ続けた数ヶ月はその痛みだけでは足りないのだ。
「………ナタリー、君にできることは、償うことだけだ。平民になって借金を返し終えれば、平凡な幸せも手に入るだろう」
「嫌……いやよそんなの……」
「今までありがとう。君のおかげで初めて恋を知れたし、それが碌でも無いものだとわかった。できればもう2度と会いたく無い」
くるりと背を向け、扉に向かう。後ろからはいつまでもナタリーの啜り泣く声が響き、その女々しい声が足元を擽るような居心地の悪さだった。しかし心は不思議な寂寞と、未練を断ち切れた清々しさに満ちていて、そんな声もどうでも良くなった。
自分のすることは決まっている。家の繁栄のためにこの身を尽くすことと、ソフィアを誰よりも幸せな女の子にすることだ。そうと決まれば、ナタリーに構ってジメジメしている暇はない。僕も一歩、前に進む時だろう。
「行かないで……アルフレッドぉ………」
後ろから聞こえてくる声を封じ込めるように、バタンと扉を閉じた。
「そもそも、何故ここに来たんだ?もう僕と君の婚約を破棄することは決定事項で、君が我が家にした行為は到底許されるものではない。敷居を跨ぐ権利だってもう無い。謝りたいのであれば、まずは間接的な償いを全て終えてから、許しを得てソフィアに会うのが道理だ」
「え、え?え。え………まって、待ってアルフレッド」
「なんだ」
「ど、どうしちゃったの、急に……」
「急?」
「さっきも泣いてたし、なんか、疲れてるんだよ、ねえ…」
そう言うと、ナタリーはするりと身を寄せ、こちらに手を伸ばしてきた。ほぼ反射的にその手を避けると、目に見えて動揺が広がる。
今はそれさえも、忌々しく、滑稽なようにしか思えなかった。
「ナタリー」
名を呼ぶと、恐る恐ると言った感じで目を合わせてくる。頬を伝った涙を軽く拭いながら、蒼然とする彼女の表情を見つめ直した。
「君がどうしたかったのかは分からないが、僕はもう君のことが好きでは無いし、君のことも、自分のことも許せそうに無い。それだけでも理解してくれたら十分だ」
「………っ、なんで、そんな……っわ、私のことつい昨日まで信じ切ってたくせに!!真実知った途端手のひら返し!?」
「ああ、全くもってその通りだ。だが、君にだけは言われたく無いな。僕はこれから一生をかけてソフィアに償う。もう2度と兄と呼んでもらえなくても、それは変わらない」
「………っバカみたい。みんなソフィアソフィアって、結局あの女ばっかり……っ!せっかく嫁いできたのに、誰も、私のことなんか………っ」
肩を震わせて涙するナタリーの姿は、不思議と可哀想だとは思えなかった。しかし、彼女の本当の行いを知ってしまえば、それも当然のことだ。
ナタリーのこの先の人生は、貴族の生まれである自分が想像する以上に過酷なものになるだろう。それを彼女本人も分かっているから、こんな強行に出たのだ。彼女の涙は未来への絶望感の現れなのだろう。以前だったら抱きしめて、慰めていたのに、もう今は何も感じない。
自分の心から後悔以外の感情が消えた様な心地だった。
「ねえ……一緒に行きましょう……」
ナタリーの未来に思いを馳せていると、弱々しい声が耳に入ってくる。肩を震わせ、途切れ途切れに彼女が口にするのは、常人なら思いも寄らない提案だった。
「一緒に来て…愛してる……好きなの、貴方が……っ。アルフレッドと二人ならどこでだってやって行ける……例え平民になっても!」
「………それが目的で、こんなところまで来たのか」
「お願い……お願いします……一緒に…」
「断る。先ほども言った様に、この先の人生は恋だの愛だのではなく家族に捧げる。何より僕はもう君を愛していないから、どうなったって知らないし、関わりたくも無い」
再度はっきりと言葉にして伝えると、ナタリーは泣き崩れた。数時間もかけて寒い中を歩いてきて、最後の希望だと縋った男に捨てられるのは辛いだろう。しかし、ソフィアが苦しみ続けた数ヶ月はその痛みだけでは足りないのだ。
「………ナタリー、君にできることは、償うことだけだ。平民になって借金を返し終えれば、平凡な幸せも手に入るだろう」
「嫌……いやよそんなの……」
「今までありがとう。君のおかげで初めて恋を知れたし、それが碌でも無いものだとわかった。できればもう2度と会いたく無い」
くるりと背を向け、扉に向かう。後ろからはいつまでもナタリーの啜り泣く声が響き、その女々しい声が足元を擽るような居心地の悪さだった。しかし心は不思議な寂寞と、未練を断ち切れた清々しさに満ちていて、そんな声もどうでも良くなった。
自分のすることは決まっている。家の繁栄のためにこの身を尽くすことと、ソフィアを誰よりも幸せな女の子にすることだ。そうと決まれば、ナタリーに構ってジメジメしている暇はない。僕も一歩、前に進む時だろう。
「行かないで……アルフレッドぉ………」
後ろから聞こえてくる声を封じ込めるように、バタンと扉を閉じた。
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