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エピローグ3・その後のナタリー
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* * *
リルベール侯爵家が出ていった後、ナタリーの胸にはふつふつとした怒りが湧いていた。
_____騙された。頭に思い浮かぶのはその一言に尽きる。
思えば最初からおかしかった。
席のセッティングの関係で少し二人きりで待って欲しいと言われ、ソフィアと別室に通された後、いつも怯えてばかりのアイツがやけに反抗的で。それにカッとなって多少言い返しはしたし、いつも通りあの木偶の坊を馬鹿にしたりもした。でもまさか、やけに言い返してくるアイツの目的が会話を長引かせることだなんて思いもよらなかったし、聞かれているなんて考えもしなかった。あのシスコンが自分とソフィアを二人きりにした時点で、警戒すべきだった。違和感を、感じ取らなければいけなかった。
その後のことはもう、思い出したくもない。
自分を信じ切っていたアルフレッドのあの冷たい瞳も、義両親の怪物を見るような目も、実の親からの罵詈雑言も。
____大体、自分の娘よりもポッと出の入り嫁を信じていた癖に、真実を知った途端手のひら返しで、ああイラつく。
いや、一番はそう、あの二人。
レオンとソフィア。ナタリーがどんなに弱気な顔をしても口八丁で丸め込もうとしても通じなかった義弟は、何故かソフィアにだけ心を砕き、優しい笑顔を見せている。だから、欲しくなった。思ったよりもつまらないアルフレッドと違って女慣れしてそうだし、顔もやや線が細いが好みだった。それもあって余計にソフィアが気に食わないし、レオンの態度も気に食わなかった。まさか、あの二人が手を組んで自分を陥れるだなんて普通思わない。
ジンジンと痛む頬を抑えながら、堪えようの無い苛立ちに頭を掻きむしりたくなる。
油断した。騙された。いじめられた。陥れられた。裏切られた。
そんな思いばかりが胸に広がり、ナタリーは無意識にギリギリと歯を食いしばった。
しかし、食事会の後、子爵家で行われた話し合いこそが、ナタリーにとって本当の地獄であった。
馬車の中は両親もナタリーも、お互い無言だった。
沈黙がこだまする中、大した距離でもない子爵邸を小窓から見て「やっと…」と思うほどの体感時間である。
逃げるように我先にと屋敷に足を踏み入れたナタリーは、真っ先に自室へと向かった。
「おい」
しばらく自室で休んでいると、どんどんどん、と重いノック音が響いた。
「おい!」
「うるっさい。なに?」
「なにもどうしたもない。奥様がお呼びだ」
「は?アンタ、使用人でしょ。自分の立場分かって口聞いてんの?」
「それはこちらのセリフだ。侵入者扱いしないだげまだマシと思え。良いから下に降りろ」
「はあっ?」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らす男にカッと怒りが湧いてきたが、それよりも後半の言葉に背筋を冷やした。侵入者?母が自分を呼んでいる?
____嫌な予感しかしなかった。
「………………(なんで、こんなことに)」
グルグルとそんな言葉ばかりが廻る頭で一階のロビーに行くと、大きな机に二つの人影が見えた。もちろんそれは両親で、二人は見たこともないほど険しい顔を携え、揃ってナタリーを待ち構えている。
「……席につきなさい」
先の食事会とは打って変わって、不気味なほど静かな父親がそう促す。冷や汗をかきながら、言われるがままに二人の向かいに腰をかけると、ナタリーは膝の上で拳を握りしめ、首を俯かせた。剣呑な二人の表情を見ていられなかった。
「ナタリー」
「は、…はい」
「お前にはいくつか、選択肢をやろうと思う」
その先は、聞きたくなかった。
侯爵家を敵に回した子爵家の娘の末路なんて、わかり切っていたからだ。
しかしナタリーを置き去りにして、父親は存外滑らかにその選択肢とやらを提示した。
「平民になるか、異国の貴族に嫁ぐか、…………身体を売るかだ」
リルベール侯爵家が出ていった後、ナタリーの胸にはふつふつとした怒りが湧いていた。
_____騙された。頭に思い浮かぶのはその一言に尽きる。
思えば最初からおかしかった。
席のセッティングの関係で少し二人きりで待って欲しいと言われ、ソフィアと別室に通された後、いつも怯えてばかりのアイツがやけに反抗的で。それにカッとなって多少言い返しはしたし、いつも通りあの木偶の坊を馬鹿にしたりもした。でもまさか、やけに言い返してくるアイツの目的が会話を長引かせることだなんて思いもよらなかったし、聞かれているなんて考えもしなかった。あのシスコンが自分とソフィアを二人きりにした時点で、警戒すべきだった。違和感を、感じ取らなければいけなかった。
その後のことはもう、思い出したくもない。
自分を信じ切っていたアルフレッドのあの冷たい瞳も、義両親の怪物を見るような目も、実の親からの罵詈雑言も。
____大体、自分の娘よりもポッと出の入り嫁を信じていた癖に、真実を知った途端手のひら返しで、ああイラつく。
いや、一番はそう、あの二人。
レオンとソフィア。ナタリーがどんなに弱気な顔をしても口八丁で丸め込もうとしても通じなかった義弟は、何故かソフィアにだけ心を砕き、優しい笑顔を見せている。だから、欲しくなった。思ったよりもつまらないアルフレッドと違って女慣れしてそうだし、顔もやや線が細いが好みだった。それもあって余計にソフィアが気に食わないし、レオンの態度も気に食わなかった。まさか、あの二人が手を組んで自分を陥れるだなんて普通思わない。
ジンジンと痛む頬を抑えながら、堪えようの無い苛立ちに頭を掻きむしりたくなる。
油断した。騙された。いじめられた。陥れられた。裏切られた。
そんな思いばかりが胸に広がり、ナタリーは無意識にギリギリと歯を食いしばった。
しかし、食事会の後、子爵家で行われた話し合いこそが、ナタリーにとって本当の地獄であった。
馬車の中は両親もナタリーも、お互い無言だった。
沈黙がこだまする中、大した距離でもない子爵邸を小窓から見て「やっと…」と思うほどの体感時間である。
逃げるように我先にと屋敷に足を踏み入れたナタリーは、真っ先に自室へと向かった。
「おい」
しばらく自室で休んでいると、どんどんどん、と重いノック音が響いた。
「おい!」
「うるっさい。なに?」
「なにもどうしたもない。奥様がお呼びだ」
「は?アンタ、使用人でしょ。自分の立場分かって口聞いてんの?」
「それはこちらのセリフだ。侵入者扱いしないだげまだマシと思え。良いから下に降りろ」
「はあっ?」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らす男にカッと怒りが湧いてきたが、それよりも後半の言葉に背筋を冷やした。侵入者?母が自分を呼んでいる?
____嫌な予感しかしなかった。
「………………(なんで、こんなことに)」
グルグルとそんな言葉ばかりが廻る頭で一階のロビーに行くと、大きな机に二つの人影が見えた。もちろんそれは両親で、二人は見たこともないほど険しい顔を携え、揃ってナタリーを待ち構えている。
「……席につきなさい」
先の食事会とは打って変わって、不気味なほど静かな父親がそう促す。冷や汗をかきながら、言われるがままに二人の向かいに腰をかけると、ナタリーは膝の上で拳を握りしめ、首を俯かせた。剣呑な二人の表情を見ていられなかった。
「ナタリー」
「は、…はい」
「お前にはいくつか、選択肢をやろうと思う」
その先は、聞きたくなかった。
侯爵家を敵に回した子爵家の娘の末路なんて、わかり切っていたからだ。
しかしナタリーを置き去りにして、父親は存外滑らかにその選択肢とやらを提示した。
「平民になるか、異国の貴族に嫁ぐか、…………身体を売るかだ」
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