上 下
31 / 39

エピローグ6・アルフレッドとナタリー

しおりを挟む
思えば、ナタリーとの出会いは友人からの紹介で、運命的なものでもなんでもなかった。
同学年で、そこそこ爵位が高く、今後も付き合いがあるであろう間柄だったため、内心嫌々ながら引き受けた見合い話である。ナタリーの事前情報は何も無かったし、そもそも、そんなもの知ろうともしなかった。

しかし、その友人の顔を立てるつもりで何度か会う内に、少しずつ惹かれていったのだ。人為的で、ありがちな、物語なんて始まり様のない出会い方だろう。

けれど、彼女と自分の仲は運命だと信じていた。
今まで出会ってきた女性とは違う、素朴な笑顔も、会話の中で質問責めにしてこない穏やかさも、キツい香水ではない、甘い花のような香りも。全てが好ましく、また目新しく感じた。彼女となら穏やかで暖かな家庭を築けると思ったし、上手く折り合いをつけられると思った。

何より、彼女が好きだった。

恋というほど苛烈なものでは無いが、少しずつ積み重なっていく優しい愛情を持つことができていた。
今ならその中に多少の焦りもあったと自覚できるが、あの時はそういった焦りさえもアクセルにしかならず、共に暮らしたいと言う彼女に反対する意志は全くなかった。

自分の未来のために、最初の違和感を見逃したことが決定打だったのだろう。

小鳥の置物。あれは兄妹にとって思い出の品で、ソフィアがそれを後生大事にしていたことは勿論知っている。ソフィアの部屋を掃除しようとして間違えて壊してしまったと聞いた時は、流石に何かヒヤリとしたものが走ったが、涙ながらに謝るナタリーを突き放すことはできなかった。

_____気がつけば、それ以来ソフィアとナタリーの確執は深まる一方だった。
「お前なんて家族ではない」と言ったソフィアを目にして、ナタリーの方についた自分は正真正銘のバカだった。長年生活を共にしてした妹の性格なんて分かりきっていたのに、どうしてか、ナタリーの言葉ばかりに耳を傾けてしまった。いや、どうしてかなんて分かりきっている。ナタリーのことが好きで、手放したく無かったからだ。それに、一度ナタリーの味方についた手前、引き返すことも出来なくなっていた。

愚かなことに、ナタリーのことを、信じ切っていた。
だからこそ、あの食事会の中で、驚愕し、後悔し、自己嫌悪に呑まれた。窓から刺す陽光を見事に反射したカナリアの刺繍は、トラウマの様に脳に焼き付いている。
絶句した。最初から最後まで、全てが嘘であってほしいとさえ思った。けれど、ソフィアの無実を知って、どことなく安堵している兄としての自分もいた。同じくナタリーの行いを知って、愛する彼女への裏切りに絶望する自分と、浅ましい彼女を嫌悪する自分がいた。ナタリーのことを信じていたくせに、真実を知った途端にスッと潮が引いていくような冷たさが心に満ちた。あんなにも、恋に溺れて妹を苦しめていたのに。
自分で自分の矛盾を分かっていながら、それが全て本心なのだから手に負えない。

_____きっと、これがナタリーとの関係に答えを見つけるチャンスなのだろう。

正直、会って顔を見てどう言ったふうに自分が揺らぐのか、予想できなかった。

涙ながらに懇願され、謝られて、それでも揺らがずに、今まで愛した女性を切り捨てることが出来るだろうか。


例えそれが、悪魔だったとしても。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました

夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、 そなたとサミュエルは離縁をし サミュエルは新しい妃を迎えて 世継ぎを作ることとする。」 陛下が夫に出すという条件を 事前に聞かされた事により わたくしの心は粉々に砕けました。 わたくしを愛していないあなたに対して わたくしが出来ることは〇〇だけです…

【完結】種馬の分際で愛人を家に連れて来るなんて一体何様なのかしら?

夢見 歩
恋愛
頭を空っぽにしてお読み下さい。

【短編】可愛い妹の子が欲しいと婚約破棄されました。失敗品の私はどうなっても構わないのですか?

五月ふう
恋愛
「お姉様。やっぱりシトラ様は、お姉様ではなく私の子供が産みたいって!」 エレリアの5歳下の妹ビアナ・シューベルはエレリアの婚約者であるシトラ・ガイゼルの腕を組んでそう言った。 父親にとって失敗作の娘であるエレリアと、宝物であるビアナ。妹はいつもエレリアから大切なものを奪うのだ。 ねぇ、そんなの許せないよ?

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】高嶺の花がいなくなった日。

恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。 清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。 婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。 ※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。

正当な権利ですので。

しゃーりん
恋愛
歳の差43歳。  18歳の伯爵令嬢セレーネは老公爵オズワルドと結婚した。 2年半後、オズワルドは亡くなり、セレーネとセレーネが産んだ子供が爵位も財産も全て手に入れた。 遠い親戚は反発するが、セレーネは妻であっただけではなく公爵家の籍にも入っていたため正当な権利があった。 再婚したセレーネは穏やかな幸せを手に入れていたが、10年後に子供の出生とオズワルドとの本当の関係が噂になるというお話です。

このままだと身の危険を感じるので大人しい令嬢を演じるのをやめます!

夢見 歩
恋愛
「きゃあァァァァァァっ!!!!!」 自分の体が宙に浮くのと同時に、背後から大きな叫び声が聞こえた。 私は「なんで貴方が叫んでるのよ」と頭の中で考えながらも、身体が地面に近づいていくのを感じて衝撃に備えて目を瞑った。 覚悟はしていたものの衝撃はとても強くて息が詰まるような感覚に陥り、痛みに耐えきれず意識を失った。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ この物語は内気な婚約者を演じていた令嬢が苛烈な本性を現し、自分らしさを曝け出す成長を描いたものである。

処理中です...